パンクロッカーがつくる最高のチーズケーキ

インターネットのレビューでは、観光客も地元住民も、彼のチーズケーキを絶賛している。「ケーキ焼きの魔術師」、「間違いなくハワイいちのチーズケーキ」と褒めたたえている。自己流で料理を学び、20代まで読み書き計算がおぼつかなかったミュージシャンへの賛辞としては、上々だ。

by James Charisma
25 April 2018, 5:22am

Photos by Adam Jung

字の読めないオットー(Otto)が、レシピなしで試行錯誤し、初めてのチーズケーキをつくったのは、母親の誕生日を祝うためだった。彼の母親は毎年、ハワイのスーパー〈Times〉か〈Foodland〉で、コロラド製の冷凍チーズケーキを1ホール買い、自分の誕生日を祝っていた。しかしある年、ケーキの製造業者が倒産してしまった。

「悲しみに暮れる母のため、代わりに自分がチーズケーキをつくってあげようと決意したんです。レシピも、難易度も知りませんでした」とオットー。「兄弟に実験台になってもらいました。目をつぶってケーキを食べてもらい、チーズケーキだとわかってもらえれば成功です」

完成したケーキを、母親はいたく気に入った。オットーが再びチーズケーキをつくったのは、職場の持ち寄りパーティのとき。会場では、ケーキを食べた同僚たちから8件の注文を受けた。28年前のその日以来、注文は途切れない。

オットーは、広告を出したり、レストランに営業をかけたことなどない。それでも彼の店〈Otto Cake〉にはお客さんが集まる。カイムキの12番街にたたずむ小さな店だ。〈ココナツ・マカダミア〉〈ピーナツ・アンド・ビアー〉〈チャイニーズ・アーモンドクッキー〉など、286種類以上の味がある。日々品揃えが変わるため、お客さんはみんな、メニューを吟味する。ケーキは数時間で完売してしまう。

インターネットのレビューでは、観光客も地元住民も、オットーのチーズケーキを絶賛している。2016年、五つ星を最高ランクとする格付け制度を取り入れる以前のザガットサーベイで、オットーの店は30点満点中28点を獲得し、米国最高のチーズケーキ屋として認められた。ザガットは、オットーを「ケーキ焼きの魔術師」と称し、「間違いなくハワイいちのチーズケーキ」だと褒めたたえた。自己流で料理を学び、20代まで読み書き計算がおぼつかなかったミュージシャンへの賛辞としては、上々だ。

「昔からずっと、成長が遅いタイプでした」とオットー。「たぶん、自分なりの方法で理解しないとダメだったんでしょうね」。高校で特別支援学級に通ったオットーは、あと1歩のところで卒業がかなわなかった。彼は、ケーキづくり以外にも、アメリカン・エキスプレスのカスタマーサービス、グッチのウィンドウ・ディスプレイの設営、空港でのツアー旅行販売業務を経験した。

1990年後半、オットーは、貸店舗リストで空港近くのパン屋を見つけ、月500ドル(当時のレートで約6万円)で契約。晴れてフルタイムのケーキ屋となった。同時期に、地元のパンクバンド〈THE STICKLERS〉に、ベースを弾いてほしい、と頼まれ、バンドにも加入した(ただ、オットーにはベース経験がなかった)。加入後数週間、ひたすらベースの自主練に時間を費やしていたオットーは、イベントを主催すればTHE STICKLERSのライブができると気づき、自らの店舗で月1回のライブを始めた。

「80年代初頭からずっと、ハワイのパンクが好きです。このシーンは、誰でも受け入れてくれるので」とオットー。「店の駐車場がライブ会場でした。仮設トイレ1台分の料金75ドル(当時のレートで約8000円)以外、コストがかかりませんから。ときには、うちのチーズケーキ2ホールと交換で、仮設トイレを借りてました」

店以外の場所でもライブを主催する機会が増えたオットーは、一時期、音楽プロモーション企業〈Goldenvoice〉でも働いていた。さらにオットーは、2001年、新しく加入した〈86 LIST〉というバンドで、カルト的人気を誇るミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(Hedwig and The Angry Inch)の上演を企画し、主人公として東ドイツ出身トランスジェンダー・グラムロッカーを演じた。彼のミュージカルはヒットし、その後10年で3度再演された。

2009年、オットーはチャイナタウンに店舗を移転する。しかし、それから数年もしないうちに、地元のドラッグ・ディーラーとの問題を抱えるようになる。あるときには、男に鷲掴みにされ、首を絞められた。鍛えてはいるものの、非暴力を貫くオットーは、気を失ったふりをしてやり過ごした。その男は、オットーの携帯電話を壊して去っていった。また、あるとき、店先でのドラッグ取引があからさま過ぎたので、オットーは、日本人観光客を店の外まで見送った。そのさい、彼は、諍いに巻き込まれ、脇腹に打撲を負った。タバコ休憩中に、ウインドウに向かって突き倒された女性スタッフもいる。

問題に巻き込まれるたびに、オットーは通報した。それでも、ディーラーからの攻撃は止まなかった。最終的に、毎月最初の金曜日にホノルルのダウンタウンで開催されるアートイベント〈ファースト・フライデー(First Friday)〉のさい、店の前で銃を見せびらかす男を目撃したことが決定打となり、オットーはついにキレた。

「長年、なじみの地域でしたし、チャイナタウンに愛着がありました」とオットー。「店があったストリートは、そもそも決まった通行人しかおらず静かなところでした。でも、うちに100人ものお客さんが来店するようになって、ドラッグ・ディーラーが商売しにくくなってしまったんでしょうね」

2013年、街の反対側に店舗を移転して以来、オットーは、自ら考案したフレーバーを使用したチーズケーキを始め、ブラウニーやホームメイド・チョコレートなど、スウィーツをつくり続けている。朝5時に店へ向かい、冷蔵庫がいっぱいになるまでケーキを焼く。彼は機械を使わない。自分の右腕でしっかり材料を混ぜて、ひとつひとつのケーキをつくる。

「すべて手作業です。ムラのない生地にするためです」とオットー。「増産するつもりはありません。兄弟がおいしいと認めてくれた初めてのケーキと、同じクオリティにしたいんです」