ハチが滅亡したら人類も滅亡するのか

「もしこの地球上からハチが消えたなら、人類は4年しか生きられない」。この説を述べたのは、アインシュタインとされているが、果たして事実なのだろうか? ハチは私たちの生活にどのような影響を与えているのだろうか? 様々な〈ハチ研究家〉を通して、この説を探る。

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25 April 2017, 11:06am

「もしこの地球上からハチが消えたなら、人類は4年しか生きられない」

世間は、これがアインシュタインの発言であると信じ、こんにちにいたるまで、真実である、と認識されている。アインシュタインは、自然科学全般に精通していたし、事実、ハチは作物を育てるのに欠かせない生物だ。しかしネット上に溢れる、この手の煽動ネタは、シェアする前に基本的な裏取りをしておいたほうがいいだろう。

まず簡単なところから。「このセリフをアインシュタインと関連づけるような資料はなにもありません」。そう語るのはテキサス養蜂検査局(Texas Apiary Inspection Service)の検査長マーク・ダイクス(Mark Dykes)。他の裏取りサイトでも、アインシュタインとのつながりを示す証拠はないとされている。しかし、それだけで正誤の判断はできない。話はもっと複雑なのだ。

地球の生態系における送粉者(植物の花粉を媒介する生物)の役割は、いくら大げさに語っても足りないくらい重要だ。高校のとき、送粉者についての授業を休んでしまった人のために説明すると、雄花からでた花粉を雌花が受粉するには、〈送粉者〉という媒介が必要だ。ハチは、花粉を雌花に届け、数日後には、メロンやリンゴの赤ちゃんができるというわけだ。

送粉者はハチに限らない。コウモリ、鳥、チョウ、ハエのいち部も送粉者の役割を担う。しかし送粉を仕事として考えると、ハチがいちばん適している。なぜなら、ハチは幼虫を養うために花粉が必要だからだ。そのためハチは、生物学的に突き動かされて花粉を集めている。他の送粉者は、ただ蜜を吸うだけのために花にとまり、そのついでに身体に花粉がつけばラッキー、というレベルなのだ。

「更に多くのハチの種には毛が生えていて、その毛に花粉がくっつきやすいのです。ですから受粉する確率が上がるのです」。そう説明するのは、ノーステキサス大学の博士研究員として〈マルハナバチ〉の研究をしているジェシカ・ベッカム(Jessica Beckham)だ。そんなハチで腹を満たしている鳥もいるので、もし大変動が起き、地球上からハチが消えたなら、食物連鎖の流れも断たれてしまうだろう。

残念ながら、ハチが全滅する可能性はある。ひと晩にしてミツバチの群れが消え去ってしまう蜂群崩壊症候群(Colony Collapse Disorder:CCD)の件数は、ここ数年で減少傾向にあるが、「確認されたCCDの発生件数が少なくなったからといって、ミツバチは大丈夫だ、とはいい切れません」。そう危惧するのはカリフォルニア大学デービス校でハチ研究をしているエリーナ・L・ニーニョ(Elina L. Niño)。「ミツバチには、他の問題がたくさんあります。そして養蜂家にも、対処しなければならない問題がたくさんあります。現在も、年間で何千もの群れが消えています」。ミツバチを苦しませているのは、たとえば、〈ミツバチヘギイタダニ(varroa)〉と呼ばれる寄生ダニ、そして新しい米国大統領による新政権だ。

2013年にオバマ(Obama)前政権は、〈送粉者保護研究計画(Pollinator Protection Research Plan)〉を実施した。これは、全政府機関に鳥、コウモリ、チョウ、そしてハチを保護する手段を再検討するよう促した計画だ。そして2016年、この計画をもとに、〈送粉者保護計画(Pollinator Protection Plan)〉を発表した。この計画で、対象生物の生息地を増やし、農薬使用の縮小を求めている。まだこの計画が施行されてから日は浅いが、脆弱な送粉者たちを守るための大事な第一歩として期待されている。しかしトランプ大統領が、環境保護庁(EPA)の縮小、廃止、そしてオバマ政権時代の環境保護に関する規制法の後退を約束したことから、2016年の勝利とも呼べる送粉者保護計画が短命に終わってしまうのではないか、とニーニョもベッカムも危惧している。

「水辺やその他の自然地域を汚染から守る、という法令が後退させられてしまうと、送粉者たちに悪影響が及ぼされる可能性があります」。ニーニョはそう懸念する。また、EPAによる農薬の試験、規制は、ハチの命、ハチの生産性にとっても必要不可欠だ、と話している。一方、ベッカムはこう述べた。「現政権と共和党は、環境や送粉者に関して優先的な態度をとっておらず、環境にも送粉者にも悪影響を及ぼすような政策を提案している、と私は危惧しています」

ここで当初の疑問に戻ろう。ミツバチ、ひいては私たちは、消える運命にあるのだろうか? ダイクスは、アインシュタインの言葉の真意は、ある意味〈お告げ〉のようなものではないか、つまり、ミツバチが消えたあとも人間には生き抜くチャンスがあるのではないか、と述べている。

再び植物の交配の話をしよう。ヒトのセックスと同じように、植物の交配方法はひとつではない。「私たちの食料源の多くは、風を利用して受粉しています」。ダイクスはそう説明する。つまり、鳥やハチの代わりに風が仕事をしてくれるのだ。西洋の典型的食生活の主食である2つの食料、トウモロコシと小麦は、どちらも風を利用して受粉するので、送粉者が甚大なダメージを受けたとしても影響はないだろう。

カロリー面だけみれば、私たちの食料システムは安定していそうだが、多様性を踏まえて判断すると厳しい状況になるだろう。私たちが栽培しているたくさんの食料、たとえば、アーモンドや桃、プラム、リンゴ、サクランボなどは、ハチを媒介にした受粉に頼っている。実際、「世界の穀物市場を分析すると、人間が消費する91%の穀物に送粉者が欠かせない、あるいは(非常に/適度に/多少なりとも)必要なものである、という事実が明らかになっています」とニーニョ。「私たちの食生活に、活気と栄養とヘルシーさを与えてくれる多くの食料を失ってしまうでしょう」

もちろん、上記のシナリオは、送粉者が絶滅した後、私たちが代替方法を見出せなかった場合だ。植物の受粉は人間の手でも、将来的にはドローンでも可能だ。2016年には中国四川省の漢源県では、ハチの激減に伴い、人工受粉させて実ったナシが発表された。しかし人を雇うのにはかなりの費用がかかる。「マサチューセッツ工科大学の大学院生たちが、1ヘクタール分のリンゴの木を人工受粉させる費用を計算したところ、約5715~7135ドル(約65万円~81万円)かかるとわかりました。ハチの場合、半ヘクタールで2段巣箱ひとつ分のハチ使用が推奨されており、その分のハチをレンタルするなら高くても45ドル(約5000円)です。1ヘクタールでも90ドル(約1万円)。これと比べると、人件費はとんでもなく高いですよね」。ニーニョはそう語る。

米国の農家にとって、ミツバチが担う仕事量を人件費に換算すると、毎年110億~150億ドル(約1兆2500億~1兆7045億円)に相当する、と米農務省(USDA)は見積もっている。それを人手で代替するようになったら、費用は購買者が負担することになる。スーパーで値段を見たら、目をひん剥いて驚くだろう。値段が急騰すると、社会経済にも確実に影響する。働く貧困層にとっては、新鮮な果物や野菜に手が届かなくなってしまう。現在すでに、裕福層に比て、彼らの青果物摂取量は少ない。

ハチが滅亡したらどうなるか。最後の1匹が死んでから3カ月以内に、農産物は史上最低の生産量になるだろう。街の食料品店員は、なぜアーモンド・バターの値段が3倍にもなったのか、消費者への説明に追われる。そして6カ月も経たないうちに多くの農家、特に小規模農業に従事する人々は、小麦を育てざるを得なくなる。そして1年経たないうちに米国民は、「実に味気ない、つまらない食生活を強いられるのです」とダイクスは予言する。

人類が滅亡するわけではないにしろ、そこに至る出来事の流れを想像してみるべきだ、とダイクスは提言する。そうすれば、最悪の状況を避けるための道が開けるのだ。「地球上のハチが全て消えてしまったとしても……それは、私たちにとって取るに足らない問題です」。なぜなら、ハチが滅亡するほどの状況であれば、われわれの世界はとんでもなく汚染されて毒まみれなはずだ。そのとき世界は、リンゴひとつに16ドル(約1800円)払うのが苦にならないほど深刻な状況に直面しているだろう。