パンデミック映画のファクトチェックをやってみた

遠からぬ未来、この世界は『アウトブレイク』『コンテイジョン』『28日後…』などのパンデミック映画で描かれるようなディストピアになってしまうのだろうか?
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP
パンデミック映画のファクトチェックをやってみた
Photos: 'Contagion' Trailer

映画は必ずしも現実に即してはいない。ハリウッドでは、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のオタクがチアリーダーとセックスすることもできるし、ホホジロザメが島の住民を襲撃することもできる。鳥の大群が人間に襲いかかることもあるし、細長い指のハゲた宇宙人が、空を旋回することだってある。

しかし今の状況を鑑みると、私たちはまるで映画館でお金を払って観る世界のなかに生きているような気がしてくる(まあ、何百万人が『Bargain Hunt』(※BBC Oneで放映中のお宝発掘番組)を観ながらジンジャービスケットをバカ喰いしている様子を描いた映画がヒットするとは思えないが)。

私はよく、人類の危機を描いた映画作品を観てはそのストーリーに震えていたが、今は自分が友だちと会うことで私たちのなかの誰かが病院行きになってしまう危険性があるため、友だちとはビデオ通話でしか話せない。TVをつけると、映画『コンテイジョン』のキャストが安全でいるためのアドバイスを送っている。今にもウィル・スミスがリビングの窓を破って家に入ってきて、「早くこのヘリに乗れ!」と叫ぶのではないか、と思うような世界だ。

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私たちがスクリーンで観て怯えていたディストピアに、今の世界はどれほど近づいているのだろう。それを知るべく、私はふたりのウイルス学者に、3本の人気パンデミック映画のファクトチェックをしてもらった。ぜひ読んで、泣き喚いてほしい。こんな世界で泣き喚いていないひとなんていないかもしれないが、いずれにせよ、今は頑張るしかない。

『28日後…』(2002)

VICE:『28日後…』では、人間を凶暴化するウイルスの感染が広まります。このように、感情がウイルスに支配されることはありえるのでしょうか?
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン ウイルス学 ディーナン・ピレイ教授:いえ、あり得ません。ただ、ウイルスへの反応が凶暴性というかたちで発現することはあります。狂犬病は神経系に影響するので、自分でコントロールできなくなり、錯乱状態になるなど特徴的な症状が出現します。それが怒りというかたちで現れる可能性はありますね。

本作では、感染者に噛まれてから20〜30秒で症状が現れますが、そんなに早く症状が出るウイルスは現実に存在するんでしょうか。
感染者が噛むことで感染するウイルスはありますが、そこまで早急に症状が現れることはないですね。ウイルスは増殖する必要があり、増殖には時間がかかります。まず、人の生きた細胞に侵入しないといけません。口のなかの粘膜を通して侵入することが多いです。そこから他の細胞へと広がっていきます。インフルエンザだと、何らかの自覚症状が出るまでに24時間はかかります。瞬間的に症状が出るものは毒素だけです。毒ヘビに噛まれれば数秒で麻痺してしまう。でも毒素は神経系に影響を与えるタンパク質なので、ウイルスとは違います。

本作のウイルスとCOVID-19との違いは?
COVID-19は、症状が出るまでに4〜7日、あるいはそれ以上の日数がかかります。そんなにすぐに症状が出ることはありません。

『アウトブレイク』(1995)

VICE:本作で描かれるような、密輸されたサルのベッツィから、カリフォルニアの小さな町でのアウトブレイクへとウイルス感染が拡大していく、というシナリオはどれほど現実的なのでしょうか。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 感染症研究者 ジェニファー・ロン博士:新しいヒト病原体が多くの場合動物由来だということは、現在の新型コロナウイルスのパンデミックをみれば明らかです。COVID-19はコウモリ由来だと考えられています。HIVは、1950年代のコンゴ民主共和国でHIVに感染したチンパンジーの肉に人間が接触したことが起源となった説が有力なので、チンパンジーから人間へ感染したウイルスです。

『アウトブレイク』の〈モターバウイルス〉のモデルになったエボラウイルスは、フルーツコウモリ、また人間以外の霊長類から定期的に感染が広まっていると考えられています。映画では、ウイルスは当初唾液や血液を介して感染していきますが、それは実に妥当な感染経路です。映画の設定のなかで唯一非現実的なのは、オマキザルをアフリカに棲息させたことです。このサルは〈新世界ザル〉と呼ばれ、南米に棲息しているので。また科学者が、1匹の小さなサルの血清の抗体をベースにした治療薬を数時間で完成させて、町の住民にそれを接種するというのも不可能です。でも現実には不可能だからといってハリウッド映画を責めるなんて面白くないですよね。

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シーダークリークでは握手がウイルス感染の経路となりました。現実でもそういうことは起きますか?
本作ではウイルス対策が徹底していないと思わざるを得ない所作が散見されます。ウイルス感染が拡大している場所で握手をしたり、すでにウイルスと接触した防護服を着た人物が何の防御もされていないひとと接触したり。映画制作にリアリズムを持ち込みすぎたらシナリオの力が弱まってしまうとは思いますが。バイオセーフティーレベル4の防護服は1990年代当時としては実に正確だと思いますが、しっかり空気が入っていないようにみえます。

作中では、米国陸軍がモターバウイルスを生物兵器として保管していることが判明しますが、こういうことは実際に起こっているのでしょうか?
もし私がその答えを知っていて、ここで答えてしまったら、あなたは殺されちゃいますよ! でも実際、これまで炭疽菌など生物兵器を使用した国はありますし、そういう研究がどれほど進んでいるのは誰にもわかりません。ただ、それらの予防となる対抗策の研究も進んでいるとは思いますけどね。もちろん、生物兵器は国際法で禁止されています。

将来、こういったことが起きる可能性は?
パンデミックは何度でも繰り返される、というのは確かだと思います。私たちが暮らすのはグローバル化が進み、ひとが溢れる世界ですし、人間はどんどん未開の地へと入り込み、これまで私たちが、そして私たちの免疫システムが触れたことのない動物や微生物に出会っています。来たるべきパンデミックが『アウトブレイク』で描かれたような惨事につながるかどうかは、ウイルスのタイプや危険性によって決まるでしょう。

本作では、当初接触感染で広まっていたウイルスが突然空気感染するようになり、インフルエンザのように広がりました。ウイルスがそのように突然変異することはあるのでしょうか?
ウイルスは変異します。ゲノム核酸としてDNAではなくRNAをもつ場合は特にそうです。様々な理由により、RNAのほうがウイルス複製サイクルで誤ったコピーが発生しやすいので。例えば毎年新しいインフルエンザの予防接種をしなくちゃいけないのは、インフルエンザウイルスが多様に変異するからです。絶えず外被タンパク質を変化させ続けて、人間の免疫システムを騙すんです。また、鳥や豚などの動物の細胞に侵入した際に、ウイルスがピックアップした宿主の遺伝子と交じり合い、一体化していきます。変異の程度が高ければ高いほど、ウイルスの毒性は強まります。1918年に発生し、世界に大ダメージを与えたいわゆる〈スペインかぜ〉などをはじめとするインフルエンザのパンデミックも、様々な動物を介してウイルスが変異していったために起こったとされています。

HIVのようなレトロウイルスは、何百万もの異なる種が患者の体内で〈群れ〉として存在します。変異率が非常に高いため、同じ構造のHIVウイルスというものはありません。雪の結晶のようなものです。

そうはいっても、血液や唾液を通して感染するウイルスが空気感染をするようになるまで変異するには、多くの高いハードルを超える必要があります。まず呼吸器の細胞に侵入することができるよう変異しなければいけないし、咳をすることで次の被害者にウイルスを撒き散らすようにしなければならない。エボラウイルスのようにすでに感染が拡大していた場合は、より入念な変異のための進化的選択を強いられることはありません。また、外被タンパク質をより強化する必要もあります。空気中で長く生存するのは容易ではないので。でも、起こる可能性は低いといえど、ウイルスに関しては〈絶対〉はありません。

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ウイルスの感染拡大を防ぐため、米国陸軍はシーダークリークの爆破を計画します。実際、そういった過激な措置が講じられることになる可能性はありますか?
ないことを祈りたいですね。

この作品で、特に博士が感銘を受けたシーンはありますか?
主人公のサム・ダニエルズ軍医大佐(ダスティン・ホフマン)が、上司のビリー・フォード准将(モーガン・フリーマン)に、新型ウイルスについて警戒通達の発令をするよう説得するシーンです。フォードは、ダニエルズがこれまで多くの誤った警戒通達を流してきたから今回も無駄になる、と冷たく一蹴するんですけど、これはまさに急所を突くような回答です。パンデミックを見越した備えのための財源や部署は、近年縮小され続けてきました。その理由は、上層部が深刻な感染爆発なんて起きない、と考えていたからでしょう。いっぽうで、専門家はパンデミックは不可避であると警告を続けてきました。ダニエルズの訴えが聞き流されたように、現実でも科学者たちの声は無視され続けてきたんです。〈顕微鏡レベルの敵〉を過小評価し、適切な備えを怠ってきた代償を、私たちは今払っているわけです。

『コンテイジョン』(2011)

VICE:本作のウイルスは、コウモリの食べかけのバナナを豚が食べたことが発生源でした。コウモリのなかに既に存在していたウイルスが豚のウイルスと交ざり、新しいウイルスへと変異。その豚は屠殺され、その豚を解体していたシェフが、手を水で洗わずにグウィネス・パルトロー演じるベスと握手をした。ベスはその手を口に入れてしまい、ウイルスに感染。この経路は、現実にもあり得ますか?
ディーナン・ピレイ教授:間違いなくあり得ます。新型コロナウイルスも、中国の食品市場で何種類かの動物のなかで交ざって発生したという説があります。市場にはコウモリなど様々な動物がいるので。宿主の動物が死ぬと、その体内でウイルスが生き残っていくことはかなり難しいので、食物の衛生状態が悪く、生きた動物が多くいる場所というのは、ウイルスが感染しやすい環境であることは確かです。

本作で登場するウイルスの致死率は20〜30%でした。この致死率は現実的ですか? それともここまで高いことはあまりないでしょうか。
可能性は充分あります。新型コロナウイルスの致死率は感染者の1%前後ですが、過去にはもっと致死率が高いウイルスがありました。例えば2002年のSARSコロナウイルスは、感染者こそ多くはありませんでしたが、致死率は9.5%。2012年、サウジアラビアで発生したMERSコロナウイルスの致死率は30〜40%です。

本作では、国民にウイルスの情報が広まると株式市場が崩壊し、旅行業界にも大打撃が起こるかもしれない、と危惧した政府が、ウイルスの危険性を控えめに発表します。また、メディアに情報が漏洩しないよう、科学者に治療法の研究の中止を命じました。実際にそういう状況になったことはこれまでありますか?
新型コロナウイルスの感染が広まり始めたとき、いくつかの国では起きている事実を隠すひとがいましたね。それはまさに、旅行業界や経済に与える影響を危惧したからです。中国政府は最初の2週間、このウイルスについてコメントを出しませんでした。被害が深刻化してからの情報開示は早かったですが。

本作のラストでは、アリー・ヘクストール医師がワクチンをつくり、自分に注射します。それで効果があると証明され、一般市民へのワクチン接種が始まります。そんなことは現実に起こり得ますか?
現時点で、科学者たちは市民へのワクチン接種を実現する道のりを短縮しようと努力しています。かつてはワクチン開発に5〜10年かかっていましたが、現在、新型コロナに関しては1年で実現できるようスピードアップを図っています。しかし、あなたが言ったようなことは現実には起きません。ひとりに有効だからといって、それ以上の臨床試験を行わずにいきなり国民全員に接種することはありません。ひとりに効果があっても、全員に効果があるかはわからないからです。

本作に登場する科学者たちが、ひとりの感染者が平均何人に感染させるかという人数を示す〈R-0(基本再生産数)〉について話し合いますよね。最初はゆっくりでしたが、時間が進むに従って、最低4人となります。これはあり得ることですか?
どんどん致死率が上がっていくウイルスというのは基本的にはありません。ウイルスを意識のある人間として考えたとき、彼らの関心は感染者をすぐに殺害することではないはずなんです。なぜなら宿主を殺してしまったら、ウイルスも存在できなくなってしまうから。彼らには宿主が必要なんです。成功したウイルス、すなわち長く生きられるウイルスというのは、病気の原因にはならない。大概のウイルスは、時を経るにつれてどんどん毒性が低くなっていきます。

This article originally appeared on VICE UK.