OKINAWA2015

3.16.16

沖縄戦の孤児 ひとり戦場をさまよった神谷洋子さん(当時7歳)の証言

「しばらく行くと川がありました。みんな水が欲しくて集まってきたんでしょう。何十名何百名という死体が浮いているんですよ。死体はみんな腐って膨れていました。水を飲みたい一心で這っていって何度も手で掬って飲みましたが、水には腐れた血が混ざっていました。それでも蛆だけよけて飲みました」

3.6.16

いまなお沖縄戦のトラウマに悩まされる老人たち 蟻塚先生の診察室からの報告

眠れない。死体の匂いがする。死んだ人の顔が見える。足の裏が熱い。寝ていると体を触られた感じがする。戦争の記憶が70年以上たった現在も沖縄のお年寄りの多くを苦しめている。生き残った自分を責め続けている人もいる。これで平和になったと言えるのか。どうしたら忌まわしい記憶から解放されるのか。沖縄と福島でトラウマ治療に取り組んでいる蟻塚亮二医師に話を聞いた。

1.21.16

反基地非暴力闘争の発火点 伊江島の親子反戦地主 平安山良有さんと良尚さんの証言

米軍基地への土地提供を拒み契約を拒否する地主がいる。「反戦地主」と呼ばれる人たちだ。1955年の米軍の接収に抗った伊江島の反戦地主たちの非暴力の闘いは、やがて沖縄全島の人々を奮い立たせ、島ぐるみ闘争へと発展した。沖縄戦と土地闘争の生き証人であり、現在も反戦地主として闘い続ける平安山良有さんと、息子で反戦地主の良尚さんにインタビューした。

12.17.15

OKINAWA 2015 - EPISODE 7 ここに在る戦場

6月23日の慰霊の日が近づくと鬱状態になる人がいる。花火や米軍機の騒音がフラッシュバック(記憶の再体験)の引き金となることもある。

12.9.15

OKINAWA 2015 語り継ぐ者 兼城賢清さんの証言(完全版)

「若い人は、戦争に反対する大人になってほしいです」

11.10.15

OKINAWA 2015 死線を泳いだ少女 平良啓子さんの証言(完全版)

「記録によると午後10時12分、ボーンと音がして、目が覚めたときにはもう体が水に浮いていました」

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10.5.15

OKINAWA 2015 - EPISODE 6 戦場から遠い場所

10代の中高生と80代の夜間中学生たちの学びの場。

9.21.15

OKINAWA 2015 EPISODE 5 戦い続ける者

周囲約22キロのこの小さな島を舞台とした非暴力の土地返還闘争は、いまなお継続中だ。

9.15.15

OKINAWA 2015 - EPISODE 4 語り継ぐ者

語り継がれる言葉を手がかりに、語り継がれなかった多くの言葉にも思いを馳せながら、未来を模索しようとする人たちがいる。

9.5.15

OKINAWA 2015 - EPISODE 3 死線を泳いだ少女

1944年8月21日、800余名の学童を含む約1,800人を乗せて那覇港を発った学童疎開船対馬丸は、翌22日夜、鹿児島県悪石島付近で米潜水艦が放った魚雷により撃沈された。

9.4.15

OKINAWA 2015 遺骨を掘り続ける男 国吉勇さんの話(完全版)

「遺骨も返してあげられた。壕のなかにも案内できた。そういうのが最高ですね」

8.28.15

OKINAWA 2015 - EPISODE 2 遺骨を掘り続ける男

約60年間、日曜と雨の日を除いたほぼ毎日。

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