失われた〈週末〉を求めて
Illustration by Cathryn Virginia 

失われた〈週末〉を求めて

こんなに金曜夜が楽しみじゃないことなんてあっただろうか? 外出自粛の世の中で、〈終わりなき今〉に閉じ込められた私たちは、伸縮する時間とどう付き合うべきか。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP

1962年、フランス人地質学者のミシェル・シフルは深さ120メートル以上の地下洞穴に潜り、2ヶ月そこに滞在した。彼は時計など、時間を示す機器を一切洞穴に持ち込まなかった。「時間を越える」生活を体験するためだ。

そうして彼が明らかにしたのは、時間を示す外部の指標がなければ、人間は日にち、時間、分数といった時間の感覚を失くしてしまうことだった。彼が洞穴に潜ったのは7月16日。もともと9月14日に地上に出る予定だったが、当日になって彼のチームが本人にそれを知らせたところ、シフルの感覚ではまだ8月20日だった。「あと1ヶ月、洞穴の中で過ごすものだと思ってました。私の心理的時間は、2分の1の速度で進んでいたんです」とシフルは2008年のインタビューで語っている。

私たちは現在、シフルのように日光も差し込まない洞穴で、暗闇のなか生活しているわけではないし、携帯や時計を奪われてもいない。しかし、みんなでソーシャルディスタンシングを実践し、世界が急停止したような状態の今、時間という概念がその意味を失いつつあることを、多くのひとが感じていることだろう。月曜、土曜、水曜、午前10時、午後4時、午前0時… 今が何曜日の何時だ、ときちんと把握しているひとなどいないのかもしれない。たとえば4月4日、米国の人気コメディアン、スティーブン・コルベアは、「この2週間は奇妙な10年だった」というツイートをし、とあるケーブルテレビの報道チャンネルでは〈今日は何曜?〉という、大仰に曜日を発表するだけのコーナーを始めた。その日が火曜なら、キャスターがこう言ってくれる。「〈火曜〉と答えたみなさん、正解です」

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Today is Tuesday segment

What Day Is It? with Todd Meany. Facebook.

この状況はまさに、2018年のインタビューでシフルが述べていたとおりだ。「脳が時間を認識しなくなるのは、そこに〈時間〉がないからです。起こったことを書き留めておかないと、すぐに忘れてしまう」

とはいえまず、家にこもり、時間の経過の感覚がなくなってきていると感じていること自体が、ひとつの特権だという事実は忘れてはいけない。社会にとって必要不可欠な働き手たちの多くは、今も時間に縛られながら暮らしているし、新型コロナの感染者に溢れたパンク寸前の病院で長時間働く医療従事者たちは、別の意味で時間の感覚を失っている。しかしそうではない私たちの時間の感覚に、何か奇妙なことが起きているのは確かだ。

ニュースが次々と流れ込み、私たちは絶えず不安やストレスに襲われている。さらに、周りの環境や活動にも変化がない。そんななかで、時間が伸びたりねじれたりしているために、いつもより長く感じられるのかもしれない。今は、新型コロナ禍がいつ終息するのかも、この先の世界がどうなってしまうのかも、まったくわからない状態だ。外出禁止期間はどんどん延びていき、まるで私たちは〈終わりなき今〉に閉じ込められているかのようだ。

そんな状況のなかで、9時5時で働く労働者たちが日頃どれほど時計に盲従しているかということ、そして今、自分たちが〈価値がある〉と思える日々の過ごし方の構築を強いられていることがみえてくる。それはジョークや笑えるミームのネタとなると同時に、もっと重要な意味を包含している。ある研究によると、時間への意識、認知は、私たちの意思決定や未来の捉え方にも影響を及ぼすそうだ。このまま時間の意味を完全に喪失させることもできるが、ここではそもそもなぜ今、時間が伸縮して感じられるのか、そして、いつもの時間感覚を取り戻す方法、金曜日のあのワクワク感を思い出す方法を紹介しよう。

私たちと時間との関係性は、ライフスタイルや文化的観点により決定される。国際時間学会(International Society for the Study of Time)の創立者、J.T.フレイザーは、このような記述を残している。「時間についてどう思うか教えてくれれば、私は君のことがわかる」。きっと、今の私たちの時間の捉え方からは、私たちが途方に暮れていること、混乱していることがわかるだろう。

その原因は、日々の生活に起きたいくつかの変化であり、それが私たちの時間の経験の仕方を変えてしまった、と説明するのはカリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles: UCLA)の心理学者、ハル・ハーシュフィールドだ。彼は時間の認識と、ひとびとがとる選択との関連性を研究している。ひとつめの変化は、普段よりもいろんなことを気にするようになったこと。数週間がとてつもなく長く感じるのは、Twitterやネットニュース、テレビなどから大量の新情報を得ているからだ。

「私たちは、一定期間に起きた出来事の数で、時間の経過をざっくりと測っているんです」とハーシュフィールドはいう。「つまり、いつもと同じ期間に、あまりに多数の出来事が起これば、その期間は実際よりも長く感じるというわけです」

そのうえ、いつもと違う出来事の持続時間を長く感じる〈オッドボール効果〉というものもある。ダートマス大学(Dartmouth College)の心理学者、ピーター・ウルリック・ツェー教授とそのチームが、点滅するイメージを被験者に見せる実験を行なったさい、通常と違う点滅が現れると、被験者は他の点滅よりも長く続いた、と答えた。実際はすべて同じ時間表示されていたにもかかわらず、だ。

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恐怖をはじめとする感情も、時間経過の感覚を左右する。2011年、恐怖、悲しみを喚起する、もしくは感情を刺激しない様々な映画のシーンを学生に見せるという実験で、学生たちは恐怖を感じたときに映像の時間が他よりも長かったと答えた。2010年には、スタンフォード大学(Stanford University)の脳科学者デヴィッド・イーグルマンが、遊園地の15階ビルの高さから落ちるアトラクションに被験者を乗せるという実験を行なった。落下していた時間を聞かれた被験者は、実際の落下時間よりも長めに答える傾向にあった。

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Cheezburger.com

上記の通り、新しいニュースや新しい恐怖に晒されている私たちは実際よりも時間が経つのが遅く感じる。ただ、その他の部分に関しては、日常生活は日々変わりばえしない。前述のイーグルマンは、時間を長く感じさせる重要な要素は新奇性であることを明らかにする研究を行い、だからこそ幼年時代は長く感じ、歳をとるにつれて時間の流れが速くなる、とする説を唱えた。確かに歳をとると日々の暮らしはいつも同じになる。

今の生活におけるこの矛盾した状態こそが、私たちが時間を〈伸縮〉して感じる理由を説明してくれる。1日を長く感じる日があるのは、新しいニュースや恐怖が流れ込んでくる状態から脱け出せないからだ。しかし新しいひとに会うこともなく、同じような日々ばかりを繰り返していると、一瞬にして時間が流れる。そんなときは、何時間、あるいは何日もが渾然一体となってしまう。

パンデミックを経験する前のひとびとを被験者としてなされた過去の研究で、ハーシュフィールドは、現在の時間を長いものとして捉えるひとびとは将来設計にあまりモチベーションが高くないことを見い出した。

「このことから、もし時間が意味を失えば、私たちは永遠に続く今にいることになり、長期的な視点で物事を進めることがいっそう困難になります」とハーシュフィールドは指摘する。「時間自体が意味を失っているかは定かではありませんが、ひとびとがこの伸長する時間のなかで、どうすればいいのかわからなくなり、生きる意味を見失ってしまうことを私は憂慮しています」

社会心理学者のロバート・レヴィンは著書『Geography of Time』のなかで、都市における時間との関係性に、経済、気候、人口、そして文化が個人主義/集産主義どちらを目的としているかなど、あらゆる要因が関連していることを発見した。

アングロサクソン系ヨーロッパ人は、〈クロックタイム(時計時間)〉で生きている。つまり、私たちは何かの活動の始まりと終わりの時間を決めるために時刻を使っている。それと対比するのが、〈イベントタイム(出来事時間)〉だ。この場合、時刻以外の指標を使って出来事の始まりと終わりを定める。「出来事の始まりと終わりのタイミングは、互いの同意によって、参加者がちょうどいい時間だと『感じた』ときに決められる」とレヴィンは記している。

また、アングロサクソン系ヨーロッパ人は、「時間に追い立てられる感覚」に苦しめられている。それは「より短い時間でできる限りの結果を出さなくてはならないという強迫観念」だ。それについてレヴィンは「時折、手持ち無沙汰感、あるいは何もすることがない状態への恐怖を避けることが人生の第一目標として設定されているように見えることがある」と指摘している。

ドイツの〈Institute for Frontier Areas of Psychology and Mental Health〉の時間研究者、マーク・ウィットマンは、あまりに多くの要素が突然変化した、と語る。そして私たちの〈テンポ〉がかつての日常生活に深く染み込んでいたために、この変化が特に不快なものとして映るのだという。

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生産性や時間に追われる感覚がかなり強く根付く文化に生きる私たちは、生き方が突然イベントタイムへとシフトしたら戸惑うほかない。私たちがその変化を感じるのは、たとえばZoomを使った友人とのビデオ通話だろう。どこかへ行く用事も、帰宅する必要もないので、それらの理由でビデオ通話が終わることはない。ビデオ通話が終わるのは、互いが飽きたときだけだ。

「これまでは、時間を気にして規則正しく行動する意識が常にありました」とウィットマンは説明する。「たとえば今が朝9時だとして、10時からはミーティングだ、というように。でも現在は、〈いつも〉のスケジュールも、日々の生活のなかで時間の指標になるような出来事もなくなってしまった。毎日がだらだらと過ぎていくだけなんです」

HEC経営大学院(HEC Paris)のマーケティング学准教授、アンヌ=ロール・セリエは、クロックタイム/イベントタイムについての追跡調査を行い、イベントタイムで生きるひとびとのほうが自分たちの生活をコントロールしているという意識が強く、いっぽうクロックタイムで生きるひとびとは、世界を自分とはかけ離れたもの、より混乱した場所と感じていることを明らかにした。後者がなぜそう感じるかというと、クロックタイム社会において、出来事は人間の主体性や意思ではなく時間によって管理されており、しかもそれぞれの出来事が相関関係にないからだ。それぞれの出来事は、つながりなど考慮せずに順番を入れ替えたり、予定変更することが可能だ。

これまでの私の生活は、〈The Conversation〉の記事でセリエが説明していたクロックタイムの生活に酷似していた。「朝7時にアラームをセットして、7時半から8時に朝食を食べ、9時に職場に着く。正午まで働いて、1時間お昼休憩を挟んだら、午後6時まで働く。7時頃に帰宅して、8時には家族と揃って夕飯。11時にベッドに入り、8時間寝る」

しかし今の生活は、もっとイベントタイムに近い。「朝自然に目が覚めて、朝食を食べる。仕事を始められると思ったら朝食の時間は終わり。一度デスクに向かえば、空腹を感じるまで続ける。昼食は、そろそろ仕事に戻ろうと思うまでゆっくり食べる。そろそろ終わりにして明日のことは明日考えよう、と思ったら今日の分の仕事は終わり」

この暮らし方だと、時計という枷から抜け出て、スケジュールに自由度が増す。ただ、完全に時間の縛りをなくしてしまうと、私たちのメンタルヘルスにとって良い影響を及ぼすものすらも捨て去ることになってしまう。たとえば〈週末〉という概念だ。

オーストラリアン・カソリック大学(Australian Catholic University)の心理学教授リチャード・ライアンは、〈週末効果〉の存在を明らかにする研究を行なった。週末効果とはすなわち、土日にテンションが上がったり、元気になったり、身体的な不調が減るという現象だ。

「そこからわかるのは、多くのひとにとって、働いているあいだは自律性が低く、他人とのつながりも少なく感じるということです」とライアンは指摘する。「いっぽう、休日は好きなひととの交流ができ、彼らとポジティブな経験を共有できるんです」

人間は、自律性、不自由のない程度の生活レベル、他者とのつながりなどの基本的な心理的ニーズを満たすことに加え、自分が大切に思う活動、興味のある活動をする時間をもてたとき、より高いウェルビーイングを保てる傾向にある。ソーシャルディスタンシング中は、週末にアドバンテージはほぼない。「今日が金曜だろうが土曜だろうが火曜だろうが、どうでもいいんです」とライアン。「いずれにせよ私たちは外出できないし、好きな友人たちと共に過ごすこともできないんですから」

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では私たちは、どうやって曜日、週末、そしてそれらすべてを含む〈時間〉のポジティブな効果を取り戻すことができるのだろうか? そう、結局私たちにとって、曜日やルーティン、縛りは重要なのだということを、私たちは理解しつつある。「理論上は、『縛りも境界線も限界もない。朝9時にアイスクリームを食べたっていいし、朝10時にウイスキーを飲んだっていい。やりたいことをできるんだ』となりますが、その新奇性はすぐに薄れてしまうでしょう」とハーシュフィールドは語る。

自宅待機のあいだは外出することができない。映画館にも、レストランにも、サッカーの試合にも、美術館にも行けない。その場合、時間を無駄にせず、意義のある時を過ごしたいのなら、様々な異なる行動を詰め込むしかない。そうして、時間をいくつかのかたまりに分割するのだ。

ハーシュフィールドは、ルーティンにしっかり沿った生活を送ることも有効だという。小さな決まりごとを設定しておくことで、時間の区切りを定められる。ハーバード大学(Harvard University)の研究者、フランチェスカ・ジーノとマイク・ノートンは、日常に決まりごとを取り入れると、仕事と家でのアイデンティティをはっきり分けることができることを示す研究を発表した。たとえば、勤務が終わるとスクラブから私服に着替えるようにすることで、看護師はよりよいワークライフバランスがとれていると感じられるという。

決まりごとを取り入れることで、時間を分け、それと同時に自分のアイデンティティの異なる部分へと目を向けられる。もし曜日がわからなくなってしまったり、平日と休日の違いがなくなってしまったら、そうすることがセラピー的な効果を発揮する。「自分の行動が認知的なきっかけを生み、ギアを変える時間だ、ということを教えてくれるんです」とハーシュフィールドはいう。

私も先週、新しい決まりごとをつくった。まず、金曜夜になったら仕事用のノートパソコンを閉じ、私用のパソコンに切り替えることにした(どちらも同じMacBook Airなのだ)。そして仕事中は指輪をひとつ着け、5時半〜6時頃に外すことで、仕事の終わりを示す。今後は週末に関しても何か楽しい決まりごとをつくり、休む時間だということを自分に教えるようにするつもりだ。たとえば週末用の帽子をかぶったり、1日の始まりに〈週末ダンス〉を踊ったりしてもいいかもしれない。ジーノとノートンの研究では、こういったことに効果があるのか疑っているひとでも、実践してみれば意義を感じられるようだ。

時間が進みが遅く感じられる今、こういった対策が、一気に姿を変えた世界に対処し、かつての世界がどんなものだったかを思い出させてくれる一助となる。

「金曜の夕方5時も火曜の夜9時も変わらないなら、確かに金曜の特別感はありませんよね」とハーシュフィールドは語る。「しかし、このような思考では、生きる意味を失うことになってしまう。一定のリズムやルーティンを保つことで、少なくとも以前の生活とのつながりを残しておくことはできます」

This article originally appeared on VICE US.