提示する身体 森山未來インタビュー

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提示する身体 森山未來インタビュー

『LOUIS VUITTON : DANCE WITH AI』にて、圧倒的なパフォーマンスを披露した森山未來。俳優として、数々の映画、舞台、ドラマで活躍してきた森山だが、近年ではダンス作品にも積極的に参加している。果たして彼は俳優なのかダンサーなのか。今を語る。
15.7.16

Photo courtesy of LOUIS VUITTON

2016年春、東京・紀尾井町にて開催されていた『Volez, Voguez, Voyagez – Louis Vuitton』(空へ、海へ、彼方へ─旅するルイ・ヴィトン)展。ガリエラ宮パリ市立モード美術館の館長オリヴィエ・サイヤールをキュレーターに迎え、創業者一族のアーカイブから、今日までのルイ・ヴィトンを築いた人々を通し、壮大な奇跡を辿る旅が繰り広げられていた。

その期間中の6月2日、同会場内において、「東京─パリ市文化交流イベント」として一夜限りで開催されたのが、『LOUIS VUITTON : DANCE WITH AI』。小説『世界から猫が消えたなら』の著者であり、『おおかみこどもの雨と雪』、『告白』などの映画を製作した川村元気が、「旅」をテーマに企画・構成を手がけ、俳優業だけでなくダンサーとしても高い評価を得る森山未來がパフォーマンスを披露。ダンス演出はPerfumeの振付などを行うコレオグラファーの MIKIKO 、映像演出はライゾマティクスリサーチの真鍋大度、そして「Perfume : World 2nd -Opening-」などの楽曲を提供している気鋭の音楽家 evala が音楽を担当。まさしく日本を代表するクリエイティブの最高峰がこの夜集結した。

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パフォーマンスのテーマは、「人間と AI が共演する、ミクロからマクロへの旅」。砂漠をイメージした大地に森山未來は静かに現れ、人類がこの世に生まれ、最初の一を踏み出し、歴史と共に進化してゆく様をダンスで表現。同時に人類が太古から描いてきた膨大な絵画が、深層学習(ディープ・ラーニング)技術で分析され、新しい姿となって次々とスクリーンに映し出された。その時の流れに沿って舞い続ける森山未來。美しく、しなやか、そして力強さも兼ね備え、圧倒的な緊張感の中、人類の歴史の“旅”を案内してくれた。

俳優として、数々の映画、舞台、ドラマで活躍してきた森山未來だが、近年ではダンス作品にも積極的に参加している。2013年には文化庁文化交流使として1年間イスラエルに滞在。海外での活動も増えている。森山未來は俳優なのかダンサーなのか。その答えは「どちらでもいいです」だった。その「どちら」にも向かい続ける森山未來は、今をどう生きているのか。何を考えているのか。

森山未來
1984年兵庫県生まれ。数々の舞台・映画・ドラマに出演する一方、近年ではダンス作品にも積極的に参加。文化庁文化交流使として13年秋より1年間イスラエルに滞在、インバル・ピント&アヴシャロム・ポラック ダンスカンパニーを拠点に活動。近作として、2016年3月「談ス」(スウェーデン、日本全国15都市で公演)や、4月にドイツはカールスルーエ・アート&メディアセンター(ZKM)にてソロパフォーマンス「Upload a New Mind to the Body」(イタリア、フランスでも公演)など。待機作として、8月に直島・ベネッセハウスミュージアムにて岡田利規×森山未來 「In a Silent Way」(『瀬戸内国際芸術祭 2016』に参加)。第10回 日本ダンスフォーラム賞 2015受賞。

Photo courtesy of LOUIS VUITTON

『LOUIS VUITTON : DANCE WITH AI』、拝見させていただきましたが、まさかあんなに贅沢な空間だとは思いませんでした。観客は限定50人くらい、目の前で森山さんが踊るという。

僕もほとんど知りませんでした(笑)。身体を使って仕事をする機会があるならば是非という気持ちで、ポンっと乗ったんですが、まさか高円宮妃殿下が御来賓するとは直前まで知りませんでした。パリ市長も。舛添都知事もいらっしゃる予定だったんですが、諸事情により副都知事がいらっしゃいました。

はい(笑)。どれくらい前からこのプロジェクトは進んでいたのですか?

話が来たのは1ヶ月前とか…

え?そんなに急な話だったんですか?

はい。前日くらいまで映像は完成していませんでしたし、映像演出をされた真鍋大度さんと会ってから一週間弱といったところです。僕自身が東京にいませんでしたし、ダンス演出のMIKIKOさんもお忙しくて、なかなか集まれなかったんですね。事前にスカイプ・ミーティングはしていましたが、それぞれが取りかかれたのはおよそ10日前。そこからMIKIKOさんと振り合わせしたり、コンセプトに基づいた映像を制作し始めたり、音楽に関してもそこからスタートで、かなりの突貫工事でした。

では、今回の森山さんのパフォーマンスには、即興的なパートも入っているんですか?

そうですね。最初は、どんな動きができるか、何を取り入れるのか、どのように始まって、どのように終わるのか、映像との兼ね合いも考えながら、まずはざっくりとMIKIKOさんと決めました。曲がボレロだったんですが、ボレロにはミニマルミュージック的な側面があるので、とにかくずっと繰り返していくんですね。18回か19回、基本は繰り返し。それをわかりやすく区切り、「ここではこのカタチ、こっちではこのカタチ」って構築しました。厳密にカタチとして決まっているパートもあれば、「ディティールはお願いします」と任されたパートもあるんです。

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「人間とAIがダンスで競演する“もうひとつの世界”への旅」が、パフォーマンスのテーマでしたが、具体的なイメージはありました?

僕が最初に提案したのは、『パワーズ・オブ・テン(Powers of Ten)』っていう映像です。ピクニックをしている家族たちを、真上からとらえてガーッと上空に上がっていく…70年代くらいの映像ですよね。銀河系もどんどん飛び越えて、ビッグバンとか、宇宙を外から見るくらいのスケールから、また戻っていって、皮膚に入って、どんどん人間の身体の核へと入っていく。「そんなパフォーマンスにすればいいんじゃないの?」って。あと、ルイヴィトンのモノグラムをどういう風に取り入れるか。モノグラム自体も日本の家紋にインスパイアされている、という話も聞いていましたし、もしそうであれば、それはいわゆる自分たちの家元…アイデンティティを示すものだから、それを『パワーズ・オブ・テン』に繋げては、と考えてもいました。宇宙を俯瞰して見る映像と、細胞のどんどん奥底に入っていく映像。どちらもすごく似たような視覚感があるんです。今までも似たことを考えていたんですが、それをルイヴィトンに繋げるのであれば、踊っている自分自身をマクロに引いて見た時に映る無数の星も、ミクロに入っていくと現れる細胞たちも、すべてLVのモノグラムとして認識することができる。そんなイメージはありました。ただ、時間も足りなかったので、実行はできませんでしたが。

映像に関しても、かなり細かく考えていたんですね。

以前からプロジェクションマッピングのあり方もずっと考えていたんです。いつも見ていて感じたのは、生身の人間がパフォーマンスでプロジェクションマッピングに関わると、とても人間が無機質になる。連携すればするほど、人間が映像に合わせて動かなきゃいけない。

はい。

人間の有機性、オーガニズムがなくなってしまうのが、前からずっと気になっていました。そこを突破できないのか? 今回も真鍋さんのライゾマティクス・リサーチとできるなら、まさしくそれはやらなきゃいけないんじゃないか、と考えていましたし。

Photo courtesy of LOUIS VUITTON

オーガニズムとは、肉体のパフォーマンスということでしょうか?

肉体ってことももちろんあるんですけど、そこだけに拘らず、その人自身ですよね。その人自身がそこにいる理由や、そこにいる強さがしっかり伝わればいいと思います。いろんな技術と交流があったとしても、上手に関わらないといけない。テクノロジーが前に出るだけでは、「人間がテクノロジーを利用する」意義が薄れていくような気がするんです。上手な付き合い方は必要ですね。

森山さんは、テクノロジーと上手くお付き合いされてます?

難しいですよね(笑)。僕らの世代は、例えば音楽だったら、レコードだったり、CDだったり、カセットテープだったり、色んなソフト形態と付き合ってきたじゃないですか? でも今だったらデータが普通で、レコードなんかに触れる必要はないわけです。もちろん、意図的に触れたい人はいるでしょう。でも、何が正しいか、なんてことではないですよね。商品としての音楽だって最初は楽譜だったわけですし。

ええ。

重要なのは、無自覚的であろうと、自覚的であろうと、テクノロジーに触れる側の人が、どうそれを享受しているかです。それに対して僕としては、様々なテクノロジーを享受し、作品中で同化しつつ、最終的に自分の存在意義を保つ。そして、それがお客さんに伝わるよう表現し、僕という個を信じてもらわなければいけない。そういうイメージはありますね。

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森山さんはご自身のことを「俳優」、「ダンサー」、どちらだと思っていますか?

どちらでもいいんです。

先に始められたのはダンスですよね?

はい。

どうしてダンスを始められたんですか?

おそらく、今でいったら多動症みたいに片付けられたんでしょうけど(笑)、とにかく落ち着きのない子供で、そのエネルギーをどこで発散させようかと親も悩んでいたようです。姉がダンスを始めたこともあり、僕もそこに突っ込まれました。マイケル・ジャクソンに憧れていましたから。家族みんなが好きだったんですよ。88年、89年頃なんですけど、ちょうどマイケル・ジャクソンが来日したタイミングで、彼のライブを家族全員で観に行った時。そこから始まっているんです。

Photo by Asaf Ashkenazy

マイケルを経て、そして現在は『コンテンポラリーダンス』の世界へ。どのようにしてここまで辿り着いたのでしょう。

もちろん最初は『コンテンポラリーダンス』なんて存在も知りませんでした。10代の頃は、バレエ、ジャズ、タップ、ストリートとか、様々なジャンルを経験しましたが、芝居の仕事を始めると、踊れる時間が少なくなってしまった。そうすると、身体をキープするのが難しくなるけれど、パフォーマンスは向上させたい。でも、ダンスに費やせる時間は少ない。20代前半は、どう踊ればいいのかわからなくなってしまったんですね。でも、そんななかで『コンテンポラリーダンス』に出会いまして、それまであった、ジャンルへの拘りがなくなりました。自分自身が表現しうる身体を、ジャンルを問わず模索してもいいのではないか、と気付いたんです。それからは、踊りに関わるのが楽になっていきましたし、関わる意図が明確にもなりました。

でも抽象的であればあるほど、オリジナリティーが必要になってきますよね。それをご自身で創ると?

そうですね。でも色んな人と関わることで、自分の身体が変化していくのは自然なことですし、そうやって関われば関わるほど、自分自身に求める身体が明確になったりもする。だから、人からの影響で変化するのに抵抗したくないのと同時に、自分のなかの純粋性をちゃんと信じる。そのバランスは失いたくありません。

その踊りのイメージは、頭の中で生まれるものなのですか? それとも身体が先に動くんですか。

どちらも必要ですね。本当に踊りたかったり、表現したいときに現れる身体は理屈ではなく、パッ、と閃いた瞬間に生まれる本能的な動作ですから、そこに対してどれくらいオープンでいられるか、それは大事です。ただ、身体そのものだけだと、すごく抽象性が高くなりがちなんです。言葉は説明するためのツールだし、音楽もそういう風に開発されてきている。五線譜や、音符を用いるなどしてみんなが共有しやすいように作られている部分もある。ダンスもそうで、例えばバレエとかストリートダンスは、日本人にも認知度が高い。そういったジャンルは、受け手自身が何を見てるかちゃんと理解できるから安心できる。だけど明確なスタイルの無いコンテンポラリーは抽象性が高くなるから、ダンスをどう捉えるか、お客さんとどういう風に繋がるか? そんなことが必然的に起こってしまうわけです。例えば圧倒的なテクニックで魅せるものであったり、ダンスパフォーマンスなのに身体がまったく動かないコンセプチュアルなものであったり。そういう身体はどのように生まれ、どこにあるのか、そういったコンテクストを絡めて提示できればパフォーマンスは成立するかもしれない。これらはなぜ起こっているのか、その部分をお客さんと一緒に想像したいんです。

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お客さんのお話も出ましたが、パフォーマンス中に客席と繋がっているのを実感する瞬間はあるのでしょうか?

う〜ん…単に繋がっている感覚なら色々あります。盛り上がったり、笑いが起きたり。でもそれがすべてではありません。何をどう感じて帰ってもらうかは、本当に人それぞれでしょう。ダンスに限らず、すべてのパフォーマンスにおいてそうなんですけど、自分が100を提示しても、相手が全部持ち帰るなんて、もちろんありえない。100人が受け止めれば、100通りのストーリーが絶対に流れています。僕の提示したものが、みなさんのストーリーのどこに引っ掛かるのか、それだけなんです。人によってはスルーしちゃうかもしれないし、人によってはすごく琴線に触れるかも知れない。それがどこかはわからないけれど、それを信じて提示はしています。もちろん、全員で共有する圧倒的なエネルギーというものもそれはそれで凄く大事ですが、それとはまた違うところに通じるものがあるはずなんです。違う門扉を開く。そういうイメージはありますね。

Photo by Yoav Barel

2013年に滞在していたイスラエルでは「インバル・ピント&アブシャロム・ポラックカンパニー」を拠点に活動していたのですか?

基本はそうですね。僕が滞在していたときのシーズン中の作品には全公演、出演させてもらいました。でも一年中忙しい訳ではないので、空いているときはヨーロッパ方面に出かけ、色々な交流を図っていました。

交流使ってことは、日本の文化も伝えなくてはならなかったのですか?

そうですね。まあ、遣唐使みたいな(笑)。例えば僕が交流使のときには、他に日本の伝統芸能に携わる方々もいて、どこかでレクチャーをする、ワークショップをする、といった形で日本文化を紹介されていたんですが、僕は、現地のクリエイターたちと作品を創り、最終的にそれを結果報告として文化庁に提示しました。僕は日本人で、当然、他の国の人と全然違うアイデンティティや文化を持っています。そんな日本人がイスラエルのカンパニーにいるだけで、波長も変わるし、作品の色も変わるんです。「やっぱり日本人なんだな、俺は」って強く確信しました。それだけを信じて文化交流使を務めていたのかも知れませんね。わかりやすく「ジャパニーズ・カルチャー」というものを紹介することは僕にはできませんから。だから、意識的に自覚するようにしていました。

イスラエルで活動してパフォーマンスの技術、体力の面で何か変化はありましたか? 日本で活動するより、そういった面での向上はありましたか?

ありましたね。単純に1年間ずっと踊り続けていたので、それはわかりやすく。でも、それよりも、カンパニーのダンススタイルに明確な形があるわけではなかったので、技術とか知識にがんじがらめにならない発想だったり、生き方、マインドを広げられたのが僕のなかでは成果でした。

ええ。

日本ってジャンル分けがすごく好きですし、すべての人たちを括りたがる。「民主主義だ」っていっても、日本のような島国で真の民主主義を謳うのはどうしても難しい。お互いに個人というものを認め合うには血が濃すぎる。そんな風に感じることがあります。だからこそ「阿吽」みたいな文化が育ったんでしょうけど、「阿吽」っていうものを信じすぎることで危険になる場合もある。「右向け、右」的な思想が、日本にはどうしても根底にある気がしています。だから、新しい何かを好きにやろうとするなら、いい意味でネジが飛んでる人間か、相当な勇気で怪我するリスクを負える人間でないと、飛び出せないと思うんです。でもヨーロッパやイスラエルは、一度更地になっている国なんです。いろんな民族の血が混ざりましたし、様々な文化も行き交っている。そこには個というものを、お互いが認め合わなければならないという考え方が基本にあると思うんです。

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はい。

それらは表現の世界にどう反映されているか、と考えたら、みんなが表現することをすごく謳歌しているような気がしたんです。例えば、作品を観終わったあとに、創り手と「面白かった」「面白くなかった」とか普通に会話する。創り手は「参考になる意見をありがとう」という。でも最終的には「僕は自分自身でパフォーマンスを楽しんだから、それが一番大事なんだ」って結論づける。その空気が僕にとっても一番大事だとわかったんです。それで、これまで持っていた、自分自身から作品を提示することの恐れみたいなものは薄らぎました。日本の伝統的な文化を否定するつもりはないけれども、どこかで、表現する環境、考え方みたいなものをすごくタイトにしてるような印象があります。もちろん、日本の伝統が美しいものを生み出しているのは事実だけれども、それとは別に、もっともっと、みんなが自由な表現を謳歌できるような雰囲気があってもいいんじゃないかな、とも思いました。そのメンタリティーを自分が少しでも獲得できた実感が今はあります。

Photo by Rotem Mizrahi

帰国されてからの日本はいかがですか?

現実的に1年間自分がいなかったのが、すごく良い方に作用している気がします。なんか1度足跡が無くなったことで、自分がどこから歩いてもいいんだっていう空気が増したような気がするんですよね。前から根無し草的に生きていたフシもあるんですけど、それがさらに楽になった。ここから逆に、絞っていかなきゃいけないのかな、もうちょっとやりたいことに沿った表現をするべきかな、なんて思い始めたりもしています。

俳優さんのお仕事に関してはいかがですか?こちらにも変化があったり。

テクニカルなこととか、メソッド的な面でいうと、バランスを取るのがなかなか難しいです。日本の舞台、芸能というのは全体的に、能などの祭祀的表現から始まっているように思うんです。役者の心構えやメンタリティーなども、そこから繋がってきているような気がしています。舞台上で役になりきる、それこそダンサーも「顔」を消す。能面なのではないでしょうか。役者に関してもそう。顔の表情が豊か、豊かじゃない、といった話ではなく、自分自身は不在で何かしらがそこにいる…。それをお客さんも観ているし、演じる側も意識している。でも、欧米では役者が「まんま」なんですよ。ダンスパフォーマンスを観ても、顔の在り方が全然違う。

その人の素が出ているということですか?

そこまで限定するのも難しいんですが、明らかに違いますね。今はっきりと説明はできませんが、とても興味深い。僕自身、そこを意識することもあります。

その手応えはあります?

いやあ、難しいですね。さっきのテクノロジーの話にも通じるんですけど、いわゆるそこから発っせられるセリフや身体や歌など、それぞれの技術と、自分自身がどうそこに存在しているかは別なんですよね。テクニックももちろん大事だし、あればあるほど説得力もあるし、力強くはなるんです。でもそれとはまた別に、自分自身が存在している強さは他にある。それを自分のなかでどう提示するか、どう信じるのか、それがどう伝わるのか、そのバランスなはずなんです。だから演劇の世界などでもいわれる、老人と子供と動物には勝てない、みたいな(笑)。

はい(笑)。

テクニックなんかないし、そういう次元じゃない。無意識というか、いわゆる存在だけで魅せられてしまう。そこにはどうにも太刀打ちできない。逆にそういうものを扱う作品が卑怯といわれたりさえするんですよね。そこにあるのはその人の「生活」のみなのかなとも考えます。

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色々考えて、試して、模索されているようですが、そこに向かっているご自身をどう思いますか? 楽しいですか?

はい。楽しいですよ。いろんなことを体験させてもらっていますし。この前は、東京藝大で講演みたいなものをさせてもらいました。

学生さん相手ですか?

はい。東京都現代美術館のキュレーターの方にちょっと呼んでもらったんですけど、彼女が主催するゼミの学生たちも、出自は様々で、もちろん、アート系のキュレーションを目指している学生もいれば、自分で作品を創っている学生もいたり。そういうところに関わるのも面白いし、中には言語学を勉強している学生が、何故かそのゼミにいたりして、そういうみなさんと交流すると、全然違う文脈から何かが語られたりして、そこから自分が語れることを見つけるっていうのは、非常に面白かったりしますよね。

でも会話って何気に難しくないですか?

それはお互いがどういうセンスで会話するか、ってことでしょう。いわゆる向こうの土俵に入るかどうかは、専門用語がわかっていればいいわけではありません。根源的にあなたは何を求めてるのか、何を知ろうとしてるのか、何に魅力を感じるのか、そんなことが重要です。それが共有できれば、話はいくらでもできる。できなきゃ嘘です。そんなセンスを持つのが重要なんじゃないですかね。「言語学者なのでわかんないですよ」「芸術なんてわかんないですよ」ってメンタルでいるのは勿体無いし、いわゆる誤解にも繋がってしまうでしょう。踊るために踊りだけ勉強しても、それでは全く面白くならないはずです。いろんな人間とコミュニケーションすれば、自分のなかで何かが芽生えるだろうし、見えてくるものもある。そういうものを、もっともっと増やしたいんです。

陳腐な表現で申し訳ありませんが、輝いてらっしゃいますね。

自分を限定しない、しばらくはそんな時間を謳歌してもいいかな。もっともっと広げることも、広げられることもあるだろうから、そこにもうちょっと注視してみたいんです。そういう意味では大学に通ってみたいんです。

そうなんですか!

大学ってある種一番無差別な状況じゃないですか?いろんな勉強をしている人たちがいて、交流する場がそこにはある。会話をすることで、どんどんお互いを交換できる。そういう場所に自分を置けば、相互作用がもっと生まれるんじゃないかな、と想像しています。その期待感があって、大学で勉強してみたい、という願望があります。

やりたいことはいっぱいですね。

う〜ん。きっとひとつなんですけど、それに対して、どこから手を付けたらいいのか? それを考えるべきか? それとも考えずにとにかく進んで自ずと辿り着くのか? それを考えているんです(笑)。