インディー・ロック師弟対談:TEENAGE FANCLUBとDEATH CAB FOR CUTIE

ノーマン・ブレイクとベン・ギバードが、インディー・ロックのソングライティングの頂に君臨した30年を振り返る。

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dec 29 2018, 6:27am

iTunesのmetaタグやSpotifyのアルゴリズムが〈インディー・ロック〉を〈ギターを使った音楽〉を総括するひとつのワードに貶める以前、このジャンルは、重要視すべきひとつのカルチャー内勢力だった。私たちがいまだに固守するギター/ベース/ドラムというバンドの基本構成をかたちづくったインディー・ロックは、80年代後半に誕生し、ポップミュージックとロックンロールを席巻。溢れる感情とヘッドホンを埋め尽くすギターワークで、ポップとロックのいがみ合いを解決に導いた。

インディー・ロックの雄、TEENAGE FANCLUBとDEATH CAB FOR CUTIEは、結成に10年の隔たりがある。TEENAGE FANCLUBは、90年代初頭のオルタナブームを代表するスコットランド出身バンド。一方2000年代最初のインディー・リバイバルの流れに乗ったDEATH CABは、アリーナ級のバンドまで上り詰め、テレビドラマシリーズ『The OC』にもゲスト出演を果たした。もし、2000年代にクラブの〈インディー・ナイト〉で、このふたつのバンドの曲を熱唱したことがない、というなら、当時のあなたがいったい何をしていたのか、甚だ疑問だ。年代は違えど、それぞれのフロントマンのソングライティングの味わい深さには近いものがあり、DEATH CABのフロントマン、ベン・ギバード(Ben Gibbard)がノーマン・ブレイク(Norman Blake)率いるTEENAGE FANCLUBに多大なる影響を受けているというのもうなずける。

2017年7月、ベンは、いちばん好きなバンドのいちばん好きなアルバムだというTEENAGE FANCLUB『バンドワゴネスク』(Bandwagonesque, 1991)をセルフプロデュースで全曲カバーし、リリースした。インディー・ロックの過去、現在、未来について、ふたりがDIYな対談を繰り広げる。

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バンドワゴンが動き出す

ベン・ギバード:当時僕は、13か14歳の少年で、シアトルから湾を挟んだ向かいにある、ブレマートン(Bremerton)という小さな街に住んでいました。みんな、南カリフォルニアのパンクロックを聴いてましたね。BAD RELIGIONとかCIRCLE JERKSとか。それはそれで良いですよ。でも、僕の音楽ではなかった。僕は、パンク小僧でも、悩める少年でもありませんでした。父親に、THE BEATLESやTHE ROLLING STONESを聴かされて育ちました。『バンドワゴネスク』を聴いたときは、まさにかゆいところに手が届いたというか、「これは僕のための音楽だ、メロディも、構成も、ハーモニーも、すべて僕のためのものだ」って思いました。そして同時に、このアルバムはとてつもないエネルギーを内包していた。サウンドはざらついて歪んでいるけれど、そこに立ちのぼるのは実に美しいラブソング、実に深い歌詞でした。恋に落ちましたね。あなたに話したかどうかわかりませんが、実は僕、ギター雑誌から切り抜いたあなたとレイモンド(・マッギンリー)(Raymond McGinley; TEENAGE FANCLUBのギタリスト)の写真を、高校のロッカーの内側に貼ってたんですよ(笑)。 高校生ならみんな、ロッカーには女子の写真とかパンクバンド、メタルバンドの写真を貼るじゃないですか。でも僕のロッカーに貼ってあったのはあなたとレイモンドだったんです。僕がギターの練習を始めたのは12歳か13歳のときで、その頃のギター雑誌にはスティーヴ・ヴァイ(Steve Vai)、ジョー・サトリアーニ(Joe Satriani)、あとEXTREMEのギタリストとか、しょうもないラインナップばかり載っていました。でも1991年を境に、ギター雑誌も渋々ながら、切り裂くようなギターソロを演奏しないバンドを認めざるを得なくなった。痛快でした。

ノーマン・ブレイク:それが大転換の合図だったんだね。前の時代が終わったのがそれでわかった。そして突然J・マスシス(J Mascis)やSONIC YOUTHが現れた。SONIC YOUTHは、ギター使いとか、変わったチューニングとか、そういう点で非常におもしろいバンドだった。リックを繰り出す速さとかじゃなくて、ディテールの話。別々のチューニングがされた2本のギターが、どう複雑に絡み合うかとか。

ベン・ギバード:ずいぶん若いときの話ですが、DINOSAUR JR.の曲の楽譜が『Guitar Player』に載ってることに、メタルヘッズたちが楽器屋で激怒してたのを覚えてます。僕はあの大転換について、まるでみんな毎食デザートを食べていたかのようだったな、ってよく考えてます。あるとき、お腹はいっぱいなのに栄養が足りてない、と気づいたんです。そして栄養たっぷりな音楽が、最前線に躍り出た。それが当時、1991年の音楽シーンで起こったことなんじゃないかと。

シアトルからスコットランドへ、そして逆輸入

ベン・ギバード:英国でライブをして気づくのは、この国には常に〈全部みんなのバンド〉っていう意識があるってことです。特にロンドンはそうですね。地元意識はあまりなくて、むしろキャリア至上主義が強い気がします。グラスゴーについては、米国のインディー・ロック・シーンに似たミュージシャン・コミュニティという印象を抱いています。多くのバンドが友だちで、みんないっしょに育って、それぞれのアルバムに参加して、いっしょにツアーを周って、ホテルではそれぞれの階に遊びにいって…。僕自身がツアー・ミュージシャンとしてグラスゴーを訪ねたとき、そんな経験をしました。ユーモアのセンスや、音楽を演奏することへのモチベーションが似ているな、とすぐに気づきました。「好きだからやってるんだ。もしこれで成功すれば最高だし、成功しなくてもやめることはない」っていう精神です。グラスゴーのシーンをより深く掘り下げたら、どのバンドも好きになってしまいました。

ノーマン・ブレイク:実際のつながりもあるんだよ。スティーヴン・パステル(Stephen Pastel; THE PASTELS)は、80年代中頃にレーベル〈53rd & 3rd Records〉を経営していて、THE VASELINESと契約し、BEAT HAPPENINGのアルバムをリリースした。カート・コバーン(Kurt Cobain)はBEAT HAPPENINGのカルヴィン・ジョンソン(Calvin Johnson)経由でTHE VASELINESを聴いたんだ。彼らが顔を合わせた場には、僕もいたんだよ! 『ブリーチ』( Bleach, 1989)ツアー中のNIRVANAが、THE VASELINESに、再結成してエディンバラのライブに出てくれないか、って頼んだんだ。僕も、グラスゴーからエディンバラまで、彼らに同行した。みんなバスの後部座席で、安いワインで酔っぱらってたよ。会場に着いてなかに入ると、クリス・ノヴォセリック(Krist Noveselic; NIRVANAのベーシスト)がいた。楽屋に向かうと、カートが濃いアイライナーを引いてるところだった。驚いたのは、カートがこちらを振り返って叫んだとき。「うわ、ユージン・ケリー(Eugene Kelly)だ! やばい、ユージン・ケリーがいる! 超ファンなんです!」。ただの大ファンだったよ。こういうつながりは、かなり強固だった。シーンの雰囲気も近かったしね、間違いなく。

ベン・ギバード:僕もユージンと会ったときにはまったく同じリアクションをしちゃいました。ノーマン、あなたに会ったときもですけど!

出会いについて

ベン・ギバード:メールでは以前にも少しやりとりしてましたが、僕たちが初めて対面したのは2005年、日本でだったと記憶しています。僕にとっては特別だったので、あの瞬間のことは覚えてます。僕たちは立ってTHE LA’Sを観てました。バンドが〈ゼア・シー・ゴーズ( There She Goes)〉を演奏し始めたとき、あなたがこちらを向いて、「ポップソングのクラシックだね。これがヘロインの歌なんておかしいよなあ」っていったんです。あれにはびっくりしました。僕はあの曲を、そういうふうに解釈したことがなかったんです。大好きなバンドのシンガーが、人生を通して愛してやまないのにいちども深く考察したことのなかった曲について、僕に教えてくれました。本当に感謝しています。

ノーマン・ブレイク:どういたしまして。そのときってOASISも出演してたよね?

ベン・ギバード:はい、OASISは、道を挟んで向こう側にある、いちばん大きなステージに出てました。OASIS解散前の、最後のほうのライブだったんじゃないですかね。とにかく、ノーマンの大ファンの僕としては、あなたをより深く知れることはまさに何物にも代えがたい幸せです。

『バンドワゴネスク』の再解釈

ノーマン・ブレイク:君の『バンドワゴネスク』プロジェクトみたいな試みの興味深い点は、別の人がつくった音楽を聴いて再解釈するときに、他人の創作プロセスを覗き見れることだ。それっておもしろいよね。君の『バンドワゴネスク』は聴いてるよ。本家のほうはもうずいぶんと聴いてないけどね。君がこの企画をやろうと決めてくれて、本当に光栄だよ。

ベン・ギバード:このプロジェクトについて告知したとき、THE CRIBSのギャリー(・ジャーマン)(Gary Jarman; THE CRIBSのベーシスト)が、僕にメッセージを送ってきたんです。「〈ザ・コンセプト(The Concept)〉のあの激長いアウトロだけはやめてくれるとありがたい」って。「むしろもっと長くするつもりだけど」って返信したら、ギャリーから「やった、僕の逆心理が効いた!」ってメッセージが届きました。あのアウトロは、僕の頭のなかで永遠に流れていてほしいくらいですから。

ノーマン・ブレイク:僕のなかでも、何十年も流れ続けているよ。

若い世代へバトンをつなぐ

ノーマン・ブレイク:最近、カナダのALVVAYSっていう最高のバンドを観にいったよ。

ベン・ギバード:うわ! 本当ですか! ALVVAYSはすごく良いですよね! 彼女(モリー・ランキン; Molly Rankin)はすごく才能あるソングライターです。やばいです。セカンドアルバム『アンティソーシャライツ』(Antisocialites, 2017)もすばらしかった。彼女の言葉運びには心から驚嘆しますし、ソングライティングも最高です。アルバム1曲目の〈In Undertow〉には、あなたも参加してますよね?

ノーマン・ブレイク:そうなんだ。彼らは本物だね。若いバンドがここまでワクワクさせてくれるってすばらしいよ。

ベン・ギバード:でも新しい音楽のなかには、僕にはわからないものも結構あります。例えばヤング・リーン(Yung Lean)。北欧のヴェイパーウェイヴ・アーティストです。良いと思わない、ってわけじゃなくて、そもそも彼の音楽を評価できる基準が僕のなかにないんですよね。でもむしろ、そういうふうに感じられてよかったな、って思います。だって僕は、彼の音楽を理解しなくていいんだから。DEATH CABでバンクーバーに行ったとき、街を歩いていたら、ヤング・リーンのライブ会場に出くわしたんです。会場の前に列をなす若者たちを見てたら、「この子たちみんな怖い…。怖すぎる…」って。そりゃ怖いに決まってるんですよ。僕には彼らのファッションも、話している内容も、どんなドラッグをやってるかもわからない。というか、42歳の僕は、理解しなくていいんです。僕にとってそれは、時間が前に進んでるっていることを示す、ポジティブな指標です。若者は、彼らだけの音楽をもっているほうがいいんですから。

インスパイアされながら

ベン・ギバード:自分たちの過去の作品がいちばん厄介な敵だ、と感じることがよくあります。僕たちのこれまでの、そして未来の代名詞的作品は、きっとこれまでつくった作品のなかにあるんです。論理的に考えて、次のアルバムが過去最高だと断定できたとしても、世間からはそう認識されない。やっぱり、『トランスアトランティシズム』(Transatlanticism, 2003)や『ウィ・ハヴ・ザ・ファクツ・アンド・ウィーア・ヴォーティング・イエス』(We Have The Facts And We're Voting YeS, 2000)、あるいは他の作品でもいいんですけど、かつてのアルバムは、多数のファンの生活において、すごく重要な位置を占めていました。あんな瞬間は、再創造できません。僕はそれで全然良いですよ。それに悩むことはまったくありません。そういう問題と向き合えるのも良いことです。

ノーマン・ブレイク:僕も同感だよ。つくり手のなかでいちばんのアルバムは、いつだって今制作中の作品だ。だけど、自分がつくった音楽を聴くなんて、マゾヒストがやることだ、って僕はよくみんなにいってる。君がいった通り、技術的、音楽的、すべての点において最新作が最高傑作であっても、周りはそう受け止めてはくれない。そんなもんだよ。僕は53歳だけど、もう〈ヒット〉は二度と生み出せないってわかってる。まあ、そもそも僕たちにヒットなんてなかったけど(笑)。

ベン・ギバード:前にも聴いた気がすると同時に、まるで生まれて初めて呼吸をしたかのような反応をしてしまうとき、その音楽は卓越しているといえるのでしょう。『バンドワゴネスク』を聴いたとき、まさに僕はそうでした。ALVVAYSの〈Archie, Marry Me〉を聴いたときも。僕にとっては、それこそが、ポップミュージック、ギターミュージックの魅力です。すごく自分にしっくりくるのに、同時にすごく新鮮にも聴こえる。

ノーマン・ブレイク:その通りだね。きっとこれからもそうやって、音楽はつくられていくんだろう。みんな、そういう小さな瞬間を生み出し続けていくんだ。

ベン・ギバード:それこそ、TEENAGE FANCLUBがつくる音楽の魅力のひとつでは。よく練られ、凝りに凝ったハーモニーなのに、シンプルに耳に届く。僕にとって、バンド、あるいはアルバムが卓越していると示す指標は、きわめて複雑な何かを、シンプルな、多くのリスナーに届くサウンドにできるか否かです。

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