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2450万円相当のハンドバッグが導いたマレーシア首相の失脚

マレーシアのナジブ・ラザク前首相連立政権の腐敗と強欲。それを象徴していたのは、彼の妻が所有するバーキンだった。
マレーシアのナジブ・ラザク前首相連立政権の腐敗と強欲。それを象徴していたのは、彼の妻が所有するバーキンだった。
Photo credit: Rosmah Mansor by Erik De Castro/ Reuters, and Birkin bag by Christian Hartmann/ Reuters

トップ1%の人間にとって、バーキンを所有することはすなわち、ついに〈理想〉の姿になれたということであり、ロスマ・マンソール(Rosmah Mansor)にとっては、それはマリー・アントワネットであった。

マレーシアの前首相ナジブ・ラザク(Najib Razak)の妻、ロスマ夫人は、スキャンダルの宝庫だ。彼女は夫とともに、国内の経済発展のための政府系投資ファンド〈ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)〉の資金数千億円相当を流用し、ナジブ前首相、そして彼の側近たちの銀行口座へ不正送金したとして逮捕された。長年ささやかれていたナジブ前首相のこのスキャンダル。資金の使い途としては、ニューヨークで約38億円の分譲マンションを購入したり、インドネシアで約280億円のヨットを購入したり、レオナルド・ディカプリオ主演の映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)への出資をしたり、と多岐にわたる。

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しかし、それら以上にスキャンダルを強く印象づけたのは、ロスマ夫人の超高額なハンドバッグコレクションだった。そう説明するのはナジブ前首相が率いる与党連合〈国民戦線(BN)〉の元支持者、28歳のアニス・カリディ(Anis Khalidi)。アニスは今年5月9日の連邦下院議員選挙で、初めてBNではなく、その対抗馬に票を投じた。「イメルダ・マルコス、マリー・アントワネット、ロスマ・マンソール。みんな同じ浪費家です」とアニスはVICEのインタビューに語る。「それに気づいて、もうこんな政府の下で暮らしたくないって思ったんです」

先の選挙は、ナジブとロスマ夫妻 VS マレーシア元首相、92歳のマハティール・モハマド、という図式だった。夫妻が、自らの子どもたちの豪勢な結婚式に散財した(式で使用した花だけで約8300万円とされる)いっぽう、サファリジャケットに約3000円のユニクロのボタンダウンシャツ、約500円のBataのサンダルといういで立ちのマハティール元首相。選挙に勝利し、首相に返り咲いたのはマハティール元首相だった。彼が率いる野党連合〈希望連盟(PH)〉を勝利に導いたのは、夫妻の常軌を逸した散財ぶりで間違いないだろう。

PHが選挙運動で発信したのは、ナジブ率いるBNが極めて腐敗しており、マレーシア国民の金を無駄遣いしている、という極めてシンプルなメッセージだった。その証拠はロスマ夫人の腕にぶら下がっていたハンドバッグ。彼女は、超高額で、お金があったとしても(ドレイクくらいにならないと)なかなか手に入れるのが難しいハンドバッグ、バーキンをひとつならず、複数個も所有していたのだ。

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Photo by Erik De Castro/ Reuters

このメッセージは有権者の心に強く訴えかけた。だからこそ、1957年のマレーシア独立以来、初めてとなる政権交代が実現したのだ、とオーストラリア国立大学(Australian National University)でマレーシア政治を学ぶ専門家、アムリタ・マルヒ(Amrita Malhi)は説明する。「PHは、マレーシア納税者が収めた税金が大量に消えている、と指摘することで、納税者たちの関心を惹きつけました」とアムリタ。「国民が野菜や海産物の高騰に苦しんでいるまさにそのとき、ロスマ夫人はせっせと高価なジュエリーやハンドバッグに散財していた。そうやって、何十億リンギットが国際的な資金流用につぎ込まれた、とかいう、よくわからないスキャンダルを、一般市民の感覚でも理解できるようなわかりやすいかたちで伝えたんです」

有権者たちは、1MDBの大スキャンダルはよくわからなくても、20代から政治家として活動してきて、月収が3万6544リンギット(約97万円)のナジブ前首相が、約130万円から3000万円もするハンドバッグを何個も購入できるなんておかしい、ということはわかった。

「ナジブに関するポジティブな記事を読もうとは心がけていたんです。でも、ロスマ夫人を見てしまったら、彼の家庭、特に妻に金銭が流れていたことは一目瞭然でした」と熱狂的BN支持者の家庭に育ったアニスは語る。

バーキンのパワーを誰より認識していたのは、政治風刺漫画化のザルキフィ・アンワー・ウルハック(Zulkiflee Anwar Ulhaque)、通称ズナー(Zunar)だ。彼はナジブとその家族を中傷したとして、治安妨害の罪に問われている(現在は保釈中)。

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ズナーは風刺漫画家として長年活動してきたが、これまで彼の作品が騒ぎのもととなったことはなかった。しかし、ハンドバッグ、特にバーキンを描くと、急に様相が変わった。世間が騒ぎ始めたのだ。

「怪しい潜水艦購入について描いても、私のFacebookアカウントには、誰もコメントを残さなかった」とズナー。「でも指輪やハンドバックを描き始めると、みんなからコメントが届くようになった。一般の主婦はペタリンストリートで売ってるパチモンバッグくらいしか買えないのに、政府高官がどうやってそんな高価なバッグを買えるんだ?って、みんな疑問を抱き始めた」

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Cartoon by Zunar, courtesy the artist

マレーシアの平均世帯の月収は約5万5000円程度。ロスマ夫人は、クアラルンプールの中心の一軒家よりも高いハンドバッグを持ち歩いていた。ナジブの2期、計9年もの首相在任期間中に、バラバラの野党が、全国民が理解できるように説明できなかった決定的な真実を明らかにしたのが、彼女のハンドバッグや指輪なのだ、とズナーは指摘する。

「国民がまさにこの腐敗政治のために金を払っている、という事実を示したくて、この漫画を描いた」

PHの議員として今回の選挙で当選した25歳の下院議員、サイード・サディック・サイード・アブドゥル・ラーマン(Syed Saddiq Syed Abdul Rahman)も同意する。サイードによると、選挙期間終盤には、潔白の主張を繰り返すBN側もロスマ夫人の存在を危ぶみ、彼女が公の場に姿を現す機会を制限していたとされる。

サイードは、PHが申し合わせて、このスキャンダルを選挙キャンペーンの中心に据えたわけではない、とする。ナジブ一家の散財は、ロスマ夫人が身につけていた総額30億円のダイアモンドネックレスのように、疑う余地のないほど明らかだった。

「彼らは既に、ダメージを負っていたんですよ」とサイードはいう。