自由のために武器を売るシリア人

もともと反政府運動に加わる活動家だったサメルは、内戦勃発後に知人から武器製造法を直接学び、自分の工場を立ち上げたそうだ。工場は、もともと学校として使用されていた小さなコンクリートの建物が使用されていた。砲弾を製造する部屋の隣にはサメルの寝床があり、中庭の中央には迫撃砲が置かれている。

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23 March 2016, 9:05am

2013年9月、私は真っ暗なトラックの荷台の中で揺られていた。運転しているのは、色白なシリア人男性、ムスタファ。イドリブ県北部のアトメ村出身で、職業は武器密輸業。普段はこの真っ暗なトラックの荷台に武器を積み、各反体制派勢力に武器を運搬している。

当時30歳のムスタファは、私のような外国人ジャーナリストのコーディネーターとしても仕事をしていた。取材目的でシリアに入る外国人ジャーナリストの入国を手助けし、各勢力への取材依頼を代理で申し込む。武器商人の彼は、反体制派のあいだで顔が広い。普段ムスタファから武器を調達している反体制派グループの多くは、ムスタファの頼みなら何でも聞く、という感じだった。

彼は当時、自由シリア軍・ヌスラ戦線・ISIS(現在のIS)・イスラム戦線・クルド人民防衛隊(YPG)など複数の反体制派勢力と武器密売の取引をしていた。複数の組織との取引は、スパイ容疑をかけられる危険を伴う。そんな身の危険を常に感じながらも、少しでも多くの利益を出すために彼は必死だった。

最も人気の高い武器が、ロシア製のライフル・AK-47で、当時の値段が1000米ドル(約10万円)。私がシリアで見てきたほとんどの反体制派戦士たちが片手に提げていたのが、「カラシニコフ」と呼ばれるこのAK-47ライフルだ。他にも、ロシア製の銃弾が1発1.5ドル(約150円)、NATO弾を使う狙撃銃が850ドル(約85,000円)、PK機関銃が1万ドル(約100万円)、小型爆弾1弾が5千ドル(約50万円)で各勢力に密売されていた。

ムスタファは、武器密輸の「仲介者」に過ぎないため、彼自身が武器を直接調達しているわけではない。シリア人の間では、武器密輸のネットワークがすでに構築されている。

まず、政府軍から奪った武器や、他国から支援された武器の一部を、商人が戦闘員から買い取る。ムスタファは仲介者となって、それらの武器を商人から一旦買取り、彼の取り分となる金額を上乗せして各勢力に武器を売り渡す 。武器の値段全額がムスタファの懐に入るわけではないが、彼は内戦下のシリアではあまり例を見ない「成功者」だった。

「一人で武器調達して密売することはできないのか」とムスタファに聞くと、「それは危険すぎる」と弾かれた。 一人で武器買取りから密売まで、全てを行うのは荷が重く、相当危険なのだという。特に、敵対している勢力の間で武器取引が行われていれば、ムスタファの命が一番に狙われることになる。

戦士たちは、戦闘に勝った場合のみ「戦利品」として敵軍から武器を奪い取れる。 奪った戦利品の多くは、武器商人にも高く売れる。儲けた金で、別のネットワークを利用して新しい武器を購入しても良いし、戦士たちの給料にしても良い。

武器の値段はシリアの物価と連動するため、当時と今では値段も大きく異なる。内戦が始まったばかりの2011年は、1ドル=約75シリアポンド(当時のレートで約70円)で取引されていたが、現在では440シリアポンド(現在のレートで約225円)にまで上昇している。先に述べたAK-47ライフルは16年3月時点で1500ドル(約17万円)にまで値上がりした。よほど潤った勢力でない限り、現状では、武器を商人から調達するのはかなり厳しい。

ムスタファによれば、アトメ村に住む各勢力の戦士たちは、月に大体50ドル(約5,000円)程度の給料しかもらっていない。 住む場所や食事も確保された軍の中で暮らすには十分足りる額ではあるが、各々が気に入った武器を購入できるほどの余裕はない。それでも彼の武器密輸ネットワークは、正規の値段と比べれば相当な安値で武器を仕入れている方なのだという。少しでも、「ムスタファから買った方が得だ」と思ってもらえるようでなければならない。

「これはムスタファから買った狙撃銃だ。格好良いだろ?」そう言って狙撃銃の写真を見せてきたイスラム戦線の司令官がいた。彼はイスラム戦線の2部隊を率いる司令官で、父はトルコに豪邸を持つ資産家だ。「500ドル(約50,000円)くらいしたが、いい物だ。彼には感謝している」

武器を一番安く手に入れる方法は、政府軍との戦闘に勝ち、相手の武器を奪うことだ。だが、最初から武器不足に悩む部隊からすれば、戦闘に勝つための武器調達さえ厳しい。

工場でつくられた自爆ベルト, 偽物銃を改造して作られた手持ち銃, ガスマスク

そんな中、週に2500弾もの砲弾を製造する武器工場を見かけた。アトメ村からもそう遠くない、イドリブ県北部でトルコ国境沿いのダルクーシュという町にあるその工場では、10名ほどの従業員が武器製造にかかわっていた。工場の代表は、サメル・アリという20代後半くらいの背の高い男性。腕にはタトゥーを入れ、頭にはいつも黒いスカーフを巻いていた。

ここでは、砲弾の製造に加え、偽物銃の改造、自爆ベルトの製造まであらゆる「武器製造」を行っている。大まかな工程は作業員らに任せ、最も危険を伴う部分はサメルが担当する。

もともと反政府運動に加わる活動家だったサメルは、内戦勃発後に知人から武器製造法を直接学び、自分の工場を立ち上げたそうだ。工場は、もともと学校として使用されていた小さなコンクリートの建物が使用されていた。砲弾を製造する部屋の隣にはサメルの寝床があり、中庭の中央には迫撃砲が置かれている。

アラビア語で「アバビル」と書かれた工場のロゴ

工場の名は、「アバビル」。サメルがつけた名前だ。「アバビル」とは、イスラム聖典クルアーンに登場する、小さな鳥の群れを示す。イスラム教の聖地メッカを攻撃するイエメン軍に対し、赤レンガを落としてメッカを守ったのが、小さな鳥の群れ「アバビル」だった。サメルは、政府軍からシリアの国民を守るアバビルたちのために武器を造っている。

砲弾の中にアルミ粉を流し込むサメル

「使わなくなった自動車のタイヤからアルミを採取して、砲弾用の粉をつくるんだ」。サメルはそう言って銀色の粉を持ってくると、それを砲弾の中に流し込んだ。工場を見渡すと、車のタイヤが壁沿いに並べられていた。タイヤ中央のアルミ部分を削り、アルミ粉末の採取から全てが始まる。

サメルは、通常より少量のアルミ粉で砲弾を造り、工場内で発砲実験をしてくれた。実験とはいえ、工場の周辺は一般人の生活する住宅地。彼は一旦工場の外へ出て、「これから実験を行う」と住民らに告知して廻った 。周辺の住民は、「失敗したら自分たちに被害が及ぶのでは」と毎回不安になるそうだ。

慣れた手つきで砲弾を迫撃砲に入れ、「行くぞ」の合図で発砲する。実験だから仕方ないが、予想をはるかに下回る迫力の無さに、思わず笑ってしまうほどだった。発砲は2度行われたが、いずれも砲弾は弧を描くように宙を舞い、わずか数メートル先に落下した。もちろん、本番で使用される砲弾と迫撃砲は、威力やスピードも増す。

次にサメルは、ペットボトル爆発実験を見せてくれた。同じくアルミ粉を使用するが、今度はペットボトルの中に粉を流し込む。サメルがくわえていたタバコをペットボトルの中に入れると、タバコの火が粉に着火し、中でパチパチと音を立て始めた。彼はそのままペットボトルを工場内に立てられたコンクリート壁の向こう側に投げた。

「10秒待て」と彼が言った瞬間、ペットボトル爆弾は大きな音を立てて爆発した。バン!という大きな破裂音はしばらく耳の中で響いた。「何が10秒だよ!」と思わず突っ込むが、周りのシリア人たちは「アッラーフアクバル!(神は偉大なり)」と笑いながら叫ぶ。

「ここだけの話、武器でいくら稼いでいるの?」と聞くと、「金儲けのためにやっているんじゃない」と彼は即答した。彼曰く、「密輸屋との取引などは一切していない」。本物のロシア製砲弾は1弾1500米ドル(約15万円)するが、彼は自分で造った砲弾を100ドル(約1万円)で自由シリア軍に売っているという(13年9月取材時)。

密輸商人のムスタファが取引している砲弾は、1弾300ドル(約3万円)だった。彼も相当な安値で仕入れた武器を、各勢力に売り渡しているのだろう。そうでなければ、各グループと良い関係は築けない。サメルは、手間暇かけて製造した武器一つ一つを、ほぼ原価に近い価格で売っている。「武器製造」 で内戦に加わっている感覚だ。だから利益のためではなく、反体制派の勝利のために武器を製造する。

「昨年は自由シリア軍としか取引していないって言っていたけど、今はどう?」。14年4月にメールで再度、サメルに状況を尋ねた。「ヌスラ戦線やイスラム戦線にも協力している。そこまでしか教えられない」との返事だった。その数ヶ月後、彼は約2年間使用してきた武器工場を閉じた。町内で政府軍による自動車テロが頻発したためだ。政府軍に武器工場の場所が知られれば、彼は真っ先に殺され、武器工場は政府軍の手に渡ってしまう。

その後は、彼自身も身の危険を感じたのか、フェイスブックのアカウントも削除してしまった。彼が今どこにいるのかはわからないが、反体制派のために、どこか場所を見つけて武器を造り続けているのだろう。

*円=ドル換算は2013年9月の為替レートによる.