缶バッジが抑止する痴漢被害

缶バッジひとつで、世の中は変わるだろうか? これらの缶バッジは、一見すると可愛らしいデザインの、よくあるおしゃれアイテムだが、この缶バッジに願いを託し、痴漢被害を本気でなくそうとしている大人がいる。〈痴漢抑止バッジ〉と名付けられたこのバッジは、どのように痴漢被害を抑止し、世の中を変えるのだろうか?

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21 maj 2018, 6:29am

缶バッジひとつで、世の中は変わるだろうか? 〈痴漢は犯罪です〉〈私たちは泣き寝入りしません〉というメッセージが込められたこれらの缶バッジは、一見すると可愛らしいデザインの、よくあるおしゃれアイテムだ。「こんなもので世の中が変わるわけないだろう」と相手にしないひともいるかもしれない。しかし、この缶バッジに願いを託し、痴漢被害を本気でなくそうとしている大人がいる。〈痴漢抑止バッジ〉と名付けられたこのバッジは、どのように痴漢被害を抑止し、世の中を変えるのだろうか?

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2015年、大阪で設立された痴漢抑止活動センターは〈痴漢抑止バッジ〉を製作し、関西の南海電鉄、原宿の竹下通りにある雑貨店〈ハッピーワン〉、そして痴漢抑止活動センターオンラインショップなどで販売している。「痴漢抑止バッジは、16歳の少女が1年間痴漢と闘うなかで見つけた〈答え〉だったんです」。痴漢抑止活動センター代表の松永弥生氏は、カバンにぶら下げている1枚のカードを見せてくれた。

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松永氏が痴漢抑止の活動を始めたのは、友人の娘が痴漢に遭ったことがきっかけだった。高校入学直後から、週に3、4回のペースで痴漢被害に遭っていた彼女は、母親とともに「女性専用車両を増やしてほしい」と鉄道会社に訴えた。しかし、たった2人の意見など通るはずもなく、警察に相談しても「この人痴漢です、と勇気を出していえば、周りのひとが助けてくれるから」とアドバイスをされるだけだった。警察からのアドバイスを受け、彼女は勇気を出して声をあげたが、同じ電車に乗り合わせた周囲の大人は、彼女を助けなかった。高校2年生になった彼女は、もうこれ以上痴漢に遭いたくないと、自作した痴漢抑止カードを身につけ、ひとりで電車に乗った。すると、痴漢に遭うことはパッタリとなくなったそうだ。友人の娘が自作したカードを見た松永氏の胸に、切ない気持ちがこみ上げた。

「高校生になったばかりの16歳の少女が、ひとりでこのカードを付けて電車に乗らないと身を守れない事実が、ただただ切なかった。周りの大人がだれも助けてくれないことを知って、彼女は絶望している、と私は感じました。私も痴漢に遭った経験はありますが、私は痴漢に対して、何もしてこなかったんです。そしたら、あのときの私たちと同じように、次の世代が苦しんでいる。私たち大人がなんとかしなくては、と感じました」。友人の娘の行動に背中を押された松永氏は、もうこれ以上、16歳の少女がひとりで闘わなくてもいいように、このカードをもう少しかわいいデザインの、みんなが身につけやすい缶バッジにして、世の中に広めようと決心した。

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痴漢抑止バッジの台紙には、痴漢から身を守る方法がイラストで描かれている。

痴漢抑止バッジの製作、販売活動をはじめた松永氏は、缶バッジを痴漢抑止活動センターのホームページ以外で販売するため、企業や団体と交渉を重ねた。電鉄系企業のなかで、いちばん最初にバッジの販売を決めたのは、南海電鉄の駅ナカコンビニ〈アンスリー〉だった。「高校時代に痴漢被害に遭った経験のある女性のバイヤーさんが、取り扱いを即決してくれたんです」。痴漢抑止バッジの駅構内取り扱いは、他の商品のようにすんなりとはいかない。鉄道会社としては、痴漢抑止バッジを取り扱うことで、痴漢が多い路線だと利用者に思われてしまうのは避けたいからだ。

「そもそも、コンビニの主力商品は日配食品と呼ばれる弁当やパンなどです。駅構内のコンビニは売り場面積が小さいため、厳選された売れ筋商品が並ぶ〈激戦区〉でもあります。大きな利益にならない痴漢抑止バッジを駅構内の店舗でお取扱いしていただきたいと願うのは、無茶な話なんです。それでも痴漢抑止バッジを取り扱ってくださるのは、本気で痴漢抑止の活動に賛同して、このバッジを痴漢の被害者に届けたい、という思いがあるからでしょう」

公式サイトでの痴漢抑止バッジの売り上げは、2018年5月現在で、2017年の売り上げをすでに上回っている。とはいえ、痴漢をなくすには、さらなる認知度の向上が必要だろう。無料で痴漢抑止バッジを配布するほうが、早く世間に広まるかもしれないが、松永氏は痴漢抑止バッジを流通に乗せることにこだわる。

「毎日、どこかで痴漢に遭っている子がいます。無料配布だと、そのときその場にいないと手に入りませんし、活動自体続きません。今すぐ欲しい、と感じたときにすぐ手に入れるには、やはり流通に乗せるのがいちばん効率がいいんです。流通は、ひとつの大きな〈メディア〉だと私は思っています。いま流行っているモノ、話題のモノ、必要とされているモノがそこにはある。このバッジが駅で販売されているだけでも、痴漢被害はここまで切実な問題なんだ、とみんなが意識する。それだけで、痴漢を抑止する効果はあります」

南海電鉄アンスリーのように、すぐに取り扱ってくれる企業もあるが、なかなか販路が広がらない現状に、松永氏はもどかしさを感じている。彼女が活動当初に集めたクラウドファンディングの資金は底をつき、融資と自身の貯金を切り崩し活動を続けている現在の状況を、松永氏はなんとか乗り越えようとしている。

「あなたは、この活動をどこまで本気でやるんですか? と試されているんです」

活動資金が苦しい今だからこそ、彼女には譲れないものがあるという。

例えば、マタニティマークのように、痴漢抑止バッジも1つのデザインに統一してしまえば、デザイン費や在庫管理のコストを抑えられるだろう。しかし松永氏は、あえてコストをかけて、痴漢抑止バッジのデザインコンテストを開催し、学生からデザインを募集している。痴漢被害に遭う割合が多い、中、高、大学生と同年代の感性から生まれたデザインを採用することで、どのデザインのバッジがいいか、バッジの購入者に自分の〈意志〉で選んでもらうのうが重要だと彼女は主張する。

「痴漢抑止バッジをつければ、痴漢に遭わないわけではありません。痴漢に遭いたくないから、自分の意志でこのバッジをつけるんだ、という本人の気持ちがとても大事なんです」

もうひとつ、彼女がコストをかけてまで守りたいものがある。痴漢抑止バッジのパッケージのなかには、ハガキが同封されている。バッジの購入者が、痴漢被害についての想い、バッジへの意見を書けるハガキを同封し、当事者の声を目に見える〈かたち〉にすることに彼女はこだわる。

「この活動を始めたとき、ちょうど〈保育園落ちた日本死ね〉という、一般人が書いたブログが話題になったんです。そのブログについて、インターネット上に書かれたような発言は、だれが言ったかわからないし、本当にあったかわからない、と国会で政治家が発言しました。もし痴漢被害にも同じようなことを言われたら、と考えたらすごく悔しくて腹が立ちました。痴漢の被害者には、絶対にそんな言葉を浴びせたくない。コストはかかりますが、みんなの気持ちをかたちにしようと、手書きの思いを集めはじめたんです」

ハガキのメッセージには、それぞれの素直な想いが綴られている。

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ハガキに書かれたメッセージは、女性からはもちろん、男性からのメッセージもいくつか目につく。

「意外だったのは、この活動に男性からの支持も集まったことです」

痴漢抑止バッジの活動を通して、松永氏自身の男性観にも変化があったそうだ。

「私自身、8歳の時から痴漢に遭ってきたので、男性はみんな、当たり前に痴漢をするものだと思ってました」。松永氏は活動前の自身を振り返った。活動を始めると、数名の男性から、男性が身につける〈痴漢から守りますバッジ〉をつくってほしい、という要望があったそうだが、痴漢抑止活動センターとして、そのバッジは製作しないと決めた。もし、〈痴漢から守りますバッジ〉を痴漢加害者が手に入れてしまったら、被害者は誰も信じられなくなり、より深い傷を負うのではないか、と松永氏は危惧したからだ。

「その男性にそう伝えたら、彼はすごく驚いた顔をしたんです。彼の反応を見て、この人は絶対痴漢はしないし、痴漢をしようなんて考えたこともない人だ、と確信しました。私はこの活動のおかげで、痴漢することを考えない男性がいるんだ、と初めて信じられたし、そういう男性がいるのがとても嬉しかった」

痴漢問題について考えるとき、どうしても男性と女性を対立させがちだ。しかし松永氏は、男性も痴漢の〈被害者〉だと主張する。

「痴漢の被害者は、痴漢行為を受けた女性だけではありません。痴漢冤罪に怯えている男性も、痴漢の被害者なんです。悪いのは男性ではなく、痴漢をする加害者です。痴漢抑止バッジをつけ、痴漢の被害者がいなくなれば、加害者もいなくなる。つまり、痴漢冤罪の被害も起きなくなる。痴漢抑止バッジは、みんなにとって必要なバッジなんです」

ただし、痴漢抑止バッジがただの缶バッジになってしまうシチュエーションももちろんある、と彼女は続けた。

例えば、夜道を歩いていたり、加害者の自宅に招かれた場合、痴漢抑止バッジは役に立たない、と松永氏は断言する。しかし、痴漢犯罪が圧倒的に多い電車や駅構内での痴漢行為が無くなれば、世の中の性犯罪や性暴力への意識全体が変わる、と彼女は信じている。

「嘘つきが泥棒のはじまりだったら、痴漢は性暴力の始まり、入り口です。痴漢抑止バッジが普及することで、痴漢くらい良いだろう、という意識が変わって、痴漢も絶対に許されない社会になれば、世の中全体が変わると私は信じています」.

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