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〈死〉の消去と〈人生〉の再生 事件現場清掃人

「結婚式中でも、子どもたちとディズニーランドにいるときでも電話を受けます」
〈死〉の消去と〈人生〉の再生 事件現場清掃人
現場に入る前、作業員の服の隙間をテープで塞ぐスコット・ヴォーグル(左)(Emergi-Clean Inc.)

郊外に佇む枯れた蔓に覆われた家の前に、防護服に身を包んだ男たちが集まる。正面玄関が開くと、澄んだ12月の空気に、死臭が漂う。男たちは、空のカット・トマト缶や、キャンベルのチキンヌードルスープ缶が散らばっているキッチンを通り抜ける。壁ぎわには、6足の靴がきれいに並び、リビングルームには、血まみれの死体が座っていた。この死体は、悪臭で通報されるまで約4週間、放置されていたことになる。血液は、最愛の革製リクライニング・チェアに固着し、さらに奥まで染み込み、床も染めていた。

スコット・ヴォーグル(Scott Vogel)の仕事は、この現場の清掃だ。

32歳のヴォーグルは、われわれが依頼主になるまで知る機会などないであろう職業に従事している。事故現場清掃、バイオハザード除染、トラウマの原因になる現場の復旧作業などが主業務のバイオリカバリー・ビジネスは、血液、体液、その他、危険物の清掃を専門に請け負う。

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ヴォーグルは〈Emergi-Clean Inc.〉を率いる認定バイオリカバリー・マスターとして、自殺、殺人、孤独死後の腐乱死によって汚れた現場を清掃している。「あらゆるものを見てきました」と最近の仕事について、彼は、まるで雑貨店に並ぶ商品を説明するかのように軽妙に、早口で話す。「半分に切断された肢体、銃乱射の現場、それから、約60万匹ものウジが湧いていた死体もありました」。彼は臭いに慣れてしまったので、特殊防護マスクではなく医療用マスクで業務をこなしたりもする。

このビジネスは、ときとして、冷徹な性格と強靭な臓腑を清掃員に要求するが、ヴォーグルが有しているのはひとつだけだ。彼は、赤ら顔で周りに笑顔を振りまきながら、娘のサッカーの全試合を客席の最前列で見学するようなタイプの父親だ。現場への移動中、3歳の娘のビデオを私に見せ、愛する大学フットボール(セントラル・フロリダ大学ナイツのファンらしい)について語り、彼の家族のユニークのビジネスについて軽口をたたく。「(リアリティ・ショーの)『ダック・ダイナスティ』(Duck Dynasty)みたいなもんだね…血まみれの!」

ヴォーグルが本当の意味で家族を優先する姿勢は、彼の仕事人生からも明らかだ。ヴォーグル家のバイオリカバリー・ビジネスは、彼の父、ロナルド(Ronald)がニュージャージー州でボランティアの救急救命士(EMT)だった頃、バイオハザード専門会社の需要に気づき、この仕事を始めた。〈Emergi-Clean〉の設立は1995年。ヴォーグルは誰かを救う仕事に憧れ、16歳のとき、父と同じEMTになった。ロナルドは当初、息子が稼業に就くのを躊躇していたので、ヴォーグルは、セントラル・フロリダ大学で犯罪研究の修士号を取得した。政府関係の退屈な職に就いたあと、2010年に父親の仕事を継いだ。

朝6時にもかかわらず、ヴォーグルは饒舌で、彼の話が途切れることはなかった。彼は、新車の黒いシボレー・トラバースを自慢する。妻にせがまれて、〈Emergi-Clean〉の看板車だった古いピックアップトラックの代わりに購入しそうだ。「大きな血滴のキャラクターの車で、娘の送り迎えをするのが嫌だったらしい」と彼は肩をすくめる。血滴キャラクター〈ブラッジー(Bloodsie)〉が描かれた車を、もう、彼が運転することはない。しかし、彼は、背中にブラッジーがプリントされたウインドブレーカーを羽織り、トラバースのバックミラーには、血滴キャラのアクセサリーをぶら下げている。

数十年前には、ヴォーグルのような事件現場清掃業者はほとんどなかったが、現在は、米国全土に何百もの独立系企業がある。『サンシャイン・クリーニング』(Sunshine Cleaning, 2009)や『ザ・クリーナー 消された殺人』(Cleaner, 2007)のような映画は、新しくて競争の激しいこの業種を、単なるひとつの商売として描写したが、死後の清掃に必要なのは、ゴム手袋やリゾールだけではない。

ヴォーグルは24時間365日体制で、年間約500の案件を請け負う。基本的に、急を要する依頼が多く、彼の日常は規則正しさとは縁遠い。彼は、9人のフルタイム従業員、15~18人の日雇いスタッフとともに業務をこなす。

12月初旬の朝、車で事件現場に向かう。90分のあいだに、ヴォーグルは、電話を6回受けた。屋根裏部屋のコウモリの糞の悩み、次回の自殺現場清掃についての問い合わせ…。そのなかには、ブラック・フライデーで購入した新しい洗濯乾燥機について、彼の奥さんからの相談の電話もあった。

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「結婚式中でも、子どもたちとディズニーランドにいるときでも電話を受けます」とヴォーグルは突発的なスケジュールについて語る。

彼が着信も拒否せず、予定のドタキャンも辞さないのは、彼の仕事がただの〈清掃〉ではないからだ。「誰かが自殺したら、何をおいても現場に直行します。人生最悪のときを過ごしている誰かを助けるためにね」

悲しみに暮れる遺族を支えるのも、彼の重要な仕事だ。「最悪な状況にいる誰かを助けたい」と語るヴォーグルには、自負がある。「遺族に寄り添ったり、ともに泣いたりはできません。だけど、助けにきたよ、気持ちはわかるよ、と声をかけるために現場に向かうんです」

この日、ヴォーグルは、作業員たちが入る前に現場を検証する。彼は、これから足を踏み込む現場の状況を事前に把握しているわけではない。「作業員たちは全てを把握しなくていい」とヴォーグル。「彼らは現場で、やるべき仕事をやるだけでいいんです。何があったかを想像したり、何らかの手がかりを探したりしないでほしいんです」

特に陰惨な現場の前には、作業員に状況を説明する(Courtesy of Scott Vogel/Emergi-Clean Inc.)

次に、彼は、保険と遺族のために、あらゆることを記録する。通常、自殺でなければ、住宅所有者の保険が事件現場の清掃費用をカバーする。遺族はそこに住み続けても、売却してもいい。基本的に、清掃には9~12時間、平均1万2000ドル(約127万円)かかる。ヴォーグルのような管理責任者の時給は144ドル(約1万5000円)、一般作業員は126ドル(約1万3000円)だ。

ヴォーグルにとって、清掃は容易い。難しいのは、個人の過去や物語を知ること。おじいちゃんのために描かれた花の絵、花柄の掛け布団についた汚れなどを見ると、ヴォーグルと作業員は、出来る限り原状回復を心がけ、〈人生の後片付け〉をしているのだと再確認するという。

ペンシルベニア州カタウィッサに本拠を置く〈Tri-State Bio Recovery〉の創業者、エリック・モース(Eric Mors)も、ディテールに目を瞑ることは難しい、とわかっている。

「現場では、情報が少なければ少ないほどいい」と44歳のモースは証言する。「ですが、現場に滞在する時間が長くなり、いろいろ目にしてしまうと、故人の最期を想い浮かべてしまいます」

元作業員のモースは、2012年、ハリケーン・サンディ後、遺族たちの再生を支援した結果、経験したことのない充足感に満たされたという。その経験をきっかけに、助けが必要な誰かの役に立ちたい、という想いから、彼はバイオリカバリー・ビジネスに参入した。

しかし、遺族の反応は、現場そのものよりも予測不可能だ。「ショック状態にありながらもクッキーを焼き、何もなかったふりをする遺族もいれば、完全に錯乱状態の遺族もいます」と彼は回想する。「死との向きあいかたは人それぞれです」

モースも、ヴォーグルも、何をどうすればいいのか、という遺族の質問には、即座に曖昧に答えられるが、身内の自殺後、罪悪感に苛まれる家族からの「どうして自殺なんてしたんだろう?」という問いには、たじろいでしまい、答えられないという。

どうして彼らは、日々、こんなにも精神的負担が大きい状況で働けるのだろう。「精神的に衝撃の強い環境に晒されている、と認識しながら仕事をすると、脳は、状況に適応できるようになります」と説明するのは、テキサス州サンアントニオを拠点に活動する臨床健康心理学者、リンジー・バイラ(Lindsay Bira)だ。「仕事による影響などない、と考えると、可塑性を無視することになります。可塑性、つまり、私たちの脳は、私たちのいる世界に合わせて変化するんです」

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バイラによると、例えば、利用者の多い都市のタクシー運転手は、非常に多くの時間を仕事に費やすため、彼らの海馬に、測定可能な変化が生じるという。同様に、36時間シフトで働くこともあるヴォーグルは、すべてに対して、徐々に麻痺するような感覚に陥ることがあるそうだ。

ニュージャージーの現場に戻ろう。ヴォーグルと作業員たちは、ナイフ、チェーンソー、大型ハンマーを利用して、革張りのリクライニングチェアを分解する。汚れた部分はそれぞれ分類され、医療廃棄物用の赤いビニール袋に入れられる。家は、建設現場のようになる。床を1層ずつ剥がすと、人間の血液がいかに簡単にモノを染めてしまうかがわかる。

「こんな単純作業が、私たちの〈仕事〉ですよ」とヴォーグル。汚れたカーペットのを次々に剥がすと、意外にも、大理石タイルの層が現れた。やはり、そこも血で汚れていた。

ガス漏れでは、と近隣住民が通報するまでの約4週間、犠牲者が座っていた革のリクライニングチェア (Courtesy of Scott Vogel/Emergi-Clean Inc)

血液を扱う仕事だけに、事件現場清掃は、ある程度、規制されている。職業安全衛生管理局(Occupational Safety and Health Administration, OSHA)は、血液由来病原体を扱う業務、呼吸器系リスクがある業務、閉鎖空間での業務にかんして規制を設けている。しかし、いずれの規制も、事件現場清掃業だけを対象にしているわけではなく、あらゆる職種に適用される。

バイオリカバリー・ビジネスは、一般的に、規制されていない。事件現場清掃企業の営業に必要な専門ライセンスはないが、何らかの資格、州の許可を受けた認定業者として営業するには、OSHAの年次トレーニングや医療廃棄物運搬許可が必要になる。しかし、事情を知らない利用者は、めったに、業者の資格を確認したりはしない。捜査後、事件現場が解放されると、警察官がなんとなく付き合いのある清掃会社を遺族に紹介するのだ。

つまり、このサービスを必要とする悲しみにくれた遺族が参照できる認定事業者リストはない。それどころか、ニューヨーク市保健局(New York City Department of Health, DOH)の〈トラウマを生じさせる現場の管理ガイドライン(Guidelines for Trauma Scene Management)〉は、遺族に「〈犯罪現場 トラウマ 清掃〉などのキーワードをイエローページやインターネットでチェック」するよう促している。Googleで〈犯罪現場 清掃〉などと検索しようものなら、何百もの結果がヒットする。家族や大家が自力で対処しようとすると、通常、地元のカーペット清掃業者に依頼することになる。

最後の選択肢として、DOHは、業界初の同業組合〈American Bio Recovery Association, ABRA〉への問い合わせを勧めている。現在、事件現場清掃業専門の規制があるのは、現在、カリフォルニア、フロリダ、ジョージア、ルイジアナの4州だけだが、ABRAは、規制を全国に拡大しようと努めている。

「エボラと炭疽菌も扱ったことがありますよ」とヴォーグル。「非常に恐ろしい殺人病原体にもちょっかいを出したんです」。「ちょっかいを出した」という言葉を使うあたりにヴォーグルの性格が表れている。彼は、人生で最も恐ろしい場面を、軽妙なジョークにしてしまう。

ヴォーグルは、2014年のエボラ危機がきっかけに、彼にとっての競合他社、そして、悪徳業者がハッキリわかったという。バイオハザード除染の専門知識がある、と謳っていた多くの企業が殺人病原体関連の依頼を拒絶したのだ。これをきっかけに、ヴォーグルは、資格を有する専門家と銭ゲバ素人を、遺族が簡単に見分けられるよう、ニュージャージー州法案の作成に携わっている。現在、この法案は改正を重ねている。

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彼がしているのは、一般人なら取り乱してしまうような話のはずだ。それでも仕事を続けられるのは、自称〈楽天的〉性格だからだろう。

「事件現場清掃員が業務内容の影響を受けずに私生活を送ることは可能でしょう」とバイラ。「まったく影響がないとはいえませんけれど」

きつい現場もある、とヴォーグルはいう。特に子どもの死亡現場はそうだ。「7年前なら問題なかったでしょう」と彼。「でも今は、家で子どもたちが待っているんです。つらいですよ」

清掃員の大勢が怖れるのているのは、孤独死だ。彼らが恐れるのは、腐乱死体の刺激臭でも、数週間経って全身の毛穴から流れ出た大量の血液でもない。誰かが死んでも、ガス漏れを懸念した隣近所が通報するまでの長いあいだ、誰にも気づかれずに故人が放置されている、という事実だ。

ドナ・ネイラー(Donna Nayler)は、この世界は孤独だ、と確信せざるを得ないという。オーストラリアのクイーンズランドを中心に活動する、事故現場清掃員であり、ヘアスタイリストでもあるネイラーは、2016年、それぞれのキャリアを自伝『Bloodstains and Ballgowns』にまとめた。「悲しいかな、隣人は死の匂いを追い出すために、廊下にキャンドルを灯すんです」とネイラー。「ドアをノックするかわりにね」

モースは、初現場の記憶を辿る。様々な楽器、セックストイ、ポルノであふれた隠家での散弾銃による自殺現場だった。「清掃は滞りなく終わりました」とモース。「ただ、孤独のなかで息絶える悲しみだけは、気がかりでした。誰にも気づかれず、たくさんの人が死んでいることが問題なんです」

しかし、事件現場清掃員たちは、現場から死の痕跡を消すことが自らの仕事だ、と口を揃える。みんなにとって、家は安らぎの空間だ。愛する誰かの血にまみれた家に帰るなんて想像もしたくない。

ヴォーグルは、彼の仕事を、小説のバッドエンドを書き換えることに喩える。「家族の小説を、後味の悪い場面で終わらせたくないでしょう」とヴォーグル。「私たちが現場に向かうのは、家族が抱き合って楽しんだクリスマスを記憶に止めるためです。目的は、血を拭うことじゃありません」

清掃は、単なる血液や体液の除去でしかないが、ときには、床や壁を剥がしもする。家の修復であれば、カーペットの交換から、銃痕の修繕、壁の再塗装まで、多岐にわたる。多くの同業者は、そういった修復作業を他社に委ねるが、ヴォーグルは、それを自らのビジネスモデルに組み込んだ。家の修復は、単なる作業でなく、遺族の再生につながる、と彼は信じているのだ。

壁紙の張替え、カーペットからタイルへの交換は、大した仕事ではない。しかし、ちょっとした変更が重要な役割を果たす。「ある男性の奥さんが自殺しました。私は、『壁は何色がいいですか?』と彼に質問しました」とヴォーグルが想いを巡らせたのは、妻が命を絶った寝室の壁の塗替えを希望した男性だ。「彼はまだ動転していましたが、彼の声を聞いて、ようやく、奥さんの自殺だけではなく、彼自身についても考えているんだな、とわかりました」

事件現場清掃員は、遺族とのやりとりを通じて他者の人生について知るだけではなく、仕事をとおして、自らの人生を見つめ直す。自らが耐えうる恐怖、耐えられない恐怖、自分の母親に電話して様子を確認する重要性、そして、どんな家族を築いていきたいか、などなど。

ネイラーは、見知らぬ誰かに笑顔で接することの重要さを学んだという。モースは、暴力、オーバードーズ、事故、犯罪と無縁な空間などあり得ないが、それでも、人生への感謝と悦びを忘れずに娘を育てたい、と願っている。ヴォーグルは、現場がどれほど遠くても仕事が終われば必ず帰宅する、と妻子に約束した。

この業務の目的は、〈死〉の消去と〈人生〉の再生だ。ニュージャージーの現場で、ヴォーグルと彼のチームは、家族が愛したリクライニング・チェアを、完全に処分した。血液が染み込んだ床は剥がされ、有害廃棄物が詰まった無数の箱がトラックに積み込まれた。

それ以外は、そのままだ。ベッドの上には、清潔な洗濯物でいっぱいのプラスチック製洗濯カゴが置いてある。壁際の机の上には、アイロンがかけられたばかりの数着のチェックのシャツが掛っている。戸棚の上には、ひとりの女性、ひとりの男性、赤い蝶ネクタイを着けたひとりの赤ん坊がならんだ、一枚のポートレートが飾られている。