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カストロ時代のキューバのパンクスが自らHIV感染を選んだ理由

エイズ患者専用の療養所で暮らすため、あえてHIVに感染することを選んだキューバのパンクス、ロス・フリキスとは。

by Abdullah Saeed
29 July 2019, 3:22am

パンクロックは基本的に、社会の底辺に生きる人間が社会に異議を唱えるための道具だ。フィデル・カストロが統治していた時代のキューバにおいては、パンクはどこよりも〈反動的〉だった。

社会主義は社会の均質化をもたらすので、社会主義国家において、パンクスは否応なしに目立つ。1980年代後半〜90年代に登場し、自由主義国のパンクのスタイルや嗜好を模したキューバのパンクコミュニティ、ロス・フリキス(Los Frikis)は、ただ目立つだけではなく、世間からのけもの扱いを受けることになった。

かつてカストロ政権は力ずくで秩序を保とうとし、警察はホームレスや社会のはぐれものたちを取り締まった。ロス・フリキスもそのターゲットだった。彼らはカストロ政権下の社会主義生活の規範から逃れようとし、見た目からして普通とはかけ離れていたからだ。さらに彼らは、一日の大半を、荒れた地域のストリートで過ごしていた。彼らは頻繁に攻撃されたり、逮捕されて刑務所に送られたり、肉体労働を強制されたりした。それに対する抗議として、彼らは今なお衝撃的な〈武器〉を選択した。その武器とはHIVだ。HIV陽性者の仲間の血液を自らの血管に注射することで、自発的にHIVに感染したのだ。

現代においてもあまりに衝撃的な話だが、ロス・フリキスがHIVの自己感染を選ばざるを得ない状況に追い込まれた、その社会的要因はいくつかある。まず、1980年代末期、世界が雪解けの時代を迎え、ソ連からの経済援助が打ち切られたことだ。こうしてキューバは経済的な後ろ盾を失い、カストロが皮肉にも〈特別な時期(Special Period)〉と呼んだ、食料危機、燃料危機が深刻化する時期が続く。この時期、配給も極端に限られた結果、キューバ人の生活は一変し、身体にも影響を与えた。

同時期には、世界中でエイズ危機が深刻化していき、各国がエイズウイルスの拡散を止めようと必死になっていた。キューバでは、性行為経験のある成人を強制検査し、HIV感染者は施設に隔離するという、強引な対策をとった。ロス・フリキスは、この政策に好機を見出した。彼らは、HIVに感染すれば自分たちのような反体制派の人間を徹底的に迫害する社会から逃避できると考えた。

「夫は、HIVに感染すれば施設に送られるとわかっていたんです」とニウルカ・フエンテス(Niurka Fuentes)は、ロス・フリキスの一員だった亡き夫、パポ・ラ・バラ(Papo La Bala)について語る。「夫は、施設で同じような仲間に会えるはずだ、と考えていました。そこでは警察に追われることもないし、平穏な暮らしが送れるだろう、と」

自らHIV感染を選んだロス・フリキスは、路上生活や、攻撃や迫害に苦しみながらの暮らしを続けるよりも、食料、住む場所、薬が提供される場所で暮らすことを選んだのだ。そうして大勢の仲間たちが施設に入ると、施設はパンクの楽園と化した。

「全ての建物から、ロックンロールやヘヴィメタルが聴こえてくるんです」と回想するのは、かつてHIV患者専用施設があった場所に今も暮らすロス・フリキスの一員、ヨアンドラ・カルドーソ(Yoandra Cardoso)だ。「施設がオープンすると、入院患者は全員ロス・フリキスでした。みんなここに集まったんです」

1989年、施設の管轄がキューバ軍から保健省に移ると進歩的な運営方針に変わり、患者は音楽鑑賞や演奏、そして服装の自由が与えられ、施設内外のひとたちとの交流も許された。彼らは施設外のロス・フロキスはもちろん、平均的なキューバ国民よりもずっと良い生活を送っていた。「自分たちの世界をつくったんです」とフエンテスはいう。

フエンテスとカルドーソが1990年代初頭から患者として暮らしたピナール・デル・リオの施設は2006年に閉鎖され、現存しているHIV専用施設はサンティアゴ・デ・ラスベガスの施設ただひとつ。しかもそこは現在、外来患者専用の病院となっている。施設に収容されていた多くの患者がエイズで亡くなったが、カルドーソによると、仲間の収容者のうち、3名が今も健在だそうだ。彼らはキューバ国内で生産され、社会的な医療制度で支給されるHIV治療薬を内服している。キューバは世界的にみてもHIV罹患率が突出して低い国のひとつで、2015年には母子感染件数ゼロを実現した(しかしここ10年で、国内のHIV感染率は上がっている)。

ロス・フリキスは確かに、パンクコミュニティとして不名誉な地位に貶められていた。もちろん、あの時代の、パンクの思想が迫害されていた国における苦境が、自発的なHIV感染を正当化する訳ではない。それでもロス・フリキスは、声なき抗議を選んだのだ。

This article originally appeared on VICE US.