All illustrations by Giulia Sagramola

コロンビア政府と左翼武装組織FARCの和平合意はコカイン撲滅に繋がるのか

需要がある限り、供給は続く。

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23 februari 2016, 5:00am

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2014年の国連総会で、コロンビアのフアン・マヌエル・サントス大統領は、コカインの原料コカのないコロンビアを想像してほしい、と演説した。

2015年9月、サントス大統領は、反政府武装組織FARC(the Revolutionary Armed Forces of Colombia、コロンビア革命軍)との和平合意が半年以内に成立する見込みがある、と発表した。

この「夢のような話」は、10年前ならばあり得なかっただろう。しかし、コロンビア最大の反政府団組織FARCが和平交渉に応じ、政府とともにコカを他の植物に植え替える計画を実施している今なら、実現可能かもしれない。

しかし、コカ生産は、コロンビアにおける麻薬問題の核心ではない。FARCは、麻薬密売のごくいっ端を担っているだけだ。コロンビアの麻薬問題では、麻薬が違法であるのに、麻薬との戦いは、FARCのゲリラ活動と同様「終わりが見えない」のが重要だ。

コカインがコロンビアに持ち込まれたのは、地理的な理由が大きい。大西洋と太平洋に挟まれた居住者の少ない広大な土地は、海上貿易の中継点に適していた。南には、長いコカ生産の歴史を持つペルー、北には中央アメリカへの密輸ルートがあり、さらに、コカイン消費大国となったブラジルの影響で、コロンビアは、国際的な需要と供給を操る交差点となった。コカイン取引でその名を轟かせたパブロ・エスコバルは、生産者としてではなく、仲介人として巨万の富を築いたのだ。

冷戦下の対ゲリラ戦に紛れて自らの活動を隠そうと目論んだ、エスコバルをはじめとする麻薬王は、準軍事右翼組織への資金提供を惜しまなかった。資金提供で足りなければ、自身の護衛もかねた準軍事組織を創設した。そういった右翼組織は、FARCなど比にならない規模で国際的麻薬取引に加担していた。そのため、FARCの麻薬取引への進出は、表向きは打倒FARCを謳う準軍事組織にとって好都合だった。

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1980年代から90年代にかけての麻薬景気が産んだ利益が、惜しみなく投入された準軍事組織同盟は、00年代初頭になると、コロンビア史にも類をみないほどの広範囲を制圧した。その結果、コロンビアは、国内避難民数世界2位、という不名誉なタイトルを獲得した。多くの避難民は都市部に流入し、既にタガの外れていた社会は、混乱の度合いを深めた。その混乱により育まれた万年下層階級からは、未だに、数多の鉄砲玉やナルコ足軽が麻薬ネットワークに供給されている。それと同時に、コロンビア国内の麻薬ビジネスも成長した。

国内避難民は、都市部だけでなく、未開のジャングルや草原など、ゲリラ・ランドにも逃げ込んだ。そこで流行した伝染病、国際的な麻薬取締に圧迫され、コカの生産地はアンデス山脈まで押しやられた。コカは順応性が高く需要も高まりもあり、コカ栽培は、生計を立てる術を探していた移住者たちにはうってつけの仕事だった。

「FARCはキューバやソ連の支援を受けていたわけではない」。国連人権委員会のコロンビア代表トッド・ホーランドは言明した。「自立していたから、ソ連解体後もFARCは存続できた」

コカは反乱軍にとって、決定的な戦略的アドバンテージにはならなかった。むしろ、FARCによる大規模なコカ栽培の実現は、麻薬ビジネスの分業化を促し、各勢力の全面的武力抗争を防いだのだ。ワシントンオフィス・オン・ラテンアメリカ(Washington Office on Latin America 、WOLA)でコロンビアを担当するアダム・アイザックソンの見解によると、「FARCが携わっていたのは課税、コカ栽培の保護など、生産段階の初期だ。仲介と違って僅かな利益しか得られない。FARCは、カルテルや準軍事組織のように、仲介には関わっていなかった」そうだ。

コカイン取引の全貌を理解するには、生産から流通の過程で、いかに利益が生じるのか把握しておくと便利だろう。コカの葉1キロにつき約153円、コカインが精製される前のペーストには1キロにつき、最大で約9万2千円が支払われる。ちなみに、1キロのペーストを製造するために必要なコカの葉は、450~600キロ。ここまでがジャングルでの工程だとすると、まだ大した利益ではない。しかし、それがひとたび精製されると、一気に値段が跳ね上がる。ジャングルで1キロ約26万円で取引されるコカインがコロンビアの港では約60~83万円で取引される。それが中央アメリカに渡ると、約112万円になり、メキシコ南部で134万円、メキシコとアメリカの国境で約270~300万円で取引される。参考までに、輸送費の影響により、ヨーロッパでは1キロあたり約600~620万円、オーストラリアでは約2,250万円まで釣り上がる。

売上をちょろまかし、コカ・ペーストを大量に買占め販売し、資金を調達したFARCは、初期エスコバル帝国時代にペルーとボリビアの農民が果たした役割を担うようなった。かつて、アメリカの情報機関と連携してエスコバルを狩り殺した準軍事組織は、密売コネクションを乗っ取った。名ばかりの敵対組織と比べると、FARCが取引に関わったのは短期間だったが、利益は全員のもとに行き渡っている。(FARCが麻薬取引で得た推定金額はさまざまだが、少なくとも数百億円にのぼると予想されている)

このように、コロンビアの極左、極右武装組織は、暴力活動を続行させるべく、ハウランド国連代表がいうところの「捩じれた動機」を利用した。また、政府も「麻薬との戦い」を続けるために、諸外国から数千億円の資金援助を受けていたが、そのうち数億円が一部の政府関係者に賄賂として渡されていた。1994年の米軍は、米国内でコカインの濫用を減らすには、コカイン輸送を取り締まる禁止令より、依存症の治療が10倍効果的で、国際的な密売組織との戦いに比べて23倍も効果的である、との調査結果を発表した。同年に発行された麻薬取締局の機密文書で、FARCは「コロンビアの麻薬取引最大手にはなり得ない」と報告されてる。

しかし、5年後、当時のアメリカ大統領ビル・クリントンは、麻薬密売組織との戦いの歴史的な第一歩となる「コロンビア計画(Plan Colombia)」を実施した。兵器供与を含め、約1兆円がコロンビア投入されたが、そのほとんどはFARCとの戦いに費やされた。作戦の成否はどうあれ、アメリカでの麻薬濫用撲滅は、コロンビアでの麻薬製造撲滅に替わり、麻薬生産撲滅は「麻薬ゲリラ」との戦いに替わった。

コロンビア計画によるアメリカでのコカイン値上げ、取り締まりの失敗が徐々に明らかになった頃、コロンビア国内では、人権侵害の暗い影が広がり始めた。コロンビア軍はアメリカ支援のもと、共同での作戦や策略によって、市民約6000人の命を奪った。コロンビア政府と準軍事組織は癒着し、麻薬組織と戦いながらも賄賂を受け取っていたため、後に激化したテロとの戦いでは、凶悪なテロリストでもある麻薬王たちを見過ごしていた。なかには、戦いで利益を得た麻薬王たちもいたほどだ。

コロンビア計画の無益で非人道的な側面を最も明らかに証明しているのは除草剤の空中散布だ。この計画は、国内の政策がアメリカ国民を苦しめた以上に、コロンビアの貧農たちを苦しめた(コロンビアで影響を受けたのは、ほとんどがアフリカ系と先住民であった)。1999年以降、アメリカはパイロット付きで航空機を提供し、環境、人体、社会に与える影響をまったく考慮せずに、モンサント製の強力な除草剤をコロンビアの奥地に大量散布した。

コカ生産を止めるのに、除草剤散布、手作業による伐採は、効果的であたものの、将来に禍根を残す危険な手段だった。コロンビア計画の結果、ペルーをはじめ、近隣諸国でコカ栽培の需要が高まってしまった。ひとところを押しつぶすとどこかが膨らむ、いわゆる「風船効果」だ。麻薬取引の中心がコロンビアから、中央アメリカ、メキシコに北上し、混乱は危機的レヴェルまで高まっている。最近は、ブラジル、アルゼンチンなどに南下もしている。

一方、除草剤散布に先駆けた計画は、失敗ないしは実施されずに終わった。政府が提供するコカ以外の作物を受け入れた農家は、無差別な除草剤散布をだ眺めるしかなかった。最も醜悪なケースは、ニワトリを提供されたプトゥマヨだ。そこは、コロンビアのなかでも、特に除草剤散布が集中した地域であった。アメリカから届いたニワトリは、プトゥマヨでの気候に順応できず、与える餌もべらぼうに高価であったため、飢えるかスープにされた。コカの代替にしては、お粗末過ぎたようだ。

和平交渉の一環として、FARCは農作物の植替え支援に同意した。しかし、2014年、プトゥマヨ地域のいちコカ生産指導者フーレ・アンフエタは、政府の農業政策改正、封建的なコロンビア農業と強力な外国市場との競争を強いるであろう自由貿易協定再交渉にも否定的であった。

「根底にある問題を解決しなければ、農民が一時的にコカの栽培をやめたとしても、ユッカやプランテーンの花、豆をマチェーテで刈り取って、すぐにコカ栽培に戻るだろう」とアンフエタは冷静だ。

コカ栽培の原因は「貧困、隔絶、組織の弱さ」だ。和平交渉において、麻薬の供給側への対策が失敗しただけでなく、無謀な計画だった。これからも多くの地域で除草剤散布がコカ栽培の対策の手段として使用され続け、和平合意の実現は、可能性のまま留保されるだろう。

「もし農民が計画に従わず、人力での撲滅も危険だとしたら、昔のように除草剤を空中散布するしかない」。中南米専門のアイザックソンは断言した。アイザックソンは、エンズエタより問題を楽観視しており、代替作物生産も成功する、と予想している。同時にそれは生産側の問題でしかない、と認識している。コロンビア社会で、暴力、汚職を広めたのは、麻薬を密売し、利益にあずかった麻薬組織なのだ。

太平洋に面する戦略的要衝ブエナベントゥラ港を巡って争う国内の犯罪組織は、2000年代に武装解除したはずの準軍事組織がカタチをかえただけの新準軍事組織でしかない。彼らは、麻薬密売組織と同様の厳しい訓練を受けた以前より残酷な組織だ。万がいち、計画通りにFARCが武装解除するとしても、結局はビジネスパートナーである準軍事組織に統合される可能性もある。

いくらコロンビアが経済成長を遂げ、打ち捨てられた辺境の環境が改善されようと、残された間隙を反逆者が埋めるはずだ。「製造所、輸送船、半潜水艇、メキシコとの取引。もしコカの葉が別の場所で栽培されるとしても、麻薬の取引は続くだろう」とアイザックソンは懸念する。

もし麻薬戦争から教訓を得るとしたら、「自然は真空を嫌う」という法則だ。エスコバルがこの世を去って以来、名うての密輸業者が拘束、殺害され、数十トンものコカインが押収されてきた。しかしコロンビア社会から麻薬取引はなくならず、FARCが武装解除したところで問題は解決されないだろう。

「需要がある限り、供給は続く」。ロビン・カークは、ヒューマン・15年に及ぶヒューマン・ライツ・ウォッチでのコロンビア体験を記した著書『死ぬより怖いこと(More Terrible Than Death)』にこう記している。「いくら除草剤が散布されようが、中毒そのもの、快楽、逃避への渇望を、人間は失なわない」

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