それぞれの刺青に込められた物語
世界中どんな刑務所でも刺青は、囚人たちの身体に刻まれたユニフォームのようなものだ。ロシアでは他の受刑者とのコミュニケーションツールになることもある。例えば首に短刀が刺さったモチーフは、当人が刑務所内で殺人を犯したことがあり、かつ殺人依頼を引き受けるという意味らしい。つまりこの入れ墨のある男が近づいてきたら、急いで逃げろってことだ。
この写真を撮ったのは、ソビエト連邦の元警察官アルカディ・ブロンニコフ。科学鑑定員として働いていた彼は仕事で多くの囚人と接す内に刺青に込められた意味やストーリーを知ることになる。60年から80年にかけて、囚人や刺青のことを理解するために撮っていた”記録写真”が、今回初めてロンドンのFUELギャラリーで展示されることになった。同時に出版された写真集『Russian Criminal Tattoo Police Files』(2014年出版、FUEL社)には250枚以上の写真が収録されている。FUEL設立者の一人であるデーモン・マーレイに写真集を出版した経緯を聞いた。
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編集者デーモンへのインタビュー
VICE:なぜこの本を出版しようと思ったのですか?
デーモン・マーレイ:以前FUELから『ロシア囚人刺青図鑑』というシリーズを出版したんです。『グラグとソビエトからのドローイング』というのもありました。好きなんです、こういうの。このシリーズは刑務所の警備員をしていたダンチグ・ボルダフのドローイングが基本になっています。彼は仕事中ずっと囚人たちの刺青を記録していたんです。
ソビエトについて勉強したとき、アルカディ・ブロンニコフという引退した警察官についての記事を読みました。彼はソ連の警察で科学鑑定のシニア・エキスパートを30年も務め、ウラルやシベリアの矯正施設に訪ねたりしていたそうです。1960年から80年の間、囚人たちに彼らの犯した罪やタトゥーについてインタビューをして、写真も撮っていたようなのですが、そのアーカイブがすごいんです。
このコレクションを使えばすごく面白い本が出来ると確信しました。シリーズの続編としても合うと思って。囚人の刺青を扱っているという点で共通しているのと、本能的な何かを感じました。
—コレクションを作るのに、どれくらいかかりましたか?
出版についてはすでに了承を得て計画を進めていたのですが、写真集の素材やセレクトすべき写真について具体的に話し合うため、ロシアのウラル地区にあるブロニコフ氏のもとを訪ねました。数日間で十分な素材と情報を得たので、ロンドンへ持ち帰ってスキャン作業を始めました。
—写真に映っている囚人についての情報も揃っているのですか?
警察のファイルからいただいた写真を掲載している最初のセクションを除いて、囚人についての情報はすべて身体に刻まれた刺青から推測したものです。彼らの犯罪は様々で、殺人やレイプのような重犯罪もあれば、スリや侵入といった軽いものもあります。
それぞれの刺青がどんな犯罪と結びついているか示すキャプションを付けました。例えば〈十字架の上で焼かれた裸の女性〉は、女性を殺害した罪を表しています。〈炎の下の丸太〉の数は、収容される年数です。
—彼ら自分で刺青を彫ると聞きました。刑務所の中で何を使っているんですか?
ほとんどが原始的で痛みの伴う方法です。彫り終わるまで何年もかかるものもあります。小さなものだと4~6時間で済んでしまうのもあります。だいたいのケースは、電動シェーバーに針を付けアンプルを使って染色液を流し込みます。
—染色液をどうやって手に入れるのですか?
焦がしたゴムを尿と混ぜたものを染色に使っていたようです。衛生的なことを考えれば本人の尿を使うのが一番ですね。刺青は当局から禁止されているため地下に潜ってしまいがちで非衛生的になります。一番の危険はリンパ線が炎症を起こした場合です。発熱や寒気が起きることもあります。
—危険なのに、彼らはなぜ刺青を入れるのでしょう?
ブロニコフのインタビューに答えた囚人によれば、ほとんどの囚人は最初の犯罪を犯してすぐに刺青を入れるそうです。投獄され覚悟が固まると刺青の数は増えていきます。軽い犯罪を犯した囚人が入る刑務所では、65~70%の囚人が刺青を入れていますが、刑罰が重くなるにつれその割合は上がり、中堅の刑務所だと80%、最も重い刑務所だと95~98%になります。
慣習的に犯罪集団は刺青が入れていることが多いです。それが組織に入る掟だったりもするそうです。ただリーダーは鎖骨のあたりに7~8個が平均で、あまり多くの刺青を入れないようです。政治犯も刺青を入れない場合が多いですね。
—囚人のこうした刺青について、個人的な思いはありますか?
うーん、単純にすごいなって。どんな彫り師を探してもあんなユニークではっきりとした象形を作れる人は少ないでしょう。それぞれのイメージがしっかりとした意味を持っているんです。刺青を入れる行為自体も当人の生死を賭けて行われていますし。
新たな囚人が監房に入ると「刺青を入れる準備は出来てる?」と聞かれるらしいです。答えられなかったり、他の囚人が「間違った刺青」を入れてると判断すれば、ガラスやがれきの破片を渡されて取り除くように命じられる。あるいは集団暴行を受けるかレイプされるか、殺されることもあるらしいですよ。
刺青を入れることは囚人の社会で最も尊く、恐れられることなんです。個人的な行為というより、慣例的な法律を超えた社会での”掟”みたいなものです。個人的なものではないんです。
ーたくさんの刺青を見てきたと思いますが、何が一番多いですか?
共通するテーマやイメージはいくつかあります。一番多いのは宗教的なものです。聖母マリアと子ども、ロシア正教会、十字架とか。ただソビエトの刑務所には「ゾーン」と呼ばれる独特の体系があって、宗教的な図像でも信仰とは関係のなくアウトローの象徴として刺青を入れることがあります。そういう人は刑務所で痛い目に遭うんですけどね。
聖母マリアとイエスのシンボルは様々な意味が込められているので。やはり最も多いです。所属している犯罪集団への忠誠の証だったり、聖母マリアは悪を寄せ付けないという信仰があったり。
ゾーンでは、教会や修道院が窃盗のサインになっています。教会の尖塔の数が犯罪の数を示していて、盗人の階級を示す十字架は身体で最も大事な部分である胸に刻まれることになっています。盗みの伝統に対する献身と裏切りによって身体が汚されていないことを示すためです。仲間の盗人の前で「純潔」を誓うのです。
—この写真集を作ったのはなぜですか?そもそも、この写真は何の目的で撮られたものなのですか?
ブロニコフ氏のコレクションが面白かったからですね。ただそれだけです。
写真は元々、警官が囚人の刺青の意味を理解するのと、囚人を識別するために記録していたものです。かなり実用的な目的のために撮っていたのです。彼は芸術家ではないので囚人の世界観をまっすぐに映しています。無意識でしょうが写真家の人間性が排除されて、しっかり犯罪者の特徴を捉えていると思います。攻撃性や脆さや憂鬱さ、あるいは自尊心の高さ。刺青だけではありません。身体に刻まれた傷や欠けてる指など、公には語れないようなものを彼らの身体が物語っているのだと思います。