Drew Angerer/Getty Images

クソ野郎の前で より善い人間になるためのテクニック

実践テクニックを、5つの要素に分けてみた。〈ゴール〉〈オーディエンス〉〈しつこいくらいの関心〉〈シンパシー〉〈愛〉だ。そう、愛である。嫌いなヤツに愛なんて与えてられるか、という方も、ぜひ耳を傾けていただきたい。お教えするのは、愛をもって復讐する方法だ。

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26 March 2018, 3:27pm

Drew Angerer/Getty Images

ひと目見て、嫌悪感を抱いた。その男は、私と友人のヘザーが入った空港のレストランで、メキシコの定番朝食料理、ウエボス・ランチェロス(彼が呼ぶところの〈不法入国者フード〉)を食べていた。そいつが実は、ヘザーの義理の兄弟だということが判明したので、私たちは、彼と朝食をともにせざるを得なくなった。

その男(ここではバフと呼ぼう)は、いかにも大学でフットボールやってました、という風貌だった。ただ、現役時代に比べればひと回りもふた回りもデカいだろう。高いスーツを着て、ロレックスの時計を着け、かの悪名高い米国大統領への支持を表明するピンバッジを光らせている。

私たちは同じテーブルについた。職業は何かと尋ねると、バフは、民営刑務所を運営する企業の重役だと答えた。不法入国者を監禁する事業で、政府と契約を結び、多額の収入を得ているそうだ。さらにバフは、自分の妻に対して性差別的なジョークをかますような男だった。極めつけには、私に対して政治を語り出し、黒人大統領がいかに米国を分断したかをレクチャーし始めた。

それでも、バフを殺すわけにもいかない。バフは私よりもガタイがいいし、彼のロレックスで首を絞めようものなら、ヘザーにも空港職員にも迷惑をかけてしまう。そこで、私は、これまで人びとに説いてきた〈より善い人間になるためのテクニック〉を実践することにした。そのテクニックは、修辞学、つまり、説得の技術に端を発している。もし、この技の習得者が増えれば、この国の口論や怒りは俄然減るはずだし、より良い選挙結果になる、と私は確信している。いうまでもなく、クソみたいな親戚との会食だってへっちゃらだ。

今回のような状況に陥ったさいに実践できるテクニックを、5つの要素に分けてみた。〈ゴール〉〈オーディエンス〉〈しつこいくらいの関心〉〈シンパシー〉〈愛〉だ。そう、愛である。嫌いなヤツに愛なんて与えてられるか、という方も、ぜひ耳を傾けていただきたい。お教えするのは、愛をもって復讐する方法だ。

〈ゴール〉:目標を決める

誰かと意見が割れたときに、私たちが陥りがちな失敗は、計画なしにケンカを始めてしまうことだ。クソ野郎と面と向かって会話する状況では、まず、最終的に自分がどうしたいか考えるべきだ。相手に恥をかかせたい、というのもすばらしいゴールになり得る。ただ、恥をかかせるのは、少しのあいだだけに留めてあげよう。相手を連続殺人犯に仕立てあげるほどに追い詰める必要はない。バフのケースでは、私は友人であるヘザーの婚姻関係にヒビを入れたくなかった。怒りにまかせてアホと討論すると、2次災害も免れない。というわけで、まず設定できるゴールのひとつは、〈より良い関係性を築くこと〉だ。どうしてもバフとは無理だ、という場合は、私の友人、ヘザーとの関係の向上を目的にすればいい。

もうひとつのゴールは、〈何かを学習すること〉だ。バフの生きる世界は、卑怯で、最低で、腐った世界だが、私はその世界について知らない。そこで私は、食事のあいだじゅう、彼に収容所のことや、抑留された人びとについて、矢継ぎ早に質問を投げかけた。どんな記者にも語ったことのない事実を、彼は教えてくれた。

さらに、〈何か共通点を探してみる〉というゴールもあり得る。これはゲームだと考えて、目の前の男のなかに、何か美点を探るのだ。バフは、子どもを溺愛していることがわかったので、この目標は解決できた。しかし、私の真の標的はバフではなかった…

〈オーディエンス〉:第3者の目を意識する

エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)を思い出してほしい。確かに、クソ野郎に相対したときにリンカーンを思い出すなんて、難しいかもしれない。しかし、それこそが、ここでのポイントだ。大統領任期満了を控えたリンカーンは、戦争に勝っただけではなく、議論に勝ったと評されていた。肉体的、精神的に相手を打ちのめすことだけに集中してはいけない。狙うべきは、聴衆の心を掴むことだ。

どうすればいいか? 〈相手より善い人間となる〉のだ。相手がクソ野郎なら、他人もそれに気づいているはずだ。自らの品位を保とう。〈無法者〉たちを監禁してどれだけ稼いでいるかを、バフがいくら吹聴しようとも、私は反論しなかった。興味深いです、という表情をつくりながら、ひたすら質問した。義理の姉妹であるヘザーがいる状況で、バフが妻の不満を漏らしたときには、「私の妻も、不平不満は山ほどあるはずですけど、彼女は真の聖人ですよ」とだけ答えた。するとヘザーが、私に感謝のまなざしを向けながら、その話に乗っかり、私の妻のすばらしさについて、バフに語ってくれた。

しかし、平穏な空気も長くは続かない。バフは私の妻の話に飽きたようで、話題を大統領選に変えた。オバマに対する人種差別的発言をし、さらには、トランプ本人が取り消した暴言を称賛した。もちろん私は、彼に反論しなかった。もしかしたら、そんな私が意気地なしに見えるかもしれないが、修辞学にはもっと効果的な武器がある。それは、〈しつこいくらいの関心〉だ。

〈しつこいくらいの関心〉

バフに質問を投げかけるさい、私は〈定義〉〈詳細〉〈傾向〉に気を配った。メキシコ人は、本当の意味での米国人にはなれない、というバフに私は食いつき、〈メキシコ人〉の定義を追及した。メキシコで生まれた人? それともメキシコ系米国人2世? 3世? 4世? さらに私は彼に、自分の母方の先祖も、1800年代にキューバから来た移民だと語り、キューバ人は、本当の意味での米国人になれるのか、と尋ねた。また、バフが、「女房ってのは、際限なく小遣いを欲しがる」と発言したときには、どういう意味の〈小遣い〉なのか、そしてバフの奥さんは働いているのか否か訊いてみた。

どうしてわざわざそんな面倒なことをするのか。それは、人は、自分の使った言葉の意味を尋ねられたとき、マイルドに言い換える傾向があるからだ。バフも結局、メキシコ系2世はだいぶ同化していると認めたし、〈小遣い〉は〈家計〉と言い直していた。

〈詳細〉についても同様だ。大統領選中にトランプが掲げ、今では撤回したかに見える国境の壁の公約について喋り倒していたバフに、私は尋ねた。壁はどんなものになると思うか? 場所は? 素材は? 誰が費用を負担するのか? トランプ同様、バフは最終的に、壁をフェンスにいい換え、メキシコ人が費用を払うことにはならないだろうと認めた。

そして〈傾向〉だ。バフは、トランプさながらに、メキシコ人は不法入国者だと主張していたので、メキシコ人不法入国者の数、そしてその数が増加しているか否かを私は尋ねた。「この問題ってどうも複雑ですよね」とあてこする。バフは、一定数のメキシコ人が米国外へ流出している事実を認めはしなかったが、彼の刑務所に入るメキシコ人の数は減少していると明らかにした。

つまり、私が定義、詳細、傾向について突っ込めば突っ込むほど、彼は発言を訂正したのだ。さらに、この戦略の効果はそれだけではない。私のしつこい質問にバフはうんざりして、早く朝食を終わりにしたいと望むようになる。さらに、私の分の朝食代も支払ってくれた。

〈シンパシー〉

そのとき、私のなかには〈シンパシー(同情心)〉が芽生え始めていた。修辞学は、自己満足のためにあるのではない。誰かを説得したいなら、オーディエンスの信念や期待を汲まなくてはならない。ただ、彼らの感情に寄り添う必要はない。それは〈エンパシー(共感)〉だ。共感力が高いのはすばらしい特質だが、修辞学的にはあまり使えない。シンパシーとは、オーディエンスの気持ちを理解することを意味する。今回の場合、私にとってのオーディエンスはヘザーだった。しかし、朝食を進めるにつれて、私は、バフとの距離が縮まり、彼が私の主張へ歩み寄ってきているように感じた。もちろんバフが、突然悔恨の涙を流し、緑の党に鞍替えするわけはない。ただ、彼に大量の質問を投げかけた結果、彼は愛する母国のために最良のことをしたいと望む、見た目だけは男らしく虚勢を張っている米国人で、実は何が母国のために最良なのかはわからず混乱している、という事実が明らかになったのだ。そうなると、愛と錯覚しかねない感情さえ生まれる。

〈愛〉

私のコンサル業務では、クライアントに、TED Talkや企業内プレゼンの仕方を教える。そのときに伝える最重要アドバイスは、話し始める前に、自分がどれほどオーディエンスを愛しているか、自分にいい聞かせることだ。これはイヤな相手にも効く。実は仔猫には頭が上がらないとか、レナード・コーエン(Leonard Cohen)の訃報を耳にして泣いたとか、相手のそういう姿を想像して、純粋な愛を培養しよう。そして目からラブ・ビームを放出するのだ。

〈汝、クソったれを愛せ〉とはいっていない。これは修辞学の話で、キリスト教の話ではない。私が勧めているのは、クソったれを愛しているつもりになってみよう、ということだ。そうすればオーディエンスは、こちらの人格を尊敬してくれる。もしくは、この男に同意しているのかと疑われるかもしれないが、しっかり質問をすればその誤解も解ける。

また、相手を愛しているふりをすれば、質問の仕方も変わる。説得力のあるオーラのようなものが生まれ、相手を自分の議論の道筋へと引き寄せられる。これと、修辞学的なシンパシーと、オーディエンスの認識を融合すれば、場の雰囲気は少し和み、ぎこちなさは薄れるはずだ。

そのときあなたは、聖人のような私の妻も顔負けの、〈善人〉になるだろう。