英仏海峡トンネルを抜けることと、エクスタシー(MDMA)に共通することは何か? それは、イギリスが欧州連合 (EU) から離脱したことを指すブレグジット以来悪化しているということだ。MDMAについては特に顕著なデータが出ている。薬物検査慈善団体のThe Loopによると、2021年の夏にMDMAとして発売されたものの55%に薬物が一切含まれていなかったとされる。
2022年の夏は、3年ぶりとなる〈通常〉の夏と銘打たれ、フェスシーズンも復活することから、ニセMDMAの波が続くことが懸念されていた。しかしよどみきったヨーロッパ間薬物密輸業界の誰かが、ジェイコブ・リース=モグが逃したブレグジットのチャンスを見出したようだ。というのも予備データによれば、英国のMDMAマーケットは飛躍的な回復を果たしている。
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政府が出資している検査機関のTicTacはVICEの取材に対し、混入物質やニセの物質が確認されたのは検査対象サンプルのたった1%だった、と述べている。The Loopも、今夏のフェスシーズンを通して確認されたニセMDMAはこれまでの5分の1に減っているという。「今年確認されたニセのエクスタシーの量は、パンデミック前の水準まで戻っています」と語るのはThe Loopの代表、フィオナ・ミーシャムだ。彼女は英国内の複数のフェスにおける薬物検査の監督者であり、リバプール大学の犯罪学科長だ。彼女は、劣悪なサンプルは前年の「残り物」を販売したことに起因する可能性があると考えている。
「実に不思議な話であり、なぜ粗悪品が消えたのかはわかりません」とミーシャム。「英国にのみ見られる現象であり、昨年の残り物はなさそうです。ただ、フェスでは人々が以前よりも慎重に行動しているように思えます。また、今年の暑さも関係しているかもしれません。ただ、私たちのところに送られてきたMDMAのサンプルは比較的少なく、その代わり、ケタミンやマッシュルームが増えています。これらはMDMAよりも偽造しにくく、使用後に生じる影響も少ないです」
TicTacの代表、トレヴァー・シャインも、同施設に届いた数千のサンプルにおいて同じような粗悪品の減少が見られると語る。同施設は通常法執行機関から数千件のサンプルを収集しているが、今年は英国内の2つの大規模フェスにおいて薬物検査を行なった。彼らも「この数年でケタミンとマジックマッシュルームの量が着実に増加している」のを確認しているが、「それでもMDMAの量には及ばない」と語る。そのため、「以前よりMDMAの流通が減ったかどうかについては断言が難しい」とする。
錠剤も以前より含有量が減っているとミーシャムは述べる。「パンデミック前は、MDMAを300mg以上含む錠剤についての注意喚起を定期的に行なっていました。これは(80〜120mgという)推奨量の数倍にも及びます。このような超強力な錠剤は今でもありますが、私たちが確認するのは150〜180mg程度のものが増えていますね。もちろんそれでも高い含有量ですが、以前流通していたものに比べるとだいぶ少ないです」
MDMAは比較的安価に製造できる薬物だ。つまり、ニセモノをつくったり混合物を加えたりすると、逆に高くつくことが多かった。それが2021年、一気に変わった。The Loopが検査したサンプルの多くにMDMAが含まれておらず、代わりに大量のカチノンが含まれていたのだ。カチノンとは、MDMAと構造が非常に似ている薬物の一種で、MDMAのような効果をもたらすこともあるが、使用者によっては危険な場合もある。
「カチノンは通常、その性質や合法性が変更されます」と説明するのはThe Loopの研究主幹、ガイ・ジョーンズだ。「カチノンは一般的に、中国やインドなど巨大な化学業界を有している国で合法的に製造され、犯罪組織によりヨーロッパに輸入されるんです」
ジョーンズによれば、カチノンはMDMAの効果を正確に再現することはできない。「合法であること、そして結晶状のMDMAと基本的に見た目が同じであることから、サプライチェーンに行き着きます」
「私たちが確認した薬物のなかには、特に危険なものもありました。それらはMDMAで得られる体験の始まりを模倣しており、使用者に少しだけ快感をもたらします」とジョーンズ。「使用者はその快感のためにお金を払ったのに、通常MDMAで体験できるレベルまで到達できない。だからその薬物をより多く摂取してしまうんです。それにより不眠など、使用後に生じる影響がより長く続いてしまう危険が高まります」
国宝ともいえる結晶であったMDMAが、最悪な夜をもたらす〈くじ引き〉へと変わってしまった理由はさまざまある。
1つめは、ロックダウンにより薬物の需要が大幅に減少し、密売人が密売をやめ、輸出業者が輸出をやめたことだ。2021年7月、当時英国首相であったボリス・ジョンソンが「自由の日(フリーダム・デー:COVID-19関連の規制をすべて解除した日)」を宣言したさいは、急増した需要に対応するため、国内外の製造者が手に入るものならなんでも利用するという異常事態となった。
また、ブレグジットも一役買っている。英国内のMDMAの供給元は、大半が西欧、特にオランダだった。しかし国境で必要な書類が増え、警備も強化されたことから、英国への薬物輸出は費用もリスクも高まった。さらにトラック運転手の人材不足、コロナ関連の全般的な遅れが重なれば、薬物製造業者にとって英国のマーケットとしての魅力が失われるのも当然だろう。
英国国境部隊のデータもそれを裏付ける。英国がEUを離脱したのは2020年1月。パンデミックがヨーロッパを直撃する直前だ。興味深いことに、MDMAを含むほとんどの違法薬物の総押収件数はこの期間に大幅に増えている。つまり、MDMA自体が不足していたわけではなく、英国内に入る量が少なかっただけかもしれないということだ。現在のデータによると、国境部隊による押収量は2022年に減少しているが、それでもパンデミック前、ブレクジット前のレベルと比較すると高いままだ。
また、最近国際法が改正されたことにより、一般的にMDMAの製造に使用される前駆体を入手することが以前より困難になった。「2012年から2016年にかけて、入手可能なMDMAの量は確実に増加しており、それにより錠剤はより強力になり、結晶はより安価になるというドミノ効果が生じていました」とジョーンズは述べる。「そのきっかけは新しい前駆体、特にPMKグリシデートの増加です。これは製造をより簡単にしながらも法律を回避できるため市場を席巻していましたが、2020年に国連レベルで違法と定められました」
MDMAの質は改善しているようだが、薬物の摂取には依然としてリスクがあり、使用者には摂取前に注意を払うことが推奨される。「よく、錠剤1錠が1回分と誤解されていますが、むしろそれは稀です」とミーシャムは警告する。「フェスの救護スタッフがよく見るのは、最初から薬物を過剰摂取したひと、あるいは十分な時間をあけずに次の摂取をしてしまったひとです。安全に行うには、まず半錠、あるいはそれ以下から始め、次の摂取までに1時間以上あけてください」
また自宅でできる薬物検査も、危険性を低減させるための簡単な方法だ。「劣悪なクスリについての報道を見て、怪しいものは使いたくないと思ったんだ」と語るのはブリストル在住の27歳のフェス参加者、ヒュー(仮名)だ。彼は今年のグラストンベリーに市販の薬物検査キットを持参したという。「頻繁にドラッグをやるわけじゃないんだけど、フェスで買おうと思って。検査キットを持っていたことで安心できたし、友人の分も検査することができた。今後は毎回持っていこうと思うよ」
「結局、みんなフェスでは絶対ドラッグをやるんだし、会場で検査できるようにしておくか、入場時に検査キットを配ることが許されるべきだよ。簡単に検査できる方法があるなら、みんな検査すると思う」