アートを超えたアート ジェイソン・デカイレス・テイラーの海中彫刻

彫刻家、ジェイソン・デカイレス・テイラー (Jason deCaires Taylor)。2010年、彼の作品を展示するカンクン海中美術館がオープンし、ここ日本でも、TVを始め各種メディアで細やかながら話題にのぼるものの、その後われわれのもとに彼の情報はほとんど届いてこない。

海中に彫刻を並べるアイディアは、カンクンが最初でないにせよ、斬新で奇抜だ。海中に作品が並ぶ光景は、屈折した光線や潮流と相俟って、この世のものとは思えない幻想的な境地に観るもの誘う。確かに、それだけでも十二分に価値のあるアートであり、情報であるが、ジェイソンの創作活動にはそれ以上の価値がある。

彼の作品を画像検索すれば、サンゴや海藻にまみれた彫像の写真でブラウザが一杯になるなずだ。従来、アート作品、といえば完成時の姿を保つべく保護されて然るべきものだが、ジェイソンの作品はなすがままに海中に放置されている。もしこれが、ムー大陸のムー次郎の手による造形物であれば、作業員が何人死のうが、丁重に海底から引き上げられ、何年もかけて付着物を取り除く努力がなされるに違いない。勿論、ムー次郎作となれば歴史的価値も付加されるので、ジェイソンの作品と並列するわけにはいかないのは重々承知しているが、彼の作品は保護されることを望んでいない。

なぜジェイソンは作品が保護されることを望まないのか。望んでいない、というと語弊がある。彫像が完成が、彼の作品の完成ではないからだ。彫像の完成はプロセスでしかない。彫像を海底に設置し、海洋生物が彫像と共存し、彫像の姿形が変容する様こそ、彼の作品だ。通り一遍のアート観にはそぐわないアート観を、彼は抱いている。加えて、そこには、海洋生態系保護、というアート活動以前の一人の人間としての意志もある。

鑑賞対象としての作品を超えて自然との融合を目論むジェイソン・デカイレス・テイラーの作品がいかに変態を遂げるのか、これからも目が離せない。

何万年後か定かではないが、ジェイソンの意図に反して、彼がムー大陸のムー次郎になることを夢想するのも、ちょっとした暇つぶしにはなるはずだ。