テロリズムからツーリズムへ パキスタンの観光振興
カイバル・パクトゥンクワ州のジョシ祭でパフォーマーたちを警護する兵士

テロリズムからツーリズムへ パキスタンの観光振興

世界有数の危険な国として知られるパキスタン。しかし、テロ行為が大幅に減少した今、同国はこのイメージを挽回しようとしている。

パキスタンは危険な国だ、と考えるひとは多いだろう。2007年、『Newsweek』誌は同国を世界一危険な国と称して議論を呼び、米国務省領事局は今も同国のウェブページに「テロリズムのため渡航を再検討するべき」と明記している。しかし今年1月、パキスタンは、旅行誌『Condé Nast Traveller』の〈2020年に行くべき観光地ランキング〉で第1位に輝いた。

客観的にみて、パキスタンは風光明媚な国だ。険しい山岳地帯、切り立った崖、真っ白な砂浜など、多様な景観に恵まれている。北部には世界最高峰のヒマラヤ山脈がそびえ立ち、都市部には古いヒンドゥー教の寺院、モスク、バザールが立ち並ぶ。しかし、この美しいイメージを損ねているのが政治的な紛争だ。

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荒涼とした砂漠を歩くヤギの小さな群れ。パキスタン北部、スカルドゥにて撮影。

2000年代後半から2010年代初頭にかけ、中央政府への不信感と米国の影響力が強まるパキスタンでは、タリバンやアルカイダをはじめとする部族の民兵組織やテロ組織が勢力を伸ばしていった。政府が国民に最低限の社会保障すら提供できないなか、これらの組織は、政府の開けた社会的、経済的な穴を埋めることで、農村部を中心に支持を獲得する。彼らは仕事にありつけず、拡大していく格差に不満を抱く若者たちの苛立ちに目をつけたのだ。

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武装組織の勢力が増すにつれ、暴力も増えていった。テロリストたちは敵対組織や治安部隊だけでなく、絶え間ない反体制運動、部族対立、テロリストの陰謀のなかで、民間人も無差別に殺害した。政府は完全に無力化したかに思え、この国も、20年にわたって国土の大部分をタリバンに制圧され、絶えず戦闘状態にあるアフガニスタンと同じ轍を踏むのでは、と懸念する声も多かった。

状況がさらに悪化したのは2007年、当時のパルヴェーズ・ムシャラフ(Pervez Musharraf)大統領がイスラマバードのタリバンの中枢部、ラール・マスジッドの包囲攻撃を命じたときのことだった。カラチ在住の経済学/公共政策を専門とするアクダス・アフザル(Aqdas Afzal)助教によると、この事件がイスラム組織の反発を招き、結果として彼らがアフガニスタンのタリバンと手を組み、パキスタン国家に復讐するためにイスラム武装勢力〈パキスタン・タリバン運動(Tehrik-i-Taliban Pakistan)〉を設立することになったという。

「そのときから、事態は悪化の一途を辿りました」と助教はVICEに語った。

「ペシャワールは毎日のように攻撃を受けました。私自身は幸運にも、爆撃による大虐殺を直接目にしたことはありませんが、爆撃音が聞こえたり、肌で感じたことは2、3度あります。爆撃による衝撃波は、まさに想像を絶する恐ろしさです」

この期間、パキスタンの日常生活は完全に停止していた。公共の場でのコンサート、移動遊園地、クリケットの試合など、かつて街なかで毎週のように行われていたアクティビティも中止された。「恐怖と悲観的な空気が街じゅうに充満していて、それはひとびとの表情にも表れていました」とアフザル助教。「治安維持はもはや不可能で、その状態が何年も続きました」

政府がテロリズムを阻止できないのは、当時政権与党だったパキスタン人民党が死刑制度を一時的に廃止したからだとする声も多かった。死刑制度が中断されたことで、何をしても死刑ほどの厳罰に処されることはない、とテロリストたちがつけあがったのだという。

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ラホールのバドシャヒ・モスク

状況が一変したのは2014年、パキスタン軍がザルブ・エ・アズブ作戦(Zarb-e-Azb Operation)とカイバル作戦(Khyber Operation)という2つの大規模な軍事作戦を開始したときのこと。目的は、同国の連邦直轄部族地域(Federally Administered Tribal Areas : FATA)における過激派組織の掃討だった。「兵士たちは殺害され、幹部も制圧されました」とアフザル助教は説明する。「パキスタン・タリバン運動は、パキスタン陸軍と他の法執行機関によって一掃されました

その年の12月、パキスタンにとって大きな転換点となる事件が起きる。パキスタン・タリバン運動に所属する6人のテロリストがペシャワールの陸軍系列の公立校に侵入し、132人の生徒を含む149人を殺害したのだ。

匿名を条件に取材に応じてくれたパキスタンの学生は、「この事件をきっかけに、パキスタン人の考えは『残念だけどやるしかない』から『今すぐテロリストを撲滅しろ、容赦するな』へと変わった」と語った。

この事件後、世間や政界では、当時ラヒール・シャリフ(Raheel Sharif)が参謀長を務めていた陸軍の人気が急上昇し、その結果、数多の軍事作戦が決行されるに至った。最終的に、2014〜2016年のあいだに4000人のテロリストが殺害される。その結果、テロによる死亡件数は劇的に減少した。2009年の死亡者は1万2000人(1日あたり32人)だったが、2017年には87%減少し、今もその数は減り続けている。2019年、テロで亡くなったひとは、全国で300人未満だった。

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しかしアフザル助教は、パキスタンに変化を起こした立役者は、ひとりの人物には絞れないと考えている。「私が感謝したいのは世間一般のひとたち、テロ活動による悲惨な現実に耐え、ついに勝利の側に立ったひとたちです。

「彼らは決してくじけませんでした。それこそが偉大な功績だと思います。もし同じことが他の社会で起きていたら、何もかも違ったはずです。誰もが逃げ出したかもしれません。彼らの困難から立ち直る力は驚異的で、私たちは今まさに、彼らが灰の中からよみがえる不死鳥のように復活を果たす瞬間を見届けようとしています」

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パキスタン北部ローリのアロール・ロックの上に立つ聖堂

国の大部分に平和が戻った今、パキスタン政府は、同国の多様性や、国じゅうに存在しながら今までほとんど調査されてこなかった豊かな文化遺産をもとに、自国のブランドを再構築する機会を得た。

NGO〈Sustainable Tourism Foundation Pakistan〉代表のアフタブ・ラナ(Aftab Rana)によると、外国人観光客の誘致には、治安状況の改善が必須だという。不安が和らぐだけでなく、政府がビザ申請を受理しやすくなるためだ。また、外国政府によるパキスタンへの渡航規制も、徐々に緩和されつつある。

同時に、かつては特別な許可や軍による護衛が必要だった農村部へも、観光客が自由に行き来できるようになった。これらの地域には国内有数の観光名所があるため、これは観光地としてのパキスタンのブランディングに不可欠な措置だった。「以前は、どんなに恐れ知らずの冒険家も、絶対に農村部に行こうとはしませんでした。彼らが憧れてやまない場所があるにもかかわらず」とラナはいう。

2013年から2018年のあいだで、パキスタンを訪れる観光客は約55万人から180万人へと3倍に増加。そのうち少なくとも半数は外国旅券を持つ国外居住者だが、政府は今後数年で、数百万人の外国人観光客誘致を見込んでいるという。

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スーフィー詩人のサカル・サーマスト(SACHAL SARMAST)を祀る聖堂。パキスタン南部ハイルプル近郊で撮影。

SNSも、パキスタンのイメージ回復において重要な役割を果たしている。YouTubeは同国で長年禁止されてきたため、国内の様子が海外に出回る機会はほぼなかった。しかし2016年に解禁されると、地元や海外のインフルエンサーたちが同国のイメージを一変させた。

パキスタンに1年以上滞在している28歳のポーランド人Vlogger、エヴァ・ズ・ベック(Eva zu Beck)は、「本当のパキスタン」を伝えるビデオを制作し、国内外で注目を集めている。彼女のYouTubeチャンネル登録者は、2020年2月時点で約44万人にのぼる。

パキスタンの若者の多くは、ベックのようなVloggerが世界におけるこの国の悪いイメージを刷新してくれていると考えており、パキスタンの現実が評判よりはるかに優れていることを証明していると、彼女を褒めたたえている。

ベックは、最初にパキスタンを訪れたときは及び腰で、飛行機への搭乗を待つあいだは自分が唯一の外国人であることに不安を抱いた、と打ち明けたが、最終的にはリラックスできたという。「行かないほうがいいかも、と思っていました」とベック。「でも、どうしてパキスタンに行くのかと色んなひとに訊かれたり、親切にしてもらえて、フライトの前から安心できたんです」

自分とは違う体験をしたひともいるだろうと認めつつ、ベックはパキスタンで危険を感じたことはいちどもない、と明言した。それどころか、ヨーロッパのどの都市よりも安全に感じたという。パキスタンのひとびとは常に彼女に気を配り、助けになろうと声をかけてくれた。車に乗せたり、食事に招いたり、家に泊まってほしいとすら頼まれたそうだ。「みんな親身になってくれている。いつもそんなふうに感じています。

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パキスタン最北端に位置するハンザ・バレー

ポップカルチャーは、パキスタンのひとつの側面しか描いていない。砂、掘っ建て小屋、ラクダだらけの砂漠。あごひげを伸ばしターバンを巻いた男性、全身を隠している女性。ベックは、世界がパキスタンに結びつけられがちな〈テロリズム〉のステレオタイプやレッテルの捉えかたを見直す一助になりたいと願っている。

「まるで世界全体がパキスタンの文化をはぎ取り、ひとつのイメージに貶めてしまっているような感じ。美しい文化、食べ物、美しい言語、パキスタンのひとびとの不屈の精神については、誰も話そうとしませんでした」とベックは指摘する。「でも、ここはあなたの予想をことごとく覆す、魅力に満ちた国です」

多くのパキスタン人が、外国人がこの国に抱くイメージについて嘆いていると彼女はいう。まるで世界中が私たちをテロリストとみなし、ここは危険な国だと信じ込んでいるようだ、と。しかし、彼らは私たちと同じ、祖国の美しさを世界に広めようとしているごく普通のひとびとなのだ。

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This article originally appeared on VICE ASIA.