All photos courtesy of Oscilloscope Laboratories

アマゾンを舞台にした残酷サイケデリック・ムービー『Embrace of the Serpent』

コロンビア映画『Embrace of the Serpent』(2015)。ジャングルを舞台に、真実以上の真実を描く、ヒストリック・サイケデリック・ムービー。チロ・ゲーラ監督、2015年のインタビューを公開。

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01 February 2016, 5:00am

All photos courtesy of Oscilloscope Laboratories

20世紀初頭、民族学者テオドール・コッホ=グリュンベルグ(Theodor Koch-Grünberg)は、先住民について研究するためアマゾンを訪れた。それから20年以上たって、北米の生物学者リチャード・エヴァンズ・シュルテス(Richard Evans Schultes)が、同じ先住民が利用していた植物を研究するためジャングルを訪れる。このふたつの実話が、34歳のコロンビア人監督チロ・ゲーラ(Ciro Guerra)による映画『Embrace of the Serpent』(2015)の出発地点だ。ゲーラは、ふたりの科学者を枠組みに、忘れられた先住民コミュニティの歴史を、フィクションとして『Embrace of the Serpent』に昇華させた。部族最後の人間が、青年期にコッホ=グリュンベルグと意義深い旅を経験し、晩年にはシュルテスと旅をする、という設定のもと、同映画のストーリーは進む。

批評家に大絶賛されたこの映画は、2015年、カンヌ映画祭の監督週間でアートシネマ賞、アカデミー賞では外国語映画賞を獲得した。ヴェルナー・ヘルツォークの名作『フィツカラルド(Fitzcarraldo)』(1982)と同じく壮大なジャングル精神をテーマにしているが、『Embrace of Serpent』は先住民の視点を主軸に物語が展開する。植民地政策によって先住民が被った抑圧、宗教、狂気といった歴史を体験する、広大で神聖なジャングルの中を、カヌーで漂うサイケデリックなロード・トリップのようだ。ジャングルの無限さと、何世紀にもわたってそで生活を営む人々の驚くべき生活を見事にとらえたゲーラのこの映画は、感動的で、ユニークである。

なんで、このふたりの学者を知っていたのですか。

ずっとアマゾンに興味があった。そこを舞台に映画を創りたかったんだ。でも、みんなは、アマゾンについてほとんど知らない。少なくとも、コロンビア人はほとんど何も知らない。だから僕は調べた。アマゾンに詳しい友人が、100年前、初めてコロンビアのアマゾンを踏査した探検家の「日記」をまず読んでみては、と教えてくれたんだ。それまでそのエリアに外部の人間が足を踏み入れたのは最近だから、日記に書かれているのは、そんなに昔の話ではない。そして僕は、まだ知られていない、素晴らしい物語に出会ったんだ。2年、3年…シュルテスの場合は19年もかけて未知の世界を理解するために、自らの人生、家族、家、国を捨てた。僕のファースト・ステップは、彼らの探検から始まった。彼らにとても共感したんだ。彼らの生き様は、映画製作と似ていた。真っ暗な道を、どこにたどりつくのか、明かりが見つかるまでどれだけ時間がかかるのか、わからないまま歩き続ける。

先住民の風習、キャラクター、ロケーションについては、どのように調査したのですか。すべて日記にもとづいているのですか。

最初は、探検家たちの日記を参考にしていたけれど、後に、アマゾンに入ると、彼らの記録とはまったく違っていた。この時代について、社会がもつ共通の記憶はない。失われた時代なんだ。もはや存在しないけれど、取り戻したかった。映画の中でもいいから、もう一度、存在させたかったんだ。

それで、僕は、彼らの足跡をたどり、彼らの声を聞こうとした。後に、先住民コミュニティと仕事するようにもなった。彼らにアプローチして、何をしようとしているのか説明したんだ。彼らと仕事をするうちに、僕たちは、特別でユニークなものを創ろうとしているんだ、と実感した。歴史を扱い、いつもと同じように、冒険家や旅行者の視点から語るのではなく、今度は、土着の人々の視点で物語を創る。彼らを主人公にしたんだ。その視点で物語が語られることはなかった。視点を切り替え、観客に、今までとは異なる視点を提供することに、すごく興味があったんだ。そういう映画は今までなかった。だけど、先住民の視点を物語にするのは難しかったよ。時間がかかった。こんなふうに考え方を変えるというのは、大変なことなんだ。

最初、僕は、歴史的、科学的な事実に忠実でありたかったけれど、後に、それは忘れ、イマジネーションや夢に忠実であるべきだ、と気付いた。西洋の論理を捨て、別の論理を受け入れようとし始めたんだ。この映画に、アマゾン神話、伝承のような雰囲気をもたせたかった。アマゾン神話は、僕らにはほとんど理解できない。僕らと正反対の語り口なんだ。

先住民と学者に加え、とてつもない実在で、何か謂わんとするジャングルも主人公なんですね。

彼らはジャングルに対して、少なからず、そういった観点を持っている。物語にするためには、特別なアプローチが必要だった。ジャングルを女性として描いたんだ。映画に女性キャラクターを登場させなかったのも、それが理由だ。実際の歴史には、女性キャラクターが登場する余地入がなかったけれど、ジャングルにそれを暗示させられる気がしたんだ。環境にキャラクターを演じさせる、という試みに以前から挑戦してみたかったんだ。女性にしたのは、ジャングルがそう観えるからだ。僕らの物語の伝統からするとわかりにくいけれど、アマゾン神話では意味をなすんだ。

映画にはファンタジーの要素も含まれているのでしょうか。部族の最後の生き残り、花を探すシーンは、現実にもとづいているのですか。

現実にもとづいているけれど、いろいろな理由で修正を加えてある。その部族に本当の名前をつけるために、僕は膨大な人類学の調査をしなければならなかった。僕には、それをやる権利はないが、フィクションならば許される。僕らが本物の植物、本物の神話、本物の歌などについて語ったら、先住民たちは不快に感じるだろう。なぜなら、それらは神聖だから。フィクションならば、それを変更できる。僕らは、人類学的データの、表面的な真実ではなく、深奥にある真実にたどりつきたかったんだ。

救世主をめぐるパートはショッキングでした。どういったストーリーなのでしょうか。

現地の先住民コミュニティ向けにこの映画を上映した。いろんなところで、いろんな人たちに観てもらったんだけれど、福音派の聖職者が登場して喜んだ人がたくさんいたよ。タブーな話題なんだ。過去に起きたことは、過去に置き去りにしなければならないが、彼らは覚えていて、ずっと彼らの生活の一部だったんだ。

日記の後半、ニセト、というメスティーソの話が出てくる。彼は、19世紀の終わり、コロンビアとブラジルの国境のヤバラテに現れ、自ら救世主を名乗った。彼の信奉者は2,000人ほで、映画よりもずっと狂ったことをしたり、ありえない要求をしたりした。最終的に、彼のグループはブラジルの軍隊に鎮圧されたんだ。めちゃくちゃな状況だったん。それから20年後、ヴェナチオという別の人がやってきて、やはり、自らを救世主と称し、大勢の信奉者を集めた。最後は集団自殺だった。今日に至るまで、そういった現象は、繰り返し起こっている。今でも、コロンビアとエクアドルの国境には、アマゾンのイスラエライトがいる。アマゾンが超自然的な場所であるという事実も、この現象に関係している。そこから神秘が強制的に排除されると、原理主義や狂気が育つんだ。

チロ・ゲーラ監督

救世主はポルトガル語の一種を使い、スペイン語も話します。ドイツ語も出てきますし、地元の方言も出てきます。ひとつの言語でなく、複数の言語を使うようにしたのはどうしてですか。

理由はその土地にある。撮影場所では、17種類の言語が使われている。108の言語を当たり前に使いこなす人もいる。しかも、それらの言語は似ていない。アマゾンには、富や資源を求め、あるいは知覚を広げようとして、世界中から人が集まってきた。ポルトガル人やスペイン人だけでなく、ドイツ人、フランス人、オーストリア人、アメリカ人。あらゆる言語でアマゾンが語られている。アマゾンはバベルの塔だ。その事実を映画に反映させたかった。

主人公である二人の先住民は、アマゾンの出身ですか。

そう、彼らは地元の出身だ。撮影したロケーションでふたりを見つけた。人跡未踏の森を探すのは難しかった。農業、畜産、商業、観光業の影響を受けていないジャングルは簡単に見つからない。見つけたら、その地域を歩き、コミュニティを訪ね、参加してください、とみんなを招待した。みんな、すごく喜んでくれた。みんな参加したがった。とても思いやりのある人たちだ。僕らが何をやろうとしているのかなんて、彼らは聞かなかった。彼らが求めたのは、僕らが正直であり、秘密の目的などを持っていないことだった。みんな疑問ももたずに参加してくれた。

先住民の俳優たちを見つけた後、彼らに演技や映画について教えるのに、3ヶ月の期間があった。彼らには、舞台、映画といった経験はいっさいなかったけれど、何千年ものあいだ、何世代にも渡って受け継がれた、口承の伝統がある。そのおかげで、彼らは聞くのが得意なんだ。彼らは本当にしっかりと聞く。そういう俳優は、あまりいない。

撮影は難しかったですか。

僕らは最悪の状態に備えていた。悪夢のような撮影の体験談は、いくらでも聞いていたから。コミュニティと親しくなり、彼らの助力と協力を仰いだ。カメラに映るところ、映らないところ、どちらにも参加してもらった。彼らは、ジャングルの中でどう振る舞うべきか、ジャングルにどう許しを乞えばいいのか、といったことを教えてくれた。彼らは、霊的加護を祈る儀式をしてくれた。ジャングルに、僕らが何をやろうとしているのか、説明もしてくれたんだ。そのおかげで、撮影はとてもうまくいったんだ。病気や怪我はなかった。天気も良かった。雨が降ったらランチ休憩、やんだら撮影を再開した。撮影はとってもきつかったけれど、とても崇高で、ささやかな冒険だった。

撮影はどのくらいかかったんですか。

撮影準備と撮影に3ヶ月かかり、アマゾンの外から来たスタッフ約40人と、地元のコミュニティの人たち約60人が関わった。

あの地域のゴム産業はどうなったのですか。残虐さが映画でも描かれていますね。

コロンビア最大の大虐殺は、ゴム産業のせいで起こったんだ。マリオ・バルガス・リョサの最後の小説『The Dream of the Celt』は、何百、何千という先住民を虐殺したゴム産業を非難する、アイルランド人の男性が主人公だ。先住民の知識は失われ、完全に消滅してしまったコミュニティもたくさんある。ゴムを一大産業にするため、多くの先住民が最悪の形態で奴隷化され、搾取された。石油も同じだ。当時、ブラジルのマナウスは、今のドバイみたいで、世界有数の富裕都市だった。残酷な搾取によって成り立っていたので、後に非難されている。

これは、この映画製作にあたって、最初から興味を持っていたわけではなかった。もしこの映画が、大虐殺をテーマにしてしまったら、それは意図したところではない。「意識」を映画化したかったんだ。

多くの俳優たちがばらばらにされるシーンは、かなり強烈ですね。

あのシーンにすべての痛みを集約したかった。真実はもっとひどい。あのシーンが強烈だとしても、真実ははるかにひどい。

なぜ、モノクロにしたんですか。

探検家たちが撮影したモノクロの、ほぼ銀板写真のような写真に影響を受けている。そこには、すごくエキゾチックで、緑の生い茂る、今とはまったく違うアマゾンがある。別の時代の、別の世界だ。現地を訪れ、アマゾンの色を忠実に再現することはできない、と悟った。どんなフィルターやカメラやオイルを使っても、あのすごさを再現するのは無理なんだ。色を排除し、モノクロにすることで、観客の想像力を刺激できる気がしたんだ。観客は、頭の中で着色する。彼らが想像する色は、僕らが再現するどんな色よりもリアルだ。みんなが想像するアマゾンは、実際のアマゾンよりも、もっとリアルなんだ。

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