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光明差し込むトランスジェンダーへの医療とその未来

今年1月、医学専門誌『Transgender Health』で、ホルモン治療によりトランスジェンダー女性患者が授乳に成功した、との研究結果が発表された。この成果は多くのメディアに取りあげられ、現代医学の勝利、ともてはやされた。最先端の治療だ、との評価のいっぽうで、他分野の進歩と比べると遅いくらいだ、とする意見もある。
Photo by Victor Torres. Via Stocksy. 

今年1月、医学専門誌『Transgender Health』で、ホルモン治療によりトランスジェンダー女性患者が授乳に成功した、との研究結果が発表された。

この患者は、妊娠したパートナーが母乳による育児に興味を示さなかったため、自ら、新生児の栄養源になる、と決心した。3カ月間、エストラジオールやプロゲステロンなどの女性ホルモンを摂取した結果、彼女は、搾乳機の助けを借りつつ充分な量の母乳を分泌することができた。彼女は、6週間にわたって母乳だけで赤ちゃんを育てた。

この成果は多くのメディアに取りあげられ、現代医学の勝利、ともてはやされた。最先端の治療だ、との評価のいっぽうで、他分野の進歩と比べると遅いくらいだ、とする意見もある。

トランスジェンダーのための医学、手術を専門とするニューヨークのマウント・サイナイ・センター(Mount Sinai Center for Transgender Medicine and Surgery)のタマール・レイズマン(Tamar Reisman)医師と上級看護職員のジル・ゴールドスタイン(Zil Goldstein)によるこの研究は、医学論文のなかでも、初めてのトランスジェンダー向け生殖医療の正式な研究報告とされる。これはトランスジェンダー向け生殖医療の進歩の兆しであるとともに、さらなる研究が求められている証左だ。トランスジェンダーに特化した医学的研究は、近年まで、非常に限られていたので、トランスジェンダーの身体をよく理解したうえで治療を施せる医師も不足している。

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レイズマン医師によると、トランスジェンダーの患者たちは「身近な病院に、自分たちのことをよく理解している医師がほとんどいない」と悩んでいるそうだ。2016年の内分泌科医を対象とした調査の結果は、性の同一性、性的嗜好について患者と語ることに〈まったく〉抵抗がないと回答した医師は20%。トランスジェンダー医療の実施について、自分は〈やや〉または〈とても〉適任であると回答した医師は41%だった。トランスジェンダーの患者たちは、適切な医療を提供してくれる医師はほとんどいない、と諦めてしまっている。2015年の米国トランスジェンダー調査によると、回答者の23%は医療ミスを恐れて、治療が必要なときでも病院にかからないという。

彼らが不妊治療や、母乳分泌誘発のためのホルモン治療などの参考にしてきたのは、インターネット上のコミュニティサイト、健康関係の実用書、口コミだ。例えば〈Brown Boi Project〉の著書『Freeing Ourselves: A Guide to Health and Self-Love for Brown Bois』は、トランスマスキュリンやマスキュリン・オブ・センターの有色人種など、男性として生きること、または、まったく新しい男性像の追求を選んだトランスジェンダー向けの本だ。ベストセラー、『からだ・私たち自身』(Our Bodies, Ourselves)をモデルにした健康実用書『Trans Bodies, Trans Selves: A Resource for the Transgender Community』も有名だ。

今や、トランスジェンダー医学は急成長を遂げている、とレイズマン医師は記している。しかし「トランスジェンダー医学に関する文献はまだまだ不足しています」と同医師は付け加える。「みんな、必死でその遅れを取り戻そうとしているんです。考えつくことはすべてが研究対象です」

マウント・サイナイ・センターのレイズマン医師率いるチームは、トランスジェンダー女性の乳房発達治療について、様々なホルモン療法に目を向けるよう治験審査委員会(Institutional Review Board)に請願書を提出した。彼女のチームは、放射線科と協力し、トランスジェンダー女性の乳がんのスクリーニング検査を研究している。また、不妊治療で長期間ホルモン治療を続けたさいの影響、循環器系の疾患、トランスジェンダーの若者への治療なども研究されている。研究対象は枚挙にいとまがない。

トランスジェンダー医学の研究が今、これほど急速に進んでいるのは、長いあいだ、特に、生殖医療分野の科学的な研究がされてこなかったからだ。しかし、トランスジェンダーの人びとが医学的、生殖的に重大な決断をするさい、当該分野の情報が極めて重要だ。

例えば、トランスジェンダーの人びとの長期間にわたるホルモン摂取は、性別に拘わらず不妊の原因になると長いあいだ信じられてきた。たしかに、ホルモン治療を受けたトランスジェンダーの人びとのほうが不妊にいたる確率は高いが、そのなかの大勢は、予想以上に生殖能力を維持している、もしくは、ホルモン治療をやめれば生殖能力を回復している。

トランスジェンダー女性に向けた生殖治療のアドバイスは、これまで数少なかっただけに、ゴールドスタインとレイズマン医師の研究は注目に値する。過去に自身の配偶子バンクの利用を綴った経験もある、詩人であり、学者でもあるミカ・カルデナス(Micha Càrdenas)は、『Trans Bodies, Trans Selves: A Resource for the Transgender Community』について、トランスマスキュリンとしてのあり方を中心に据えており、子供を欲するトランスジェンダー女性が精子バンクを利用する可能性については簡潔に記載されているだけだ、と批判している。カルデナス自身も、他のトランスジェンダー女性の知識や体験を参考にしていたそうだ。自身の詩〈Pregnancy〉に寄せたコメントで、カルデナスはこう語っている。「みんなが利用しているSNSで、トランスジェンダー女性の生殖能力をテーマにした非公開グループを見つけました。たった8人の小さなグループでしたが、その半数は積極的に投稿していました。自分の精子がどれだけ活発に動いているかを、顕微鏡で確認できるなんてことも、ここで初めて知りました」

カルデナスのとった方法で費用をいくらか抑えられはするが、生殖治療は決して安くはない。配偶子バンクの利用は2000〜1万ドル(約24万〜120万円)ほどかかり、その他の生殖治療も高額だ。ゴールドスタインが指摘するように、トランスジェンダーの地位向上に取り組むときには、所得格差の観点を忘れてはいけない。

「トランスジェンダー医学の研究が進歩するにあたり、医療従事者、研究者が知識を増やすことが望まれています」とレイズマン医師。「過去に成果を残した研究は、たいてい、資金力に恵まれた大規模な学術研究機関が成し遂げています。トランスジェンダー医学が学界での存在感を強め、医療現場で安全な臨床判断をするためのデータが増えることを期待しています」

現在、多くの場合、生殖治療には健康保険が適用されないので、臨床面での進歩には、ヘルスケアへのアクセスを促す支援活動が欠かせない。また、トランスジェンダーの患者に今までよりも多くの選択肢を提供するためには、当該分野全般をカバーする、あらゆる医療技術が進歩しなくてはならない。いずれの進歩も、トランスジェンダーの人びとがあらゆる生殖治療方法を選べるようになるために不可欠だ。「みんなが生殖治療を受ける権利を行使できればいいですね」とゴールドスタインは言明した。「そして、望むのであれば生殖能力も」