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2019年の今こそ『イングロリアス・バスターズ』が必要だ

ホロコーストの復讐を題材にしたクエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』は公開から今年で10年。史実に基づいてはいないが、現代に生きる私たちに爽快感と力を与えてくれる作品だ。

by Alex Zaragoza
25 September 2019, 8:29am

Photo credit: A Band Apart; The Weinstein Company; Universal Pictures

2009年に公開された映画『イングロリアス・バスターズ』は、第二次世界大戦期のフランスでナチス狩りを実行するユダヤ系米国人からなる秘密部隊〈バスターズ〉が活躍するという設定で、ユダヤ人が夢見るダークな復讐劇と評された。本作のプロモーション期間中、監督・脚本を手がけたクエンティン・タランティーノは米『Village Voice』紙のエラ・テイラーによるインタビューでこう答えた。「昔から、ユダヤ系米国人による復讐譚のアイデアについて、ユダヤ系男性の友人たちに話してた。そしたらみんな『そういう映画が観たいんだよ。他の物語はクソどうでもいい。それが観たい』って答えてくれて、僕のやる気にも火がついた。僕はユダヤ系じゃないけどね」

ここ数年、米国における反ユダヤ主義や憎悪犯罪は増加している(2018年の反ユダヤ暴行の被害者は59人で、2017年の21人に比べると約3倍を記録)。その片棒を担ぐのが、トランプ政権の差別主義的な発言と政策だ。今や、タランティーノの〈あったかもしれない空想の歴史〉は、2009年の公開時以上に深く社会に共鳴する。

前述の〈バスターズ〉と呼ばれる秘密部隊の8人が本作の中心人物だ。部隊のリーダーは〈アパッチ〉と呼ばれるアルド・レイン中尉(ブラッド・ピット)。ネイティブアメリカンの血を引く、南部訛りが強烈な男だ。彼が率いる部隊が実行する任務はただひとつ、ナチスを殺すこと。彼らはカギ十字の入った腕章を着けている人間を見つけては殲滅し、さらにその頭皮を剥ぐ。敵をバットで撲殺することで怖れられている〈ユダヤの熊〉こと、ボストン出身のドノウィッツ軍曹(イーライ・ロス)など、悪名高く有能なメンバーたちの手により、非人道的に任務はこなされていく。

それと並行して、映画館のオーナーでユダヤ系フランス人のショシャナ・ドレフュス(メラニー・ロラン)の物語も展開される。幼い頃、〈ユダヤハンター〉の異名をとるナチス親衛隊のハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)に家族を惨殺され、すんでのところでひとり生き延びた彼女は、自分の映画館でナチス高官が集まるプロパガンダ映画の上映会が開催される機会を狙い、ナチスへの復讐を計画する。

クライマックスは炎に包まれる劇場での激しい銃撃戦だ。スクリーンに映し出されたショシャナが自らを「ユダヤの復讐の顔」と宣言すると、映画館に集まったアドルフ・ヒトラーとヨーゼフ・ゲッベルスをはじめとするナチスたちが一気に殺されていく。その殺戮はあまりに残忍だが、観る者に不思議と爽快感を与える。

『イングロリアス・バスターズ』は復讐を求めるひとにとってまさにかゆいところに手が届くような作品だ。タランティーノ作品には暴力がつきものだが、本作における暴力は、それまでのタランティーノ作品の基準すら超えるほど過激。大勢のナチスが生きたまま焼かれ、頭をかち割られ、頭皮を剥がされ、全身に銃弾を浴びる。自らの残虐行為から一生逃げられないように、カギ十字を額に彫られる者もいる。本作は史実に基づいてはおらず、むしろ事実とはほど遠いが、このあまりに野蛮な暴力の対象がナチスだと思うと、この残虐性にワクワクしないでいることは難しい。

米国で白人愛国主義やナチズムが復権しつつある今、自発的に〈自警〉に務めることで正義を実現しようと考えるひともおり、そして、世間でもそれが歓迎されているようにみえる。たとえば2017年、極右集会の〈Unite the Right rally〉が主催した記者会見のステージで、白人至上主義者のジェイソン・ケスラー(Jason Kessler)の頭部を殴ったジェフリー・ウィンダー(Jeffrey Winder)には、罰金1ドルが科されただけだった。また、2017年のトランプ大統領就任反対デモ後のインタビュー撮影中、男に殴られてそそくさと逃げるオルタナ右翼の指導者リチャード・スペンサー(Richard Spencer)の映像は、2000年代にヒットしたダルードのダンスチューン「Sandstorm」からフィル・コリンズの「In the Air Tonight」まで様々な曲とミックスされて人気ミームとなった(オリジナル映像も2019年9月13日時点で約380万回再生されている)。ナチスを叩きのめすなんて間違っている、と主張する倫理学者もいるが、彼らの頭に怒りの鉄拳をくらわせることは道徳的な義務だ、という意見も少なくない(かのビリー・ジョエルなど、むしろナチスはそれを必要としている、と思っているくらいだ)。

本作の改変されたホロコーストと第二次世界大戦の物語は、ヒトラーとユダヤ人大量虐殺に寄与してきたその仲間たちの凄惨な死で幕を閉じる。ナチスへの攻撃に関する倫理観のレベルは各々違うだろうが、『イングロリアス・バスターズ』が提示する結末は、考えうる限り最高の報復だ。私たちが拳をきつく握り、ナチスに痛みの雨を降らせるとき、彼らはたとえ一瞬であっても恐怖と、不当と思える痛みと、暴力を身にしみて実感するはずであり、それはナチス自身が他人に与えてきたものなのだ。

2019年の今こそ、私たちには『イングロリアス・バスターズ』が必要なのかもしれない。蔓延する差別主義にうんざりしている私たちが、何も考えずに、ただただ躍動する暴力を楽しむことのできる場所として。そしてたとえ束の間でも、たとえ逃避であろうとも、〈存在しない現実〉で、正義が成される爽快感を味わうために。この物語を観たあとの私たちは、今の社会で憎悪犯罪を犯す人間たちと闘うために、自らを奮い立たせることが前よりもずっと簡単になったように感じるだろう。

This article originally appeared on VICE US.