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Who Are You?: マット・サリヴァンさん(39歳) レコード・レーベル経営

「はっぴいえんどの曲が使われていて、アメリカでも『素晴らしい!』『一体誰なんだ?』と話題になったんです」

by VICE Japan; photos by SUSIE
09 October 2015, 2:01pm

All photos by SUSIE

コンビニの本コーナーに異国の方が佇んでいたのですが、横顔の頬のあたりから黒い突起物が出ていてビックリ!すげえドキッとしたんですが、よく見たらクルルンと巻きに巻かれた王様ヒゲでした。巻かれ過ぎてヒゲが浮いていたんですね。パタパタと羽ばたくか、ピーッってビームが出そうなおヒゲでした。

日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。

マット・サリヴァン(まっと さりゔぁん)さん(39歳):レコード・レーベル経営

マットさんは、シアトルとロサンゼルスを拠点にしているインディペンデント・レーベルLight In The Atticのオーナーさん。今回はなぜ日本に来られたのですか?

私のレーベルは、再発作品を中心にリリースしているんです。それで現在、日本の音楽の再発プロジェクトもスタートしているのですが、さすがにメールだけだとなかなか進まないので、直接ミーティングをするために来日しました。

日本の音楽は元々お好きだったんですか?

昔から知っていたわけではありません。ただ映画『ロスト・イン・トランスレーション』で、はっぴいえんどの曲が使われていて、アメリカでも「素晴らしい!」「一体誰なんだ?」と話題になったんです。もちろん私もその魅力にとりつかれまして、それから日本の音楽を聴くようになりました。私のレーベルの一番のポイントとして、あまり有名でない、コレクターとか一部の人々しか知らない作品をリリースして、みんなに聴いてもらいたいというのがあります。ですので、日本の音楽もアメリカではほとんどの人が知らないので、それを世界中に広めていきたいと思っているんです。

マットさん、ご出身はどちらですか?

ワシントン州シアトルです。

日本の男の子は野球したり、サッカーしたりするんですが、マットさん、スポーツは?

はい。野球もサッカーも。あとバスケットボールもしましたよ。

やはりマリナーズ・ファンなのですか?

ええ、子供の頃は。当時はキングドームというスタジアムだったんですが、みんなでよく忍び込みました。50回はやったでしょうか(笑)。選手にサインをよくせがんでいました。…実は野球、大好きなんです(笑)。今回の来日中もジャイアンツのクライマックス・シリーズに行くんですよ。

あら~そうなんですか。ちなみにジャイアンツはちょっと今、黒い影が漂っていますよ。賭博、賭博。

ワーオ!良くないですね。ちなみに私は今ドジャー・スタジアムの近くに住んでいるんです。だから良く観に行っていますよ。でもドジャーズ・ファンというわけではありません。

現在はどちらのファンなのですか?

特別ありません。野球ウォッチングが好きなんです。あとご存知でしょうか?ビン・スカリーというアナウンサーを。

いえ、知りません。

有名なドジャーズの実況アナウンサーでして、もうお爺さんなのですが、彼のファンです。その声が大好きなんです(笑)。私の3歳の娘もその声にゾッコンなんですよ。ああ、すいません、話がズレてしまいましたね。

いえいえ、そのお爺さん、チェックします。子供の頃から音楽は好きだったんですか?

ええ、兄がいましたので、クラシックロックを聴いていました。ザ・フー、トム・ペティ、スティーヴ・ミラー、それからガンズ&ローゼズとか。N.W.A.なんかのヒップホップも好きでしたよ。そして高校の頃になると、シアトルでしたので、グランジ・ムーヴメントにどっぷりハマりました。高校にラジオ・ステーションがありまして、そこでいろんなものを聴いたり、流したりしましたね。高校三年の時は、先生から指名されて私がディレクターになったんですよ。でもその理由は、「CDやレコードを盗まないのは君くらいだから」って。他にもっと音楽に詳しいヤツはいたんですけどね(笑)。

マットさん、優等生っぽいですものね(笑)しかし、やはりこのお年だったら、もろグランジ世代ですね。地元ですから大変な騒ぎだったんじゃないですか?

ええ、クレイジーでした。やはりニルヴァーナ、サウンドガーデン、パール・ジャム、アリス・イン・チェインズ辺りが中心的存在でしたね。レーベルではSUB POPやC/Z、それにグランジだけじゃなく、オリンピアにはKILL ROCK STARSとかKといったレーベルもあったので、シーンは本当に盛り上がっていました。そういえば16歳の時に、スペイン旅行に行ったんです。そしたら「シアトルから来たヤツがいるぞ!」って、スペイン人から質問攻めにあったのを覚えています。グランジのことばっかり訊かれました(笑)。

盛り上がっているとはいえ、クラスの全員がそういう音楽を聴いているわけではないですよね。イケてるアメフト部の連中とかも聴いていましたか?

結構みんな聴いてましたよ。アメフト部も(笑)。でもグランジの中でも色々あって、パール・ジャム・チームとニルヴァーナ・チームは別れていましたね。

この二チームの違いは?

難しい質問ですね(笑)。言うならば、パール・ジャムの方がスポーツ部系、ニルヴァーナはパンク・ファン寄りかな。私は両方聴いていましたけど。日本ではどうでした?

そうですね、当時はバックボーンがあまり伝えられていなかったので、パール・ジャムの方が、ちょっとギミックでしょ…みたいな感じでしたね。

そうですね、メディアが作ったイメージはありましたね。

ちなみにマッドハニー・チームとかタッド・チームは無かったのですか?

それはありません(笑)。彼らは高校生にとっては、まだまだアンダーグラウンドな存在でしたから。でもニルヴァーナも元々はそんな存在でしたからね。ラジオで「Smells Like Teen Spirit」が流れ始めて、毎日トップテンの一位になって。マイケル・ジャクソンをチャートから引きづり下ろしたときは、ものすごい人気になっていました。

カート・コバーンが亡くなったときのシアトルはどんな感じでしたか?

本当にビッグニュースでした。スペースニードルというタワーがあるのですが、何千人ものファンがキャンドルを持ってそこに集まって。みんな泣いてましたね。今でもあの日のことを思い出すと鳥肌が立ちます。

音楽の仕事をやりたいと思ったのはいつころからですか?

16歳の頃には、いつかレーベルをやりたいと思っていました。さっきも言いました通り、周りに魅力的なレーベルがたくさんありましたから。大学に入ってからは、さらに音楽にハマりまして、ニルヴァーナ経由で古い音楽…レインコーツとかストゥージズとかヴァセリンズ、ミート・パペッツとかデヴィッド・ボウイとかとか。あとスピリチュアライズド、ストーン・ローゼズなどのイギリス音楽も聴くようになり、さらにカレッジ・ラジオもやったりして、そこから本気で音楽ビジネスに関わっていこうと決めたんです。

すぐにレーベルを始めたんですか?

いえ、大学在学中にSUB POP、それからパール・ジャムのストーン・ゴッサードのレーベル、LOOSEGROOVEのインターンをやりました。そこで色々学んだんです。あとSUB POP時代に、私はボスに「スペインのラジオ・ステーションで働きたい」って話をしたら、「ラジオ曲よりもココの方がいいよ」って薦めてくれたのが、マドリッドのMUNSTER RECORDSだったんです。当時SUB POPに在籍していたファストバックスの作品は、MUNSTERからも出ていたんですね。それでMUNSTERに電話して「インターンで働きたいのですが」って言ったら、「インターンって何ですか?」と訊かれまして、「タダで働くということです」と答えたら、「すぐに来てください!」って(笑)。それで97年にスペインに行ったのですが、MUNSTER RECORDSは新しい作品だけでなくて、古いものの再発もやっていたんですね。ああ、こういうリイシューの世界もあるんだと。モンクスとかスモール・フェイセズ、スペーシメン3とか。私もこういう新しいものと古いものを同時に紹介するレーベルをやりたいと思ったんです。

それでスペインから戻ってレーベルをスタートさせたのですか?

いえ、まだなんです。大学卒業後はRealAudioで働きました。そこで、RealAudioやRealVideoを使った音楽のプロモーション・サイトを作っていたんです。その頃はインターネットでの音楽といえば、ストリーミングが中心だったんです。i Tunesもありませんでしたし。その内RealAudioが85%くらいのシェアを占めていたんです。これが未来の音楽の聴き方なんだって思っていたものです。かなりイケイケな感じで、30歳くらいの上司は株式投資なんかもしていましたから、ちょっとおかしな時期でしたね。私は嫌気がさして辞めたかったのですが、母は「もう少し我慢しなさい!すぐに新しい仕事なんて見つからないわよ!」って(笑)。それで続けていたのですが、今度は会社の調子が悪くなって、私を含めて100人以上がクビになったんです。私は「やった!やっと辞められる!」と思いましたけど(笑)。一応退職金を少し貰ったので、そのお金でレーベルを始めたんです。

でも不安はありませんでしたか?未来の音楽の聴き方も知ってらしたんだし、CDとかレコードの未来は厳しいと思いませんでしたか?

イエスともノーとも言えますね。母親は相当心配していましたが(笑)。ただやっとレーベルが始められるチャンスが来ましたし、私の夢でしたから。9.11もありましたから、好きなことをやってしまおうと思ったんですね。リスクとか知ってたらやらなかったかもしれません。

記念すべきLight In The Atticの第一弾リリースはなんですか?

ラストポエッツの『The Last Poets/This Is Madness』です。再発したいものリストを作って、ニック・ドレイクとかムタンチスとかも候補に挙げていたんですが、MUNSTERが手伝ってくれるということで、ラストポエッツになったんです。

やはりモノが出来上がったときは嬉しかったですか?

はい、もちろん!ベリー・エモーショナルでした!!CDとレコードを作ったんですが、その箱が家に届いたときは泣きそうでした。

在庫はどこにあったのですか?オフィス?倉庫?

いえいえ、もちろん自宅です。友達と一緒に住んでいた小さなアパートですよ。階段の下に在庫を置いていたんですが、床が抜けそうでした(笑)。でもその頃はまだ一人でやっていたので、プロモーションとかも手当たり次第に雑誌とかに送ってました。それでもローリング・ストーンとかが取り上げてくれて…確かVICEも(笑)。「ああ、こんな小さなレーベルでも載せてくれるんだなぁ」って、少し自信がつきました。

「やばい!売れない!レーベルが潰れる!!」ってことはありましたか?

潰れるってことはなかったですけど、最初の5年くらいは、自分のお給料はありませんでした。レーベルを始めた頃、同時にコンサートのプロモーション仕事もやっていたんですね。だからそこからの収入もあったので、レーベルの方も助かっていました。

現在は本当に大きなレーベルになっていますね。「これはイケる!」みたいなきっかけはあったんですか?

そうですね、最初のヒット作品が2006年に出したカレン・ダルトンの『In My Own Time』で、そこから先は毎年少しずつセールスが上がって行きました。

お店もあるんですよね?

はい、シアトルにあります。

さらにディストリビューター(卸売業)もやられていますが、そのきっかけも教えてください。

これもMUNSTERがやっていたので、それに習ったところもあります。それに現実的にも小さかったり、作品数が少ないレーベルだと、ディストリビューターが取り扱ってくれないのです。それならば自分でやってしまおうと思ったのです。それで同じようにディストリビューターが見つからないレーベルに「パートナーとしてやっていこう」と声をかけて、30レーベルくらい集まり、それで大きなアメーバ・レコーズなどとも取引が始まったんですね。それで分かったことは「出来ることは全部自分でやった方がいい」と。ディストリビューションもプロモーションも、それにデザインとかも。だから今でも安定してやっていけていると思うんです。

でもスタッフも増えていると思います。ここまで大きくなると、そんなマットさんのイメージを働いているみなさんに100%伝えるのは難しくありませんか?

いえいえ、そこは信頼関係ですから(笑)。そういう人たちと一緒にやっているんです。ですからすごくラッキーなんです。

さて再発作品をリリースするにあたって気になるのが、誰がその原盤の権利を持っているのかということです。その人を見つけるのって大変じゃないのでしょうか?

はい、本当に大変です(笑)。この仕事が一番時間がかかります。誰が原盤を持っているのか?どこに住んでいるのか?ちょっと探偵みたいな感じでして、ネットで調べたり、人に尋ねたりして、どんどん繋げていくんです。

その原盤所有者と繋がって、「え!俺の作品を出すの?」なんてビックリされたりは?

あります、あります。しょっちゅうです(笑)。でも大体のアーティストは喜んでくれます。オリジナルを出したときは売れなくて、何十年も音楽をやっていないような人に電話をかけて、「あなたの作品を出したいのですが」と言ったら、みなさん「信じられない!」って言いますよ。例えば、デヴィッド・カウフマン&エリック・カブールの『Greetings From Suicide Bridge』という作品を出そうと決めたとき、本人から「オマエたち本気なのか?こんなの出してもビジネスになりっこないぞ。会社、大丈夫か?」って心配してくれて(笑)。実際に出来上がったレコードを見せても、彼らにインタビューの依頼があったと言ってもずっと「信じられない」って言っていました。でもすごく感謝してくれました。あと、このような再発をきっかけに、再びアーティスト活動を始める人もいるんです。ノルウェーのカリン・クロッグというアーティストも何十年ぶりかのコンサートを行ったんです。そういうきっかけになるのも再発のいいところだと思うんです。あ、ちょっといいですか?せっかく日本に来たので、みなさんにもぜひ作品を聴いていただきたく、Light In The Atticの作品をディスクユニオンさん全店で特別セールをしています。CDは50%、LPは33%オフになります。良かったらご確認お願い致します。それと東京でDJをやらせていただくことになりました。渋谷中目黒でやります。こちらも良かったら…すいません、告知になってしまいました。

マットさん、本当に音楽が好きですね!この情熱はどこから来ているのですか?

ええっと…すごく難しいですね。ハッキリお答え出来ないのですが、音楽が好きなんです。スポーツでいうとアンダードッグみたいな…頑張ってるんだけど、弱いチームのことですね。アーティストも似たような感じで、昔頑張って作ったのに売れなかったアルバムを、また新しい形で広げて行きたいんです。まぁ、80年代のマリナーズ、イチロー以前のマリナーズを応援していた感じと一緒かもしれません(笑)。

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