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子供を生まない女性は、仕事を頑張らなくてはいけないのか?

家族を作れ、仕事をしろ、子供を産まないならせめて仕事に邁進せよ──。そんなプレッシャーを日々感じながら生きている女性は少なくない。女性はすべてを得なければ、幸福にはなれないのか?

by Marianne Eloise
22 November 2019, 4:30am

Illustration by Hunter French

今年26歳になった私は、ようやく〈何もしない〉ことを真剣に考えるようになった。昔から子供はいらない、と公言していた私は、その代わりに修士号を取得し、キャリアを追求してきた。それらの道は、私に与えられた唯一の選択肢だと思っていた。しかしあるとき、私の人生って今のままでも全然悪くないじゃん、と気づいた。充分なお金を稼ぐために仕事をして、好きなひとたちと遊んで、たまに休暇で旅行する…。私はそんな私の人生が好きだ。そして私は、生まれて初めて、大きな目標に向かって頑張ることをやめた。

ただ、罪悪感はある。ひたすら成功を求め、修士に進むために週60時間バーテンダーのバイトをしてお金を貯めた、やる気に満ちあふれた十代の私だけではなく、〈#hustling(金稼ぎ)〉〈#girlbosses(女経営者)〉と書かれた偽フェミニストマグカップが量産される今の時代に生きる私たちの世代をも裏切っているような気分だ。

太古の昔から、女性は子供を産むことを強制され、自らの夢やキャリアを諦め、家族という共同体のために働かされてきた。しかし戦後の第二波フェミニズムでそれらの考えは一蹴される。女性だって働けるし、子供もつくれるし、すべて持つことができるのだ、と。そして最近では、大事なのは仕事だ、という流れになっている。私たちは自分でお金を稼ぎ、旅をして、ラグジュアリーブランドのスーツを着るのだ。

この思想の発展は多くの女性にとって重要だったし、ポジティブな変化をもたらした。しかしそれより急進的な考えかたもある。それは、「私たちは何もしなくてもいい」という考えかただ。

キャリアを追求するか、家庭をもつか。今の世のなかには、どちらかでなければ人生は失敗だ、という風潮がある。女性には、どちらかの分野で、あるいはどちらにおいても成功しなくてはならない、というプレッシャーが掛けられており、そのせいで、ただ仕事をして家に帰る、という生活に甘んじることはできない。しかし本来、仕事は、自分の自由時間を満喫するためにする活動であっていいのだ。一生それで食っていく、と腹をくくる必要もないし、絶対に昇進しなければいけないわけじゃない。〈すべて〉を手に入れる必要はない。女性だって、〈いくつか〉を手に入れて、それでハッピーになってもいいはずだ。

フェミニズムと資本主義が混在した結果、なんとなく居心地の悪い思いをしているのは私だけではない。ジア・トレンティーノ(Jia Tolentino)は著書『Trick Mirror』内のエッセイで、〈最適化〉と〈完璧〉を目指す女性たちの飽くなき努力について記している。彼女によれば、理想の女性というのは、「市場から要求される姿に真面目に関心を抱く」と同時に、「市場から提供されるものにも同等の関心を抱く」ひとだという。彼女は〈最適化〉に勤しむ女性たちの姿を、エクササイズや職場といった角度から論じ、私たちはどのようにして、自分の人生を「より良く」するために継続的な努力をすべし、と刷り込まれるのかを明らかにしている。セルフケアも、〈上手なケア〉〈ダメなケア〉とラベルを貼られて売り込まれる。私たちは、実は自分が〈最適化されたライフスタイル〉という罠にハマり、まんまとだまされ、本来享受できる人生を逃していたのだ、と気づき始めている。

「私は家族をもっていないので、より立派な仕事をして、仕事を自分の人生を定義づけるための要素にしなければ、と感じています」と30歳のシヴォーン(Siobhán)は語る。「社会からは、わかりやすい生産性を求められているように思います。文字通り、子供を〈生産〉しないなら、子育てと同じくらい大変な何らかの活動をするべきだ、みたいな」。彼女はそこに存在する性差を指摘する。「立派な肩書きをもった未婚子なしの男性は〈独身貴族〉として社会的にも認められていますが、未婚子なしでバリバリ働いている女性は〈犠牲を払っている〉とか、生来的に〈孤独〉とか、あるいは〈ただのビッチ〉と見なされます」

28歳のダニエル(Danielle)も同様の感覚を抱いている。「私は(子供がいないからといって)キャリア志向というわけでもないので、野心がないのか、あるいはどこかおかしいのか、それとも怠惰なだけか、と悩んでいます」と彼女は吐露する。「自分がキャリア志向じゃなくてもいいか、と思い始めたのは最近です。定時に退社できて、自分の生活を楽しむのに充分な給料と時間が確保できるような仕事がしたい」

現代の女性には、仕事以外の時間は副業などで稼いだり、しっかり組み立てられたセルフケア活動に充てるべき、という不文律のようなものがある。「女性として、自分の自由時間を自己啓発に使う必要性を感じています。不安を和らげるための瞑想だったり、メンタルヘルスに役立つジャーナリングだったり、エクササイズだったり」と語るのは24歳のマディ(Maddie)。「趣味に関していえば、男性のほうがより幅が広いと思います。私の場合、趣味を通じたリラクゼーションは時間の無駄だとみなされるのに、男性の場合は生産性を上げるとされたり。私は、リラクゼーションの時間も罪悪感で胸がいっぱいになります。この時間を楽しむ代わりに、働いていればどれくらい稼げただろう、って考えてしまって」

〈脱最適化〉を図るために、私は女性のエンパワーメントコーチを務めるフエイナ・スー(Hueina Su)に話を聞いた。「私たち女性はこれまで、あらゆるひとびとの世話人とされ、その役割を期待されてきました」とスーは説明する。「現代の女性は、家では夫や子供、そして年老いた親の面倒をみながら、仕事の場でも、男性の同僚と肩を並べるほどのパフォーマンスと成功を収めることを求められています。私たちは、すべてを手に入れられるしすべてを手に入れるべき、さもなくば失敗だ、という考えに従ってきたんです」

女性は間違った動機のために努力している、とスーは考えている。「女性たちがなぜすべてにおいて完璧を目指すのかを掘り下げると、実はそこには、自分たちの価値を証明しないといけない、という動機が隠れています。なぜなら彼女たちは、ありのままの姿では充分ではない、価値がない、と感じているからです」

女性が直面する最大の障壁は、自分には生来の価値がある、と思うことかもしれない。たとえ自分が〈何もしない〉としても、私たちには生きる価値も、幸せになる価値もある。スーはこの考えに共鳴し、脱最適化を望む女性には、自分には生まれながらにして価値があると思うこと、そして自分にとって〈成功〉や〈幸福〉はどんな意味をもつかを考えることを勧める。「私たちは、自分にとっての成功を再定義する必要があります。社会や他人から、こう生きるべき、と指図されるのではなく」

私たちは誰かの世話人としての役割を期待されており、その役割が果たせなければ自分には価値がない、と思い込んでしまう。もし誰かの世話人になれないのであれば、生産性の高い労働者として社会に貢献しなければ、と。その結果、私たちは自分のための時間を取れず、自分がしたいことよりもすべきことを考えてしまう。

ただ存在していることに罪悪感を覚えないようにするにはどうすればいいか、という疑問に対する明快な答えはないかもしれないが、自分のために自由に時間を使うこと、すなわち、しっかり計画されてもいなければ、目標設定がされているわけでもない時間を過ごすことこそがスタート地点だろう。スーはこう述べる。「キャリア志向でも、家族が欲しくても、どちらも目指していなくても、それはあなたの選択です。自分はどんなときにハッピーになれるか、どんなときに充実感を覚えるか。それは自分で選ぶことができます」

This article originally appeared on VICE US.