福岡から世界のインターネット・コレクティブへ〈YesterdayOnceMore〉

2013年にスタートした福岡のインターネット・レーベル〈YesterdayOnceMore〉。現在では、世界を股にかけてビートを連射しまくる大注目レーベルに成長した。しかし、主宰者のshiggeは、その現状にまったく満足していない。常に〈コレクティブ〉と共に、新しい音楽、新しい未来、そして新しい自分たちの場所に向かって、ビートを奏で続けている。

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aug 10 2018, 9:57am

福岡を拠点とするインターネット・レーベル〈YesterdayOnceMore〉。2013年にスタートし、レーベル主宰者のshiggeをはじめ、豊富な音楽的経験と知識からレーベルを支えるcsk、創設メンバーであるHB、Machete、Mactuve、イベント〈Summer War Game〉を主催する103i、米国でも活動しているPhüeyとDJ NHK Guy、そしてスイスからはnuitunitなど、刺激的な〈new sounds, new beats〉を発表。更に東京のインターネット・レーベル〈cosmopolyphonic〉や〈TREKKIE TRAX〉などともコラボレーションし、今や世界を股にかけてビートを連射する〈インターネット・コレクティブ〉に成長した。

〈インターネット・レーベル〉の強みは、とにかくそのフットワークに尽きる。つくり手は、すぐさま音源を発表できるから、そのときのエモーションをリアルにリスナーに届けられる。「プレスが遅れる」「流通システムのあれこれ」なんて気にせずに、世界のどこにでも自身の音をアピールできるのだ。いっぽう、リスナー側のメリットも計り知れない。「いつでも聴ける」「店に行かなくてもイイ」「ブツが増えなくて助かる」「お手軽」「タダ!!」とかとか…。

ただ、これだけ簡単に音源を発表できる状況になってしまったからこそ、アーティストには力量が求められる。インターネット・レーベルがごまんと存在するなかで、どれだけ埋もれずに、オリジナリティを発揮することができるのか? 耳の肥えたリスナーにブックマークさせることができるのか? そして、そのフットワークは、却って自身の首を絞めているのではないか?

しかし、YesterdayOnceMoreは、〈コレクティブ〉というスタイルを重視し、アーティストそれぞれが、常にYesterdayOnceMoreをアップデートし続けているから本当に強い。絶対的な信頼感と、「一緒に居たいと思わせる〈バイブス〉」(shigge談)により、未来に向かって進み続けている。そしてその輪は、どんどん大きくなっているのだ。

そんなレーベル主宰者のshiggeに話を訊いた。レコードとターンテーブルを片付け、パソコンでの音楽制作に至った経緯、フリーで音源をリリースする理由、そして、今ひとつ盛り上がらない地元・福岡での活動について。ドキュメンタリー映像と共にお伝えする。

まずは、shiggeさんと音楽の出会いを教えてください。

最初に音楽に触れたのは、小学校のときですね。イエモンのCDシングル、8センチの長細いヤツです(笑)。そのあと、中学のときに有線で流れていたEMINEMで、「やべえ! こんなヤツがおるんや!」となりまして、ヒップホップを聴くようになりました。更に日本語ラップにも辿り着いて、「こっちもヤバいぞ!」みたいな。

DJは、いつから始めたんですか?

大学からです。19歳くらいのときにターンテーブル2台とミキサーを揃え、レコードも買うようになりました。

なぜ、DJを始めようと?

みなさん、そうだと思うんですけど、好きな曲を広い場所でかけたい、大きい音で聴きたい、そんな初期衝動というか、欲求の延長からです。あとは、やっぱり「モテたい」みたいなのも(笑)。

「モテたい!=バンド!」ではなかったと。

楽器はできませんでしたし、目立つ方法の手段としては、DJは取っつきやすいかなって。機材さえ揃えてしまえば、自分が持っている音楽的な引き出しを開ければいいじゃん、そんな感じでした。

それが10年くらい前の話ですよね? 当時の福岡シーンは、どんな感じでしたか?

たくさんDJもいましたね。ザックリとDJのやり方なんかも教えてもらって。クラブ自体も明るくて、友達もたくさんいて、「この音楽ヤバくない?」「ヤバイ!」みたいな。それぞれが情報を発信しているところでした。ドラッグだの、性の乱れだの、そういうものとは、かけ離れていて、ネガティブな要素も皆無。本当にポジティブな空間だったんです。

shiggeさんが、初めてクラブにいったのは、いつ頃ですか?

中3ですね。餓鬼レンジャーのリリース・パーティでした。本当に衝撃を受けました。「俺はここにいたい! こういうことをしたい!」って強く思いました。

当初は、レコードでDJスタートしたんですよね?

はい。僕がDJを始めたときは、CDJもパソコンのソフトも出始めた時期だったんですけど、先輩とか友達は、レコードでDJすることに拘っていたんですね。そっちのほうが大事だって。ですから僕も、それが当たり前だと思っていたんです。でも、後々「そんな拘りは要らん」となる訳ですけど(笑)。

はい(笑)。でもそうなる前は、レコード屋に足しげく通っていたと?

そうですね。天神にもレコ屋が4、5件まとまってありましたし、情報もレコ屋でゲットするような時代でしたから。クラブ以外でしたら、最もいろんな人と出会えるコミュニケーションの場だったんです。ゴリゴリの人もいれば、ヤワな感じの人もいる。あとは文化系の人とかも。懐かしいですね。今もあったら楽しいだろうなぁ(笑)。僕たちが、その最後の世代かもしれません。今から11、12年前くらいの話ですね。

shiggeさんは、当時どこでDJをやっていたんですか?

今はもう無いのですが、〈BASE〉っていうクラブでやっていました。アンダーグラウンドなヒップホップから、エクスペリメンタルなものまでかかるところで、ヒッピーみたいな人もいましたね。本当にあそこはカオスでした。一緒に活動することはありませんでしたが、YesterdayOnceMoreのメンバーもBASEで知ったんですよ。

しかし、その後shiggeさんは、レコードを手離し、パソコンでのDJにシフトされますが、どのようなきっかけがあったのでしょう?

それまでは、レコードからサンプリングをしたりして、つくっていたんですけど、いまいち自分の思い描くものと、機材が一致しない状況が続いていたんです。当時の僕は、大学を卒業してから、洋服屋で働いていたんですけど、そこが潰れまして、ハローワークに通っていました。そしたらそこで、職業訓練校のなかに音楽の勉強ができるところがあったんですね。それも偶然、僕が住んでいたマンションの2階に(笑)。そこで、ちょっと変わったフリーのPAさんと出会い、パソコンの凄さを知りました。すべてが変わりましたね。本当に新鮮で。23歳だったんですけど、明らかに人生の転機になりました。

パソコンでの作業は、なぜ衝撃的だったのですか?

レコードだったら、出来上がったフォーマットのなかから、なにかを抜き出してつくるじゃないですか。でもパソコンでの作業は、イチから全部つくる訳です。「こんなこともやれるんや!」みたいな。「あの音楽は、こういう風につくっていたんだ!」なんて、謎が解けた瞬間も楽しかったですね。

でも、これまでの活動を培ってきたレコードに未練はありませんでしたか?

ありませんでした。すぐにターンテーブルは奥にしまいました(笑)。「なぜ、俺はこんなに重たい物を持っているんだ? なぜ、こんなに場所を取る物を持っているんだ?」なんて(笑)。

切り替え力が素晴らしいですね(笑)。

レコードも1000枚くらいあるんですけど、「なんでこんなに買ったんだろう?」って(笑)。実際、レコードを買う時間、レコード代を考えたら、今は自由に時間とお金を使えるようになりましたから。

いきなりデジタル化しちゃったshiggeさんに、まわりの反応はいかがでしたか?

BASEで、ダブステップとかSKRILLEXとかをパソコンでやり始めたんですけど、みんな心配していましたね。「なにか速いヤツ食った?」なんて(笑)。徐々にデジタル化じゃなくて、一気に火がついたので、みんなビックリしていました。

そして2013年。shiggeさんは、YesterdayOnceMoreをスタートさせます。そのきっかけを教えてください。

自分たちの音楽をリリースする元が欲しかったので、僕とha;bii(現:HB)、Machete(現:NARISK)、そしてMactuveの4人で始めたんです。どういうものにしようかなんて、考えてはいなかったんですけど、決まっていたのは、フリーで音源を出すことだけ。「それぞれ4人の作品が出せたら終わりかな?」それぐらいのものだったんです。でも、その後cskや103iくんたちと、音楽を通して知り合いまして、特にcskとの出会いはデカかったですね。彼が考えていたことが、現在のYesterdayOnceMoreのカタチになっていますから。リリース戦略から、出演パーティのチョイスなど、自分たちがどう動くべきか、どう発信するべきかをすごく考え、ある意味、マネージメント的な役割も果たしてくれたんです。コレクティブというか、集合体として活動するようになったのは、cskのアイデアです。そこから、色々なアーティストを見つけてきては、フリーで出してもらうようになり、「ウチはこういう音楽が好き、こういうノリが好きなんだよ」そんな雰囲気をアピールするような流れになりました。

なぜ、フリーで音源リリースすることだけを決めていたんですか?

すでにネットではタダで落とせるようになっていましたし、そんな海外のアーティストもごまんといたわけです。それでも、「まだ日本はCD売りよるんか?」みたいな状況だったんですね。実際、ネットでのフリー・リリース自体も、別に最先端でもなかったし、僕たちも遅いくらいでした。でも抵抗は、まったくなかったです。だって、「タダのほうが人は聴くでしょ」って。安直な考えなんですけど、「タダで聴かんとか馬鹿でしょ」「タダで落とさないとか馬鹿でしょ」「いい音楽はタダだったら落とすでしょ」って。それは今でも変わらないです。

でも現在は、通常のリリースも始められていますよね? それはどうしてですか?

基本的には、現在もゼロからのスタートなんですけど、ただ、例えば「これはすごくいいけん、このくらいの値段なら売っても大丈夫じゃない?」って、そんな楽曲も出てきているんですね。そして、それは僕たちが成長してきた結果であるとも思うんです。それに、タダで出したり、フリーでダウンロードできること自体は、大きなブランディング、そしてプロモーションに繋がっています。ある程度の知名度は広がっていますから、僕の『burn out』を通常リリースしたのも、一定ラインのフェーズを越えたっていうか、周知してもらう時期は越えたから、次のステージに進もうという意味合いもあるんです。実際、もらえるのであればお金は欲しいです。自分たちがつくったモノに対して、正当な評価としてのバックが欲しいとは思っています。でも、根本は変わらない。ゼロからスタートしながらも、他のスタイルも考えてみようと。それがアーティストのモチベーションにもなるし、つくってくれた人のモチベーションにもなる。そして、僕のモチベーションにもなるんです。

インターネットを主戦場としているYesterdayOnceMoreですから、どこからでも発信可能ですよね? あえて福岡で活動している理由を教えてください。

皆、友達だからです。一緒にいて、面白いか、面白くないか、それだけですね。cskはおちゃらけているし、103iくんは横でニヤニヤしている。NHK Guyもスゲーおかしなことをぶっこんでくる。結局、そういうバイブスが合っているから、一緒にいたいだけなんですよ(笑)。

現在の福岡のシーンはどうですか? 東京でイベントをされることも多いようですが、違いを感じますか?

東京と福岡のシーンの違いについては、すごく大きなものがあります。福岡は、クラブ数が圧倒的に少ないし、やっぱりすごく田舎だと思うし。東京は、街自体がすごくデカいパーティのように感じます。一晩で何件もハシゴできちゃう。そういうのが本当に羨ましい。ひとつのパーティで完結するんじゃなくて、色々なところで、色々な人に会えるんですから。もし僕が東京に住んじゃったら、超遊ぶと思いますよ。それが嫌だから東京には行きません。嫌だからというか、そんな自分が怖い(笑)。

でも10年くらい前の福岡は、盛り上がっていたんですよね? 先ほどもポジティヴなシーンだったとおっしゃっていましたが。

そうですね。色々なジャンルがあったし、ジャンルごとにレジェンドがいたから成立していたんですけど、やっぱりクラブがなくなってしまったのが衰退の原因だと思います。

なぜ、福岡はクラブ自体が少なくなっているんですか?

やっぱり風営法がデカかったですね。BASEもそれが原因でダメになっちゃって。その兼ね合いでオールナイトができなくなり、そこで関係者のマインドが変わりましたね。対応できずに辞めちゃった人もいるし。全体的に、現在の福岡では、新しいカルチャーが生まれにくくなっていると思います。

そんな福岡という街で、YesterdayOnceMoreは、どんな存在なのですか? 〈孤軍奮闘している俺たちのアニキ!〉みたいな?

いえ、残念ながら、それはまったくありません。僕たちのことを知っている人たちは、大体が関係者です。この状況は、今でもモゾモゾしちゃいますよね。扱いが福岡では雑なんです。

どういうことですか? その原因は?

わからない。それは僕も知りたいです(笑)。ずっと、そこら辺にいる兄ちゃんみたいな感じに思われていますから。

では福岡では、どんな人たちがリスペクトされているんですか?

東京から来た人たちへの扱いはいいですね(笑)。福岡の人は、おもてなしの心が強いですし。でも「そんなん、東京で観たらいいやん」っていうラインナップのパーティが結構組まれるんですよ。僕たちは並ばせてもらえないような。

それは、YesterdayOnceMoreが福岡の人たちだからですか? それとも音楽の活動スタイルからでしょうか?

両方じゃないですかね。それに僕たち、福岡を代表しているつもりがないので、そのあたりも原因のひとつかもしれないですね。無国籍でありたいですし、レペゼン福岡みたいなのって、ちょっと恥ずかしいから公言しておりません。「福岡の人たちです!」なんていわれると、「いや、いや、いや」ってなります(笑)。

では地元福岡でも、YesterdayOnceMoreは、マイナーな存在だと?

そうですね、残念ながら。僕たちをよく知らない人たちは、とても多いです。「東京で人気があります」とか、「海外でも評価されています」とか、「台湾ツアーから帰って参りました」なんて、そんなのは集客に繋がらないし、なんのアピールにもなっておりません。悲しいですね、地元では愛されてないのです(笑)。ウチのパーティに来てくれる人たちは大好き。あの人たちと墓までずっと一緒にいたい。

知ってもらいたいというお気持ちはありますか? 地元ファンを増やしていきたいとは?

はい、もちろん。それができたら、僕たちのフェーズは変わると思っています。でも、地元ファンを増やしていきたいから、特別なことをする訳ではなくて、自分たちがやっている活動、音楽が広まってくれさえすれば、勝手に増えると考えています。そこも結局バイブスですね。「いいね!」っていってくれる人のバイブスが合えば、「ありがとう!」っていえますから。

先ほど、福岡は新しいカルチャーが生まれにくくなっているとおっしゃっていましたが、それはどうしてだと考えていますか?

福岡だけではないと思うのですが、その街の皆が主人公で、その人たちがカルチャーをつくっているという感覚が、とにかく薄くなっていると思います。そういうのがないから、自分たちのことしか見えない。結局、内にこもっちゃう。自分たちのことをもっとオープンにして、たくさんの人々と接することができる環境があれば、勝手に大きなカルチャーができるんじゃないかと、僕は考えています。ただ、僕たちは音楽でカルチャーをつくっていこうみたいな、そんなに大きなことはいってないんですけど、自分たちがニコニコできる環境づくりは努めています。そういう部分でいうと、僕たちにはクラブがあります。僕たちが初めてインターネットから抜け出して、なにかを表現できたのは、やっぱりクラブという場所なんですね。クラブが発信しているという部分をもっとオープンにして、深い繋がりを築けるような環境さえできれば、もっと大きなものができるんじゃないかないかと。そこは意識していないと、一生変わりませんから。

shiggeさんは、YesterdayOnceMoreの未来をどう考えてらっしゃいますか?

僕自身は、レーベル・オーナーだから、どうしよう、こうしよう、みたいな考えはあまり持っていなくて、自分自身に向き合い、やりたい音楽とか、表現の幅とか、そういうのが広がっていけば、結局それがYesterdayOnceMoreに還ってくると考えています。もちろん、103iくんとか、cskとか、YesterdayOnceMoreに関わってくれている人たちが、もっとニコニコできて、お小遣い程度でもお金が回るくらいになればいいですね。YesterdayOnceMoreが徐々にいい感じに動き始めた頃、NHK Guyが、「shiggeが声をかけていなかったら音楽を辞めていた」っていってくれたんです。「shiggeのお陰で音楽を続けられたし、東京にも行けたし、大阪にも行けたし、沖縄にも行けた! shigge! チェンジマイライフだよ!」って(笑)。そういうのが僕のなかでは大きいんです。ちょっとずつでいいけん、その人たちがいい流れになってくれれば。ですから、YesterdayOnceMoreを引っ張るというより、「自分がちゃんとしないと!」って感じですね。

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YesterdayOnceMore関連イベント
SUMMER WAR GAME continue
2018.08.12(日)
OPEN 12:30 START 13:00 CLOSE 22:30
渋谷LOUNGE NEO
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