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ケンドリック・ラマーが語る、フッドへの想い

アルバム『To Pimp a Butterfly』発売後にコンプトンで取材したインタビューから読み解く、時代の寵児ーケンドリックが考えるローカル・コミュニティとは。
08 July 2020, 5:00am
ケンドリック・ラマーが語る、フッドへの想い

「マイケル・ブラウンに起こったことは決して起こってはならなかった。絶対に。でも、俺らが自分たち自身をリスペクトしていないのに、どうやって他人にリスペクトしてもらうっていうんだ?全ては内側から始まる。デモ集会や暴動じゃなくて、内側から始まるんだ。」

上掲の発言は、2015年1月、Billboardのカヴァー・ストーリーに登場したケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)によるものだ。ちょうどその頃、ミズーリ州ファーガソン(Ferguson)にて18歳の少年=マイケル・ブラウンが警官に殺害された事件を機に、全米で警察の黒人に対する不当な暴力へのプロテストが広がっていた。そうした状況下での当該発言は論争の火種となり、アジーリア・バンクス(Azealia Banks)やキッド・カディ(Kid Cudi)など、同業者にもあからさまな嫌悪感を示す者もいた。

そのラマーが、2020年6月上旬、地元コンプトン(Compton)におけるBlack Lives Matterのプロテストに参加した。2020年5月25日、ミネソタ州ミネアポリス(Minneapolis)でジョージ・フロイドが警官に殺害された事件に端を発するプロテストは、全米に広がっている。これまで幾度となく〈平和的な行進〉を繰り返しても変わらない状況への怒りと失望が、いよいよ臨界点に達したのだ。フードを被り口元を覆い、カメラに収められているラマーの姿は、それだけに、何かを訴えるような目の力強さが際立っていた。

警官によるジョージ・フロイド殺害の一件と、それに続くかつてない規模でのBlack Lives Matter運動の広がりは、ケンドリック・ラマーをも動かした—5年前に彼が同運動に対し懐疑的ともとれる姿勢を示していたことを踏まえれば、そうした見方もできよう。しかし、振り返ってみれば、あの2015年のBET Awardsで落書きされたパトカーに乗って「Alright」をパフォームしたのも、そのパフォーマンスに苦言を呈するTVリポーターの声をアルバム『DAMN.』に収めて敵対心をあらわにしたのも、他ならぬラマーであった。XXL誌2015年冬号のインタビューでは、マイケル・ブラウンらと同じ境遇を経験してきた者として、警察の暴力により無実の黒人が殺される現状に憤怒を覚えたこと、そのやり場のない感情への対処法として音楽があることを明かしている。これらを踏まえるならば、ラマーにとって、仲間たちの安全を脅かす存在との戦いが重要なテーマでないはずがない。

警察組織の解体までをも視野に入れて始まったBlack Lives Matter運動は、先述のジョージ・フロイド殺害の一件を機に、今やイデオロギーの違いを超えて広まっている。6月2日にInstagramのフィードを埋め尽くした無数の黒い正方形が、その何よりの証左であろう。そうであるならば、ケンドリック・ラマーなりのBlack Lives Matterもあるはずだ。それを少しでも理解するために必要なのは、ラマーの立ち位置の微分係数を求めることよりも、彼が一貫して持っているコミュニティへの眼差しに目を向けることであろう。下掲のインタビューが、それをくっきりと描き出す一助とならんことを願う。


ケンドリック・ラマーを取材したのは、彼がアルバム『To Pimp a Butterfly』のプロモーションをひと段落させた頃だった。現在、世界で最も注目されているラッパーであるラマーをインタビューした場所は、コンプトン(Compton)市内にある、彼の友人の母親宅の裏庭。彼は現場に姿を現すとすぐに、顔見せに来ていた幼馴染のリル・エル(Lil L)、Gウィード(G-Weed)といった面々に囲まれていた。彼らはラマーの楽曲「King Kunta」のMVや『To Pimp a Butterfly』のカヴァー・アート、またnoiseyがコンプトンで撮影したドキュメンタリー「noisey Bompton」にも登場している。

「コンプトンでの暮らし」「交友関係やギャング文化が自身の音楽に与えた影響」「フッド(地元)をレペゼンすること」について、ラマーを取材したドキュメンタリー。

インタビュー後、私たちは路上の屋台で、マヨネーズとコティーヤチーズがたっぷりとかかった、メキシカン・グリルドコーンを購入した。現在世界NO.1と評されるラッパーのラマーは、ソックスにサンダル、スウェットパンツに無地の白Tシャツという出で立ちでストリートの真ん中に立ち、串に刺さったコーンにかぶり付く。この光景以上にHIPHOPの真髄を語るものはないだろう。

以下では、動画内に収まりきらなかったインタビューを、簡潔にわかりやすくするために少し編集を加えてお届けする。

──取材に応じてくれてありがとう。コンプトンに来たかった理由は君だ。
ケンドリック・ラマー:コンプトンまで出向いてくれて嬉しい。ここのライフスタイルやカルチャー、またフッドを良くしようとする俺たちの取り組みを見ていってほしい。多くの人はコミュニティの実態を何も知らないくせに、ここのライフスタイルやカルチャーを当然のように取り上げて、そのネガティブな面を美化したいだけだ。実際、ここにはいい奴が多い。厳しい環境に囚われているだけなんだ。

──音楽で学んだこと以外は、コンプトンについてほとんど何も知らずにやってきた。ここでの出来事はあまり報道されないよね。君たちがここのリアルを伝えていて、リル・エルやGウィードのような現地の住民と触れ合うことが、フッドを知る唯一の方法だった。
その通り。米国が俺たちに対して抱く最大の誤解は、その人となりが単いつだと思い込むこと。コミュニティ全体では、俺たちの人となりは千差万別だ。しかし、ここで暮らす人々の本音を理解するには、コミュニティに飛び込む必要がある。俺たちは四六時中こんなところに居たくないし、この現状から抜け出したい。だから、あるアーティストが音楽の力でストリートライフを美化しようっていうのなら、99%の場合において、俺たちはそんな音楽を聴こうとは思わない。ここで暮らす人々は、そんなものを聴きたいんじゃなくて、このクソみたいな状況から抜け出したいんだ。そして、俺が音楽をやる理由はそれ。俺は自分自身をレペゼンするだけでなく、フッドの人々もレペゼンする。

──「ここから抜け出したい」という考えに、変化はあるの?というのも、コンプトンは新たなフェーズに移行しているように感じて。「ここから抜け出したい」という想いと、「ここに還元したい」という想いが混在するんじゃないかな?
俺が〈抜け出す〉と言うときは、「フッドから抜け出して、自分の出自を忘れる」とか「フッドに還元できない」という意味じゃない。「ライフスタイルから抜け出す」ってこと。毎日ここに戻ってきて、仲間や家族に顔を見せて、愛をばらまき、ネガティブな面とは違うものを示すことも可能だ。だけど、ライフスタイルが分かれ道なんだ。ここに戻ってきても、以前と変わらない暮らしを求めて、自分が手にしたチャンスをみすみす逃す奴もいる。音楽ビジネスであっても、その他のエンターテイメントの類であっても、それはライフスタイルから抜け出す手段にすぎない。つまりはそういうこと。

Gウィード

──ネガティブなライフスタイルが根深く染み付いた場合、そこから抜け出すのは大変だ。例えば、Gウィードは長期間そのような人生を送ってきて、いまはポジティブな行いをたくさんするよう人生を好転させている。だけど、それは簡単なことじゃない。自分には、そんな風に人生を劇的に変化させるのは想像がつかない。
自分の中に悪魔が居るんだから、難しいのは当然だ。それに家族もいる。ウィードがポジティブな行動をしているからといって、それは、アイツにストリートで身を立てる身内がいないってわけじゃない。もし彼らに何かあれば、アイツがどんな気分になるかは、他人にはわかり得ない。ウィードがそういう事態にどう反応するか、誰にもわからないんだ。そうして、周りの環境が人をのみ込む。それは、相当な洗脳で、解くのは大変なんだ。

──LAのステイプルズ・センターで君のショーを観たんだけど、ああいうショーでパフォーマンスするのは好き?
大規模のショーのこと?俺は小さくて、演者とオーディエンスがお互いについて、よりわかり合えるショーの方が好き。J・コールの取り組みが好きな理由はそこなんだ。コールは「Dollar and a Dream Tour」で、いつでもそんなショーを演れる。そこに顔を出せば、俺が『Section.80 』をドロップしたときのようなエネルギーを感じられるしね。デカいショーもいいけど、ファンと直に接するときほどのエネルギーは伝わってこない。

──コンプトンに帰ってくると、毎回、クルーの面々が集まるの?
そう(笑)。コイツらからは逃げられない。

──ここはGウィードの母親の家だけど、子供の頃からよく来てた?
うん、ここを拠点にブラブラしてた。セントラル・アヴェニュー(Central Avenue)からアヴァロン・ブルヴァード(Avalon Boulevard)、サンペドロ・ストリート(San Pedro Street)と、どこにでも行きやすいから。

──Gウィードと出会ったときのことを覚えてる?
多分、俺がアイツのことを一方的に知ってたんだ。まだガキだった頃に見かけたことがあって。ポケットに金を忍ばせている年上の連中と、アイツはいつも連んでた。俺たちは、そんな連中みたいになりたいと思ってたんだ。ウィードだけじゃなく、同世代のそういう連中に憧れてた。

──それはセンテニアル高校(Centennial High School)に在校していた頃?
それよりも前で、高校に入る少し前だったかな。

リル・エル

──リル・エルと知り合ったのはいつ?
エルとは…。エル、お前と知り合ったのはいつだった? 3~4年生だったかな。いや、4年生のときにバンガード・ラーニング・センター(Vanguard Learning Center)で出会ったんだ。体育の授業で一緒になって、「スラップボクシング」か「ボディー」を一緒にやった。意味もなくお互いの胸を殴り合う、馬鹿げたガキの遊びだよ。

──小学生の頃の彼の印象は?
超ワルだった(笑)。しかも、聞かん坊だ。アイツは必ず厄介ごとに巻き込まれる、問題児だったんだ。とにかく厄介ごとばっか起こしてた。アイツ自身わかってると思う。アイツの行いを取り繕って、うまく言えない。だけど、根はいい奴だった。ガキの頃から俺は、エルのモラルに基づいた意思決定をリスペクトしてた。アイツにはストリートを超えた「何か」を、その頃から感じてたんだ。

──ある時点で彼とは別々の道を歩んでいくことになった思うけど、それはいつ頃?
アイツが刑務所に入りはじめた頃。その頃、俺は音楽に真摯に向き合いはじめた。エルは何回か刑務所に入ってるけど、最後に俺がアイツと二人きりで会ったのは、『Kendrick Lamar EP』をリリースする直前だった。エルをバンで拾って、ローズクランズ・アヴェニュー(Rosecrans Avenue)をドライブした。その道中でアイツに「俺はやってやる。音楽で飛躍して、ブレイクする」と伝えたんだ。するとアイツは「わかってるよ、兄弟。俺は自分と向き合わなきゃ」って答えた。その翌日、エルは刑務所に収監されて、その間に、俺のEPが売れた。自分の音楽をとても誇らしく思う理由は、俺がエルに対して、ポジティブな光を示せるからなんだ。というのも、もし音楽をやってなかったら、おそらく俺はアイツと同じ監房に放り込まれる運命だったろうから。

──音楽のキャリアを歩む上で誘惑にあったことはある?
誘惑はいつだってある。常に自分の周りに存在して、逃れられるものじゃない。コイツらとは小学校の頃から毎日連んできた。俺がコイツらに影響を与えるのと同様に、俺もコイツらから影響を受ける。そういうこと。コイツらが厄介ごとに首を突っ込めば、俺も巻き込まれる。そういう法則だよ。仲間が喧嘩すれば、俺も喧嘩しないと。仲間が襲われれば、俺も襲われることになる。単純なんだ。そして、その背後にある行動や反応が何であろうと関係ない。だけど、俺には音楽があって、全力でそれに取り組んだ。すると、仲間たちは後押ししてくれた。音楽に100%全力で取り組み続けろって。俺が自分の才能に気づく前に、仲間たちは俺にポテンシャルを見出してたんだ。

──センテニアル高校に寄付したのは、生徒たちに君と同じような道を歩ませたいから? およそ5万ドル(約540万円)を寄付したんだよね。
どうしてそのことを?

──このインタビューの前に、センテニアル高校でジャズバンド部を取材したから。
ただ自分のモラルに従ったまでだよ。別に新聞に載ろうと思って寄付したわけじゃなく、ただそうしたかっただけ。俺が高校生だった頃に、こんなことが起きればいいなってことをやっただけなんだ。当時、大好きなアーティストが学校にやって来て、会話できたらいいなと思ってた。寄付してくれなくても、それだけでよかった。大好きなラッパーに学校に来てもらいたかったんだ。だから、俺にもそれくらいのことはできるし、それ以上のこともやるよ。

──高校生の頃にリリックを書き始めたんだよね。詩にはどのようにハマっていったの?
詩に興味を持ったのは高校の入学前だった。7年生のときに、バンガード・ラーニング・センターで詩を習いはじめたんだ。取材の度にこの話をしてるけど、E先生が授業のなかで詩をたくさん扱って、詩にまつわる宿題も出してた。そうして、自分で詩を書き始めて、それが次第にラップに発展していった。というのも、家でラップがかかっていて、慣れ親しんでいたから。単に紙に詩を書いて、いい気分に浸るというよりも、言葉をビートにハメる方法を学んだ。

──高校でラップは上達した?どういう高校生活を送ったの?
高校ではフリースタイルの練習を数多くこなせたから、スキルを磨くことができた。当時、ミックステープを制作したくて、HIPHOPカルチャーにどっぷりハマり始めた頃だったし、高校のキャンパス内で、俺の情熱はさらに大きくなった 。センテニアル高校では、俺は皆に知られたクールなキッズだったはず。他の生徒たちはマイクを手にした俺をリスペクトしてたけど、クールなキッズとしてもリスペクトされてた。自分のスタイルを貫いてたし、どう振る舞うか自分にルールを課してたんだ。

──フッドに大きく、結束の強いコミュニティがあるけど、そのために自分を保つのが困難なときはあった?
実際、難しいよ。けど、ここの人間はまず人をリスペクトする。まずは、そうしてお互いを認め合うんだ。そして、自分が偽物じゃないことを示せれば、さらにリスペクトが得られる。しかも、自分が何かに打ち込んでいると示せれば、それ以上のリスペクトが得られる。周囲に自分の才能を認めてくれる人間がいれば、行き詰まったときには後押ししてもらえる。コイツらのもとに戻って、一緒にバカなことをしたければ、コイツらは受け入れてくれる。幸運なことに、俺はこの面子とともに成長できた。俺が自分のポテンシャルに気づく前に、コイツらはそれを見出してた。

──その面子とは具体的に誰のこと?
間違いなく、エルはそのひとり。エルの兄弟もそうだった。アイツらは「スタジオで努力しろ。曲を創れ。そうすれば、お前は想像もつかないようなステージに立てる」と言ってくれた。俺が13、14歳の頃だった。

──以前「Food 4 Less (食料品チェーン)」の駐車場で救われた、という話をしてたよね。それは、イエス・キリストが君のもとを訪れた瞬間だったと。詳細を話してくれる?
当時、揉めごとがあったんだ。ホーミーのひとりを銃撃で亡くして、フッドの仲間の何人かでムシャクシャしてた。たしか、俺たちは「ルイジアナ・フライドチキン(フライドチキンを中心としたファーストフードチェーン)」から出てきたところだった。駐車場の端を歩いていると、年配の女性が俺たちのもとへやって来て、「あなたたちは救われたの?」と訊いてきた。俺たち全員、神とすべての真理を信じていたけど、キリストの血によって救われることが、実際のところ何を意味するかは理解していなかった。俺たちは信心深い家庭に育ったけど、全くそのことを理解できてなかったんだ。その女性に質問されたときも、「いや、何のこと?」って返した。すると、彼女は「父なる神と御子イエス・キリストを心の中に受け入れることです」と答えた。だから、俺たちは神とイエスを受け入れたんだ。例えその女性の言っていることを理解していなくとも、彼女に対して畏敬の念を抱いていたから。俺たちが厄介ごとを起こすことになる、と予見した彼女は、その場で俺たちに祝福を与えてくれた。「目を閉じて、私の言葉を繰り返しなさい」と話す彼女に、俺たちは従った。その瞬間から、本当に気にかけてくれるリアルな人間がいるんだ、と悟ったんだ。俺だけじゃなくて、仲間内だけでもなくて、いまを生きるこの世代のことを気にかけてくれる人がいるんだ、って。俺たちが生産的であるように。モラルを忘れずに、精神的なものよりももう少し奥深いものを身につけられるように。そして、拳銃以外のものを信じられるように。

ケンドリック・ラマーとその仲間たち

──コンプトンにある教会を訪ねた際、本当に神秘的な経験をしたんだ。
どこの教会?

──グレーター・ザイオン・バプテスト教会(Greater Zion Baptist Church)。建築も美しかったし、牧師も素晴らしい人だった。教会には定期的に通ってる?
ツアーに出るとき以外は、礼拝に出席するように努めている。だけど、ツアー中は難しい。だから、なるべく多くのスピリチュアルな人たちと連絡を取り合ってる。彼らはメッセージをくれるし、俺から電話をかけることもある。そのおかげで、気を確かに保って、神の御言葉を重んじていられるんだ。

──君ぐらいツアーに出ると、感情的にはどんな影響がある?
感情的な面で?最高だったのは、外の世界が見れたこと。そのことに尽きる。そこがツアーのいいところ。俺はコンプトンに22年間も囚われていたから、フッドの外へ出ると、視野が一気に広がる。その感覚が大好きなんだ。だけど、それと同時に困難や、集中できないこともある。フッドの外に順応して、そこの人たちの声となる術を学ぶのは簡単じゃない。なぜならあんたも既に耳にしたはずだけど、フッドで話される〈言葉〉とは違うから。黒人以外の人種に出会って行儀よくいようとすると、俺たちは少し疎外感を感じる。だから、フッドの外に出はじめた頃は、その環境に順応することが最も困難だった。ガキの頃から一緒で、自分のことをよく理解する仲間に囲まれてないと、安心できなかったんだ。フッドの外では、そこから俺を遮断してくれるものがなかったから。

──きっと、ちょっとしたカルチャーショックがあるんだよね。
俺たちにとっては、物凄くカルチャーショックだよ。

リル・エルをステージに上げるケンドリック・ラマー

──コンプトンには楽観的な雰囲気もあるよね。ここがいい方向に向かっていると感じる?
楽観的だし、確実にいい方向に向かってる。ここで暮らす大勢のキッズたちが、その才能とポテンシャルを認識しているんだ。ここの音楽シーンが、コンプトンを阻む障壁をぶち抜くひとつの手段だと思う。ここには才能豊かなキッズがたくさんいる。90年代と比べると、実際にその才能を生かすキッズの数も増えていると個人的に感じる。だから、いい方向に向かっているんだ。それに、シーンの第一線に才能ある人材がいて、商業シーンで活躍する限りは、「俺たちにもできる」と示すがつく。そうなれば、なおさらいい。人々がギャング文化についてどう思うかは別として、俺たちの心は楽観的で、音楽、スポーツ、学業において、ポジティブな面を話すことができる。だけど、報道ではそういうことは取り上げられずに、殺しのニュースばかりだ。ここの子供たちが学校でいい成績を収めたなんて聞いたことないだろ。フッドの若者がミックステープを制作して、ジェイ・Zやナズ、そして誰よりも上手くラップしてやろうと努力している、なんて報道されないんだ。取り上げられるのはネガティブな話題ばかり。

──コンプトンが優秀なアーティストを多数輩出しているのはなぜだと思う?
なぜだろう…クレイジーだよね。しかも、まだ日の目を浴びていないアーティストがたくさんいる。ここでただ黙々とやるべきことをやっている。ひとつ要因を挙げるなら、もがき苦しんでいることだと思う。自分がどこから来たのか、それを活かして自分に何ができるか。そして、その境遇をポジティブなものに変えている。それが要因だ。自分たちが目撃したり、やったりした、ネガティブなことを反転させる姿勢。

──アルバム『To Pimp a Butterfly』についても話を聞きたい。2014年にミズーリ州ファーガソンにおいて、丸腰の黒人青年マイケル・ブラウンが白人警官によって射殺された事件、2015年にもメリーランド州ボルティモアで黒人青年フレディ・グレイが、警察に取り押さえられた際に頸部を負傷して死亡した事件があったよね。このアルバムは、現在進行中のこれらの問題を題材にしているように感じるし、同時にコンプトンで暮らす人々にも語りかけているようにも思える。これらの問題はコンプトンでも繰り返されてきたと。
ずっと続いている。ずっとだ。16歳のとき、2度の家宅捜査にあった。当時未成年だった俺に、警察は容赦しなかった。その経験があって、今でも地面に伏せた俺の背中に奴らのブーツがのり続けているように感じる。連中は未だに俺が経験したようなことを繰り返していて、それが日常的に起こっているんだ。警察は俺たちを引き止め、年齢に関係なく、パトカーのボンネットに押さえつける。フッドでは、ギャングコミュニティの外でも、常に戦争状態にあるんだ。

──このアルバムを聴いたリスナーの多くが、「現実に起きている出来事に光を照らしている」と話しているよね。
そうだね。だけど現行の出来事とは、偶然の一致なんだ。例えば「The Blacker the Berry」 のテーマは己の内に端を発している。まず自己嫌悪からはじまって、フッドを闊歩する連中への嫌悪に発展していく。この区画での出来事が、どんどん発展していくんだ。

──〈制度的人種差別〉は、このアルバムが扱う別の大きなテーマだよね。そのような社会制度は、このコミュニティの人々にどのような影響を与えているのかな?
フィジカル面とメンタル面の両方で影響がある。まず、俺たちを刑務所に放り込むとする。そうすると、塀の中は溢れかえるし、子供たちは父親なしで育つこととなる。そして、負の連鎖が延々と続く。そのサイクルは、俺たちを身体的に閉じ込めるだけでなく、精神的にも閉じ込める。塀の外でも、希望を抱けなくなって、ポジティブな行動ができなくなるんだ。こうして、人々は制度化されていき、「まともな人間にはなれない」「偉大なことはできない」と思い込んでしまう。この状況は、実際に刑務所に放り込まれるよりタチが悪い。そんな環境では、子供たちも同じ考えを持ってしまって、そこに永久に閉じ込められる。

──まさにGウィードは、そのサイクルを断ち切ろうとする良い例だよね。彼は音楽業界でアーティストたちと仕事して、ポジティブにいようと努めている。
社会はウィードを書類上の経歴だけで判断するけど、それはイかれてる。書類上の経歴だけで、コイツらは地球のクズだと考えるんだ。だけど、実際にそういう人たちと交流してみてほしい。彼らに対するイメージが変わるし、彼らが信じるモラルや信仰心を目撃することとなる。ここにいる全員が、神とその御力を信じている。俺が保証するから、一人一人に聞いてみてほしい。けど、誰もコイツらに話しかけようとしないだろ。報道で見聞きした、悪いイメージのせいで、怖くなって逃げ出してしまう。

──自分のようにフッドについて無知な人間は、『good kid, m.A.A.d. city』や『To Pimp a Butterfly』を聴いたことで視野が広がった。そういう役目を少しは担っていると感じる?
うん、まさしくそう。意識しようがしまいが、実際にそれが起きていて、俺も冷静に受け止めている。フッドの外で暮らす人々が、俺の音楽を通して、自分たちのコミュニティとは異なる体験をしているんだ。ストリートの心理を表面的に知るだけでなく、それをポジティブなものに変えていける。だから、音楽で、俺の経験したこと、俺の聞いたことを語らせてほしい。フッドには、周囲の環境にのまれて、何もできずにいる人たちがいる。少なくとも今の世代では、そういう話が語られるのをあまり聞いたことがない。だから、俺が語るんだ。人々に違う視点を与えたい。そうすることで、コンプトンにビジネスや企業を呼び込んで、俺たちは単なる動物じゃないと理解させられる。世界中の人々の目を、ここの裏庭に向けさせて、俺たちも同じ人間だと理解させられるんだ。実際に俺たちの体に触れられるし、会話もできるって。俺の音楽には、ストリートを超えた〈何か〉があって、それが世界中の人々を驚かせた。だから、『To Pimp a Butterfly』の影響には満足してる。この作品が、人々をここにに招き続けているんだ。

『To Pimp a Butterfly』のカヴァー・アート

──『To Pimp a Butterfly』のカヴァー・アートについても訊きたいんだけどどうしてあの写真にしようと?
自分がどこへ行こうとも、コンプトンが向かう先に光を照らしたい。このカヴァー・アートには複数の意味があるけど、それが出発点だったんだ。俺がホワイトハウスやアフリカに行こうとも、俺は自分自身であり続けることと、このインタビューの冒頭で話したような、千差万別の人となりも表現されている。それらを感じ取ってもらいたい。

──『To Pimp a Butterfly』がリリースされる前に、ここでの取材を通して、フッドの人たちと知り合ってた。だから、アルバムを手に取ったときは妙な気分になったんだ。
俺の音楽は100%リアル。俺にはストーリーをでっちあげて、音楽を創るなんてできない。コンプトン出身だと手柄を自慢する奴も多い。「俺はこれやあれをやった」「人を山ほど殺した」とか。そのまま事実を語るだけ。でも俺は違う。自分の真実を語って、その背後にある問題や原因、解決策など、もっと深い部分に目を向けてる。だから『good kid, m.A.A.d. city』や『To Pimp a Butterfly』を聴けば、ストーリーの背景がわかる。単なる音楽以上の深みがあるんだ。本当に何かを成し遂げて、コミュニティにポジティブな影響を与えようとしている奴らもいるんだ、って。
それに、フッドにも起業家はいる。例えば床屋とか、自分たちで事業をしているんだ。本人たちはそうは思っていないかもしれないけど。CNNとかでは決して報道されない。マジで狂ってるよ。だから、世界中から人々がやってきて、ここの人たちと対話できるようになって欲しい。そうすれば、ここでもきちんとした取引が行われるようになる。このあたりでは、「俺はフッドの人間だ」「フッドのことしかわからない」「フッドに戻って、こんなことや、あんなことをやって、ずっとこの区画にいるんだ」と語る若者たちがいる。彼らが悪事に手を染めるのは、そうせざるを得ないからで、好きこのんで、やっているわけじゃない。贅沢するためでもない。環境に囚われてるだけなんだ。彼らに事業をはじめるチャンスがあれば、よりよい暮らしのためにそうするはず。子供を持つ者も多くて、我が子に自分が経験した境遇を経験させたいとは思ってない。このライフスタイルから抜け出して、フッドに戻って、まだ状況が見えていない子供たちに還元したがってるんだ。かつての自分と同じ境遇にいる子供たちにね。

──コミュニティに還元する、コンプトン出身のアーティストは十分にいると思う?
うん。主なアーティストは還元してるよ。もちろん、Dr. DreやDJ Quikからはじまったんだ。だけど、もっと大きなスケールでの還元も可能だと思う。俺も計画してるけど、それにはもう少し時間がかかりそう。まずはアイデアを発展させないと。

──その計画について聞かせてくれる?
若者のためなんだけど、コンプトン市内で、YMCAのようなユースセンターのハブを作りたい。「既に『ボーイズ・アンド・ガールズ・クラブ(青少年向けに放課後プログラムを提供する米国の非営利団体)』があるじゃない」って言われるかもしれないけど、それだけじゃ不十分なんだ。8歳か9歳の頃、コンプトンには「Food4Less」のすぐ側に「YET Center」があった。そのユースセンターが他のコミュニティの子供たちも集まる唯一の場所だったんだ。だけど資金面の問題かなんかで閉鎖してしまった。そこが閉まったことで、多くの子供たちの将来が破壊された。俺たちにとっては、安息の地のような場所だったから。一日中、外で動き回わって疲れたときや、ストレスを感じたときには、まさに安息の地だった。しかも、カウンセラーと会話もできたんだ。ただ話をするだけじゃなくて、相談ができた。彼らは、俺たちに対して愛情とリスペクトを持って接してくれた。

──意義が大きそうだね。つまりは、若者を何かに打ち込ませて、活力を与えたいんだよね?
その通り。アクティビティを通して、集中力を養わせるのが目的だ。

──取材に応じてくれて、本当にありがとう。他に話しておくことはある?
業界の人たちをフッドに連れてこようとすると、毎回、「ハリウッドでやりましょう」って言われるんだ。偏った報道のおかげで、誰もここの連中と関わろうとはしないから。だから、ここに出向いてくれたことを、マジでリスペクトしてる。

──取材のためにその必要があったんだけど、ここで友人も作れたから。今では幸運だったと感じるよ。当然だけど、新たな場所に行けば、素晴らしい出会いがある。
自分が慣れ親しんだ範疇の外にいる人物と関係を築くのは、時間を要するし、ショックも受ける。フッドの外に出たとき、俺も同じ経験をしたからね。だから、ここに来てくれてありがとう。


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This article originally appeared on VICE US.