新たなストリートアート サインペイントが変える街の風景

Highlands Wine Market

2011年9月。ケンタッキー州、ルイビル、ハイランド周辺。カービー・スタッフォードとの共同制作。

街の風景。ビルや建物、道路、植物などあらゆるもので構成されるこの景色は、目まぐるしく建物が入れ替わる東京においても、変化さえ気づかない無色透明な背景として認識されていく。今や、みんな大好き、スマホの魔の手によって、色を失いつつある街の風景に、彩りを取り戻すことができるものとは?

地域性を無視し、各々が各々の都合だけで形作られる建築物とは異なる、その場所でこそより映える、その地域でしか実現できないビジュアル的刺激が、街に必要なことも確かだろう。その一端を担うのがストリートアート。グラフィティなどがその代表例として持てはやされてきたなかで、アメリカではサインペイントという文化が、新たにその一躍を担っているという。
日本でも2016年、3月1日より渋谷のパルコ1の巨大な壁面に、またひとつ新たなアートが描かれる。手がけるのは、アメリカはケンタッキー州ルイビル在住の、ブライアン・パトリック・トッド。アメリカ式の古風なレタリングやタイポグラフィを得意とし、その地域性を強く意識した作風が特徴のアーティストに、ストリートアートの可能性、今回の企画を先導するスミノフの世界的アートプロジェクトについて聞いてみたい。

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Everybody Matters

ソウジャーン・ビジュアル・アーツ主催の「We Made This for You(あなたのために作りました)」というテーマのグループ展への出展作品。このショーは、アートに触れる機会がない人々や団体へ、アートをプレゼントするためのイベント。この作品は虐待を受けたり、親に捨てられてたり、なおざりにされている子供たちを助ける非営利団体ボーイズ・アンド・ガールズ・ヘブンに寄付された。

あなたが定義するストリートアートとは?

人々が長い間見てきたもの、例えば自分の暮らす街や仕事場にある建物の外壁だったり、そういったごく自然で当たり前になっている環境をアーティストやデザイナーがより良く、ポジティブな方向へリシェイプしていくこと。多くの場合、それがストリートアートだと思っているよ。

ストリートアートと聞くとグラフィティ、いわゆるイリーガルなスプレー缶アートを思い起こす人も多いと思います。あなたが表現するサインペイントとの違いはなんですか?

グラフィティもサインペイントもストリートアートなんだけど、それぞれ果たすべき目的が違う。グラフィティの特性はどちらかというと、その時間の短さにある。描くのもクイックでなければいけなし、作品自体も短命で終わることが多い。特に許可なしでやるときはね。
一方、サインペイントは、例えばミューラル(建物などの壁に描かれた大きな作品のこと)なんかは何年もそこに生き続けることができるんだよ。
あとは当然、明らかに見た目が違うし、それぞれの作品に対する人々の見方も違うだろうね。でも、それはどちらとも美しくて素晴らしい自己表現の形だと思う。

あなたの作品はアメリカンクラシックなスタイルをルーツとしていますよね。

そうだね。僕の作品の多くはレタリングとタイポグラフィーによるものなんだけど、それらはコンピューターやフォントが存在する前の時代にできた普遍的でクラッシックなスタイルなんだ。レターの斜めのラインや美しい曲線など、技法やデザインの面でも今の時代では失われつつあるものに惹かれたんだ。生活ももっとシンプルだったこの時代のものを、今に蘇らせて巨大なキャンバスにステートメントを描くことが大好きなんだよ。もちろんビジネスで描くこともあるけど、どんな作品にも自分の気持ちを込めている。

特に影響を受けたアーティストや時代背景などはありますか?

今回一緒に日本に来て、共にミューラルを描くカービー・スタッフォードは30年以上、サインペインターとして活躍している。彼の父親もサインペインターで、父親から受け継いだペイント用の筆を今も使っているんだ。彼と5年間共にする中で、素晴らしい経験をし、多くを学んだよ。職人や職人技術は今でこそ専門的で希少な存在だけど、それこそ昔はよくある職業の1つだった。今ではそれらが、失われた芸術作品のように扱われているんだから、興味深いよね。
それと、僕の住んでる地域にはガスト・サインと呼ばれている、レンガばりの建物に描かれた1800年代、1900年代の大きなサインが今でも残っていて、その時代背景やその頃の商売とかを想像したりしてインスピレーションを受けているよ。
40年代や50年代のサインを見るだけでも、当時のアメリカの経済状況を感じさせるし、そのサインを頼りに建物を目指す人たちのことまでも考えたりするんだ。そういうものが、僕と僕の作品にとっては大きな影響を与えてくれる。日本でもきっと同じような影響を受けるんだろうね。

アーティストとして活動する以前はどんな仕事をしていたのですか?

20代前半から後半までグラフィックデザインの仕事をしていたんだけど、徐々にレタリングやタイポグラフィーに対するパッションが湧いてきて、雑誌の仕事やフリーランスで受けた仕事を通してさらにのめり込んでいったんだ。それで、最終的にはミューラルやストリートアートを描くまでになった。
コンピューターから離れて、より身近で人との直接的な対話があるコミュニティーに寄り添うようなアートになっていったと言えるし、その方が僕自身が楽しいんだ。

このようなサインアートを、アメリカではどのように受け入れられているのですか?また、2010年くらいから、こういったレトロなスタイルが流行していると感じるのですが、それは何故だと思いますか?

これらのサインは、コンピューターでデザインして単純に貼り付けられたものとは対極的で、昔ながらに時間と労力をかけて作られている。そういったものに人々はまた、新たな魅力を感じ始めているんじゃないかな。
アメリカや僕が訪れたことのあるヨーロッパの国々でも、サインペイントの文化が戻ってきているのは喜ばしいことだよ。
でも、ただの流行で終わってほしくはないね。グラフィティだろうがサインペイントだろうが、ストリートアートはそこを訪れる人も、そこに住んでいる人も、彼らの環境や気分を変えることができる。
今、アメリカでは、多くの人が新しいビジネスを始めたり、自分の情熱にしたがって、リスクをとってでも事業を始める人が増えている。彼らの店の外観がどのように見られるのか、人々に受け入れられるのか、それはアメリカ各地に行けばわかるけど、そのコミュニティや近隣社会にとって良い影響を与えるというのが大切なんだ。
その点で、手間暇をかけた職人芸的な技術で表現されたサインペイントが人々に寄り添っている姿勢というのが、自分たちのサービスを表すのに合っていると感じる人が増えているんだと思う。簡単にコピーペーストしたモノでは彼らの情熱は表せないと思ったんじゃないのかな?
その店単体だけでなく、近隣社会全体を表す意味でもアートワークやサインペイントの持つ文化的価値に焦点が集まっているんだとも思うよ。
要するに、みんなハッピーなところに住みたいんだよね。

なぜそのような風潮になったのでしょう?

いい質問だね。まず、インターネットのおかげで世界中の情報が簡単に手に入れられるのが当たり前のようになったけど、それに飽きちゃったんじゃないかな。インターネットはアーティストやデザイナーにとって、様々なインスピレーションの源になってきたけれど、もっと違う、もっと良い何かを漠然と求めているというのはあると思う。
僕が聞いた日本についてのジョークで、日本人はアメリカ人の文化を何でも取り入れるけど、それをもっと良いものにしてしまう、というのがあった。例えば、リーバイスはアメリカの西部で1800年代にブルーデニムを最初に生み出したオリジネーターなわけだけど、日本のセルヴィッジデニムは、それをさらに徹底的に研究して、完璧なクオリティーとディテールを生み出すことで世界に知られている。
それに近い姿勢を今のアメリカの若い世代が持ち始めていて、サインペイントやインテリアなどにもこういったマインドが反映されているんじゃないかと思うんだ。クラシックなものに多少違ったテイストを、ポジティブな意味で足すことはあると思うけど、自分も含めて、そんな姿勢が理由になっている。

Falls City Lofts

ケンタッキー州ルイビルにある古いデパートを改修した、モダンな住居空間であるフォールズ・シティ・ロフトの壁画。2013年8月、カービー・スタッフォードとの共同制作。

3月1日から渋谷のパルコで始まる スミノフとのプロジェクトに は、インクルーシブ、すべてを内包するという スミノフのブランドコンセプトが前提にある と聞きました。あなたはこれを受け、今回どんな表現をしようと考えていますか ?

春は学校でも会社でも全てが始まる季節だよね。そんな、人々が期待を胸にする季節に、渋谷でこのプロジェクトができるのは、とても意味のあることだと思っているよ。
だから色々な人の変化やスタートをシェアして、僕の気持ちとみんなの気持ちが1つの作品になるということがインクルーシビティなんだと思う。
今回のアートワークには桜や、「Share Our Voice」という標語も描こうと思っているんだけど、日本という地域と溶け込むという意味で全部がそれを表している。
また、自分のアートワークだけでなく、みんなから集めた願い事をステッカーにして、僕の作品に加えて貼って行くつもりなんだ。他の人々の手も加わるんだけど、そういった仕事は今までしたことがないから、インクルーシブ、オープンという観点から見ると、日本が初の体験になるね。

アートを制作している最中に、通行人などに話しかけられたりするんですか?

もちろん。それこそ、この仕事の醍醐味の1つだよ。当然、限られた時間のなかでアートワークを完成させないといけないけど、その場所のコミュニティに触れることは大切だと思っている。足場から降りて、ペンキを継ぎ足したりするときなんかによく話しかけられるし、そういったコミュニケーションは大切にしているんだ。作品はそこに住む人の街に残り続けるわけだしね。その街を引き立たせるような作品になるべきだと思っているよ。だから、日本でもコメントや質問なんでもいいから話しかけて欲しいな!

これまでの経験で印象に残っているコミュニケーションを教えてください。

僕が初のミューラルに取り掛かっていたとき、その場所のすぐそばに小学校があったんだけど、そこに通う1人の生徒が僕とその作品に気づいて、学校の課題として僕のインタビューを録らせてほしいって頼まれたんだ。
それはとても印象に残っている。だって、自分のアートが幼い彼の興味を引いて、彼に何らかしらの影響を与えることができた、ってことでしょ。すごく感慨深いよ。僕も父親だし、子供のイマジネーションを膨らませるようなことができたことが嬉しいんだ。
彼は学校帰りに毎日経過を見に来て、インタビューするときは、自前のハシゴを持ってきていたよ。

Shelby Park Mural

2013年10月、ケンタッキー州ルイビルにあるシェルビーパーク周辺にて。カービー・スタッフォードとの共同制作

Butchertown Mural
ケンタッキー州ルイビルのブッチャータウンのミューラル。この作品はブッチャータウンの歴史的背景を踏まえつつ、この街が辿ってきた様々な変化をイメージしたもの。2014年10月、カービー・スタッフォードとの共同制作。サイズ:約5.5X3メートル 。
Louisville Forward
ルイビル市からの発注で、ルイビル・フォワード・イニシアティブのオフィス内の壁画をデザインし制作。ルイビル市のシンボルカラーを使って、複数の作品を創作し、このイニシアティブの精神を具体化した作品。また、彼らのスローガンである「生きる、働く、創造する、刷新する」をテーマに作品を展開。2015年3月、カービー・スタッフォードとの共同制作。
KFC Corporate Headquarters
ケンタッキー州ルイビルにあるケンタッキー・フライドチキンの本部オフィスからの依頼で、本部オフィス内に壁画をデザインした。KFCのアイコン的な要素や歴史を集約したテーマの作品。最終的なデザインには、KFCを象徴するレタリング、キャッチコピー、カーネル・サンダース本人のイメージもデザインに採用した。この作品が、世界中から訪れる人々や、ここで働く人たちを出迎えてくれる。2015年7月、カービー・スタッフォードとの共同制作。
Kosair-Marriott

ケンタッキー州ルイビルにあるコセア・チルドレンズ病院のミューラル。ダウンタウンにあるマリオットホテルとのパートナーシップにより制作。近々、コセアに住む子供や患者たちが手掛けたアートワークも対角線上にある壁に展示される。2015年11月、カービー・スタッフォードとの共同制作。サイズ:約9.5X7.6メートル。

今回、作品を描く渋谷にはどういったイメージを持っていますか?

日本へ行くこと自体が初めてだから、今、色々と調べているんだよ。渋谷は本当に色々ハプニングしている街なんだよね?
いつも作品を手掛ける前に、作品の置かれる場所や街、コミュニティーの様子を知るために周辺を歩き回ったりしているから、そういった体験も楽しみだよ。
そして、古き良き技法に忠実に、定規やスケッチを使いながら手作業でアートを完成させるサインペインティングというものを、日本という異文化に紹介できることは素晴らしいことだと思っているよ。

あなたの作品を実際に初めて目にする人たちへ伝えたいことがあれば教えて下さい。

僕は、40年代や50年代もそうだったように、そこに住む人々の生活を楽しくする、そして人と人との繋がりを生み出すようなユニークな作品作りを常に心がけているんだ。サイズもとても大きいし、そこに自分のステートメントやアート性を表現出来るのは素晴らしいことだと思っているよ。
今回、日本に行くことが本当に本当に楽しみで興奮しているんだけど、そんな気持ちを作品に表すことが、今回のプロジェクトのゴールの1つなんだ。この素晴らしい機会に恵まれたことを最大限生かしたいと思っている。
渋谷の街を引き立たせるような作品になるといいな。

Text By 遠山展行

Bryan Patrick Todd

アメリカ、ケンタッキー州ルイビル在中のアーティスト。上記のようなサインペインターとして活躍しながらも、雑誌『エスクワイア』のグラフィックデザインなども手掛ける。また2016年3月1日より、渋谷パルコの外壁を使い、ライブでアートワークを制作するために来日する。詳細は下記より。

Bryan Patrick Toddライブアートペインティング by SMRINOFF®
場所:渋谷パルコパート1 オルガン坂アートスペース
住所:東京都渋谷区宇田川町15-1
日時:2016年3月1日(火)から3月8日(火)