Toutes les photos : Misfit Models

トッ醜モデルの素晴らしき自尊心

「醜男でいいですよ」。私がデル・キーンズ(Del Keens)氏の外見について、侮辱にならないよう、〈興味深い〉〈人と違う〉〈型にはまらない〉など、礼儀正しい形容句を探っていると、彼がフォローしてくれた。「これが私の外見です。ハイディ・クルムと同じように、自分の顔で商売しています」

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02 February 2017, 11:25am

Toutes les photos : Misfit Models

「醜男でいいですよ」。私がデル・キーンズ(Del Keens)氏の外見について、侮辱にならないよう、〈興味深い〉〈人と違う〉〈型にはまらない〉など、礼儀正しい形容句を探っていると、彼がフォローしてくれた。

「これが私の外見です」。キーンズ氏は続ける。「ハイディ・クルム(Heidi Klum)と同じように、自分の顔で商売しています」。キーンズ氏は、45歳の醜いスーパーモデルで、ディーゼルやカルバンクラインなどのブランドモデルも経験している。ロンドンでバイク便の仕事をしていた20余年前、ある写真家に見出され、その後、普通ではない顔を持つモデル専門の事務所〈UGLY Models(醜いモデルたち)〉と契約した。

キーンズ氏は2006年にベルリンに移ると、レンタカー会社〈Sixt〉の広告に起用され、その後もモデルとしてのキャリアを続けている。この広告キャンペーンでは、金色の水着を着たキーンズ氏が車の前でポーズを決めており、「モデルは何か変ですが、少なくともレンタカーの料金は魅力的です」というキャッチが添えられていた。2012年には、従来の美の基準に収まらないキャラクターのために、自身のモデル事務所〈Misfits Models(不適格モデルたち)〉を設立し、現在までに600人以上と契約している。

当然、内面の美しさのほうが、細いウエストや艶のある髪より遥かに重要だ。しかし、私たちの文化では、依然として人を外見で判断する。従来型の美しさの恩恵と無縁の人生とはいかなるものか? キーンズ氏に質問してみた。

デートにこぎつけるのは大変ですか?

今のところ私は独身ですが、これまでに数人の女性と付き合いました。若い頃のほうが大変でした。10代の子どもたちは意地悪で浅はかですからね。この顔が、馬鹿なヤツらを排除してくれたので良かったです。外見の良し悪しで他人を判断する人間ではなく、中身が面白い人間を探すよう仕向けてくれましたから。10代の頃によく遊んでいたのは、BMXに乗り、体育館の裏でタバコを吸うようなアウトサイダーたちでした。私自身は決してタバコを吸いませんでしたがね。

出会い系アプリ〈Tinder〉は試しましたか?

はい。まずまずでした。何人かとマッチしたので、何度かデートもしました。「本当にこんな外見なの?」って訊いてきたり、右スワイプしてくれる女性もたくさんいました。どこかで私の顔を見たんでしょうね。好奇心があったみたいです。でもそういう場合、かなり早い段階で会話が途絶えてしまいます。

「醜い!」といわれた経験はありますか?

もちろんです。もっと酷い言葉で詰られました。私の生い立ちはシンプルです。父はトラック・ドライバーで、母は専業主婦。ロンドン南部のかなり荒廃した地区で育ち、まわりにはいじめっ子がたくさんいました。でも誰かに「お前は醜い」といわれても、「そう、だから何?」って感じでした。私にとっては当たり前でしたから。〈醜い〉という言葉は、問題ではありません。ただ、どういう状況で使用されるのかによります。プライベートだと、確かに傷つきますよ。でも〈醜いモデル〉として仕事を依頼されるのは、何の問題もありません。私の外見は変わっています。クライアントが私を起用するのは、私の顔がみんなの記憶に残るからです。

もっと良い顔だったら、今よりも楽な人生だったんでしょうか?

絶対に、もっと退屈な人生でした。最近、かつて住んでいたところで、同級生と会いました。同級生たちの大勢は、そこから抜け出していませんでした。朝9時から夕方5時まで、ありきたりの退屈な仕事をしています。モデルのキャリアを歩んでいなくとも、私の人生は、彼らの人生より面白かったでしょう。この外見のせいで、一生懸命に働かざるを得ません。仕事では面白おかしくないといけないし、ある種の才能を伸ばす必要があります。もしくは、最低でも他人に伝える何かがなければなりません。普通、見た目が美しいと、何かを求めて奮闘する必要がないので、得てして退屈なんです。

美しいほうが楽な人生を送れる、なんて意見もありますが、やはり憎たらしいですか?

美しくて楽なのは、表面的な部分だけです。いかに生き抜くかは、外見よりも自信に関係しています。私はいつだって大きな自信を持っていますし、自分の外見に邪魔された経験もありません。私は、10代の頃でさえ、他の子どもたちほど多くの問題を抱えていませんでした。なぜなら私は幼い頃から、見た目以外の部分で、自信を引き出す方法を学ぶ必要があったからです。

街で美人に出会ったら、振り返って見たりします?

モデルエージェントとしてならばします。特徴的で、〈Misfit Models〉に合いそうな顔であれば、振り返って確認します。私にとってそういう顔のほうがはるかに興味深いんです。でも、残念なんですが、私が街で話を持ちかけてもあまりうまくいきません。まず、第一に、私のドイツ語能力が足りません。そして第二に、女性の多くは、私がモデル事務所を経営していると想像できないのです。ただ電話番号を手に入れたいだけの醜男にしか見えないんでしょうね。スーツ姿の洒落た男だったら、もっとうまくいくのかもしれません。

従来の美的感覚では、魅力的とはいえないような女性ともデートしますか?

見た目が完璧で着飾った女性を見たら、その日の朝にどれくらいの時間をバスルームで過ごしたのだろうと考えます。でも私は、美しさにはとても弱いですね。綺麗な顔と素敵な体型は確かに好きですよ。付き合った彼女たちのほとんどが従来の基準では可愛いとはいえませんが、比較的良い外見でした。

外見が醜い男性、女性には、苦労が多いのでしょうか?

女性は苦労が多いでしょう。私たちの社会の女性は依然として外見、服装、ヘアスタイルで、男性よりも厳しく判断されます。だからといって世界の終わりというわけではありません。ありきたりな言葉かもしれませんが、他人がどう思うかなんてどうでもいいのです。

見た目にはこだわりますか?

私は全然こだわりません。ジーンズに穴が開いていても、染みがあっても気にしません。いつも欠かさないお洒落は、このエルヴィスの髪型だけです。

虚しくなったりしますか?

他のモデルと同じで、自分の外見と仕事の話題ばかりではうんざりします。バーで誰かに仕事を訊かれたら、清掃員だとよく答えます。そうすればもっと楽しい話ができます。

醜い外見を楽しんでいる瞬間はありますか?

どんどん歳をとって、肉体的魅力が衰えたとしても、みんなほど、劣化に影響されません。グッド・ルッキングだったことなど、一度もありませんでしたから。私には、とてもワクワクするような冒険がいつも待っているのです。自分の外見が翌日どうなっているか、心配する必要ありませんからね。バーで誰かに顔を殴られても、気にする必要はありません。