#30 Adnan and Me
All photos courtesy of Jill Dodd

億万長者の元恋人が語る、お金よりも大事なもの

彼は確かにヨットを所有していたけれど、初めて会った日の夜に自分の血で「愛してる」と書くような男だった。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP

VICE Australiaに掲載された記事です。

本記事は、Spotifyで独占配信しているVICEポッドキャスト〈Extremes〉で公開しているエピソードの抜粋だ。完全版はこちらから再生を。

1980年、私は20歳で、パリでモデルとして働いていました。スーパーモデルにはなれなかったけど、パリで1年過ごすなかで、少しずつ有名になっていきました。大変でしたが、雑誌の表紙を飾るようにもなりました。それはかなりの名誉だったと思います。実際、その前後で何が変わったわけでもないんですけどね。達成感も満足感もありませんでした。自分に必要なのは恋人だと思っていたんです。

夏も終わりに近づいていたある日、週末にモンテカルロに行こう、とエージェントに誘われました。モデルの仕事には必ず裏があると知っていたので、交通費やホテル代は出してもらえるのか、と確認したら彼女はこう言いました。「違うの、今回はタダよ」と。怪しいなと思ったんですが、休暇も取りたかったので行くことに決めました。それがこの旅の始まりでした。

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モデルとして活動するジル。1980年。

ホテルに着くと、1日プールサイドで過ごしました。おしゃれなドリンクを飲み、新しい友達とおしゃべりして、景色を堪能しました。その夜、エージェントにリムジンで、海賊をテーマにした大規模なパーティに連れて行かれました。たき火が燃え、ジプシーミュージックが演奏されている、地中海を臨む野外会場です。

会場に着いてしばらくすると、老齢の男性が私を見つめていることに気づきました。そう言うとちょっと危なく聞こえますけど、その男性には何となく安心できる雰囲気がありました。そして彼は私のほうへやってきて、砂浜で一緒に踊りました。燃え盛るたき火に、シャンパンや木製の椅子を投げ込んだりもしました。大きなパーティテーブルに隣り合って座ると、彼は私の目を見つめ、私の服の袖をまくりあげて前腕部分をあらわにし、そこに彼自身の血で「愛してる」と書きました。どうやら割ったグラスで切って流血したようでした。私は彼が誰なのか知らなかったけど、好ましく思いました。

本記事は、Spotifyで独占配信しているVICEポッドキャスト〈Extremes〉で公開しているエピソードの抜粋だ。完全版はこちらから再生を。

のちに、彼がアドナン・カショギというサウジアラビアの武器商人で、世界有数の億万長者だと知りました。世界中に会社や不動産、邸宅を所有していて、世界最大のプライベートジェットや〈ナビラ号〉という船など、高級な〈おもちゃ〉を持っていることで有名な大富豪です。

1980年って、まだインターネットがないんです。だから彼についてGoogle検索することもできなかった。何も知らないまま付き合って、徐々にいろんなピースを集めて組み合わせていったという感じ。付き合いを深めるにつれて、億万長者と付き合うのって思うほどステキじゃないな、と気づきました。でも、それに気づくには以下のような教訓を学ぶ必要がありました。

お金はひとを狂わせる

翌日もアドナンと会って、数週間後には飛行機でスペインへ連れて行ってもらいました。そしてそこで、自分の妻のひとりになってほしい、と彼に言われたんです。一応「はい」と答えたんですが、そこで彼の心のなかで、私はチェスの齣になりました。

最初のうちこそ富や贅沢を新奇で興味深いものに感じましたが、時が経るにつれ慣れてしまいました。一度ケニアで、アドナンが20カラットの巨大なダイヤモンドの指輪をくれようとしたのですが、あまりに衝撃的でひるんでしまって、それを断ったんです。でもそれから、他の女性たちがそういった豪華なジュエリーを身に着けているのを目にして、自分も欲しくなりました。ディナーに行くときはクチュールのドレスを着るのが当たり前になったし、シェフが用意したおいしくて健康的な料理を食べていました。移動手段は常にリムジンやプライベートジェットでした。

私はアドナンと一緒じゃないときも、徐々にこのライフスタイルを保ちたいと思うようになりました。ロサンゼルスに戻りモデルとして働いていても、高級レストランに行く口実を探していました。高級すぎて女友達は誰も誘えないので、医者である男友達と行ってたんです。私はクチュールの服で着飾り、薄暗い室内で、キャンドルの灯りに照らされながら食事をしたかった。テーブルクロスは白のリネンで、白のユニフォームを着たウェイターにサーブしてほしかった。そういう価値観のなかにどっぷり浸かってしまったので、自分がどうなってしまったのか気づかなかったんです。仲の良い女友達と過ごしているときも、ゴージャスな自分でいたいと思うことがありました。

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ジルとアドナン。スペインにて。

過剰な富を追い求めることは、一生満足できないということ

付き合って約1年が経つ頃には、激しい不安に悩まされます。何をしても落ち着かなくて、私はどんどんアドナンに似ていきました。つまり、常に次の高みを目指さずにはいられないひと。高級なおもちゃも、美しい女性も、理解できないほど高額な儲け話も、コカインも。次から次へと飛びつくひとです。

私も彼のように、自分の心のなかの溝を埋めることにとりつかれていきました。無限の選択肢があると、まるで選択肢なんてひとつもないように感じて、頭がおかしくなる。それが問題なんです。何でも手に入るから、あらゆる目的を見失う。一生懸命働いて経済的な成功を得たいという目標が、一気に無意味になりました。

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高級ジュエリーを身に着けたジル。

超富裕層の周りには、何かを狙う人間しかいない

アドナンと付き合った当初は、誰に対しても嫉妬を感じませんでした。空いている時間をすべて私のために費やしてくれていたので、自分が彼のお気に入りだということは明白だったから。でも、カリキュラムが厳しいロサンゼルスのファッションデザインスクールに私が通うようになり、大量の課題に追われ、長いこと彼と会えなかったんです。私と会えないあいだ、彼は他の女性たちと過ごしていましたが、彼女たちはみんな堕落していたり、コカインに依存していたり、私よりもステータスが低いお金目当ての女性たちでした。私は彼女たちと違う、と自分に言い聞かせていました。

でもある夜、その女性たちとラスベガスのコンサートに行ったとき、そのうちのひとりがアドナンからもらったばかりだという指輪を見せてきたんです。それは彼が私にくれた指輪とまったく同等でした。腹を殴られたような衝撃を受けましたね。そして、物事の本質が見え始めてきたんです。それが彼との終わりのきっかけとなりました。

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幸せはお金じゃ買えない

そのラスベガスの夜からほどなくして、彼とは別れました。ほっとしたというのが大きかったです。富を通して幸福を追うことって、自分の影を追いかけるのと同じなんですよね。ひとを満たし、穏やかに過ごせるようになる魔法の品や金額なんて存在しない。平穏は、物品や権力、地位、富に見いだせるものではありません。自分のなかにこそあるんです。そしてそこに到達するには、自分自身を知らないといけない。私は自分の欠点や失敗を受け入れるようになってから、穏やかに過ごせています。最近は、感謝の気持ちや思いやりが強まり、誰かを批判する気持ちは減りました。家族や友人の愛や、自分だけの才能を生かした芸術作品を生み出すことで満足感を得られています。何よりも、たくさんの癒しを得て、ようやく自分の内側からの声に耳を傾け、尊重する方法がわかったと言えるようになりました。

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