なぜ私は他人の咀嚼音がどうしても許せないのか

〈音嫌悪症候群〉を意味する〈ミソフォニア〉。ミソフォニア患者は、特定の音に不快、怒り、苛立ちを覚える。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP
7.7.19
なぜ私は他人の咀嚼音がどうしても許せないのか
Image: BlueSkyImage/Shutterstock

リンゴやニンジン、もしくは少しでも歯ごたえのある具が挟まれたサンドイッチなどを咀嚼する音ほど、私にとって耐えがたいものはない。想像しただけでも背筋が凍る。

そう感じるのは私だけではないようだ。私が同僚にざっと尋ねてみただけでも、多くの仲間が、咀嚼音を不快に感じていた。しかし、これは真性の疾患なのだろうか、それとも、ただの音の好みの話なのだろうか。

〈音嫌悪症候群〉を意味する〈ミソフォニア〉は、希少疾患だ。アムステルダムの〈学術医療センター(Academic Medical Center: AMC)〉によると、ミソフォニア患者は、特定の音に不快感、怒り、苛立ちを覚えるという。

AMCは、ミソフォニア患者が訴える音を「咀嚼音や激しい呼吸音など、通常は無害な音」と説明している。しかし、ここで〈無害〉という言葉が使われていることに、私はまったく納得がいかない。こちらがその典型的な音だ。

これ以上おぞましい音が他にあるだろうか?

Googleで検索してみれば、私の嫌悪感は珍しくも何ともないようだ。ネット上には、人間が発するおぞましい音に日々苦しむ人びとが経験やアドバイスを語り合う掲示板が、数えきれないほどある。

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しかし、それにも拘わらず、ミソフォニアが真性の精神疾患であり、人類誰しもが感じるただの苛立ちとは違う、という科学的合意には至っていない。2013年にはAMCの研究者がミソフォニアの診断基準を示したが、『精神障害の診断と統計マニュアル第5版(DSM-5)』でも、〈疾病及び関連保険問題の国際統計分類〉最新版(ICD-10)でも、ミソフォニアは解離性障害として認定されていない。

AMCを含め、ミソフォニアを重要視し実証研究に取り組んでいる研究機関は、世界でも少数だ。今回私は、AMC所属の精神科医で、現在ミソフォニアの原因、影響、治療法を研究しているアーヤン・シュローダー(Arjan Schröder)に、ミソフォニアについて教えを請うた。

シュローダーは、世界で初めてミソフォニアを説明した精神医学論文の執筆者、ダミアーン・デニース(Damiaan Denys)博士と共同研究を進めている。彼らのチームは、診断を簡素化するための問診票を公開している(後ほど紹介する)。

「われわれは、4年間この研究に取り組んできました。週2~3人が治療を求めにやってきます」とシュローダー。AMCを訪ねてくるのは、主に、ミソフォニアの症状が重く、どうにかしようという想いに突き動かされた人びとだ。

アムステルダムにあるAMCは、現在、ミソフォニア治療を提供する、オランダ、そしてヨーロッパで唯一の場所だ。また、ミソフォニアを疾患として認めている、世界でも数少ない機関のひとつである。

特定の音への嫌悪感については、誰もが理解できるだろう。ただ、シュローダーはこう説明する。「AMCの訪問者は、かなり症状が重く、明確に苦しんでいます。他人といっしょに食事をすることも、同じ部屋で眠ることも、仕事場に行くこともできません。ミソフォニアが彼らに与える影響は甚大なので、患者さんは、人が集まる場所を避けるようになる。そうなると、さらに重症化していきます」

AMCを訪れる患者の大半は、自らの苦しみを疾患として認めてもらえることに感謝するという。咳や爪切りの音、ハミガキの音、歯ごたえのあるものを噛む音、咀嚼音、ズルズルと音を立てて飲む音、呼吸音、鼻を鳴らす音、あくび、ガムを噛む音、笑い声、いびき、タイプ音、口笛…。そういった音が強い感情を呼び起こすとしたら、気が休まらないだろう。また、その原因についてはほとんど解明されていない。

「ミソフォニアは一般的に、13~14歳頃に発症します。精神疾患の大半が発症する時期です。親族で発症率が高い傾向があるので、遺伝的要素もあると考えられます。そしてミソフォニアは、ニュートラルな音と、嫌悪感が結びつく問題です」とシュローダー。「条件付けのプロセスなんです。何度も不快な状況に陥り、それを回避しようとしていると、悪化の一途をたどります」

ミソフォニアの原因は解明されていないものの、治療は可能だ。シュローダーによると、かなりエネルギーを要する治療だそうだ。「治療の内容は、認知行動療法士が使用するテクニックに基づいたグループセラピーです」とシュローダー。隔週1回のグループセッションで、患者たちは、ネガティブな感情と音とを切り離す方法を教わる。

「長きにわたるプロセスです。数ヶ月は治療を続ける必要があります」とシュローダー。長期間の治療が必要なのは、脳は常に再プログラムされ続けているからだ。長年にわたって強化されてきた習性を、完全に絶たなくてはならない。

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治療をさらに困難にしているのは、AMCで試している手段が、すべて新しく考案されたものということだ。シュローダーとデニースがミソフォニアの診断についての論文を発表するまで、ネット上では患者たちが積極的に自らの苦しみを吐露してきたが、ミソフォニアはあまり臨床研究の対象になってこなかった。研究者たちは主に、よく知られた他の精神疾患と比較して、ミソフォニアの分類を試みていただけだった。

著名な米国人神経科学者ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(Vilaynur Ramachandran)は、2013年の論文で、ミソフォニアを共感覚と比較した。しかし、シュローダーによると、ミソフォニアと共感覚との比較は不適切、もしくは少なくとも直接的な関連性はない可能性が高いという。ミソフォニアとは、特定の音がトリガーとなり引き起こされる感情であり、一般的な聴覚の問題ではない。シュローダーのチームは、ミソフォニアを、強迫性障害のひとつと位置づけ、研究を進めている。

デニースの研究グループは、現在、fMRIを使用して、ミソフォニア患者の脳のどの部位に特徴が現れるかを解明しようとしている。また、脳波検査を使った実験の準備や、行動療法の改良、ミソフォニアの重症度診断に使う問診票〈アムステルダム・ミソフォニア基準(Amsterdam Misophonia Scale: A-MISO-S)〉の更新も進めている。

ミソフォニアも他の精神疾患と同様、軽症から重症までレベルに幅がある。患者の大半は治療が必要なほどではなく、リンゴを食べている人に、私の耳元で食べないでと訴えたり、誰かがカバンからニンジンを取り出そうものならヘッドフォンを装着して対処している(筆者もそうだ)。しかし、ミソフォニアを引き起こすのは音だけではない。

「ミソフォニアは規範意識とも関連しています」とシュローダー。「大きな音を立ててモノを噛む人がいたら、『モノを食べるときには口を閉じるべきだ』、あるいは『もっと静かにキーボードを打つべきだ』など、行為の正しさの評価にもつながります。ミソフォニア患者の大多数に、少々厳格で、強迫神経症的な性格が認められます」

思い当たる節がある、または誰かが嫌な音を鳴らすと隠れたり逃げたりしてしまうという読者は、AMCに相談をすると良いだろう。AMCは、常により良い治療に向けて研究を進めている。ミソフォニアは世界的に認知度が上がりつつあるため、アムステルダムは遠すぎる、という方も、運がよければ近くに治療施設ができる可能性もある。

This article originally appeared on VICE US.