メロディックハードコアの未来を築いた AVAIL『Over the James』

2018年に20歳を迎えるパンクの名盤を振り返り、当時シーンに与えた影響と、未来へと繋がる揺るがない音楽性を追跡する新シリーズ〈The Shape of Punk〉。その記念すべき第1回は、リッチモンド産メロディックハードコアのカリスマ、AVAILによる歴史的名盤『Over the James』。

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feb 25 2018, 3:29pm

2018年に20歳を迎えるパンクの名盤を振り返り、当時シーンに与えた影響と、未来へと繋がる揺るがない音楽性を追跡する新シリーズ〈The Shape of Punk〉。その記念すべき第1回は、リッチモンド産メロディックハードコアのカリスマ、AVAILによる歴史的名盤『Over the James』。

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ハードコアバンド〈AVAIL〉のドキュメンタリーは未完成だが、その予告編で、インタビュイーたちは揃って「AVAILは、俺たちにバンドのあり方を教えてくれた」と語っている。HOT WATER MUSIC、SMOKE ON FIREのメンバーから、その後もSTRIKE ANYWHERE、BOYSETSFIREのメンバーが同様の発言をしている。これまでもたくさんのバンドが、楽器を手に取るよう若者たちに刺激を与えてきたが、AVAILは、コンスタントに活動を続けて生き残り、まっとうにその方法を後続バンドたちに示唆したのだ。80年代のシーンにおけるBLACK FLAGと同様に、AVAILは、現在のシーンに大きな影響を与えたのだ。たとえAVAILに「Get in the Van」のような代表曲がなくても、彼らはそれぞれのアルバムで大きな功績を残した。実際、どの作品にも彼らの精神は溢れているが、そのなかでも特に『Over the James』ほど、明るく輝くレコードはない。

『Over The James』 Spotify / Apple Music

1988年に結成されたAVAILだが、当初は、のちに尊敬の的となるバンドには程遠いラインナップだった。しかし、ドラマーだったティム・バリー(Tim Barry)は、結成まもなくしてステージの前面でマイクを持つようになる。その横には、跳び回り、叫び、オーディエンスを煽りまくるチアリーダー (兼ローディー、兼ツアーマネージャー) のボー・ボー(Beau Beau)がおり、さらにその横にはギタリストのジョー・バンクスが並んだ。ベーシストは固定しなかったが、そのあいだ、ドラムのエリック・ラーソン(Erik Larson)は、屋台骨としてバンドを支え、個性が見えにくいハードコアのリズムパターンを、注目に値するスタイルへと変えた。

バージニア州リッチモンドを拠点にしていたAVAILは、大都市で活動するバンドが手にするようなチャンスには恵まれていなかった。しかし、リッチモンドには、独自の活気のあるシーンが生まれ、その初期からAVAILは頭角を現していた。また、1992年のデビューアルバム『Satiate』では、彼らが異なるジャンルを自分たちのものにしようとする姿も明らかになった。ほとんどのハードコアバンドは、そのジャンルのオリジネイターであるBLACK FLAGやBAD BRAINSが放っていたスタイルに忠実であったが、AVAILはサザンロックを臆面もなく取り入れていた。初期段階からバンクスが奏でるリフは、さりげなく心を揺さぶる温かさが内に保たれていながら、騒々しいハードコアナンバーを生み出す彼の能力を示していた。数多くのパンクギタリストたちが、BLACK FLAGのグレッグ・ジン(Greg Ginn)のような粗々しいソロパートを再現しようと試みていた時期に、バンクスは、ジョン・フォガティ(John Fogerty)や、THE ALLMAN BROTHERS BANDのディッキー・ベッツ(Dickey Betts)に通じる奏法を、激しいリフのなかにも違和感なく取り入れる余裕があった。

そしてバリーの声は、表現力に富んでいた。バリーの歌唱法には、荒々しい激しさがあったものの、依然として南部訛りが残っていたため、反逆的にならず、リスナーにメッセージを訴えていた。更にバリーは、オーディエンスに向かって叫ぶのではなく、シンガロングを促すアプローチを好んだ。かつてホームレスであり、その後、ローディーからチアリーダーになったボーのステージ上での激しいパフォーマンスもあり、カタルシスにあふれたAVAILの大暴れステージは、オーディエンスの心を簡単に奪ってしまったのだ。

『Satiate』がリリースされるやいなや、AVAILは全米を縦横に駆け回るようになった。そして、ベイエリアにツアーした際には、ある目的を持って行動した。〈LOOKOUT! RECORDS〉の創設者であるラリー・リバモア(Larry Livermore)の著書『How to Ruin a Record Label (レコード・レーベルを台無しにする方法)」によると、AVAILは、LOOKOUT!のオフィスに呼ばれてもいないのに急に現れ、郵便物の山のなかから自ら送ったAVAILのデモテープを見つけ出し、今すぐにそれをここでかけるようリバモアにせがむと同時に、リリース契約を迫った。この話は、少し誇張されているかもしれないが、AVAILがそこでマウントをとった、という事実は確かで、真実味のある伝説的な逸話だ。たとえそのような意図を持っていなかったとしても、契約を結ぶようレーベルに強要したという印象を与えるほど、生真面目な雰囲気がAVAILにはあったのだ。そして、AVAILは幸運を掴む。結局LOOKOUT!は、AVAILと契約を交わしたのだ。同時にLOOKOUT!も幸運を掴んだ。その後、連続してリリースされた3枚のアルバムは、現在も90年代ハードコアシーンの名作として知られているのだから。

1994年の『Dixie』、1996年『4AM Friday』は、ともにAVAILの真価が発揮されており、まとまりに欠けていた『Satiate』の緩んだ雰囲気から、力強く、明らかにメロディックなハードコアバンドへと移行する過程を強く示した。AVAILは、これらのアルバムを成功に導くため、果敢にツアーし、その先々でファンを増やしながら、最も影響力の強い作品となる『Over The James』への土台を築いていった。

1998年にリリースされた『Over The James』は、オープニング曲の「Deepwood」から、AVAILのピークを見せつけていた。より洗練されたAVAILの姿だけでなく、バンドが持つ異なる影響の要素を簡潔に融合させていた。当時、ハードコアバンドのほとんどのギタリストは、いかにヘヴィでクランチな音色を出せるか競っていたが、バンクスは、クリーンできらめきのある音を放っていた。セカンドヴァースに入ると、大きなタンバリンの音が曲を包む。ソフトな雰囲気を醸しながらも、リスナーを煽る短いコーラスと、パンチの効いたブレイクダウンによって、ハードコアをルーツ・ミュージックのように表現する術をAVAILは見出したのだ。

『Over The James』に収録されているベストナンバーの多くは、ハードコアとルーツ・ミュージックのあいだにあり、楽曲の意図がぼやけることは決してない。カントリーの音色から始まる「August」は、ジャンルへの敬意を表現しているのではなく、より鋭いリードを組み込むバンクスの能力で溢れている。そのリードは、激しいモッシュパートへ急転換する。彼らは、温かい握手の陰に左フックを効果的に隠していたのだ。このような創造性に富んだ急激な転調により、『Over The James』は、他作よりも突出したアルバムとなった。更にこのアルバムでAVAILは、自分たちのホームタウンをリスナーたちに1秒たりとも忘れさせなかった。「Nickel Bridge」は、ジッポーで煙草に火を付ける音で始まる。目を閉じれば、夜遅くにリッチモンドの家のベランダで煙草を吸う情景が浮かぶ。AVAILのアイデンティティは、彼らの音楽に染み付いており、ライターをはじく音だけで、ホームタウンを映し出していた。

1998年までに、ハードコアは、多くの異なるサブジャンルに分裂していたが、AVAILは、どのサブジャンルにも完全に同調せず、『Over The James』は、その後の新しいシーンへの足場を築く彼らの姿を反映していた。メロディックハードコアという言葉ができて長い期間が経ち、この漠然とした領域に属するレコードは80年代半ばからあったが、複数の要素が混合したジャンルを『Over The James』ほどうまく表現した作品は数少ない。

1年後、『Over The James』の影響は、すでにHOT WATER MUSICの『No Division』に現れた。フロリダ州ゲインズビル出身のHOT WATER MUSICは(1997年のアルバム『Finding the Rhythms』収録の「Floor」が、『Dixie』のB面に収録されていてもおかしくないほど)、結成当初からAVAILを明らかに崇拝していた。そして、その後、何年間かにわたり、HOT WATER MUSICの曲はどんどん複雑になった。 重なり合うギターラインとツインボーカルが彼らのキーポイントであり、さらに、リズムセクションは、高校のジャズバンドで培ったテクニックに裏打ちされていた。だが、彼らは、『No Division』で、複雑な楽曲構成ではなく、シンガロング・パートに焦点を当てていた。今作では、ゲストボーカルとしてバリーを、更にラーソンと、その後AVAILのドラマーとなるエド・トラスク(Ed Trask)がパーカッションで参加。その結果、『No Division』は、シーンを代表する作品になっただけでなく、AVAILの直接的な影響を受けながら、HOT WATER MUSICの成熟を示す作品にもなった。

それから間もなく、他のリッチモンドのバンドもAVAILのスタイルを取り入れるようになった。INQUISITIONは、既に1992年から活動を開始していたが、このバンドの初期作品は乱雑でまとまりがなかった。1996年の『Revolution, I Think It’s Called Inspiration』は、明らかにAVAILの作品からひとつ、ふたつの要素を取り入れているが、INQUISITIONのヴォーカルだったマス・バーネット(Thomas Barnett)が、のちに結成したSTRIKE ANYWHERのほうが、AVAILの影響を顕著に受けていた。STRIKE ANYWHEREは、AVAILのように南部のルーツを深く掘り下げはしなかったが、このバンドの音楽は、明らかにメロディックハードコアの進化における次のステップだった。より曇りのない洗練された楽曲となり、バーネットのしゃがれた声は、リッチモンドの激動する政情を叫ぶ手段として用いられた。バリーの例に倣ったことは明白だ。

更に、逞しさを手にしながらも、ポップパンク・ファンに向け、その要素を和らげた2組のリッチモンド産バンド、SMOKE OR FIRE、ANN BERETTAを通じてAVAILの影響は輝き続けた。これらのバンドには、AVAIL的なハードコアのベースが欠けていたかもしれないが、リッチモンドの空気を醸しだせば、全米から注目を浴びることは明らかだった。『Change Is a Sound』(2001)をリリースしたSTRIKE ANYWHEREをはじめ、、どのバンドも、AVAILのアティチュードを取り入れつつ、ますますポップ化が進むパンクシーンに受け入れられる術をわかっていた。その10年前まで、このようなアプローチは危うい試みだったが、ふたつの要素の融合を試みるあらゆるバンドに対し『Over The James』は、ガイドブックとしての役割を果たした。

AVAILによるハードコアの力強さと、ポップミュージックの魅力的なコーラスの融合による論理的終着点は、洗練されたSTRIKE ANYWHEREとでもういうべき、RISE AGAINSTのようなバンドのなかに現れていた。彼らのサウンドにも南部ルーツの視点は含まれていなかったが、RISE AGAINSTのブレイクのきっかけとなったアルバム『Revolutions Per Minute』(2003)と、その5年前にAVAILが築いたサウンドのつながりを否定するのは不可能であった。この作品は、アンダーグラウンドシーンで影響を及ぼし、のちバンドはメジャーレーベルと契約を結んだ。2004年に「Give It All」がラジオで流れる頃には、曲にしっかりとしたメロディーを付けるハードコアバンドは、もはや、ハードコアバンドとしての品格を欠いた存在ではなくなり、メインストリームさえも巻き込んだ。

しかし、その頃には、AVAILの勢いは衰えつつあり、これまで彼らの個性豊かな楽曲を受け入れていたシーンの変化に対応できなくなっていた。『Over The James』のあと、〈FAT WRECK CHORDS〉から2枚のアルバムをリリースし、その両作とも堅実な内容だったが、『Over The James』ほど、強烈に心に訴えかけるものではなかった。AVAILは、その後数年間にわたりツアーをするが、新曲は生み出されず、何もしない時期が続き、2008年には公式に活動中止を発表した。もう2度とAVAILが再結成されることはないとバリーは明言したが、しかし、AVAILに未練があるはずだ。

20年間にわたりAVAILは、シーンを先導するバンドであり、他のどのバンドも、彼らの活動を模倣できなかった。数多くのバンドがハードコアソングをメロディーで包んできたが、彼らのように、汗まみれのローカルショーをこなし、サザンロックからインスパイアされた楽曲をつくり、独自のブルーカラーの美学を持つほど、自身の全存在を賭け、真の情熱とともに活動したバンドは数少ない。

おそらく、AVAILというバンドを最もうまく表しているのは、〈Poor. Ugly. Happy.(貧乏・醜男・ハッピー)〉というシンプルなメッセージが書かれたTシャツだろう。AVAILは、彼らが影響を受けたバンドほどのアルバムセールスを獲得できなかったはずだし、主要雑誌の表紙を飾るほどスタイリッシュなバンドではなかったが、『Over The James』という非の打ち所のない作品をリリースできたことは、アーティストとして幸せなのだ。

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