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UFOオカルト伝説の謎‬ 05.スタントン・フリードマンが発掘したロズウェル事件‬‬

ロズウェル事件とは、1947年に起こったUFO墜落事件。「気象観測用の気球に過ぎなかった」。当時はそう発表されたが、それをスタントン・フリードマンが、約30年後に掘り起こした。実はUFOだったのではないか?ケロッピー前田によるUFOオカルト伝説の謎、第5回目は、 UFO神話をひとつのカルチャーにまで育て上げた、といっても過言ではないスタントン・フリードマンについて。

by Keroppy Maeda
19 October 2018, 7:58am

via Wikimedia Commons

〈ロズウェルが最も重要なUFO事件になった〉

「これは宇宙版ウォーターゲート事件だ!」。

物理学者でUFO研究家として知られるスタントン・フリードマン(Stanton Terry Friedman)が、大きな声で吠えた。ここは、米ワシントンDCにあるナショナル・プレス・クラブ。2001年5月、米国政府にUFOや宇宙人に関する情報公開を求める〈ディスクロージャー・プロジェクト(The Disclosure Project)〉の大規模な記者会見が開かれた。ウォーターゲート(Watergate scandal)とは、72年、当時の大統領であったニクソンが、CIAを個人的に利用し、対立候補の盗聴を命じた事件である。そのとき、事実を暴いた匿名の密告者は〈ディープ・スロート(Deep Throat)〉と名乗り、同事件は、米国史上に残る大スキャンダルに発展した。ちなみに、ディープ・スロートとは、72年に公開され大ヒットしたポルノ映画のタイトルである。

米国政府が何かを隠しているのではないか、という疑惑は、63年のケネディ大統領暗殺事件が未解決のままであったため、国民のあいだでくすぶり続けていた。そして、ウォーターゲート事件をきっかけに、政府に対する米国民の不信感が一気に爆発する。その結果、74年、ニクソン大統領の辞任とともに、米国の情報公開法(Freedom of Information Act)が改正され、国家機密であっても、一定の年月を経過した情報であれば、開示請求の手続きに従って公開しなければならなくなった。情報公開法の改正によって、大いに活気付いたのは、宇宙人の存在を確信していたUFO信奉者たちであった。そのなかでも、最も扇動的に活躍したのが、スタントン・フリードマンである。

フリードマンは、1934年ニュージャージー生まれ。シカゴ大学で物理学を学び、卒業後は14年間、核物理学者として、ゼネラル・エレクトリック、ゼネラルモーターズなどの大手企業に勤めた。エンジニア時代にUFO調査機関〈ブルーブック(Project Blue Book)〉の記録資料をリサーチするようになり、それらの多くが国民に知らされないままであることに大きな疑問を抱いた。それが、UFO問題に興味を持つきっかけだったという。1960年代半ばから、彼は独立してUFO関連の講演や著作活動をおこなうようになる。放射線の知識を持ち合わせていたため、物理痕跡事例の分析を含め、UFO問題を科学的に捉え、しかも、米国政府機構、および大統領図書室の公文書を調査するのも得意であった。フリードマンは、地球外生命体仮説を強く支持し、米国政府は、UFOや宇宙人に関する情報を隠している、と確信していた。

1978年、フリードマンは、1947年に起こったロズウェル事件を再調査するために現地に赴いた。そこで、事件の当事者であるジェシー・マーセル(Jesse Marcel)に本格的なインタビューをおこなったのである。ロズウェル事件とは、最初のUFO目撃事件が起こったのと同じ1947年に起こったUFO墜落事件だ。その年の7月8日付けの『ロズウェル・デイリー・レコード』紙に〈RAAF(ロズウェル陸軍飛行場)が、ロズウェルの牧場に墜落した空飛ぶ円盤を回収〉と記事が掲載された。ニューメキシコ州ロズウェルの陸軍航空隊が、空飛ぶ円盤の残骸を回収した、と発表したのだ。だが、この発表は翌日「気象観測用の気球に過ぎなかった」と訂正され、長いあいだ忘れ去られていた。

フリードマンがインタビューしたジェシー・マーセルは、墜落した空飛ぶ円盤の残骸を回収したロズウェル陸軍航空隊少佐の諜報将校だった。「わたしが回収した残骸は、地球のものとは到底思えず、破壊も焼却もできず、16ポンドのハンマーで歪めようと叩いてみたが、ビクともしなかった」と実名と素顔を晒し、夢中でそのときの模様を語るジェシー・マーセルの姿は衝撃だった。マーセルは、翌79年に放送されたテレビのドキュメンタリー番組『UFOs are real』を通じて、大きな注目を集めた。フリードマンは、マーセル本人をマスコミの前に引っ張り出し、それまでUFO研究家にさえ忘れ去られていたロズウェル事件を、最重要UFO事件にまで押し上げたのだった。

「ロズウェル事件の真実を公開せよ!」

UFOに関する情報公開を求める信奉者たちの運動は、激しさを増した。マーセルの証言をきっかけに、ロズウェル事件は、それまでに登場したあらゆるUFO神話の要素を取り込んで、巨大な陰謀論的ストーリーへと肥大していった。


〈ジェシー・マーセルの証言からMJ-12へ〉


思い返せば、米国におけるUFO議論は、ずっと陰謀論的であったともいえる。大戦後間もない1947年、ケネス・アーノルド(Kenneth Arnold)のUFO目撃事件をきっかけに、全米でUFO目撃報告が急増したときには、ソ連の秘密軍事兵器ではないか、との疑惑から、米軍内にUFO調査機関が設立され、UFO目撃情報についての情報収集と調査がおこなわれた。しかし、そのようなUFO調査機関の存在は、当初、公表されておらず、米国政府はUFOについて何かを隠しているのではないか、という世間の疑念を増幅させた。

1969年、米国政府は、UFO現象に国防上の危険性はなく、これ以上の研究は科学的な進展に貢献するものではない、とコンドン報告を発表した。そのお粗末な結論に、米軍のUFO調査機関ブルーブックで長年顧問を務めてきたアレン・ハイネック(Allen Hynek)は、大きく憤り、民間UFO研究機関を創設し、独自のUFO論を展開した。そんなハイネックの主張をもとに制作されたのが、UFO映画の傑作『未知との遭遇』だ。映画のなかで、政府は、国民にはすべてを隠したまま、宇宙人との初めての接触を試みている。この映画の公開は、1977年、その翌年からロズウェル事件が本格的に発掘されたのは、単なる偶然とは思えない。

まず、ロズウェル事件が、発掘される大きなきっかけとなったドキュメンタリー『UFOs are real』からみていこう。

「私は空を飛ぶものなら、なんでも熟知していた。その残骸は気象観測用気球でも、飛行機でも、ミサイルでもなかった。まったく何かわからないものだった。残骸は数百フィートもの幅、3/4マイル(1.2キロ)の距離に広がって散乱しており、たくさんの破片を拾いながら探索した。ヒエログリフ(エジプトの聖刻文字)のような象徴的な文字が書かれたものもあったが、それを判読できなかった」

このように、マーセルは証言した。ここで、残骸は壊すことも曲げることも焼くこともできない物質である、とも語っている。それが真実なら、マーセルの証言は決定的だ。しかし、彼が回収した落下物は、すべて米軍の管理下に引き渡されてしまう。マーセルは、B29戦闘機に回収した残骸を乗せて、フォートワースのカーズウェル空軍基地に到着した。記者団が待ち構えていたが、マーセルは何も話すことを許されなかった。それは、ロジャー・レイミー准将(General Roger M. Ramey)の命令であった。

「新聞記者たちは、その残骸のほんの一部を見せられただけだった。そこには、文字が書かれたものや、何かの印が施されたものはなかった。彼らは私に問いただしたが、私は何も話せなかった。准将に、そう命令されていたからね」

ここで、レイミー准将は、落下物は空飛ぶ円盤でなく、気象用気球の残骸だったと発表した。マスコミの記者団も、その報告に従った。そのため、ロズウェル事件は、30年以上も忘れ去られてしまっていた。そればかりか、マーセルは、自分が操縦してきたB29は、回収した落下物を乗せたまま米軍に引き渡され、どこかに飛んでいった、と証言している。

フリードマンによれば、ロズウェルでは二十数名の人々が、この事件について記憶しているという。そこで浮上した、もうひとりの重要人物にバニー・バネット(Barney Barnett)がいる。残念ながら、当のバーネットは、1969年に亡くなっていた。その証言は、バーネットと親しい夫妻から提供された。バーネットは、地元では信頼の厚い土木技師で、ロズウェル事件の同日に、ニューメキシコ郊外のソコロで墜落したUFOと宇宙人の遺体を目撃したという。そのとき、米軍が、それらの回収作業に当たっていたというのである。

80年には、スタントン・フリードマンのロズウェル事件の独自調査は、チャールズ・バーリッツ(Charles Berlitz)とウイリアム・ムーア(William Moore)によって、『The Roswell Incident(『謎のロズウェル事件』81年、徳間書店、『ロズウェルUFO回収事件』90年、二見書房)』として出版され、世界中に大きな波紋を投げ掛けていく。同書では、さらに、7月2日に光る物体を見た、というダン・ウィルモット夫妻(Dan Wilmot)も紹介され、フリードマンに先立って、UFO墜落と宇宙人の遺体回収を疑ったUFO研究家フランク・スカリー(Frank Scully)についても触れている。

ロズウェル事件を発掘し、名を上げたフリードマンのもとには、ますます多くの情報や証言が集まってきた。ロズウェル事件を宇宙版ウォーターゲート事件だと確信していた彼は、ウォーターゲートにおける匿名の密告者〈ディープ・スロート〉のような人物を待ち望んでいた。

1984年、TVプロデューサーのジミー・シャンドラー(Jaime Shandera)とウィリアム・ムーアのもとに、匿名の人物から機密文書を撮影したフィルムが届けられた。その中身は、MJ-12(マジェスティック・トゥウェルブ)だった。2年間の調査を経て、1987年、スタントン・フリードマンら3名が、MJ-12 を公表した。そこには、当時の大統領ハリー・トルーマン(Harry S. Truman)が12名のアメリカ中枢部の要人を招集し、ロズウェル事件で墜落した円盤の残骸と宇宙人の遺体が回収され、宇宙人の技術を得るために、彼らと接触することを国民には極秘にする、という旨が記されていた。それはまさに、宇宙版ウォーターゲート事件におけるクライマックスだった。それが決定的な証拠となって、UFO問題のすべての秘密が暴かれるなら、素晴らしい。誰もが、それを期待したが、同時にMJ-12 が捏造された可能性も常に疑われた。それでも、UFO信奉者たちばかりか、一般マスコミまでMJ-12の虜になった。結局、フリードマンが公表したMJ-12文書は、UFO否定派の論客フィリップ・クラス(Philip J. Klass)らの丹念な調査によって暴かれてしまう。たとえば、MJ-12文書にあるのと、同じトルーマンのサインを別の文書から見つけられている。まったく同じ筆跡の手書きのサインが2つも存在するはずがない。それは、MJ-12が偽物である動かぬ証拠のひとつとなった。

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ジェシー・マーセル。Photo of Major Jesse Marcel / the U.S Air Force


〈UFO神話の終焉のあとに〉

ネバダ州の米軍基地エリア51では、米軍が極秘のUFO研究を進めているのでは、と噂されていた。だが、冷戦後、エリア51ではステルス戦闘機などが研究されていた、と判明した。また、MJ-12は、いまでは捏造であろうとされ、1995年には「宇宙人解剖フィルム(96年、日本テレビ放映)」といわれるものまで現れたが、それはフィルムをテレビ局に持ち込んだレイ・サンティリ(Ray Santilli)による作り物の宇宙人の死体を使ったでっち上げであった。

それでも、1947年にロズウェルに、何かが落下したのは事実であった。その残骸は何であったのか?

1994年、アメリカ空軍によるロズウェル事件再調査の報告書『ロズウェル・リポート(The Roswell Report)』が出版された。調査の担当者リチャード・ウィーバー(Richard Weaver)は、ロズウェルに墜落したのは、当時、軍事機密であったモーガル気球(Project Mogul)であろうと語った。この気球は、高性能の音響センサーでソ連の核実験の爆発音を感知しようというもので、1947年時点では軍事機密であった。モーガル気球は、四角いレーダー反射板の枠組みが、細長く、幾重にも連なった特殊な形状で、担当部署以外には、機密扱いであったために情報が錯綜したのだという。

また、それとは別に、米国会計検査院は、国家予算の会計調査からロズウェル事件に関して、円盤の回収や宇宙人の死体回収などに特別な予算が割り当てられていたのか否かを調査したが、その証拠となるデータは、みつけられなかった。それでも、ロズウェルは、今ではUFO事件の聖地として観光客を集め続けている。ロズウェルUFO博物館(International UFO Museum And Research Center)は、UFOやエイリアンのお土産で溢れかえっている。2002年に製作されたドキュメンタリー『Stanton T. Friedman Is Real! 』のなかで、フリードマンがUFO博物館を訪ね、UFO神話を無邪気に楽しむ市民たちの笑顔に励まされながら、自らの人生を振り返っている。実際、UFO博物館設立を大きく助けたのもフリードマン自身である。

「ポップカルチャーは現実に付き添うもの」

そう語るフリードマンだが、80歳にもなる現在も、講演や著作活動を続けている。まるで堅物の大学教授のような外見ながら、ユーモアを交えて、市民たちにUFOのロマンを語る姿は力強い。そして、この真摯なUFO研究家の信じがたい献身こそが、ロズウェル事件を復活させ、UFO神話をひとつのカルチャーにまで育て上げた、といっても過言ではないだろう。確かに、今もUFOや宇宙人は、人々の心のなかで生きている。もちろん、その存在が、完全に否定されてしまったわけではない。ただ、フリードマンが追い続けてきたような秘密を、米国政府が隠している、という事実は疑わしいものとなっている。

ところで、日本では、UFOディレクターである矢追純一が長年勤めた日本テレビから独立したのが86年。その後、矢追は、陰謀論的なUFO特番を連発して、昭和最後のオカルトブームを仕掛けた。陰謀論的なUFOストーリーは、ハマると抜けだせない独特の魅力で、多くのオカルトファンを酔わせてきた。

それでも宇宙人は実在する。オカルト・ブームを体験してきた世代のなかには、いまも、そんな想いを持ち続けている人が多いだろう。実際、UFOや宇宙人との出会いは、僕らの異文化や特異な出来事に対する免疫耐性を大いに高めてくれたはずだ。

確かに、米ソの冷戦構造を背景とした米国のUFO神話を検証するなら、ロズウェル事件は、そのひとつの終焉だろう。だが、インターネットが台頭した現代において、デイビッド・アイク(David Icke)の唱える〈レプティリアン(Reptilians)〉という、さらなる陰謀論的な宇宙人神話が登場している。UFOや宇宙人に対する人々の関心は、時代を超え、カタチを変えながら、これからも受け継がれていくのだろう。

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