Art

世界のビジュアル・アーティスト連載 ゆVIっCE! 01.GEE VAUCHER

シリーズ企画、「若き写真家が見る歪んだ世界」で写真家としての活動を紹介した弓場井宜嗣。そんな彼がRE/Search時代の経験を生かし、執筆業をスタート。弓場井自身が敬愛する世界のビジュアル・アーティストの作品とインタビューを綴る連載。第1回はCRASSのアートワークを担当したジー・バウチャー。

by VICE Japan
23 December 2015, 10:10am
Feeding of the 5000: 1978 ガッシュ

ジー・バウチャー(Gee Vaucher)がサンフランシスコでの初の個展をJack Hanley Galleryで開催した2008年1月、僕はRE/Searchの編集長であるV.ヴェイル(V.Vale)の書斎を寝床にしていました。その空間は、カーテン一枚で分けられ、仕切りの向こうには、ジーが滞在し、生活していました。十代のころ、パンクに感化された自分にとって、CRASSはあまりにも特別な存在でした。そのアートワークを担当していたジーは、視覚芸術を志す自分にとって現代最高の芸術家でしたから、舞い上がる反面、異常に緊張したのを覚えています。しかし、彼女はその偉大な業績にも関わらず、高尚な態度をとるどころか、一人の友人として、僕に接してくれました。

当時、僕は写真集を製作するため、寝ても覚めても写真を撮ることばかり考えており、夜な夜なジーの寝ている横をすり抜けてはテンダーロイン地区へ撮影に出掛けていました。手ごたえを感じる反面、誰にも理解されないことに強い不安といら立ちを抱いていましたので、状況を何とか打破しようと、なけなしの勇気を振り絞ってジーに写真を見てもらいました。まず、ビビりつつ、なんとなく彼女の様子を窺おうしました。自信作、というよりは、写真を始めたころに撮影したカラーの作品を見せました。それに対して、「良くない」とスッパリ。しかし、その後見せた、モノクロの作品には、「感動した」と思いがけない反応。その言葉に随分勇気付けられたのと同時に、厳しくも嘘をつかないジーの美しい心に初めて触れた瞬間でした。
その数日後、急遽RE/Searchがイベントを主催して、別の友人宅へ泊まっていた彼女の盟友ペニー・リンボー(Penny Rimbaud)のポエトリー・リーディング、それに加え、ジー、ペニー、ヴェイル、三人のトーク・ショウが開催されました。そこに、ウィンストン・スミス(Winston Smith)、DEAD KENNEDYSのジェロ・ビアフラ(Jello Biafra)も駆けつけ、イギリスとアメリカを代表するパンク・バンドのリーダーとビジュアル・アーティストが対面する貴重な瞬間に遭遇することができました。
ジーとペニーがイギリスに帰国した後も、ジーとは半年に一度くらいメールのやり取りをしていましたので、2014年にヨーロッパを旅した際、ジーとペニーが住む###span class="foot-note in-active" data-footnote="60年代中頃、ペニー・リンボーがロンドン郊外をバイクで散策中、偶然見つけた16世紀の建物。CRASSが活動の拠点とした自給自足のコミューンとして知られる。現在はペニーとジー、猫のビッグ・ボーイのみが生活している。 "###ダイアル・ハウスを訪ね、2人との再会を果たしました。そのときに見せたポートフォリオがきっかけでジーにVICEを紹介してもらい、今回の連載に繋がります。第一回目は、ジー・バウチャーに感謝の気持ちを込めて、日本初となる、彼女のインタビューから始めたいと思います。

Domestic Violence: 1979 コラージュ

まずCRASSを始める以前は何をしていたのですか?

人に作品を提供する前はフリーのイラストレーターとして自分の作品を作って収入を得ていました。

ペニー・リンボーとはどのようにして出会ったのですか?

私たちは1961年から65年の4年間アート・スクールで一緒でした。彼の方が少し入学が遅かったんだけど、すぐに仲良くなって。

あなたの作品を観るとジョン・ハートフィールドを思い起こさせるのですが、彼の作品には影響を受けましたか?

あなたの言う通り、ジョン・ハートフィールドの作品は好きだし、彼のような偉大なアイデアが自分にもあればと思うくらい影響されています。ただ、彼の作品と出会ったのはアート・スクールを卒業してからずいぶん経ってなんだけど。

あなたはダダシュルレアリスム、そしてポップ・アートからインスピレーションを得ているようにも感じます。

私はダダやシュルレアリスム、ポップ・アートだけじゃなく、あらゆるアートからインスピレーションを得てきたし、今も刺激を受けています。ある特定のアート・ムーヴメントに絞るのが難しいのは、点描派やダダ、マニエリスムからポップ・アートまで様々な流派の模倣を試みたからで、そうやって色々なスタイルを何度も何度も行ったり来たりしながら多くを学んできました。結局は自分なりにではあるんだけど、それら全てを取り入れて受け入れています。

僕はヤン・ファン・アイク初期フランドル派の絵画にイタリア・ルネサンスよりもずっと興味をもっているのですが、あなたはいかがですか?そしてフランドルの画家たちこそが反権威的な美術の核になると考えています。

それは私も正しいと思う。イタリアの画家たちは人間を神に似せて描いたけど、フランドルの画家たちは人間を完璧な存在として描くのは神への冒涜と見たかもしれないと、私は感じています。実際にボッシュブリューゲルのような画家はありのままの人間の姿を描いたし!ただ、私はフォルム、そして絵画の構成の仕方という点でマニエリスムの画家たちに惹かれています。

初期フランドル派は好きですか?

すごく好き。初期フランドル派の絵画には、とても好奇心を掻き立てられて。神への大きな畏敬の念が感じられます。一説にはボッシュは自由精神兄弟会という宗派に属していて、その宗派はエデンの園から追放される過程で、アダムの潔白を証明するための試みとして性的乱交を実践していたとか。おもしろい話だけど、まさかね(笑)。

現代でいうと多くの作家がマルセル・デュシャンの罠に掛かっていて、絵画の伝統は途絶えてしまったように思えます。 これについてどう思いますか?

何世紀もの間そうだったように、現代の絵画も流行や時代の要請、もしくは作家自身がいつものやり方で安心できて、何が売れるかわかってる。そういった要素とともにあります。何か不変のもの、意味があるもの、示唆に富んでそして偉大なものを成し遂げるのは内なる衝動に従う作家たちだけ。問題はピカソたちの時代と違ってそのような作家を金銭的に支援する後援者がほとんどいないことだと思う。

ところで、ミュージシャンではなくビジュアル・アーティストになった理由は?

みんな若い頃にそれぞれ自分を表現する方法を編み出すでしょ。悲しいことに多くの人が、学校教育を受けるに従ってそれらを置き去りにしてしまったり眠らせてしまったりするけどね。誰もが自分をクリエイティヴに表現する手段を必要としていると思う。最も分かりやすく尊重されているのは美術や音楽、そしてものを書くことだけど、実際は自分を表現する方法なんてなんでも良いと思う。例えば料理やガーデニングとか、おいしい紅茶を淹れるとか。みんな創造的な表現が健康と正気を保つためにどれほど大切か忘れているだけだと思う。

では、あなたは作品にどんなメッセージを込めていますか?

私は作品にメッセージを持たせることはしないです。ただ描き、興味を持ってくれる人がいればそれをシェアするだけだから。

作品に対して怒りを込めて創造することはあるのですか?

これもそうなんだけど、私は常に怒っている訳ではないし、怒りを糧に作品を作っている訳でもない。自分の情熱の根源がなにか?という問いならば、不公平というのが一つの答えになります。

では、インスピレーションという点では何から得ていますか?

日々の生活全てかな。毎日目覚めてからどんな霊感を得るか、どんな考えが照らし出されるか分からないから。いつも自分を可能な限りオープンに保って何も見逃さないように努めています。もちろんそう上手くは行かないんだけどね。

Welcome Home: 1982 コラージュ
Ideal Home: 1983 コラージュ

モノクロの表現をよく使う理由は?

私はモノクロームのイメージが好き。CRASSにも合っていたしね。その頃はカラーで印刷したくてもできなかったという理由もあるんだけどね。

今でも絵を描き続ける理由は?

絵だけを描いている訳ではなくて、頭の中にあるものを表現するために何でも使うし試すから。映像や彫刻、そして版画も。どんな方法を選んでも、私の頭と手とを結ぶ回路を塞がれるようなことはあまりないから。コンピューターを使うわけではないからね。もちろんコンピューターにはふさわしい場所も用途もあるけど、あまりにも多くの作家たちが自分の手を使うこと、そして自分の思考を近くにとどめて置くことを諦めてしまっている。自分の代わりにデジタル・プログラムという形で他人の頭を使うことを選択しているけど、その結果として私が目にする作品の多くは優れてはいるけれど、魂が宿っていないの。これは絵画のギャラリーに行っても同じことで、その多くは良くできていて時代にも合っているけれど、死んでいます。

コラージュを使うのはなぜですか?

私がコラージュを使い始めたのはニューヨークに住んでいた70年代。色々な雑誌用にイラストを描く仕事をしていて、毎日締め切りに追われる日々が続いていたんだけど。ある時一晩でイラストを描く依頼が入って来て。当時はまだ細密な描写の作品しか描いていなかったから、そんな作風じゃとても間に合わなくて。困ったあげく、イラストとコラージュを混ぜるというアイディアで遊んでみたら、その作品がすごく気に入ったし、楽しかった。締め切りにも間に合って、クライアントも気に入ってくれて。このころからコラージュのみの作品も作るようになります。今は自分が表現したいことに最も合っている方法だと感じたらコラージュを使うけど、次の日はコラージュではなく絵筆を持つこともあります。

あなたの作品は写真、特にダイアン・アーバスの作品とのつながりを感じさせます。あなたたちは二人ともポップの裏側を暴いているように思います。アーバスの写真からは影響を受けましたか?

彼女の写真には強く訴えかけるものを感じたけど、同時に絶望も感じました。私の場合は全く希望が感じられない作品を作ることはできないから。だから彼女が自殺したと聞いても、まったく驚かなかったのを覚えてます。

誰かに師事されましたか?

特には。

Oh America: 1990 ガッシュ
Dictator: 2004 アクリル

あなたのお気に入りのアーティストは?

そうね、ゴヤ、ピカソ、ホックニー、エルンスト、レンブラント、デ・クーニング、クラナハ、べラスケス、バーン=ジョーンズ、ミロ等、たくさんいます。

最近のプロジェクトにはどんなものがありますか?

新しい映画と本が一つずつ進行しています。

Welcome to Palestine: 2008 コラージュ
Flight: 2014 複製画の上にガッシュで彩色 (未発表作品)

2006年にニューヨークのチェルシーで大きなショーを開きましたね。 美術界の反応はどうでしたか?

それほど大きなショーでもなかったけど、観に来てくれた人たちはとても気に入ってくれたみたい。ただそんなことはどうでもよくてショーができたことが、ただただ嬉しかった。

次の計画について教えて下さい。

そうね、明日が来たらまた聞いて(笑)。

ジー・バウチャー Photo By Yoshitsugu Yubai

弓場井宜嗣

21歳のときに渡米しRE/Searchに住み込み、編集者V.ヴェイルに師事する傍ら、フォトグラファーとしての道を志す。代表作は「SAN FRANCISCO」。また、RE/Searchでの経験を生かし、執筆業もスタートさせる。

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