グレン・ダンジグが語る音楽の秘密

カバーアルバム『Skeletons』を発表したDANZIG。BLACK SABBATH、AEROSMITH、ZZ TOP、THE EVERLY BROTHERS、そしてエルヴィス・プレスリーなどなど…。彼の恐るべき歌声は、どこまでも轟く。

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04 February 2016, 11:03am

昨今のスーパーメタルな音楽シーンにとって、グレン・ダンジグ(Glenn Danzig)は、議論の余地も無いほどに必要不可欠な存在であることは間違いない。ローディ出身のこの男は、小さなパンクバンドだったMISFITSを伝説に変え、デスロック、パンク、メタルのハイブリッド、SAMHAINを創設し、肩で風を切るような歩き方、冷笑的な態度、強面の素顔に恥じない名声を手にし、数多くの羨望の眼差しを集めた。

より明快に「ダンジグ」の名を世に知らしめたのは、オジー・オズボーンとロイ・オービソンのミッシングリンクを具現化した歌唱法だ。すぐにそれとわかる歌声は、CROWBAR、KYUSS、SOUNDGARDEN、そしてもちろんMETALLICAまで、数え切れないほど多くのバンドに影響を与えている。

そんなダンジグが、2015年11月、久々の新作、カバーアルバム『Skeletons』をリリースした。

なぜ、この時期にカバーアルバムをリリースしたのですか?

まあ、結果としてこういう時期になったというだけだ。別にしっかりしたプランがあったわけじゃない。要はレコーディングする時間があって、レーベルからOKが出て、同時にツアーが決まった。いい具合に。

この『Skeletons』では、様々なアーティストを幅広くカバーしていますね。ご自身が影響を受けた音楽の多様性は、アーティストとしての成功に繋がったのでしょうか。

どうかな。というのも、育っていく中で当然いろんな音楽を聴いたけど、結局は自分が好きなどんな音楽にも、それぞれの時間、時代が現れている気がする。それに、ワーグナー(Richard Wagner)だろうが、BLACK SABBATHだろうが、エルヴィス(Elvis Presley)だろうが、ハウリン・ウルフ(Howlin’ Wolf)だろうが、ウィリー・ディクスン(Willie Dixon)だろうが、それぞれ時代は違っても、何かしら共通点があって、そいつらは俺の中で互いに結び付いてる。今回の作品でも、そういう結び付きがある程度聴こえるはずだ。

ブルースに言及されましたね。あなたのキャリア全体を通して、かなり影響されているでしょうが、今のヘヴィメタル・アーティストにとってブルースは珍しいものなのでしょうか?

珍しいはずだ。ブルースをほじくり返すヤツもいるが、まあ全員ではないだろう。最近のアーティストはあまり聴いていないだろうが、そんなことはどうでもいい。それでも構わないけど、音楽が薄っぺらくなる(笑)。「自分がどこにいるかわからないヤツは、自分の行き先もわからない」ってもんだ。

確かにそうですね。METALLICAやMOTÖRHEADあたりは、勉強、とまで言わないにせよ、音楽に対する貪欲さが音に顕れている気がします。でも、そうしたバンドに影響を与えたアーティストは、ほぼ無視されていますよね。

そう。でもそれでいい。今の連中のやりたいようにすればいい。でも、そういうアーティストが、今から30年後に何組残っているか。たくさんのバンドが現れては消えてゆく。大ヒットを飛ばして一時的な流行りになるんだけど、3、4年したらいなくなる。逮捕されたのか(笑)。でもそれは自ら選んでいるんだ。やりたいようにやってもらって、それで結構だ。俺がとやかく指図するもんでもない。でも、俺も含め、仲間のほとんどは30年後も変わらない。商業的に、より良い選択はできたはずだが、それは、俺が音楽をやる理由とは違う。そのおかげで、いろんな人間に出会えた。リック・ルービン(Rick Rubin)* 、ヤツは俺たちがアルバム・バンドだとわかっていた。同じ考えを持っていたんだ。アルバムを創る、もし売れたら最高。ツアーをやる、家に帰る、また録音する、またツアーする。そう、俺たちは、そんなアルバム・バンドなんだ。俺はリックに「なあ、俺はBLACK SABBATHとかVELVET UNDERGROUNDみたいなバンドになりたいんだ」と相談した。たくさんのブルース・アーティストについても語り合った。今聴いているだけじゃなく、20年、30年経っても、みんながレコードを買って聴いているようなバンドについて。それを確かめ合って、それ以来長いことやっている。MISFITSも、SAMHAINも、DANZIGも、どれもやりたい音楽なんだ。

* 音楽プロデューサー、レコードレーベル・オーナー。アメリカン・レコーディングスやデフ・ジャム・レコードの創始者であり、現在はコロムビア・レコードの共同社長。

長い間、音楽活動を続けていますが、クリエイティブであり続けるための秘訣は何なのですか。

(笑)いろいろある。いつでも何かしら歌にしたい関心事があるけど、パンクそのものに負う部分が大きい。もし退屈になってる、と感じたら、手を加える、直す、面白くする、肝心な部分を損なわないよう、またやり直す。そうやって音楽が犠牲にならないようにする。まず自分が納得する。それからみんなに楽しんでもらえるよう工夫する。そうやって作業を進めるから、書くべきことが見つかるまで新しい録音はしない。無理して録音なんてしない。誰かが俺の所にきて、「前に録音してから、もう1年も2年も経ったじゃないか。新しい曲を書いて、2、3ヶ月したら発表しようや」なんてことは絶対にない。もちろん、そんな寝言をほざくヤツは周りにいない。それにしても、DANZIGの前作は2010年だったから、今回のアルバムには相当時間がかかった。

無理に創作しないスタンスは、以前から実現できていたのですか。

昔はもっと頻繁にやってた(笑)。MISFITSやSAMHAIN時代は、2年ごとに録音してたはずだ。DANZIGでも同じように、2年ごとにレコードを出していた。それからどんどん間隔が空いてしまったけど、それはただ結果そうなっただけだ。『Danzig IV』(1994)と『Danzig V』(1996)の間は2年、『V』から『VI』(1999)はたぶん3年だ。今では4年か5年かかっているかもしれない。『Deth Red Sabaoth』(2010)の頃は、ツアーをたくさんこなしていたのが理由のひとつだ。一度に2、3ヶ月間なんてもんじゃなく、ヨーロッパを廻って、次にアメリカに戻るようなオファーを休むことなく受けていたんだ。作品には満足していたし、評判も良かったから、次回の作品もきっとそうなるだろう。

骸骨マーク「Crimson Ghost」や、髪の毛を真ん中に垂らしたヘアスタイル「Devilock」など、ポップ・カルチャーの世界にも食い込んでいましたね。あなたのテープをうちの母親が発見して、発狂していた時代が懐かしいです。

そう、DANZIGとSLAYERは、当時は呪いの言葉みたいなもんだった(笑)。

しかし、あの時代から、カルチャー観や偏見は、様々な面で変化しました。このような変化をどう捉えていますか。

「お前は狂ってる」だとか「お前は正気じゃない」なんて後ろ指さされてきたけれど、結局はいつか認められるんだし、むしろ、ある意味、認められているようなもんだった。昔はみんなに、頭がおかしい、と難癖つけられていた発言が、今では普通になっている。テレビでもそう。誰もが同じように話していて、ちっとも悪い意味じゃなくなってるんだ。嬉しいことだよ、実際。

子供たちがDANZIGのテープを隠す必要がなくなり、安心しました。 (笑)

ああ(笑)。そういえば、クリスティーナ・リッチ(Christina Ricci)があるインタビューに答えていたらしいんだが、自分の子供にDANZIGを聴かせるそうだ。すげえな、って驚いたよ(笑)。リスナーが単純に聴いてどハマりできるよう、曲づくりに集中する。もちろん聴き方なんてどうでもいい。色々聴き方を試してみるのもいい。それが面倒なヤツは、俺の曲を聴いて、自分自信を忘れて、何も考えずに楽しめばいい。どんな聴き方もアリだ。

ファンの心を魅了するのは、あなたのボーカルに負うところが大きいはずです。 叫んだり、唸り声を上げるでもなく、心から「歌っている」スタイル。バックをヘヴィーにすると、独特の歌声が活かせる、と気づいたきっかけはありましたか。

違うんだ。ただ単にこういう歌い方なだけさ(笑)。声が高くないんだ。今となっちゃ伝統的な、メタル特有の高いピッチで叫ぶ声を持ち合わせていないんだよ。俺の声は低く轟くような声で、叫んだときにはピッチの高いサイレンというより、むしろ唸り声みたいになる。それにもしかしたら、これは今回のカバー作品に入っている俺自身の音楽の好みにも表れているかもしれないね。エルヴィスとか。他の音楽がつまらない、という意味ではないが、俺の声は俺の声だし、絶対に変えない。そういうもんだ。

最後に、教えてください。ステージに立っていなくても、ニュージャージーのドラム少年だった頃のように、相変わらず、音楽に夢中になっているのですか。

今でもまったく変わらない、というワケにはいかない。それでも俺はまだ夢中になれる。自分を突き動かす何かと、自らの成すべきコトを成さんとする気持ちを後押しする何かは、今でもほぼ同じだが、少しだけ違ってもいる。俺はそう簡単にツアーを止められない。俺のために仕事してくれて、俺を頼ってくるヤツらがいる。とはいえ、止めたこともある(笑)。だけどもう二度とそんな真似はしない。確かにそう、いろんな面で俺は変わっただろうが、それでも音楽をやり続けたい、歌い続けたい、それを聴いてもらいたい、という衝動は昔も今も変わらない。