Who Are You?:かなた狼さん(46歳) スーパー大家監督

Who Are You?:かなた狼さん(46歳) スーパー大家監督

「さすがにもうオフクロを悲しませるわけにはいきません。亡くなってからだったらなんでもいいますけど、もう傷つけたくないんです(笑)。すいません、今日はソフトでお願いします(笑)」
11.3.18

帰りの電車、子供の同級生のお父さんに会いました。うーん、なにを話せばいいのか。でも、あちらのお父さんはホロ酔い状態。いつもよりもナチュラルに話しかけてくれました。やっぱお酒ってすごいですね。きっちりと場を持たせてくれたのでした。一駅だけですけど。

日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。

※

かなた狼(かなた おおかみ)さん 46歳:スーパー大家監督

本日はよろしくお願いいたします。

よろしくお願いいたします。

監督のデビュー作『ニワトリ★スター』、拝見させていただきました。

ありがとうございます。

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まず、かなたさんの肩書きなのですが、〈映画監督〉でよろしいでしょうか? それとも『ニワトリ★スター』の原作本も出してらっしゃるから、〈小説家〉とか?

…うーん、いつも自分でも困るんですよね。先日もテレビに出させていただいたんですが、日々の通常業務はアパートの大家なので、そのときはちょっとふざけて〈スーパー大家〉にしたんですけど(笑)。

強そうな大家さんですね(笑)。そのアパートって、『ニワトリ★スター』の舞台にもなっている〈道草アパートメント〉ですか?

はい、そうです。大阪の黒門市場にあります。まぁ、大家は大家なんですけど、映画も真面目にやりましたので、うーん、肩書きはどうしましょう? 今後のことも含めて考えないといけませんね。…そうですね、〈スーパー大家監督〉でお願いします。

はい(笑)。

今後もそう名乗ります(笑)。

さて、『ニワトリ★スター』ですが、目を背けたくなる場面が満載ながら、とても美しい青春映画でした。まさしく〈裏社会から宇宙まで。バイオレンス・ラブ・ファンタジー〉。

ありがとうございます。

〈R15+〉指定でしたっけ?

はい。〈奇跡の15〉と呼んでいます。

(笑)。

最初は関係者から、「良くて〈R18〉を覚悟しておいてくれ」っていわれていたんです。良くて…ですよ。

はい(笑)。ちなみに〈R18〉の上ってあるんですか?

〈審議拒否〉っていうのがあります。「オマエら、帰れ」っていう意味です。だから〈R18〉を覚悟していたんですが、数秒ある部分をカットするだけで〈R15+〉になると。

どんな場面をカットしたのですか?

成田凌くん演じる楽人のセックスシーンなんですが、射精、お尻の大写し、そこがビクビクビクっとするシーンです。

もっと過激なシーンは、ありますよね。オープニングもいきなりのフェラチオでしたし。

そうですね。だから基準がちょっとわからないんですけど、なにかルールがあるんでしょうね(笑)。

本当に怖かったのが、車のなかのシーンです。ヤクザの津田寛治さんが、チンピラをじわじわと追い込む。とんでもなく長いし。

本当はあそこ、もっと長いんですよ。10分以上ある。

マジですか!

もっと、もっと徐々に追い込められていくんです。

編集していただいてありがとうございます。あれ以上は耐えられません。

ただもちろん、そういう暴力とか、グロテスクな映画を狙って進めていったわけではありません。僕自身も暴力は本当に嫌ですから。でも人間の気持ちのなかには様々なものがある。僕も自分のなかにあるいろんなものを1回吐き出したかったんです。作品はゲロだと思っています。ゲロを材料にしてつくる。ただ吐くだけではなくて、吐いたものを形にするんですね。ですから、良くも悪くも、自分のなかにあるものをとりあえず全部出しました。そして形にしたら、こうなったんです。

これまでも監督…じゃなかった、スーパー大家監督さんは、映画に関わってこられましたよね? 『殴者』(2005)では原作、『ハブと拳骨』(2008)では、原案、クリエイティブディレクター、音楽を担当されていました。でも今回は自ら監督をされています。

まず、長編の文章を書けるか? 書けないか? というのがあったんですね。それができないと認められないですから。それにこれまでも映画に関わってきましたから、やはりこの長編も映画にしたかった。それありきで原作を書いていたので、自然な流れだったんです。

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ただ、映画制作ってお金がかかりますよね? どのようにされたんですか?

古くからの知り合いと、GUMという…ジェントル・アンダーグラウンド・モンキーズの略なんですけど…自らの映画製作会社をすでに立ち上げていたんです。『ニワトリ★スター』をやるにあたり、プロデューサーでもあり、GUMの代表でもある山下貴裕、弊社の関口忠宏、そして元役者で、同じく『ニワトリ★スター』プロデューサーのオシアウコが走り回りました。ただ、大企業さんからお金は出ないですよね、このネタじゃ。

ええ(笑)。

映画にはマリファナも出てきますけど、「マリ…」くらいで、もうダメです。「え? た…大麻の映画??」って。

はい、はい(笑)。

ですけど、個人投資家さんグループとの出会いがありまして、映画好きの方もいらっしゃいましたし、そうでない方も興味を持ってくださって、進めることができたんです。インディー映画としては、ちょっと新しい形かもしれませんね。「自分たちの趣味でつくりました」というレベルのものではないし、公開は30舘スタートっていうのもインディーでは、なかなか無い数字です。確かに、お金なんて無くても、勢いや衝動だけで、映画なんて撮れると思います。でも、予算がなければ、そこはそこで悪循環も生まれてくる。だから、大手さんの映画とインディーの中間のちょっと上を狙っていきたいですね。ここに活気がないと、映画界も盛り上がらないと考えています。上に行き過ぎると、今度はコンプライアンスも出てきますし。

メジャー商業映画になると、ってことですか?

そうですね。凶悪犯の逃走シーンでも、シートベルトをしてなきゃいけないとか、アウトローなのにタバコのポイ捨てしちゃいけないとか。ヤツラ、携帯灰皿持ってるんかい! って(笑)。

はい、はい!

実際、『ニワトリ★スター』も過激な作品として捉えられています。でも、僕にしてみれば、こんなの全然怖くない。現実のほうがよっぽど怖いです。まさしく〈事実は小説より奇なり〉ですよ。例えば、アメリカの大統領が「チビのロケットマン」やら「かかってこい」やらツイートしています。大統領が、そんなのいったらアカンじゃないですか。それがきっかけで、国際情勢が変わるかもしれないのに、簡単にやれているし、普通になっている。こんなのが自由なのかなって。

そうですね。

ですからアメリカ合衆国大統領は、ツイッターを我慢したほうがいいでしょう(笑)。まぁ、ポジティブなつぶやきはいいと思いますけどね。でもフィリピンの大統領もそうでしょ? 麻薬の売人を捕まえて「はらわた引きずり出して俺が食ってやる」とか。大統領がいう言葉ではない。更にそういった発言や存在に対し、盛り上がってしまう人たちもいますし、それが当たり前になってくる。

確かに、トランプやドゥテルテの発言に慣れてしまった自分がいます。「またいってるな〜」くらいになってしまった。

例えば、アパートの1室でバラバラ殺人事件があったりしますけど、切り刻んでいるとき、壁1枚挟んだ隣の部屋では、お笑い番組を観ながらお菓子を食べている人がいるかもしれない。それが現実なんです。この映画には、たくさんの怖い連中が出てきますけど、現実に比べたら、たいしたことないんです。

はい。

ワイドショーでも、そんな事件を怖い音楽で演出しながら流しているじゃないですか。変なシンセサイザーの音ですよ。それでいて警鐘を鳴らしているわけでもなく、おかしなエンターテインメントにしている。それを観て視聴者も「怖い、怖い」っていう。ネットニュースでも〈子どもが虐待され死亡〉なんて、たった1行でどんどん流れていってしまう。僕は、そういうのがとても引っかかるんです。実際、10年くらい前に僕の斜め前の部屋でも悲しい事件があったんですけど、未だに消化できていません。「絶対忘れんぞ」って毎日思っていますし。

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ええ。

それなのに、映画に対しては、過激だの、おかしいだのってギャーギャー騒がれてしまう。でも現実のほうが狂っている。なんか入れ替わっているんじゃないかと。これくらいはアリであってほしい。ワイドショーに感情を抱くより、こんな映画で「怖い、怖い」っていってくれたほうが健全だと思うんです。日本は好きですし、誇りもありますけど、なんか異様なバランスの悪さを感じていますね。だから僕は、映画を通じて、ちょっとでもバランスを直したいというか、端を押し返さないといけないって思っていますし、少しでもそういう役割があるのかなって考えています。

「警鐘を鳴らす」とおっしゃいましたが、『ニワトリ★スター』では、そんな現実の醜さを提示しながら、きちんとその最後、そして未来まで描かれていました。余韻を含ませたり、観客に考えさせるような映画ではありませんでした。

本筋は古典的でベタな映画なんです。子供の頃に観ていたような娯楽的なもの。そして素直さ。それが映画の役割だと僕は思っています。もちろん10人の方が『ニワトリ★スター』を観ても、10人には10人の『ニワトリ★スター』があるので、僕の予測通りに捉えてもらうことはありませんし、その方々の感覚はわかりません。でも僕が大事にしているのは、「僕はこう伝えたい」という作り手の意図を、作り手自身がちゃんとわかっていること。それがポップだと思うんです。芸術って、逃げ口がたくさんあるじゃないですか。「わからなくてもいい」なんていう作り手もいますけど、僕からしたら「わからんもん出すな。オマエがわかってないんやないか」と。『ニワトリ★スター』は、ポップです。そしてファンタジー。その部分は大事にしていますね。

スーパー大家監督さんのご出身は大阪ですか?

はい。道草アパートメントのある黒門市場です。なんばとか道頓堀の直ぐ近くですね。

大阪のど真ん中ですね! なにをして遊んでいました?

繁華街なんで、虫採りとかはやっていません。カブトムシも買うものでしたし(笑)。ビルとビルの隙間とか、登っちゃいけないところに侵入したりしていました。

やんちゃだったんですか?

まぁ、いい子ではありませんでしたが、小学生の悪さなんて、たかが知れていますからね。

じゃあ中学生になって、たかが外れたと(笑)。

いや、その、えっと。結構きわどいことをいわないといけません?

いってくださると嬉しいのですが(笑)。

どの程度のことまでだったらいいのかなぁ(笑)。うーん、過激な話ですか?

だったら嬉しいです(笑)。

うーん、難しいなぁ(笑)。すいません、いえないことだらけです。

エッチな話も大好物ですよ。

エッチな話なぁ、エッチかぁ…(笑)。すいません、これもなかなかでして…。ちょっと僕、見張られているんですよ。

誰にですか? まさか公安とか…

いえ、アネキです(笑)。全部告げ口するんですよ、親に。オフクロはインターネットなんか見ませんが、アネキが見つけよるんですよ(笑)。これまで色々迷惑をかけてきたんで、さすがにもうオフクロを悲しませるわけにはいきません。亡くなってからだったらなんでもいいますけど、もう傷つけたくないんです(笑)。すいません、今日はソフトでお願いします(笑)。

わかりました! お母さまが知ったら、卒倒してしまうようなことをやってこられたと。それを常に頭のなかに入れながら進ませていただきます。じゃあ、健康的な話でもしましょう! スポーツとかやってました?

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小学校から空手をしていました。中学もやっていましたが、高校途中で辞めてしまいました。

あら、なぜですか?

やっぱり遊びたくなるじゃないですか。ディスコとか楽しい場所も知りましたから。

そして、お母さまが卒倒するようなことを…

まぁ…(笑)。

とってもエッチな…

だからオフクロを傷つけたくないんですよ(笑)。僕の経験以外のことはいえるんですけど。

では、そちらをお願いします!

じゃあ、僕が育った大阪ミナミの話を。やっぱり、ものすごく特殊な街なんですよ。ありとあらゆる人が住んでいます。夜の仕事の人から、もちろんそっち系の人までいます。僕が生まれた地域は、商売人ばかりだったんですけど、ありえないくらい儲けている人もいました。魚屋さんでも年商60億円とか。

60億!!!!

朝はマグロ引きずっているんですけど、夜はポルシェに乗って飲みに行くような。

すごいですね!

たまに道で「オマエら中学生になったんやろ。喫茶店でタバコ吸わへんようじゃアカンぞ」とか。

アハハ!!

まぁ、人情味あふれるところです(笑)。でも大通り挟んだ向こうの地域は、警察が認定していたそっち系の事務所が、500メートル四方に3000件以上ありました。

マジですか。

昔はそっち系の事務所も路面にあったんです。抗争とかあったら、機動隊が並んでいて、僕らはその横を通学していました。ディズニーランドを超えるアミューズメントパークでしたわ。

笑えないですよ(笑)。

でも幼馴染とか、昔から知っている若旦那とかと、今もよく出る話題なんですけど、「ここら辺のやつらは、みんな地味だな」って。

そうなんですか?

はい。地元民は本当に地味ですね。めちゃくちゃ悪くなったヤツもいなければ、めちゃくちゃオシャレなヤツもいない。

フムフム。

なぜかって考えたら、やっぱり幼い頃から刺激的な環境にいたから、突き抜けちゃってるんですよね。不良になるっていっても、周りには〈ド〉がつくほどホンモノの人達がいますから、若いヤツらの不良文化もありませんでした。ヤンキーになっても意味がないってことを知らされていたんですよ。

なるほどー。

境界線は、ハッキリしていましたね。

そんな環境のなかで、思春期のスーパー大家監督さんは、どんな将来を描いていましたか?

料理人になろうと決めていました。日本料理ですね。

なんでまた?

友達の兄貴に影響されました。すごくストイックな伝統ある料亭なんですけど、そこで働きたいなって。

じゃあ中学卒業して、そのお店に入ったんですか?

いえ、僕は高校を出てからなんです。本当は、中卒しか採らないし、料理の専門学校出た人間も採らない、丁稚からスタートするのが決まりの料亭だったんですが、僕が本格的に料理人になろうと決心したのが、高校在学中だったんですね。それで退学しようと学校の先生に相談したら、「まず、高校は出ておけ」と。真剣に考えてくれて、高校はちゃんと卒業しようと決めました。でもその料亭はあきらめられなかったので、在学中、親方に挨拶にいったんですね。頭を丸めて。

はい。

襖開けたら、親方がドーンとお座りになっていて。「おう、やる気あんのか、オマエ」「はい。よろしくお願いします」って。それでですね、合格者には、決まった展開があるって事前に知っていたんですよ。

なんですか、それは?

「おう、なんか食べさせたれ」って親方がいうんです。

それが合格の合図!

そうなんです。そしたら親方がインターホンで、「おう、なんか食べさせたれ」って。

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おめでとうございます!!

年間ひとりしか採らない店だったんですけど、高校卒業してからでもいいと雇ってくれました。

料亭での修行はいかがでしたか?

感謝しかありませんし、そこで培ったものすべてが現在に繋がっていますが、やはりキツかったですね。

住み込みですか?

はい。先輩と一緒の6人部屋です。オナニーもできない。

はい(笑)。

で、最初に高下駄を履かされるんですよ。2日目、3日目になると腰が痛くて、痛くて、もう立てない。で、修行期間は5年って決まっているんですけど、そのとき考えたのが、「今日は、365日×5年の、たった3日目か」と。

はい(笑)。

これは懲役かと。絶望的な気持ちになりましたね。

いつ頃から高下駄は慣れるものなのですか?

2〜3ヶ月したら走れるようになりましたね。ドリフトもできるくらいに。

アハハ!!

あとは蒸し缶ですね。蒸し缶っていう、茶碗蒸しとかを大量に蒸す、めちゃくちゃでかいステンレスの器具があるんですけど、ここにお湯が何リットルも入って、ガンガンに沸騰しているわけですよ。それを持って片付けなくてはならない。でも、ちょっとでも肌が当たると大火傷してしまうんです。でも持たれへん。重たくて、重たくて。

うわぁー。

先輩らは、「どうすんの、ソレ」って見てるだけで。人生で初めての辱めを受けましたね。でもこれが持てるようになるんですよね。人間ってすごい。

先輩は厳しかったですか?

仕事中は厳しかったですけど、よくしてくれましたね。それこそ休みの日は、クラブに連れていってもらったりして、仲良くしていました。

でもオナニーも安心してできないんですから、女の子なんてもってのほか。

そうですね。もちろん、連れ込むなんてできないです。でもチャレンジャーの先輩もいましたし、僕もたまにはチャレンジしたり…ああ、あまりいえないヤツでした(笑)。

5年間の修行を経て、そのあとはどうされたんですか?

遊びたくなりまして(笑)。

あらー、料理人は諦めたんですか?

うーん、諦めたというか、料理の世界は無限ですけど、料理人は厨房のなかで一生が完結するじゃないですか。それが自分の人生には見えなかったんですね。もっといろんなところに行きたかったし、もっといろんな人にも会いたかったし、見たくなったんです。あと音楽も好きだったんで、そっち中心の生活をしたくなったんです。

どんな音楽が好きだったのですか?

元々はロックだったんですけど、RUN-D.M.C.と出会ってからはヒップホップですね。

じゃあ、そこからは自由生活に突入と。お母様が卒倒するような。

まぁ(笑)。アメリカ、タイ、沖縄、東京にも住んでいましたし、ストリッパーの子と付き合っていたので、いっしょに全国行脚もしていました。まあ、ヒモみたいなもんなんですけど、ストリップ業界では、〈マネージャー〉っていいます(笑)。

へぇー。

ストリップ業界は面白かったですよ。〈コース切り〉っていうミスターXみたいな人がいるんですよ。決して顔は出さないんですけど、踊り子さんたちの事務所スタッフみたいな存在ですね。各地を回っているあいだに、謎のミスターXから電話がかかってきて、「次は岡山行って」とか「次は静岡」とか、指示が来るんです。

では事前に行程は決まっていないと?

そうなんです。ストリッパーの1週間って、10日区切りになっているんですけど、中日くらいになると、電話がかかってくるシステムなんです。あとは特殊な夫婦もいましたね。本番生板ショーをやる夫婦なんですけど、お互い性器にピアスを開けて。〈陰獣セクシーピアス〉って名のコンビでした。

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アハハ!!!!

ありとあらゆる人がいましたね。「俺も昔は映画を撮りたかったんだよ」って語る照明さんとか。ブルースが流れていましたね。

哀愁ですねー。

あとストリッパーも色々いて、風俗嬢の延長でやっている子もいれば、付き合っていた彼女なんかは、完全に昔気質の踊り子で、選曲から振り付けまで自分で考えていました。マイルス・デイヴィスで踊っていましたから。

カッチョイイですねー。

照明の当たり方まで計算していたから、ブルースのおじさんにもビシビシ文句いってました(笑)。本当にいろいろと勉強になりましたね。

東京では、どちらに住んでいたんですか?

大阪の仲間10人と出て来たんです。世田谷と新大久保の2ヶ所に部屋を借りて、行ったり来たりしていました。

東京では何をしていたんですか?

当時は、フリーマーケットが全盛だったんです。スポーンの人形が高値で売れたり、リーバイスが20万円で売れたり、そんな時代だったんです。だから僕たちも店を出していました。それこそタイとかで買ってきた色んなものを売ってましたね。

何歳くらいまでそんな生活をされていたんですか?

30過ぎくらいでしょうかね。

でも、そこから『ニワトリ★スター』へ繋がる気配をまったく感じないんですけど、どこかで転機みたいな時期があったのですか?

ありました。タイで知り合った友達が、今や国民的グループになったTHAITANIUMっていうヒップホップグループをやっていまして、その子たちと一緒に、TOM YUM SAMURAIっていう多国籍の別ユニットを結成したんです。そのデモテープを、面白い映画とか書籍の出版をする会社の社長さんが聴いて、呼び出され、「オマエ、なにがしたい?」「音楽です」「わかった」と。そこから金銭的なことも含めてサポートしてくれるようになったんです。

すごい展開ですね。

更にその会社は、格闘技団体のPRIDEさんと近かったんですね。で、PRIDEさんが映画を撮りたいと。そしたら「オマエは、面白い歌詞が書けるんだから、ちょっと映画も書いてみろ」と、いわれまして。

シナリオってことですか?

はい。元々文章を書くのは好きだったんで、ワードで100ページくらいのものを出したんです。ちょっと変わった時代劇で、それが『殴者』なんですけど。

すごい! いきなり採用ですか!

はい。いちおう原作者なので、会議に行くと「先生」って呼ばれるようになりました(笑)。

この前までフリーマーケットだったのに!

でも映画なんてわからないじゃないですか。会議でもなにを話しているのかまったくわかならない。わかったようなフリはしていましたけどね。

はい(笑)。

ただ、色々と大人の事情もわかるようになりました。すべて自分の思うように進められないこともわかりました。でもどこかで、ちょっとモヤモヤしたものが残っていたんですね。そしたら社長がクリスマス時期に「プレゼントやる。1本好きなように撮れ」っていってくださったんですね。それが『ハブと拳骨』なんです。

20代はマネージャーだったのに!!

ですね(笑)。

『ハブと拳骨』から『ニワトリ★スター』まで、10年もの月日が流れていますが、そのあいだはなにをされていたんですか?

色々ありましたけど、いち番大きな変化は、東京から大阪に戻ったことですね。

どうして戻られたんですか?

弟みたいに可愛がっていたTERRY THE AKI-06というラッパーが亡くなったんです。すごい喪失感が生まれて、なんだか時代の節目みたいなものも感じたので、1回ルーツに戻ろうと考えたんです。ただ僕は、そのTERRYという男の葬式も通夜にも行かなかったんです。死に顔を見るという行為が嫌だった。でもその結果、その死というものを頭では認識していても、顔を見たわけでもないし、冷たくなった身体を触ったわけでもない。動物として感じることをすっ飛ばしてしまったから、なんかおかしくなってしまったんですね。気持ちがちぐはぐになってしまったんです。すでに『ニワトリ★スター』も書き始めていたのですが、そのおかしくなった部分を埋めて、新しい1歩を踏み出すための10年でしたね。

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TERRYさんとのご関係は、『ニワトリ★スター』の草太と楽人のような感じだったのですか?

そうですね。TERRYの映画ではないんですけど、楽人にTERRYを投影しているし、草太にも自分を投影しています。

『ニワトリ★スター』を撮り終えたことで、おかしくなった部分は埋まりましたか?

はい。心のなかで自分の葬儀を終えて、「すまんけど、もう行くよ」って気持ちになれました。

道草アパートメントのことも教えてください。こちらも大阪に戻られてから、始めたんですよね。

はい。元々お爺ちゃんの持ち物で、もうボロボロだから解体する予定だったんです。銀行からも「潰してコインパーキングにしろ」といわれていましたし。ただ、ヒップホップ・カルチャーにどっぷり浸かってきましたから、そのアパートを蘇らせるようにサンプリングする、再生できないかと考えたんです。それで仲間の一級建築士に相談しまして、解体予算は再生予算に使う、コインパーキングの売上は、賃料で賄うなど、新しい案を出したんです。収益も変わらないですから、銀行もなにもいえない。そんな形でスタートしました。今はカフェバー、アパレル、アンティークショップ、音楽レーベルなどが入居しています。

さすがスーパー大家さんですね!!

ただ、まだ未完なんですよ。サグラダ・ファミリアと同じなんです(笑)。

どういうことですか?

やっぱりいろんなもの、入居される方などで、できあがっていくものなので、建造物としては最低限機能していますけど、まだまだ先が見えないんです。その建築士も「ゼロからわかっていて、それを最後までやるのが建築だけど、ここには答えがない。答えがないことを勉強させてもらった」っていうぐらいのアパートなんです。ぜひお越し下さいませ(笑)。

〈スーパー大家〉に〈監督〉も加わって、お忙しい日々ですね。今後のご予定は?

僕としては、次作の構想も始まっていますし、GUMとしては、新しい日本の映画スタジオとして、時代に落書きをするというか、そういう感覚で進めていきたいし、始めていきたいですね。ミラ・マックスも始まりがあって、タランティーノなんかを出し、そして今がある。そういうのを日本でもやりたいですね。まあ、プロデューサーは、セクハラ騒動で大変ですけど(笑)。

今日は本当にありがとうございました!

今日は本当にすいませんでした。こんな話で大丈夫ですか? 本当に結構やらかしているので。すいません。

お母様を悲しませたくないのですから、まったく問題ありません!

もっと頑張って、偉くなって、出世したら、ブチまけますので、それまでお待ちください。そのときまでよろしくお願いいたします。

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