脳が溶けるらしいドラッグ〈ガスパン〉。あまりに簡単に入手できるため、90年代以降、一部の中高生たちに蔓延しているという。そこで、ガスパンをテーマにした楽曲をリリースしているラッパー〈りょうすけ〉に、ガスパンを吸うことでおきる変化と危険性について、また、彼の話をもとに、薬物依存の専門家に話を聞いた。

〈ガスパン〉!! 身近なドラッグに潜む危険性

脳が溶けるらしいドラッグ〈ガスパン〉。あまりに簡単に入手できるため、90年代以降、一部の中高生たちに蔓延しているという。そこで、ガスパンをテーマにした楽曲をリリースしているラッパー〈りょうすけ〉に、ガスパンを吸うことでおきる変化と危険性について、また、彼の話をもとに、薬物依存の専門家に話を聞いた。

コデインを成分とする咳止めシロップをソーダと混ぜた脱法ドラッグ〈リーン〉が、アメリカのティーンエイジャーに蔓延し、社会問題となっている。好奇心や気を紛らわすため、手軽に多幸感を得る手法はユースに伝染し、瞬く間に広がった。日本においては、シンナー、マジックマッシュルーム、脱法ハーブ、シバガスなどの流行と、規制が繰り返されては、新たな快楽が追求されてきた。そんななか、20年に渡り中高生のあいだで伝わる遊びが〈ガスパン〉だ。

「指を食いちぎる幻覚を見た」「何者かに襲われる恐怖で逃げ出した」「言いようのない虚無感に包まれる」

これらの体験談は、ガス缶がもたらしたもの。ガスパンは、ガスライターやカセットコンロ用のガス缶から〈ブタンガス〉を吸引し、窒息状態で酩酊や幻覚を楽しむもので、ホームセンターやコンビニで1本300円ほどで入手できる〈身近なドラッグ〉として知られている。しかし、ガスの吸引自体は違法行為ではないものの、その危険性はいうまでもなく高い。窒息死のほかに、ガスの爆発で四肢を失くした少年のケースなど、事故が絶えない。

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〈換気大事/じゃなきゃあの人みたいに車で爆発/ケツの皮膚がなくなる〉と歌うのは、10代の4年間をほぼ毎日、ガスパンをして過ごしたというラッパー、りょうすけ(23)。地元栃木県足利市の少年たちに蔓延した遊びがテーマの、ダークなシンセが不穏さを醸すトラップ『ガスパン』のPVでは、ガス缶を口にくわえた少年たちが明滅し、ゆらゆらと焦点が定まらない映像がみられる。

「先輩にぶっ飛ばされるか、ガスパンをやる場所だったっすね」という、待ち合わせ場所の国道293号沿いの公園に着くと、そこには家族連れや少年野球の子供たちであふれ、一見すると健全な光景が広がっていた。ショッピングモール、ホームセンター、カラオケボックス、消費者金融、ラブホテル、シャディのサラダ館。それらに囲まれた平均的な地方都市の片隅で、少年たちにウイルスのように蔓延した遊びについて、「そのころは毎日吸ってたんで、現実か現実じゃないか曖昧なところもあるんすけど」と前置きしつつ、友人の黒須さん(23)と後輩の長山さん(19)を交えて体験談を話してくれた。

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いつから、どのようなきっかけでガスパンを始めましたか?

りょうすけ:2コ上の先輩がガスを吸ってるのを見て「何すか、それ?」って、完全に好奇心からですね。はじめて吸ったのは、中2の14歳のときです。その先輩は地元では知らないやつがいないほど有名な不良なんですけど、強制的にやらされたとかではなく、「これだ!俺が求めているドラッグは」って、一発でピタッとハマりました。

悪い先輩たちから代々、伝わってきたのですか?

りょうすけ:いや、今30歳くらいの人たちがやり始めたみたいで。それが俺らの2コ上の先輩に伝わって、バーっと広まったみたいです。その不良の先輩が、悪いつながりが多かったから伝わったんでしょうね。

それでは、どのように蔓延していったのですか?

りょうすけ:中学で悪さしてるやつらが、誰かの家とか土手で5~6人集まって、あちこちで毎日、1日中吸ってました。女の子は女の子同士でやって、先輩や後輩たちもみんなやってましたね。最初は3本くらいからスタートしたんですけど、次第に6~7本に増えて、しまいにはホームセンターで箱買いして買い占めてました。そのうち問題になって販売停止されて、隣町まで買いにいったり。その途中、川べりの土手でガスパン始めて気付いたら夜中になってて「やべ、帰るか」みたいな。

黒須:夜中に吸ってて、気づいたら朝だったり。寝てるのかキマってるのか、そこも曖昧で。それが朝から夜までずっとだったんで、覚えてることもあれば覚えていないことも全然あるんすよ。

りょうすけ:そう、曖昧なんすよ。17歳までの4年間、ガスパンで1日が終わってたんで。

それだけやっていれば、記憶も曖昧になりそうですね(笑)。また、ガスパンは 20 年以上前からあるものですが、特定の地域で特定の世代に伝わって、そこで集中して伝染するというのは不思議です。では、どのように吸っていたか教えてもらえますか?よく知られているのは、ガスライターを点火させずにガスだけをビニール袋に溜めて、それを吸う方法かと思うのですが。

りょうすけ:そんなの〈リカちゃんハウス(子供のオママゴト)〉っすよ。たまに「俺もガスパンやってたけど、全然キマらなかった」っていうひとがいるんですけど、ガス缶から直接じゃないと。それか、ビニール袋に溜めますね。液が溜まるんですけど、袋を振ると(気化して)冷えてパンパンになるんで、それを思いっきり吸う。

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長山:袋に顔を埋めて深呼吸するのが、いちばんキマるっす。あと、これをやると大体、幻覚を見ますね。

どういう幻覚を見ましたか?

りょうすけ:黒須と一緒に吸ってるときに、黒須が指食いちぎってたことがあったんすよ。焦って、もう1回見たら普通にガス吸ってて、「ああ、これ幻覚だ」ってことがありました。「自分の影を見てたら、それが骸骨になって追いかけ回された」って、走り回って逃げ出したやつもいましたね。でも、人によって幻覚を見るひとと見ないひとに分かれると思います。

ガスパンでキマっているときの気分は、どういうものなのですか?『ガスパン』の PV では、揺らぐ映像が印象的ですが。

りょうすけ:あれはちょっとオーバーに表現してますが、近いっす。景色とかは普通に見えてるんですが、フワーって酔っ払った感じですね。ニヤけながら、ほかの仲間が幻覚見てるのを指差して笑って楽しむみたいな。

発狂したり、自傷したりとかはありましたか?

りょうすけ:それより、おとなしくなるっすね。イケイケの人が殻に閉じこもったり、喧嘩っ早いひとが縮こまっちゃったり。性欲もなくなってひたすらネガティブで、周りのすべてが恐怖に感じることもありました。

ガスパンは集団でやることが多いようですが、ひとりではやらないのでしょうか?

長山:ひとりではやらなかったっすね。みんなでやってる方が気が紛れるというか、もし何かあっても誰かが助けてくれるので。ひとりだと、どうなっちゃうんだろう?って怖いんすよ。

聞いていると、多幸感というより酩酊状態と幻覚を楽しむもののようですね。それでは、体に何か変化はありましたか?

りょうすけ:「脳が溶けるよ」って、よくいわれてたっす。酸素の代わりに体にガスが充満するんで、溶けるというよりは酸素不足で脳が縮まるんですかね?

黒須:ケツが熱くならねえ?俺、ガスやるとなぜか、空飛べるんじゃねえか?ってくらいに、ケツがブワッて熱くなるんすよ。

長山:いちど、先輩がホームセンターで買い占めてて売ってなくて、コンビニでカセットコンロ用のガスを買ったことがあるんですが、死にかけたことがあるっす。たったのひと口で喉が腫れて顔が真っ赤になって、40℃くらいの熱が1週間出て寝込んで。そのときはマジで死んだと思いました。

りょうすけ:それはお前の体が弱いだけだろ(笑)。でも、コンロのガスは臭くて吸えたもんじゃないんで、〈ウンコガス〉って呼んでましたね。

ガス缶の種類によって、効果に違いがあるのですか?

りょうすけ:〈共通〉〈共有〉〈ジャンボ〉〈ミチルちゃん〉〈スーパープリンス〉とか、ホームセンターによって売ってるブツが違います。パッケージによって〈青ガス〉〈赤ガス〉とか呼んでたんですけど、〈共通〉が主流っすね。

黒須:たとえば〈ジャンボ〉は噴射の勢いが強かったり、キマり方もそれぞれ違います。

りょうすけ:ディグればディグるほど、いろんな味やキマり方があって。でも〈共通〉がいちばん、幻覚を見させてくれました。あとは、ドンキにしか売ってない〈スーパープリンス〉も、幻覚を見ましたね。足利はホームセンターが身近なんで、現場に向かう途中でガス買って仕事の休憩中にやっちゃうジャンキーもいます。

たとえばシンナーなど、ガスパンの他に蔓延したものはありましたか?

りょうすけ:塗装関係の仕事をしていないと手に入らないので、シンナーは見たことがないです。中学くらいのときはマリファナは高いんで、(脱法)ハーブとか何の粉かわからないようなパウダーを吸ったりもしましたけど、やっぱりガスパンがいちばん手軽なんじゃないですかね。

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覚せい剤などは、どうでしょうか?

りょうすけ:シャブは多いっすね。若いやつより、おやっさん世代のひとに蔓延してるイメージです。でも、シャブとかマリファナとかとも効果は違うし、ガスパンからそこにいきつくかは別の話ですね。ガスパンはやめようと思えば、すぐにやめられるんすよ。

やめて5年くらい経つそうですが、どうやってガスパンを断ち切ったんですか?

りょうすけ:やめたきっかけは、あるとき周りを見ててバカらしいなって思ったんです。そのときにチーム(暴走族)に入っていたんですけど、「集会すんぞ!」って、バイクに乗っていってもみんなガスパンしかしなくなってて。暴走しないで活動がガスパンだけになってたんで、「バカらしい」ってバックレたんです。

それでやめられるものですか?

りょうすけ:「もう、こんなくだらないことやりたくねえ」という拒否感が生まれて。みんなが憧れてた先輩が落ちぶれちゃって周りからひとが去るのも見てるし、ただただネガティブで。自分も含めて何人かで、1回地元を飛んだんすよ。そしたらそれぞれ夢ができて、ちょうど『高校生RAP選手権』が流行ってたころで、自分はラップに出会って。

なるほど。夢もなくガスパンだけの生活と、面倒な地元のしがらみから抜けてリセットしたということですね。では、ガスパンでネガティブになるというのは、どういう状態になるのでしょうか?

りょうすけ:俺、幼稚園くらいからサッカーやってて、たわいもない夢ですけど、サッカー選手とか警察官になりたいとか語るようなポジティブな人間だったんです。でも、10代でガスパンを始めてから内にこもるようになって、何やってもうまくいかないだろうなと、常にマイナス思考になりました。

黒須:ガスパンやる前は、最強ポジティブだったよね。「俺らなら、テッペンいけるっしょ」みたいな(笑)。

ガスパンをやめて、ネガティブ思考は治りましたか?

りょうすけ:後遺症なのかガスをやめたあとも、ふと暗闇に入っていくような寂しさが襲ってきます。被害妄想で勘ぐっちゃって、何やってもダメだと。中学から先輩のツテで解体の仕事をしていたんですけど、独立しようと思ってもうまくいかなそうなイメージしかできなかったり。長く吸ってたのも原因かもしれませんが。

りょうすけさんたちがガスパンをやめたあと、いまだにやっているひとはいますか?

りょうすけ:まだ聞きますね。俺らにガスパンを教えてくれた先輩が、車で爆発事故を起こしちゃったんすけど。締め切ってやってて、マリファナを吸おうとしてバーンって。顔の皮膚が飛んで、ケツの皮を顔に移植するほどの全身火傷をくらっちゃったみたいで。あれだけ俺らに「換気が大事」っていってたのに。命に別状はなく、今はピンピンしてまだ吸ってるって話ですが(笑)。

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中高生とか若い世代はどうですか?

長山:2015年に友達が亡くなる事故があったんですが、自分らより下の世代はそこから吸う人が一気に減りました。ヤンキーや不良文化みたいなのが、そこで1回終わったんで、足利ではやんちゃな中学生が、だいぶいなくなりました。ちょっと上の世代だと、この時間だったら50人くらいの暴走族が国道を走り回ってたんすけどね。なんか、街がここ数年でオシャレになったっす。

そのときの事故について、教えてもらえますか?

長山:5~6人で袋にガスを溜めて吸っていたんですが、その子が錯乱状態で急に走り出して。10メートルくらい走ったところで、おそらく酸欠でパタッと倒れてしまったんですが、そこにコンクリのブロックがあって頭を打ったんです。泡を吹いて息をしなくなってしまい、救急車で意識不明の状態で運ばれたんですが。親友だったのでしばらく立ち直れなくて、それを機に自分もガスパンをやめました。そのあとに自分らの代はマリファナが流行ったんすけど、ガスパンと重なって吸えないですね。

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事故のショックと、りょうすけさんたちの離反がちょうど重なって、ガスパンの波がさっと引いたのですね。それでは、りょうすけさんが過去の経験をラップにしたのはなぜですか?

りょうすけ:ラップでも「換気大事」とか、注意を喚起してるんですけど。ネガティブになるんでひとに勧めはしないんすけど、それも含めてガスパンやってたことが俺の人生なんで。青春時代にトラブルだらけだったけど、ガスパンが好きだったのは事実だし、俺にしかない話といったらガスパンでした。

過去と向き合えるようになった、きっかけは何かありますか?

りょうすけ:マリファナっす。それまで超ネガティブだったんですけど、最近、マリファナ吸って世界が開けてきて。マリファナだと、落ち着いたというかポジティブになれるんですよね。

なるほど(笑)。それでは最後に、ガスパンに興味をもつ中高生に、経験者から何かアドバイスなどはありますか?

りょうすけ:最低限、換気は大事。というか、ネガティブになって余計なトラブルを持ってくるようになるんで、やらないほうがいいっす。俺の曲を聴いてキマってください。

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後日、彼らの話をもとに、ガスパンのリスクについて薬物依存の専門家に話を聞いた。「ガスパン遊びの主な成分〈ブタン〉の人体への影響については、まだ不明なことが多いんです」と説明するのは、国立精神・神経センター精神保健研究所薬物依存研究部の船田正彦博士。「なぜなら、そもそもガス缶が体内に入れる目的でつくられていないからです。ですが、実験でわかっていることならお話できます」

ということで、気になる4つの症状について以下の回答を得た。

1. 脳の萎縮が心配です

ブタンガスを吸うと、ガスが肺から脳へ到達します。ブタンガスが酸素と置き換わることにより脳が酸欠状態になるため、当然脳の機能障害や記憶障害を引き起こす危険性があります。ドイツで行なったMRIで、15歳のガスパン経験者の脳に萎縮が認められました。ですが、もちろん使用量や期間によって個人差があります。

2. 性欲が減退したり大人しくなります

マウスによる実験で、多幸感や陶酔感と関係する神経伝達物質の「ドーパミン」の増加がみられました。一方、マウスが大人しくなり、動かなくなる現象も確認されていますが、これはおそらく酸欠の影響だと思われます。性欲の減退については、不明です。

3. ネガティブ思考になるのですが

離脱症状の影響だと思われます。ブタンガスによる酩酊は、5分をピークに15~45分ほどで切れることがわかっています。そのため、1日に何本も繰り返しがちなのですが、続けていると使用量も増え、効果が出にくくなります。そして、酩酊状態から覚めたときの落差が大きくなり、その反動で虚無感をもたらすのではないでしょうか。ただし、これも個人差があるので推論になります。

4. マリファナでハッピーです

大麻とブタンガスで、身体に引き起こす効果を比較することはできません。ですが、3の回答と関連しますが、大麻の方が作用時間が長いと考えられます。ですから、大麻効果の消失はブタンガスよりも比較的に緩やかなので、覚めたときの反動がブタンガスと比べて楽に感じるということではないでしょうか。ただし、これも個人差があるので推論になります。

以上が、船田博士の見解だ。さらに、博士は「成長期にガスパンを経験すると、脳神経へのダメージが深刻になる可能性があります。最悪のケースでは、脳梗塞を引き起こすこともあり得ます」と警告する。つまり、リスクはかなり高いということだ。そして、最後に恐ろしいことを告げた。「実は、ガスパンについての研究はそれほど盛んではなく、長期間に渡る健康への影響を調べた研究は進んでいないのです」