ジェンダーにまつわる問題は、トレンドワードかのように祭り上げられ、収束してしまっては元も子もない。2015年、『女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)』が定められ、〈女性の活躍推進〉が各業界で声高に叫ばれている。そこでは、数々のユースなトレンドを意識したようなワードが生まれ、奇妙なことになっている。たとえば、土木系女子、トラックガールを意味する〈ドボジョ〉〈トラガール〉といった言葉を聞いたことがあるだろうか。キツい、危険、男臭い。そんなイメージが浮かぶ業界に、〈~女子〉を持ち込むのは違和感でしかない。というか、そもそも〈~女子〉とジェンダーを固定することが、女性の活躍推進につながるのか、はなはだ疑問だ。どうせ、ジェンダー問題に疎すぎるオジさまたちが、話題欲しさに〈~女子〉〈~ガール〉とはやし立てているだけなのだろう。そんな中、女性が敬遠しがちなトラック業界で働くひとりの女性に出会った。
「他の職業への転職は考えられません。ずっとトラックに乗っていたいです」というのは、宮城県石巻市の建設運輸会社・高梨組建設運輸の高梨幸乃さん。10トンのダンプを操る24歳の女性トラッカーだ。幸乃さんの愛車〈噂のお嬢〉号は、〈石巻スタイル〉と呼ばれる独特の装飾を施したデコトラ。一説によるとデコトラは、1960年代の青森県八戸が発祥だといわれ、すぐに三陸海岸から宮城県石巻あたりに伝わり、全国へ広がった。デコトラを一躍有名にしたのは、映画『トラック野郎』シリーズ。当時、女性トラッカーがどれほど存在していたのかは分からないが、1975年に公開された第1作『トラック野郎・御意見無用』で既に、主人公の星桃次郎に思いをよせる男勝りで姉御肌な〈モナリザお京〉なる、女性デコトラ乗りが登場している。そして1980年代になると、トラック専門誌『カミオン』を母体に、女性トラッカーの会が発足。当時の記事には、「女性だからって差別しないでネ 女性トラッカーの会を作りましょう!!」という記述がみられる。同会は、男社会である運輸業で、女性トラッカーの互助会的な役割を担ってきたという。やがて、彼女らは〈姫トラッカー〉と呼ばれ、数は多くはないものの、デコトラ業界で一定の地位を築いてきた。
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幸乃さんは、愛好家たちから一目置かれる〈聖地〉東北のデコトラのなかでも近年、昭和レトロな様式が注目を浴び、トラッカーたちの間で復刻しているという〈石巻スタイル〉を受け継ぐ、若きトラッカー。彼女はなぜ、この職業に魅せられるのか。東日本大震災、福島第一原発、復興需要とその後、高齢化社会、そして女性の社会的地位の向上。地方都市が抱えるさまざまな問題を体現する石巻へ、20代の〈姫トラ〉に話を聞きに向かった。
幸乃さんは、いつからダンプに乗っていますか?
2017年にはじめてダンプに乗って3年が経ちました。21歳にならないと大型免許が取れないので、短大を出てからは免許が取れるまでしばらく、歯科助手をしていました。
トラックに乗りたいという気持ちは昔からあったのですか?
ありました。お父さんがトラック乗りなので、小さい頃から周りにトラックがある環境で。小学校から高校まで、お父さんがトレーラーやダンプで学校に迎えに来てくれました。高校は山の上だったので、お父さんが山の下でダンプで待っていてくれて。将来、本当に乗ろうと考えたのは高校生のときですね。
女子高生がダンプで帰宅。恥ずかしいと思ったり、他の子と違うなと思ったりしましたか?
ダンプで迎えにきてもらっていたのは、うちの兄妹だけだったので、目立っていたかもしれません。でも、このへんはダンプとかいろんなトラックが走っているので、特に気にしたことはなかったです。
思春期でグレたり、家を出ようと思ったことはないのですか?
ないです。ギャルになったこともないですし、家を出たいとも思いません。
高校で本格的にトラック乗りを志したとおっしゃいましたが、なぜこの職業を選んだのですか? 女性には厳しい仕事かと思うのですが。
やりたかった。憧れですね。高校で進路を決めますよね、そのときにふたりいるうちのひとりの姉が看護士をやっていて私も考えたんですが、やっぱり性に合わないっていうか。身近にあったダンプがいいなと。
アパレルや美容師といった、女性が多い職業をなぜ選ばなかったのでしょうか?
正直、女性だらけの仕事だと、ネチネチとめんどくさそうだなと思います。
では、ダンプ乗りに憧れがあったのですか?
ダンプというより、トラックがカッコいい。それは、デコトラがカッコいいというわけでもなくて、お父さんが作るトラックがカッコいいなと思っていました。石巻のトラックは、〈石巻スタイル〉といわれていますが、〈アンドン〉(トラックの名前や会社名、地名などを入れる板。照明で光らせる)を3つ掲げるのが特徴で、大体の人がひとつに〈石巻〉の文字を入れています。最近は、他県から仕事で来て、記念なのか〈石巻〉と入れて帰るトラッカーもいますね。
最近のガンダムのようなデコトラはどうですか?
そういうのは好きじゃありません。私はあくまで、仕事車が好みです。ガンダムみたいな、デコトライベントに参加するようなトラックで仕事をしている人はあんまりいないのではないでしょうか。バンパーが出っ張っていたり、車高が低すぎると現場に入れません。私のダンプぐらいが、仕事で使える限界の改造ですね。
なるほど。好みは、実用的でレトロなタイプなんですね。それでは、〈噂のお嬢〉号の装飾ポイントを教えてもらえますか?
車体に〈しぼりパイプ〉というステンレスパーツを使っています。昔のトラックに使われていたものなのですが、父がメートル単位で探してきてくれました。あと、このイラスト、誰だかわかりますか?
ええと、沢尻エリカさんでしょうか?
ちがいます。誰も正解したことがないんですが、『極道の妻たち』が好きで、高島礼子さんのイラストをエアブラシで描いてもらいました。こういう女の人になりたいって、思っています。
幸乃さんにとって、女性とはどういうものでしょうか?
家庭に入るのが女性とは思わないですね。やりたいことはやって、家庭に入ることがすべてじゃないと思います。
それでは、仕事について教えてください。ダンプでは何を運んでいますか?
現場にもよりますが、砂利やアスファルト合材という道路を舗装するための材料を積み場で積んで、工事現場に運びます。そして、現場で〈フィニッシャー〉という役目の人に預けるんですが、積み場と現場が遠いと、200~300キロあります。それを1日4往復くらいですね。砂利ならダンプで現場に投げるだけなんですが、(アスファルト)合材は温度が180℃に達してやけどもするので、楽な仕事ではありません。
今日もものすごく暑いですが、真夏は…。
しんどいですね。(アスファルト)合材が冷めないように、断熱効果のある麻のシートを上からかぶせる作業があるんですが、そういう作業も全部ひとりでやっています。長靴の中に入ってきちゃったり、体のいろんなところにくっついちゃったり、やけどが絶えないですね。あと、雨が降ると麻のシートが水を吸って、すごく重くなって大変です。そういう作業を大体、朝7時に出発して夕方の17時くらいまで。帰ってきて、洗車をして1日が終わります。
そのあとは遊びに行ったりしますか?
友達と遊びに行くこともあります。ショッピングが好きなので、お休みの日は仙台まで買い物に行くかダンプを洗っていることが多いですね。
遊びやショッピングもダンプで?
それはないですけど。趣味というものがあまりなくて、全然音楽も聴かないですし、テレビに出ている男性タレントをカッコいいとか思わないので、そういうのも追っかけないです。服とバッグとカッコいいトラックをインスタで探して、フォローするくらいですね。
それでは、同世代の友達で同じような仕事に就いている人はいますか?
いません。友達からは、ダンプに乗っているように見えないといわれます。いかにも、女性ダンプ乗りにはなりたくないんです。
何というか、勝手なイメージでは、女性のダンプ乗りというと…。
強くて怖いというのが、ひと世代前の女性ダンプ屋の印象ですよね。男勝りで一匹狼みたいな。現場でそういう方に会うこともあります。
そういった男社会でやってきた先輩たちに、憧れなどはありましたか?
女性のダンプ乗りがカッコいいと思ってこの仕事を始めたわけではないので、特にはないですね。
では、女性トラッカーにはダンプ乗りが多いのですか?
多いです。20代の人にもたまに現場で会いますし、多少は増えていますね。運ぶものによっては、女の人でもダンプはそんなに大変じゃないんです。土砂や砕石を運んで現場で下ろすのに、力は必要ありません。たとえば、自分で荷物の積み下ろしなどをしなければならない長距離トラックのような仕事は女性には大変ですが、ダンプの場合は自動で積み下ろしができるので。トラック業界の中で、ダンプには楽な印象がありますね。
ダンプは下に見られているのでしょうか?
そういうところはあります。ダンプって馬鹿にされやすくて、「(女でも)誰でも乗れるし、何もしなくていいから楽でいいね」って、よく言われます。実際にはアスファルトの材料を運んだり、全然楽じゃない。
逆にランクが上の車はありますか?
トレーラーは現場で存在感があります。運転がとても難しく、バックするときは連結した貨物を引っ張るトラック部分を、90°に首を振って入っていきます。工事現場に入るときは周りを通行止めにして、みんなが見守るんです。下手な人は何度もやっていますが、運転が上手い人はバックで一発で入っていきます。ダンプを運転していてそういう場面に遭遇すると、すごいなと思います。みんなに見られて注目されて、いいなあと。
祭りのお神輿が通るような感じでしょうか?
そうです、トレーラーが来たら自分は道を譲りますね。
そんなヒエラルキーがあるのですね。では、話は変わりますが、女性だということでキツい仕事を避けてもらったり、優遇されていると感じたことはありますか?
夜中も働きますし、みんなと一緒だと思います。夜勤だと、夜8時から朝4時まで働いています。でも、力仕事になるとやはり男性の方が有利ですね。たとえば、トラックのタイヤ交換は女性だと大変です。タイヤを転がすだけでもひと苦労ですが、男性だと両手にタイヤをひとつずつ持って転がしちゃう人もいます。
力仕事になると、なんだかんだで男性が有利なんですね。では、現在国土交通省による〈トラガール促進プロジェクト〉(2014年にスタート。トラック業界では人材不足が深刻)という、女性大型トラックドライバーを2020年までに4万人に倍増する計画があります。女性のダンプ乗りが増えているとおっしゃいましたが、この計画が関係あると思いますか?
どうだろう。たしかに、女性トラッカーを積極的に採用しようとしている会社が、最近は多くなりましたね。「働きやすい環境を作っています」と、アピールしたり。逆に、女の人は使わないという会社もまだまだ、たくさんありますよ。
それでは、〈#MeToo〉運動というのを、この業界で聞いたことはありますか?
なんですか、それ?
たとえば、「 私も 職場でセクハラ被害に遭いました」という声をSNSなどを通して女性が上げて、是正していこうという運動なんですが。
なるほど、パワハラもですよね? この業界では聞いたことはないですが、やはり女性が少ないので、そういう目線で見られることはあるかもしれません。でも、そんなことを気にしていたら、やっていけるのかな。男女の比率が同じ職場では、そういう声が上がるかもしれませんが、男性が多い業界に入っていってるわけですからね。
いちいち、気にしていられない?
でも、それは自分が被害に遭ったことがないから、そう思うだけかもしれません。昔からこの業界で働いてきた女性トラッカーの人たちは強い。男性にもガツガツ行くから、セクハラとか、そういうことをあまり聞かなかったのかもしれません。
なるほど。もちろん、なかには被害に遭ってきた方もいるかと思いますが、先輩たちがセクハラ的な被害を抑えていた面があるかもしれないと。では、特に女性が働く環境が劇的に改善しているというわけではないのに、どうして女性ダンプ乗りが増えたと思いますか?
震災後にたくさん見るようになったんですよね。私が高校生のときに東日本大震災があったんですが、会社のみんなが瓦礫撤去で慌ただしかったのを覚えています。ここらへんは震災後、被災した建物の解体や道路の復旧、堤防を作り直すために土を運んだりしなければならないので、復興の仕事がいっぱいありました。なかでも、ダンプの仕事が一番増えたんじゃないですかね。中距離や長距離のドライバーから、震災後に転職してきた女性の話も聞きました。トラックの仕事では、ダンプが一番手っ取り早いんだと思います。
どこから来た人たちなんでしょうか? お父さん(高梨組建設運輸の相談役・高梨弘幸さん)に先ほど聞いたところ、石巻は、岩手、宮城、福島の3県の中でも特に瓦礫がひどくて、〈一時仮置き場〉から瓦礫を集積所に運び出すので半年。それから仮設の焼却場ができて、そこへ全部運び終わるのに震災から5~6年かかったそうです。その間に、復興需要で景気が良くなり、トラックを買えなかった人が買い換え、〈石巻スタイル〉が復刻したり、ダンプ乗りにはいろんな影響があったようですね。そうやって集まってきた人たちのなかに、女性の姿をたくさん見かけたようですが。
いろいろなところから出稼ぎで来ているんだと思いますが、最近は一時期より見なくなりました。復興の仕事が落ち着いたので、また別の場所へ行ったのだと思います。
たとえば、東京にいると五輪関連であっちこっち工事しているんですが、東京五輪関連の仕事に行った人もいますか?
オリンピックの仕事は、このへんまでは回ってきませんね。若い人は行きませんが、福島の汚染土を運ぶ仕事が増えているので、原発関連は石巻からもよく高齢ドライバーが向かっています。危険手当が出るくらいだから、危ないんじゃないでしょうか。
今の石巻の状況はどうでしょうか。仕事はありますか?
うちの会社はありますが、仕事がないところは全然ありません。同じ石巻市内でも、1ヶ月で半分しか仕事がないなんてところもあります。震災復興の仕事が減って、ダンプを辞めた人もいます。でも、私は震災がきっかけでこの仕事を始めたわけではなくて、トラックが好きで始めたので。
この仕事をずっと続けていきたいですか?
違う仕事への転職は考えていません。ダンプ以外にも乗れるようになって、ずっとトラックに乗っていたいです。
では、同世代の女性にこの仕事を勧めたいと思いますか?
どうでしょう。運転ができれば誰でもできるし、別に難しい仕事ではないというか。この仕事が大変そうだと思っているなら、そうでもないし。特に勧めませんが、やる気があれば女性でもできるよ、とは思います。
それでは、最後の質問です。幸乃さん自身、将来こんなトラック乗りになりたいという目標はありますか?
今はダンプに乗っていますが、トレーラー乗りの女性はほとんどいないので、最終的にはトレーラーに乗りたいです。ユンボなどの重機をトレーラーに積んで現場に運ぶ、〈重機回送〉という仕事があるのですが、重機を自分で運転してトレーラーに積み下ろす作業まで全部ひとりでやらなければなりません。それには、重機の運転免許やけん引免許を持っていなければならない。すべてをこなせる、ひとりでなんでもできるトラック屋になりたいです。