日本トイレ研究所の加藤篤氏の伝えたい〈うんちのすごさ〉とは。そして、日本トイレ研究所はトイレを通して社会をどう改善しようとしているのだろうか?

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「うんちはすごい」? トイレを通して社会はどう変わるのか

日本トイレ研究所の加藤篤氏の伝えたい〈うんちのすごさ〉とは。そして、日本トイレ研究所はトイレを通して社会をどう改善しようとしているのだろうか?

〈うんち〉は、私にとって煩わしいものでしかない。電車で急にお腹が痛くなり、やむなく途中下車してトイレに駆け込んだり、職場をコソコソと抜け出して、少し遠くのトイレまで移動したりと、うんちに行動を左右されたり制限されることが少なくないからだ。トイレに求める条件が厳しいのかもしれないが、どんなに素晴らしい国でもトイレが整備されていなさそうだと、とたんに旅行する気も失せてしまうほど、私にとって快適にうんちができるかどうかは非常に重要な問題だ。

「〈うんちをすることは、いいことだ!〉という文化を伝えたい」と自身のnoteで〈うんちはすごい〉と題された記事を連載している、日本トイレ研究所代表理事の加藤篤氏は、うんちの分類やトイレに関する最新のテクノロジーをわかりやすく、面白く紹介している。加藤氏の伝えたい〈うんちのすごさ〉とはなんなのか、そして日本トイレ研究所は、トイレを通して社会をどう改善しようとしているのだろうか。

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NPO法人日本トイレ研究所はどんな活動をしているんですか?

日本トイレ研究所は、〈トイレを良くすることで社会を良くしたい〉をコンセプトに活動しています。トイレを変えることで、その向こう側にある暮らし、社会を良くしたいと考えています。

「うんちはすごい」という連載をはじめたのはなぜですか?

トイレを良くする活動をするとき、公共トイレを管理している行政などにアプローチをすることが多く、今までは一般のひとに向けた情報発信はそれほど多くしていませんでした。でも、トイレは大切でうんちはすごいんだということを一般のひとにもっと伝えたいと考えたんです。

うんちのなにがすごいんですか?

うんちは、健康状態を教えてくれる指標です。食べた物だけではなくて、睡眠も運動もストレスも、すべてが関係しています。うんちは〈生きた証〉でもあります。うんちに、なにかトラブルや支障があるということは、良くないことですよね。だからこそもっと注目したいし、できれば前向きに、うんちの大切さを伝えたいんです。こんなに大切なのに、多くのひとは1日何回トイレにいくか答えられないし、良いうんちがどんなうんちか、なんて意識もしていません。〈うんちをすることは恥ずかしい〉という価値観も変えたいですね。

良いうんちとは、具体的にどのようなうんちなんですか?

良いうんちというのは、一言でいうと〈すっきり〉出るうんちです。もちろん、週に2回以下は要注意、というような回数の目安や基準はいろいろありますが、いちばん大切なのはすっきり感です。たとえ、うんちが毎日出ていたとしても、本人がすっきりしていないのであれば、それは良いうんちとはいえないのではないでしょうか。生理的に朝のほうがうんちは出やすいので、朝うんちをすることがよいという意見もありますが、朝でなくてもすっきりと出ているのであれば、それでいいんです。朝にうんちをすることは望ましいですが、無理に「朝にしなさい」なんていわれてしまったら、リズムが崩れてしまいます。毎朝出るひと、2日に1回がちょうどいいひと、ひとそれぞれのリズムがあるということを知ってほしいです。

どうやって、どんなうんちをするのかは、親の影響などもありますか?

腸内細菌は、母親から引き継ぐといわれています。お腹のなかの赤ちゃんは無菌状態なので、出産で産道を通るときに初めて、外界の菌と接するからです。親と子どもは食生活も同じですし、子どもは親の姿をみて成長するので、親が1週間に1回しかうんちをしなかったとすると、子どもにとっても、それが普通になってしまう可能性があります。どのような排泄リズムが自分にとって〈快〉なのかわからないまま、親の排泄リズムが子どもに影響を与えているとしたら、よくないですよね。

自分のうんちは普通なのかなんて、考えたことありませんでした。

仕事でもそうですし、特にアスリートは、自分の調子やパフォーマンスが気になるじゃないですか。うんちは、そのわかりやすい指標です。うんちはウソをつかないですからね(笑)

何を食べ、どのような生活習慣だったらすっきりとうんちができるかを自分で知っているかどうかが重要なんですね。

その通りです。とにかくすっきり、スルっと違和感なく出るうんちがいいですね。その場合、基本的には、うんちの色は黄褐色で、8割くらいが水分で、においもそんなに臭くないはずです。だれかと比べられないですからね。自分の身体の声を聞くことが大切です。

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加藤さんはいつから、トイレやうんちに興味をもちはじめたんですか?

学生の頃は、建築という視点からまちづくりに取り組みたいと考えていました。その頃はトイレにもうんちにも興味はありませんでした。1年間だけですが設計事務所に勤めていたとき、建築といっても色々あるし、アプローチの仕方を変えようと、もういちど社会や生活になにが影響しているのかを自分なりに突き詰めた結果、水まわり、そのなかでも生活感が特に凝縮しているのが〈トイレ〉だと感じました。良いトイレがあると安心できるし、逆に、トイレが悪いだけで生活がとたんに崩れてしまう。トイレは強い力をもった空間なんです。

トイレに関連する企業などに所属することは考えませんでしたか?

ひとつの企業に所属してしまうと、その企業のことしからわからないじゃないですか。日本トイレ研究所の良さは、50数社の企業や専門家、行政等が関わっていて、建築、し尿処理、医療、デザインなど、様々な分野の人材、情報が集まっているんです。社会的な課題の解決に向けて、多角的な視点で取り組むことができるのが、日本トイレ研究所のいいところです。

確かに、トイレを使ったことがないひとはいないから、いろんな分野のかたがトイレについて考えているんですね。

大学教授と小学生が社会問題について議論することは難しいです。でもトイレについてだったら気楽に話し合うことができますよね。言い換えると、トイレというテーマを設定することで、年齢や文化、国境を越えて、色々なひとが同じテーブルにつき、意見することができてしまうのです。そこが、トイレを切り口に活動する良さだと感じています。

日本トイレ研究所は、どのような活動をしているんですか?

最近は3つの活動に力をいれています。ひとつは災害時のトイレです。被災者の健康を守るために、避難所などのトイレ環境を良くする。そうすることで、被災者の健康が守られるので、災害時のトイレや衛生対策に力を入れています。

災害時のトイレですか?

トイレの話は、日常的に話題になりにくいものです。「今日の夜なに食べる?」という会話はしますけど、「今日の夜どこのトイレ行く?」なんて話さないですよね。日常的な会話のなかにでてこないということは、備えのときもイメージしづらいのでしょう。

1日のうち、睡眠は1回、食事は3回が一般的ですが、トイレはそれ以上ですよね。7回とか10回、そのくらいの回数トイレに行っていると、水洗トイレが使えることが当たり前になります。そのため災害が起きても、いつもと同じようにトイレを使ってしまうんです。用を足したあと、流そうとしてはじめて、水が流れないことに気づくのです。

流れないトイレで排泄してしまったらどうなりますか?

便器の中に前のひとの排泄物があったとしても、次のひとはその上に排泄するしかないです。漏らすか、その上にするか、という選択を迫られたら、その上にせざるを得ないですよね。それが繰り返されると、とても不衛生な状態になります。劣悪なトイレ環境になると、大きくわけて2つのリスクが生まれます。ひとつは感染症です。排泄物は感染源なので、適切に処理しないと感染性胃腸炎等が蔓延する可能性があります。もうひとつは、トイレが不衛生になると、トイレに近寄りたくなくなりますよね。トイレに行きたくないがゆえに、ひとは水分を控えがちになります。水分を摂らないと、身体は弱ってしまうんです。すると関連死に繋がってしまうので、災害時のトイレ対応は真っ先に行う必要があります。そして、使いたくなるようなトイレをつくることが大切だと考えています。

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災害が発生したとき、トイレはどうしても後回しになりますよね。

安心してトイレに行けることは、決して贅沢なことではありません。ひとりひとり、トイレへのニーズは違います。距離、段差、明るさ、温かさなど、個別のニーズに可能な範囲で応えていくことが大切です。そのためには、周りがケアをしたり、支援する必要があります。

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日本トイレ研究所が販売しているピンズ. ピンズの売上のいちぶが, トイレを自分たちの力で掃除, 修復, 装飾する活動「トイレカーペンターズ」という取り組みの活動費にあてられる.

他にはどんな活動をしていますか?

2つめは、子どもたちのトイレ環境についてです。子どもたちが安心して学校生活を送れるように、1日のほとんどを過ごす小学校のトイレを良くしていく。空間的に良くしていくだけでなく、排泄教育にも取り組んでいます。

3つめが、街のトイレについてです。障がい者やお年寄り、子連れ、外国人、性的マイノリティのかたなどが外出するうえで、トイレは重要な要素になります。みんなが社会に参加できるようにするために、トイレがどうあるべきかを調査、提案しています。

最近では、多機能トイレが各所に設置されていますよね。

日本は全体的に建物がコンパクトですし、限られたスペースのなかで様々な機能を備える〈オールインワン〉をつくるのが得意なんですよ。多機能トイレはまさにそれなんですけれど、数が少ない。車椅子ユーザーも、ベビーカーを押しているひとも、人工肛門のひとも、性的マイノリティのひとも、みんな多機能トイレに集中してしまいます。異性の介助者がついている場合もそうです。多機能トイレが混雑してしまうことが日本の課題です。

面積は限られているなかで、その問題をどのように解決できると考えていますか?

まずは多機能トイレを増やすことです。次に、多機能トイレに集中してしまった機能を分散させる。また、正しく情報を伝えることも重要です。事前に、和式トイレしかないとわかっていれば、車椅子ユーザーはそのトイレには行かないですよね。機能や混雑の情報が事前にわかっていれば、みんながスムーズにトイレを使えて、トイレの最適化ができるのではないかと考えています。

トイレを通して社会を変えていくのが目的だ、とおっしゃっていましたが、社会をどのように変えていきたいのですか?

トイレに困らない社会にしたいです。トイレがゴールではなく、みんなそれぞれ、やりたいことがある。ひとに会いたい、遊びにいきたい、美味しいものを食べにいきたい、働きたい。色々ありますよね。そのためには、トイレが欠かせないんです。美味しい料理屋さんでも、トイレが最悪だとしたら、台無しになるじゃないですか。観たい映画があるのに、そこに車椅子ユーザーに使えるトイレがなかったら、映画を観ることはできません。

トイレがないだけで、なにかを諦めざるを得ないこともあるんですね。

だからこそ、トイレに困らない社会にしたいのです。それが多様性社会の最低条件なはずですから。トイレをちゃんと整備しないで、多様性社会なんて嘘じゃないですか。トイレは〈意思表示〉なんです。いろんなひとが安心して使えるトイレをつくることは、暮らしやすい社会ににするぞ、という意思表示だと捉えています。

みんなが自分のうんちについて詳しくなったり、良いトイレについて興味をもつようになったら、社会はどう変わるでしょうか?

優しくなるでしょうね。排泄行為はとても無防備です。動物だったら、命を狙われる瞬間です。だから動物は、排泄に時間をかけません。時間をかけて排泄できるのはヒトだけです。そういったところに着目できるということは、相手の弱い部分に配慮できるようになって、みんなが優しくなれるんじゃないかと考えています。障がい者と同じ気持ちになることはなかなか難しいけど、トイレの困りごとを聞くことで、少しだけきっかけがつかめたりするんですよ。私の知り合いの視覚障がい者は、盲導犬を連れています。トイレに入ったら、まず床を素手で触るそうです。トイレをしているあいだ、盲導犬は伏せをして待つので、床が濡れていないか確認するために素手で触ると。私たちがいつも靴で歩いているところですよ。

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そんなこと考えたこともなかったのでショックです。

そのことを知るだけで、トイレを綺麗に使おうと思いませんか? 車椅子ユーザーも、タイヤを手で回していますよね。われわれはトイレの床が濡れていても、多少がまんすれば何とかなるかもしれないけど、車椅子ユーザーは、濡れたところを通ったタイヤにも触れなければいけない。トイレのありかたを考える必要があります。

トイレのありかたを考えるうえで、いちばん大切なことはなんですか?

いちばん大切なことは、〈安心〉です。排泄は自律神経が担っていて、自律神経のなかでも、排泄は副交感神経が関係しています。副交感神経はリラックスしているときに優位になるので、全力疾走で逃げているようなときは排泄はしたくならないんですよ。過緊張状態ではなく、ふと気持ちが和らぐときに排泄をしたくなるので、トイレが不快、もしくは不便であると、排泄を遠ざけてしまうようになります。どんなトイレだったら安心できるかは、ひとりひとり異なります。現代の社会は何かとストレスの多い社会です。そんな社会のなかで、トイレが安心できるというのは大切なことだと考えています。

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加藤篤(NPO法人日本トイレ研究所)

「うんちはすごい」https://note.mu/unsugo