なぜ私たちは同じ曲を繰り返し聴きたくなるのか

私は困っている。気に入った曲ばかりをひたすら聴いてしまう。意図的ではない。無意識のうちにだ。気づいたときには遅すぎる。頭のなかである曲を再生し、その曲の様々なパートを反芻する。そうすると、何度もそれらのパートを聴きたくなってしまう。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP
なぜ私たちは同じ曲を繰り返し聴きたくなるのか
Graphic work by George Smart

私は困っている。気に入った曲ばかりをひたすら聴いてしまう。意図的ではない。無意識のうちにだ。気づいたときには遅すぎる。頭のなかである曲を再生し、その曲の様々なパートを反芻する。そうすると、何度もそれらのパートを聴きたくなってしまう。

心配そうな、そしてあからさまにイライラした友人や同僚たちにより、私はこの問題を自覚させられた。彼らによれば、私が不健全なまでに繰り返し同じ曲を聴くことで、彼らにとっても私自身にとっても、曲が「台無しになっている」そうだ。確かに、少なくとも5~10回連続再生の試験をくぐり抜けないと、私のお気に入りソングには認定されない。

しかし、友人も同僚も、彼らの主張の正しさを直ちに証明できるわけではない。また、ソクラテスの言葉を借りれば、私は自分の無知を知っているだけだ。そこで私は、同じ曲のリピート再生が本当に不健全なのかを知るために、この道の専門家に教えを請うことにした。その相手として、デンマーク音楽アカデミー(Royal Danish Academy of Music)の教授で、デンマーク第2の都市オーフスの〈Center for Music in the Brain〉センター長も務めるピータ・ヴースト(Peter Vuust)ほどの適任者はいないだろう。

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Photo courtesy of Peter Vuust

ヴースト教授は、第三者から見ても確かに賢い。特に、音楽と脳科学では抜きんでている。しかもジャズミュージシャンでもある。

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Photo by Mads Bjørn Christiansen

この度はお時間をいただきありがとうございます。私は、同じ曲をとにかく繰り返し聴いてしまうという問題を抱えているんです。ある曲を好きになると、何度でも聴いてしまいます。周囲の人びと、特に毎日私の隣に座る同僚たちに多大な迷惑をかけています。まずは、音楽を聴いているときに、私の脳内で何が起きているか教えてください。
私たちが音楽鑑賞を好み、曲をリピートしたくなるのは、その行為が脳内の報酬系へ作用するからです。報酬系とは、人間が生きていくうえで善い行動をしたときに活性化し、快感を与えてくれるシステムのことです。それにより私たちは、食事から快楽を、セックスからはそれ以上の快楽を得るのです。それは生来のもので、私たちが生きていくのに必須の行動を繰り返すよう促すための生理機能です。
音楽がもっとも頻繁にリピートされる芸術作品である、という事実には、報酬系が関与しているでしょう。映画や本は、リピートするとしても2~3回ですよね。でも音楽は、何度も何度も繰り返します。また、音楽は、もっとも反復を含むアートフォームでもあります。

では、ポスト・マローン(Post Malone)の〈Rockstar〉を、1日4~6回聴くことが必要だ、と脳が思い込んだとき、私の生理機能には何が起きているんでしょうか。
説明は難しいのですが、音楽が報酬系に影響することはわかっています。もちろん個人差があり、比較的影響されやすい人もいます。逆に、音楽にまったく関心がない人もいて、そういう人たちは、音楽を聴いても報酬系が不全であると確認できます。彼らは特に好きな音楽もなく、どうして音楽鑑賞に時間を費やす人がいるのか理解できません。一方で、好きな音楽を聴くと身震いしてしまう人もいます。それに関わるのは、報酬系で分泌されるドーパミン、脳内麻薬です。脳内のドーパミン放出を誘発するドラッグもあります。

音楽鑑賞と同様に、ドーパミンを分泌させるドラッグとは何ですか?
音楽は、生存のシステムに実に多大な影響を及ぼします。少々、コカインに近いですね。ただ、脳への作用の仕方は、ドラッグによって違います。すべてのドラッグが、ドーパミン神経系にある程度作用します。コカインやアンフェタミン、それらに類似した薬物を摂取すると、脳には様々な影響が及ぼされるんです。とはいえ、経験者から聞いたり、文献で読んだりしただけで、私自身が試したことはありません。だから、音楽と比較して具体的な話をすることは難しいですね。

では、私が同じ曲を何度も聴くのもそういう仕組みだと?
その点ではあなたは少々特別ですね。おそらく軽い依存状態でしょう。食べものではよくあることです。ただ、食べものへの依存症のほうが不健全ですが。

例えば、しょっちゅうマクドナルドが食べたくなるとか?
まさにそうです。満腹状態なのに、目の前にあるキャンディ・ボウルに手を突っ込んでしまう、というのもそうですね。音楽やドラッグも同様です。生きていくのに不必要な行動が、いつのまにか生存のシステムに入り込んでしまう。ただ音楽に依存しても、生きていくには無害なので大丈夫です。

聴きすぎてその曲が嫌になるとき、脳では何が起きているんですか?
何度も同じ曲を聴いて、山なりのグラフの頂点に達してしまったら、曲を聴いても新しい情報を得られなくなります。人間の生理機能は、それにかなり敏感に反応します。頂点に達すると、グラフは下がっていくいっぽうです。おそらく、あなたのグラフの曲線は、友人や同僚よりも長いのでしょう。つまりあなたは、新しい情報を得られない、と脳が判断するまで、みんなより時間がかかるという意味です。

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そんな…。私はみんなよりも多くの情報を得ているという可能性はありませんか?
例えば、ミュージシャンはそうでない人たちよりもサウンドの小さな変化に敏感です。確かに、あなたの場合も、音楽から多くの情報を得ることに秀でているのかもしれませんね。

その説のほうが気分がいいです。例えばNICKELBACKが大嫌いな人が、がんばって〈How You Remind Me〉を100回リピートで聴こうとしたらどうなりますか? 曲を好きになりますか?
それも個人差があります。私のような学者を例にしてみましょう。私はプロの音楽家でもあり、教授でもあります。なので、そうではない友人たちと比べると、私はTHE BEATLESよりクラシックのほうが好きだ、というほうがいいでしょう。人間には、特定の集団と自分を同一化したいという強い本能的欲求があります。そして音楽は、そのための重要な手段です。若者は〈Roskilde Festival〉(※デンマークの音楽フェス)に参加します。会場では、自分たちの若さ、自由、ほとばしるエネルギーを表現する手段が音楽なんです。本人たちはそれを自覚していませんが。で、何でしたっけ、ニッコ…

ニッケルバック、です。
とあるバンドが世間で嫌われている場合、それは所属集団の問題にもなります。生物学的問題だけではなく、社会学的、心理学的問題にも関わるんです。

どうして人それぞれ好む音楽は違うのでしょう?
私たちは音楽を様々なかたちで使います。オペラが好きな人は劇場にオペラを観にいき、ある人はスタジアムで合唱します。脳は人それぞれです。外見がみんな違うように、中身も違うのです。

ご自身はどんな音楽をよく聴きますか?
私はジャズやリズミック・ミュージックを聴いてますね。今は、ギタリスト、ジョン・スコフィールド(John Scofield)のアルバム『Hand Jive』( 1993)をよく聴いてます。90年代の発売当時も聴いてはいましたが、ここまでハマってはいませんでした。

健康に直接的に支障が出る音楽鑑賞の頻度はありますか?
音楽はかつて、拷問として使われていたこともあります。例えばグアンタナモ収容所では、ヘヴィメタルの曲のいち部を繰り返して、被収容者に聴かせていました。文化的にも、生物学的にもよろしくはありませんでした。ただ、個人的には音楽に良いも悪いもないと思います。