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シカゴの刑務所で学ぶイタリア料理

「もしプログラムに参加していなければ、私は、たくさんの友人がいるストリートにすぐ戻り、ドラッグを売り、生きるために犯罪を繰り返していたでしょう」。この料理スクールは、シカゴのクック郡刑務所内11区の地下で開かれている。

by Sarah Freeman
20 November 2016, 8:42am

62歳のブルーノ・アベート(Bruno Abate)が、お湯は沸騰しているか尋ねると、白いコックコートを着た生徒が「はい、シェフ」と答えた。アベートは、誰か特定のひとりに質問したというよりは、部屋全体に問いかけていた。沸騰したお湯は、生パスタを茹でる。同時に、リコッタチーズ用の牛乳も、別の鍋で火にかけている。ダッチオーブンのなかでは、香味野菜がゆっくり加熱され、柔らかくなっている。

アベートの厨房は、しっかり油を注した機械のように滑らかに動いている。ジェラートはソフトクリームマシンのなかで攪拌され、ピザの焼き釜からは数分おきにジュージューと音をたてるパイが焼きあがる。しかし、そばにある包丁を手にとると、カウンターに鎖で繋がれているのに気付く。アルミ缶の蓋を開ければ、しっかりと数えてから捨てられる。生徒たちの白いコックコートから視線を下へ移すと、ベージュのパンツの片脚に「DOC(Department of Corrections:矯正省)」という文字がプリントされていた。この料理スクールは、シカゴのクック郡立刑務所内* 11区の地下で開催されている。

* 米国の刑務所は、郡立刑務所(Jail)と連邦刑務所(Prison)にわかれている。郡立刑務所は、日本での拘置所にあたり、軽罪人や裁判中の被告人、起訴されるかどうかが決まっていない被疑者などが収監されている。

アベートは、クラスに参加する12名の囚人たちに語った。「君たちはどん底を見た。だからあとは上がるだけだ」。確かに、スタートして2年になる矯正プログラム「レシピ・フォー・チェンジ(Recipe for Change)」に参加するのは、どん底を見た男たちだろう。しかし、どん底から更生への道のりは簡単ではない。彼らは、ドラック所持と取引、窃盗、酒気帯び運転など、非暴行罪に問われた受刑者たちだ。裁判を待つ9000人もの男女が、この全米最大規模のクック郡立刑務所に収容されている。健康状態は良好、所内での行動は模範的、さらにアベートへ志願書を提出し、それが受理されて初めてこの料理スクールへの参加は認められる。最近、生徒のひとりが料理本を盗み、スクールの参加資格を剥奪された。しかし、彼はレシピをもっと勉強したいがために盗んだので、反省文を提出すれば、再び参加が認められるだろう。

「ゲッタウェー・カフェ(Getaway Café)」の古いメニューボードの下に週5回、生徒たちは集まる。授業は一般的な料理教室のように進む。食品の安全や衛生について学び、そして調理法や技術も習得する。毎日セットメニューが用意され、ピザとパスタ、さらにスープや副菜、デザートまで。生徒たちはニンニクを潰したり、だし汁を煮たり、生地をこねるなど、様々な課題が与えられる。プログラム経験の長い参加者は、新入りの面倒を見る。最近、ピザ生地づくりに秀でた生徒がいなくなったので、他の生徒は彼の後釜になろうと切磋琢磨している。アベートを含む誰ひとりとして、生徒それぞれの参加期間がどれくらい続くのかわかっていない。全ては裁判の日に決まる。それによりステートヴィル(Stateville)連邦刑務所に移されるかもしれないし、あるいは釈放されるかもしれない。

パスタマシンが設置されたステンレス製のテーブルの周りに集まる前に、アベートは生徒たちに、なぜ、彼らが今この場にいるのかを再確認させる。イタリア・ナポリ出身で、2メートル近い巨体で威圧感があり、さらに、巨体同様のインパクトを放つイタリア訛りが印象的なアベートは、熟練のシェフすらもトマトソースのつくり方を請うレベルの料理の鉄人だ。しかし、生徒たちがこのスクールにいるのは料理を覚えるためではない。プログラムへの参加を認められなかった仲間の囚人たちに、彼らも自分と同じ可能性を持っているとわからせるためである。

「料理によって悪習を絶てるんです」。そう話すのはレシピ・フォー・チェンジに参加して2カ月になるアレックス(Alex)。「まず、正しく包丁を持つ。みんな、家で料理をするけど、包丁の正しい持ち方すら知らない。シェフはそれを正してくれます。そんな小さな習慣ですら正すのは難しい、と気づきます。だから、私たちが刑務所に入る要因になった悪い習慣を正すのも同じです」

米国の犯罪者収容施設の多くは、社会復帰よりも、隔離して罰を与えるシステムを重視している。しかし、レシピ・フォー・チェンジや、その近くで営まれ、食材をレシピ・フォー・チェンジに提供しているクック・カウンティ・シェリフズ・ガーデン(Cook County Sherriff’s garden)などの類似プログラムは、もっと前向きなアプローチをしている。「独房のなかでは、気分が下がり、悲しくなります」。そう話すのは、プログラムに参加して1カ月となるハビエル(Javier)。「ここに集まって、助け合う。ここでの活動によって、苦しみが紛れるのです」

生徒たちの半分は小麦粉を台にかけ、丸めたパスタ生地からラップをとる。ひとりが丸い生地を楕円形に伸ばしているあいだ、他の生徒はパスタマシンのハンドルを回す。アベートは、生地が適切な硬さになるように、伸ばした生地の端が割けないように確認している。残りの生徒たちは、たくさんの机が置かれた隣の部屋で、緑と白のタイルによって「Recipe for Change」と装飾されたカスタムメイドのセラミックの焼き釜を使いピザを焼いている。この部屋には、イタリアから輸入した00番の小麦粉やオリーブオイル、トマト缶がたっぷり貯蔵されたパントリーもある。寄付金と、マッカーサー基金から受けた5万ドル(約590万円)の補助金によって整備された部屋だ。

レシピ・フォー・チェンジを構成する救済精神は、このプログラムのもうひとつの側面にも結びついている。それは、学校の卒業生に対する職業斡旋だ。アベートはこう語る。「卒業生からのひとことで変わりました。彼らは、私に電話してきてこういいました。『シェフ、刑務所を出たので働きたいんです』。それを聞いたとき、私は自分を誇りに思いました」。アベートは、今年の9月頃にもそういう電話を受けたそうだ。それはクック郡立刑務所における彼の最初の生徒のひとりで、釈放されて間もない元囚人だった。

アルヴィン・ライト(Alvin Wright)はシカゴ・サウスサイド出身の53歳。30年以上、刑務所から出たり入ったりを繰り返している。ある日、ひとりの看守がライトが収容されていた区画の共用デッキへやってきて、料理教室への参加希望者はいないか、と訊いたのが始まりだった。ライトは孤独を避けられるのであれば、と参加を決め、最初の志願者となった。

「小麦粉と卵と水でパスタがつくれるし、パンも焼けるし、料理もできる。包丁の正しい使い方もわかる。自分自身の技術として手に残り、誰にも奪えない知識を学べるいい機会でした」。ライトはそう話す。彼は1年間のプログラムのなか、厨房を清潔に保ったことを誇りにしている。そのあと、彼は2年の懲役刑を課せられ、釈放されてからサウスサイドに戻ったが、元の生き方を繰り返す可能性もあった。「もしプログラムに参加していなければ、私は、たくさんの友人がいるストリートにすぐ戻り、ドラッグを売り、生きるために犯罪を繰り返していたでしょう」

アベートは、シカゴのウィッカーパーク(Wicker Park)近くにある、自身の創作イタリアン「Tocco」の皿洗いとして、ライトを雇った。ライトのスケジュールはバスの時刻表に合わせて組まれており、ストリートに接する時間を最小限に抑えられている。「ここで働いて3カ月になりますが、建物が朽ちるまで働きたいです」とライトは話す。現在、彼は初めて自分の銀行口座を開設し、普通の家を見つけ、しっかりとした人間関係を築いている。更には車を買うため、また孫の大学費用のために貯金もしている。ライトは結婚も考えており、アベートは彼のためにレストランで大規模なパーティを予定しているそうだ。

クック郡立刑務の地下に戻ろう。そこでは、アベートにランチが出されていた。警官は囚人たちを監視している。白いテーブルクロス、プラスチックの皿、使い捨ての台所用具などが、リノリウムのテーブルに広げられている。最初の料理はパスタ・エ・ファジョーリ。豆のスープパスタだ。麺はアルデンテ。次は、外はサクサク、なかはふわふわのピザ。生地には細かい焦げ目がつき、チーズも散りばめられている。とても美味しい。最後はハチミツがかかったフレッシュリコッタ。これはテイスティングメニューのいち部である。最終的には、レシピ・フォー・チェンジでつくった料理を、現在はボローニャ風サンドを食べている11区の囚人1500人の食事として提供する計画があるという。また、ふたつ目のスクールを刑務所外に開き、過去の参加者が料理の勉強を続け、社会復帰の手助けをする計画も進んでいる。

しかし、社会復帰は簡単には進まない。レシピ・フォー・チェンジの卒業生の多くは、再犯で捕まってしまう。プログラムの開始から2年。その間アベートは、刑務所に再び収監された囚人たちから、あらたな志望書を受け取ってきた。珍しくもない光景だが、それでもアベートは複雑な気持ちになるという。卒業生が再びクック郡立刑務所の厨房に立つ姿を見たくないからだ。また、無事に服役を終え、うまく社会復帰できたとしても、自身の過去、犯した過ちから、完全には吹っ切れてはいないようだ。「時々怖くなるんです」とライトは吐露する。「うまくいっているように見えても、うまくいっている生活に慣れていないんです」