クラブやバーなどで、抱き合いキスするカップルを撮影した作品、カップルを自宅のバスタブに押し込めたシリーズ、そして、カップルを布団圧縮袋におさめ掃除機で空気を吸い取り極限まで密着させたプロジェクトなどを手がけてきたフォトグラファーハルの新作は、家族を家ごとビニールで包み込んだ作品。
そこでは、人間の個性は真空パックに包まれ、まるで、スーパーに並ぶ肉のように、際立った個体差を失い、均質化されて浮かび上がってくる。それは、SNS時代を象徴する行き過ぎた自己顕示欲への嘲笑、あるいは警鐘とも捉えられるかもしれない。
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フォトグラファーハルの秘密を探るべく、被写体として名乗りを上げてくれたご夫婦との打ち合わせに同行させてもらった。
被写体候補のご夫婦宅を訪ねると、ハルは、開口一番撮影に関して話し始めた。
「今撮影しているシリーズは、もともとカップルを真空パックして白バックで撮るシリーズをやっていたのですが、その次に始めた、初めてデートした場所やゆかりの場所でふたりを真空パックして撮影するプロジェクトで、その流れで今人間だけでなく背景までをパックしちゃおうって企画なんです。背景も真空パックすることで、ふたりだけの世界だけじゃなくて、外の世界とも繋がっていくとか、今までとは違う意味あいが生まれそうで始めたプロジェクトなんです」
今回のコンセプトを手短に伝えると撮影の手順について説明を始めた。「一旦ロケハンをさせてもらって、まず撮る画角を決めるんですね。それで決めた画角に写り込んでいる家や車、木とか、すべてのサイズを測って、そのあと、内装用のプラスチックの養生シートを買ってきて、それぞれパーツごとのサイズに自分たちで繋げて、それを現場に持ち込んで被せます。そして最後に、おふたりをパックさせてもらい、10秒以内で撮ります。天候も重要で、本当は全部真空パックしたいんですけど、家ってすごく隙間だらけだし、角があって波打ったり、ビニールが破れてしまったりするんで、カメラからご家族や家の方に風が吹いている日じゃないとダメなんですよ。風が吹くことによってカメラの方向からはビニールが家などにピタッとひっつくので。ただ、風が吹くと一回セットしたビニールが飛ばされちゃったりするんですけどね。だから、撮影は朝7時から夕方2時、3時くらいまでかかります。どこか、おふたりのパーソナリティーがパックできる場所はないですかね?別にお住いの家でなくてもいいんです。ゆかりの場所とか、職場とか、よくいく場所とか・・・」
被写体候補の夫婦の方々が、どこが良いか、ふたりの出会いの場所や思い出の場所について思いを巡らせながら、自分たちの関係性について話だすと、ハルは黙って聞いている。そして時折「そこは部屋のなかなので難しいですね」「そこは背景に高層ビルが写り込んじゃうんで、その高層ビルまでパックしなきゃいけないので難しいですね」と、まるでふたりにとっていかに重要な場所であるかよりも、実際に撮影が可能かどうか、その一点にのみ興味が集中しているようだった。
以前ハルにインタビューをおこなった際、一連の作品のコンセプトについて尋ると「そんなに好きだったら、もっともっとくっついちゃえ」と答えてくれた。果たして、ハルは、このプロジェクトを、どのような視点で捉えているのだろうか?ご夫婦のお宅をあとにし、そのままインタビューをおこなった。
まず、ハルさんは被写体のパーソナリティーには興味がなくて、そこを撮っているのではないんだなって改めて思いました(笑)
いやいや、そんなことないですよ(笑)。それなりに興味はありますし、知ろうとはしてますよ。
ふたりの心の機微や関係性は、真空パックしても浮かび上がってこないですもんね。
本当にそんなことないんですよ。撮影を詰めていく段階で小出しに、ふたりのパーソナリティーについて聞いていく感じなんです。
前回までの作品のコンセプト「そんなに好きなんだったら、もっともっとくっついちゃえ」は、今回のシリーズでも継続ですか?
継続しています。ただ、今回のプロジェクトは、先ほど話したように、そのふたりや家族を取り巻く家などもパックしちゃうので、家族と社会との繋がりみたいのも見えてくるのかなと思っています。
前のシリーズの写真を見ていても思うのですが、基本的には被写体のパーソナリティーにはあまり興味がなくて、ハルさん自身の欲求の赴くままビジュアル化しているのが面白いなって。今日も感じましたが、関係性やパーソナリティーを切り撮ろうとすると、わかりやすく言えばふたりのセックスだったり、その人同士にしか見せない表情や態度を切り撮り、他の写真との連続性によって描こうとするのが一般的なのかもしれませんが、ハルさんは、ビニールを介し、さらに圧縮して物理的にくっつけることで、その人同士の関係でのみ起こるビジュアルというより、布団圧縮袋によって起こる密着度や顔の歪みだったりを切り撮っていて、ユニークだなって。 今日の打ち合わせで、さらに、それが理解できました(笑)。
自分じゃ、気づかなかったですね(笑)。確かに、 撮影がいっぱいいっぱいで、余裕がないのかもしれないですね。来年海外で個展をおこなうんですが、そのときにこのシリーズ10点を展示する予定なんです。ただ、3年間続けてきてまだ5点しか撮れてなくて、実際に撮影するだけでも相当大変なので、そういう焦りが出てしまっているのかもしれないですね。
(隣にいたモデルの奥さんが)えっ?あえてなのかと思ってました(笑)。私がモデルになり作品を撮っているシリーズもあるのですが、撮られていても、本当に興味ないのかなとか、物撮りみたいだなって思うこともあって。カメラを持つと豹変するんですよね(笑)。
ダメですね、それは(笑)。写真家として被写体ファーストであることをモットーとしているんですが・・・。
被写体のことを第一に考えてっていうのは、伝わってきます。何もパーソナリティーを引き出そうとすることが被写体第一ではないですからね。今日の打ち合わせに同席させてもらいましたが、ご夫婦の方も参加できることに、すごく意義を感じてくださっていましたよね。ハルさんなりの被写体第一っていうのは伝わっているんだと思います。
確かにそうかもしれないですね。
ただ、作風としては、 人の温度をなくしたいって欲求もあるんじゃないですか? 例えば蝶々を標本しているのと近いのかなって思ってました。それぞれの蝶々の羽のグラフィックを見てる感じで、真空パックされた人々のグラフィックの個体差を見てるというか。それが面白いと思うんですけど。
コレクターみたいですね。標本するときに使う薬品が、真空パックだということですね。
そういうことなのかなって。
気づいてなかったですね。究極にエゴイスティックで、ドSだということですね、私は(笑)。
確かに(笑)。でも一方で、今の社会で暮らす人々が、それぞれ自己顕示欲が強すぎるなって思うことはありませんか?SNSで自分自身をアピールしたり、私は!俺は!ってなってしまいがちじゃないですか?ハルさんの作品を見ていると、そんな風潮に対して揶揄的で、アイデンティティーとかパーソナリティーとかオリジナリティーとかに固執しすぎなんじゃない、個体差はそんなにないんじゃないって、言われているような気もします。もっと大きな視点といいますか、人間も地球で生きる生き物という点で蝶々と同じというか(笑)。
今回のプロジェクトは、僕の自我をなるべく入れたくないなって思ってたんですけどね。そういう意味だとブレてないんだなって。今回は変わったことをやってるつもりだったんですが(笑)
作品はもちろんですが、ハルさんの作品への取り組み以前のパーソナリティーが滲み出てるように感じられて面白いですよね。
なるほど。そういう見方もあるんですね。以前、真空パックすることで、夫婦の息苦しさを表現しているんですか?って聞かれたことがあります(笑)。やはり、そういう意味では、僕が思っている以上に、このシリーズは、見る人によって社会性を帯びていく可能性を秘めているんだなって改めて思いました。まあ究極、バカバカしいことをクソ真面目にやることの面白さ、子供が考えそうな、おバカなことを真剣にやるってことなんですよね。
プロフィール
PHOTOGRAPHERHAL
2004年『Pinky & Killer』、2007年『Pinky & Killer DX』、2009年『Couple Jam』、2011年『Flesh Love』、2014年『雜乱(Zatsuran)』、2016年「Flesh Love Returns」(以上すべてTosei-sha)と5冊の写真集をリリースしてきた写真家。国内国外問わず、今回紹介した家族シリーズのモデルを募集している。このシリーズのモデルとして出演したい方、興味のある方は下記アドレスにご連絡ください。info@photographerhal.com