ニューメキシコ州の荒野に消え入る町
A house in Colmor

ニューメキシコ州の荒野に消え入る町

ニューメキシコ州の荒野に消え入りつつある、かつて栄えた町々。鉄道産業の隆盛にともない、世界中から押し寄せた入植者たちも、刻々と移り変わる経済、社会状況とともに、荒野のオアシスを後にした。現在、荒廃した町々では、リタイアした高齢者、静かに死を待つ老男女が、ごくごく少数ながらも、往時の賑わいを偲びながら日々を過ごしている。
30.5.17

「ここに何件の家屋が建っていたのか想像できないだろ」とベン・シスネロス(Ben Sisneros)はグレートプレーンズ(Great Plains)へと続くペコス川(Pecos River)の渓谷を眺めながら呟いた。「昔はバー、商店、学校があったんだ。ちょうどあそこにはラ・サラ・ダンスホール(La Salla Dancehall)があった」

現在、ダンスホールはもぬけの殻だ。われわれは、ニューメキシコ州のコロニアス(Colonias)の陽射しのなか、倒壊しそうな教会の傍にいる。教会の周辺はゴーストタウン化が進み、数年後には、荒野に飲み込まれてしまうかもしれない。シスネロスは、ここで暮らす数少ない家長のひとりだ。

コロニアスの住民, ベン・シスネロス.

コロニアスの衰退を食い止めるのは難しかった。かつて、ここには数千の住民が暮らしていた。しかし、現在は打ち棄てられた集落の廃墟で7世帯が暮らしているだけだ。ニューメキシコ州東部には、このような町がいくつかある。プエルタ・デ・ルナ、イエソ(Yeso)、ヴォーン(Vaughn)、カプリン(Capulin)、クエルヴォ(Cuervo)、コルモール(Colmor)。どこもかつては、農業や鉄道の恩恵に与り繁栄したコミュニティだ。しかし、長期的な経済動向の影響、もしくは、鉄道ルートの変更が住民のバイタリティを奪ってしまったのだ。そして、現在、これらのコミュニティは見る影もなく寂れるか、打ち棄てられてしまった。

「その辺はいいスポットだ」。ニューメキシコ州で暮らすニック・トルヒーヨ(Nick Trujillo)の趣味は、州東部の人里離れたゴーストタウン探索だ。「たとえ、立退きから何十年過ぎていようとも、他人の家にお邪魔するのは、すごく立入ったはなしだ」

放置された私物.

スティーヴ・フィッチ(Steve Fitch)は、「このような平原地帯の荒廃は19世紀後半に始まった。入植者が増え続けようと…」と著書『Gone: Photographs of Abandonment on the High Plains』に記している。「町の放棄は、世界恐慌によって加速した。住民の流失は今なお続いている」

窓から望むコルモール.

カプリンに佇む住居.

「ここはどんどんと寂れていっています」。デブ・ドーソン(Deb Dawson)は自宅の前で6匹の子犬に囲まれている。彼女は、公共事業促進局(WPA)が建設した、学校の校舎を改築した住居で暮らしている。ドーソンは、イエソに残った住民2名のうちのひとりだ。彼女は、80年代に彼女の夫を追ってここに定住し、その後、夫はこの地を去ったが、彼女は留まり続けている。2016年4月現在、彼女は保護された動物を保健所から貰い受け、約10匹の犬、約20匹の猫と暮らしている。「私は動物が大好きです」とドーソン。「動物は良き仲間でして、彼らのおかげで神に親しみが湧きます」

クエルヴォに佇む住居.

近隣のゴーストタウンは、プエルト・デ・ルナ(Puerto De Luna, PDL)だ。コロニアスから東に約50kmのところに位置している。19世紀中頃に、まず、ヒスパニック系の移民がこの地に定住を始め、続いて、ヨーロッパ系移民が入植した。

「最終的には、パジェス系、ゲルハルツ系、グレラチョースキーズ系などの若い東欧からの移民が入植するようになった」とプエルト・デ・ルナに長く住むリチャード・チャベス(Richard Chaves)はいう。「彼らは、メキシカン・カルチャーのいち部になったんだ。このような文化的同化は、ニューメキシコ州にある数多のコミュニティで起きていた」

プエルト・デ・ルナの語り部リチャード・チャベス.

「当時、ここにはたくさんの住民が暮らしていた」。オラシオ・ロペス(Horacio Lopez)の母親はゲルハルツ系だった。鉄道が開通したのを期に、「町の荒廃が始まった。そして、今のところ回復していない」とロペス。

イエソの夕景.