メキシコ麻薬戦争。子供を奪われた母親たちの武器なき闘い

メキシコ中に拡大し終息の兆しすら見えない麻薬戦争。殺人、誘拐、拷問、レイプ──、あらゆる凶悪犯罪が日々繰り返されるなか、東部ベラクルス州で行方不明の息子や娘を捜す母親たちが団結、行動を起こした。代表を務めるルシア・ディアスさん(63)は日本を訪れ、東京、京都、大阪を巡って「戦時下」の一般市民の窮状を訴えた。帰国前日、都内NGOオフィスで開かれた講演の模様をここに記す。

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okt 25 2018, 11:15am

私の息子は2013年に誘拐されました。29歳でした。彼は犯罪者ではありません。ドラッグを売ったこともなく、常用者でもありませんでした。ですから私は、自分の息子が襲われるなんて夢にも思わなかったんです。誘拐犯たちの要求に従って身代金を払い、息子の車とバイクも渡しました。でも、彼らは息子を返してくれませんでした。

息子が誘拐された翌年(2014)、私はベラクルス州の行方不明者の母親8人とソレシートの会を立ちあげました。当初は、同じ境遇にある者同士が苦しみを共有し、精神的なサポートをするのが目的でした。現在はメンバーが300人に増え、みんなで力を合わせて自分たちの息子や娘を捜索しています。

どうして被害者家族の私たちが自ら捜索をしているのでしょう。捜査当局が麻薬カルテルの言いなりになっていて、力になってくれないからです。この数年はベラクルスの州知事が誰になろうが、カルテルと癒着している状況は変わりません。ですから何千人が命を落とし何百人が行方不明になっても犯人が裁かれることはまずありません。

こうしたベラクルスの状況は12年前、当時のフェリペ・カルデロン大統領が引き起こしました。メキシコ麻薬戦争です。

2006年12月1日、右派である国民行動党(PAN)のフェリペ・カルデロンが第56代メキシコ大統領に就任し、10日後の12月11日、麻薬カルテルに対して宣戦布告。そして手始めに、自らの出身地であるミチョアカン州をラ・ファミリア・カルテルから奪還するため陸軍兵士6500名を送り込み、これをヘリコプターと海軍の軍艦が援護した。その後はメキシコ各地のカルテル支配地域に戦線を拡大。カルテルのトップや幹部を排除する作戦を展開し、2009年12月16日に海軍がメキシコシティー南部でベルトラン・レイバ・カルテルのボス、アルトゥロ・ベルトラン・レイバを銃殺するなど、大きな戦果をあげた。しかし、それは一方でカルテル内の主導権争いやカルテル間の抗争の激化に繫がっていく。2007年までに7つあった主要なカルテルは分裂して中小のカルテルが乱立、貧困層の若者たちを引き入れながら縄張り争いを繰りひろげた。また、軍や警察による取締の強化を受けて、カルテルは麻薬犯罪だけではなく、一般市民の誘拐や殺害にも手を染めるようになっていった。ルシアさんは、メキシコで吹き荒れているこのような暴力の元凶は米国にあると指摘する。

メキシコ麻薬戦争には隣国アメリカが深く関わっています。アメリカは国内に深刻な麻薬問題を抱えているため、ドラッグを入れないようメキシコに圧力をかけました。そうやって彼らはカルテルと闘っているというポーズを自国民に見せなければなりませんでした。アメリカ政府はメキシコに武器や弾薬を無制限に送り込みましたが、それらの多くは軍や警察ではなくカルテルに渡っています。アメリカがよこした銃でこれまでに何十万のメキシコ人が命を落としました。そして現在も麻薬戦争は継続中です。アメリカにおける麻薬需要が莫大で巨額のマネーが動くため、誰もこの戦争状態を止めることができない。アメリカ人の麻薬使用が、メキシコの若者たちを殺すのです。

6年間の任期を終えたカルデロンに代わって、2012年12月1日にエンリケ・ペニャ・ニエトが第57代大統領に就任。かつて71年間にわたりメキシコを支配してきた中道右派の制度的革命党 (PRI) は12年ぶりに政権を取り戻した。政府の発表によれば、殺人の件数はカルデロン政権下の2007 年から急増し2011 年にはピークの2万2409件に達したが、翌年のペニャ・ニエト政権発足から減少。しかし、そのデータの裏には身の毛もよだつような事情が隠されている。2010年から現地でメキシコ麻薬戦争を取材しているジャーナリストの工藤律子氏は2017年に出版したルポルタージュ『マフィア国家―メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』のなかで次のように記している。引用文中のカルロスは元ギャングのリーダーで、カウセ・シウダダーノというNGOを立ち上げ、貧困層の子供や若者を相手に非暴力を説く活動をしている人物だ。

〈現地週刊誌『プロセーソ』は、一五年二月九日掲載の記事のなかで、カルデロン政権とペニャ・ニエト政権それぞれの失踪者に関する公的データを分析し、「カルデロン政権下では一日平均六人が失踪していたが、ペニャ・ニエト政権下ではその倍以上、平均一三人だ」と指摘した。
これらの事実は何を意味しているのだろうか。
「犯罪組織は今、手下に、“何をしてもいいが、出したゴミは片付けろ。あるいは料理しろ”と指示しているんだ」
凄みのある目つきで、カウセのカルロスが言う。麻薬戦争の影響が大きい地域の若者たちの近況を聞きに行って、いきなり出た話が、それだった。
「つまり、数年前までのように、町中に死体が転がっている、という状況は避け、殺した相手は埋めるか焼くかして、とにかく証拠を消せ、ということなのさ」〉

政権が変わっても状況は好転しなかった。ただ、見えるところに死体があるか、隠されているか、灰になって消えたかの違いだけ。そのうえ、政府が発表するデータそれ自体を低く見積もらなければならないようだ。ルシアさんは語る。

メキシコ麻薬戦争が始まってから現在まで11年あまりの死者は25万人、行方不明者は3万7000人。政府はそう主張しています。しかし、被害者家族の多くが届けを出さないため、リアルな数はわかりません。行方不明者はベラクルス州だけで2万から3万人、タマウリパス州やゲレロ州、ミチョアカン州はそれぞれ5万人を超えるといわれています。

被害者の家族が届けを出さない理由は、警察や検察が裏で殺人や誘拐に関わっているのを知っているから。捜索願を出して、当局と通じているカルテルから脅迫や嫌がらせを受けるのを怖れているのです。捜索願を出そうとしたある母親は、警察官から「息子さんは犯罪者だったから捜索願は出さないほうがいい」と言われました。「あなたは私の息子のことを何も知らないでしょ」と彼女が反論すると、「うるさいな。お前の息子は絶対に犯罪者なんだよ!」と罵られたそうです。娘を捜している別の母親は、「お前の娘は売春婦だったんだろうよ。捜索願を出して俺たちにいったい何をやってもらいたいんだ」と吐き捨てるように言われました。捜索願が受理されたとしても当局は動いてくれません。いくら目撃証言があっても、捜査をしているふりをするだけです。それどころか証拠の隠蔽までやってのけます。

発見された遺体の身元を特定するため、私たちは現在までに行方不明者の家族1550人分のDNAサンプルを採取しました。そのうち捜索願を出している人は388人でした。たった25%です。DNAサンプルの採取は教会で行ないました。捜査当局でやると嫌がって人が集まらないんです。

2011年12月、ベラクルスの州政府はベラクルス市とその近郊を管轄する警察を解体し、汚職が疑われる警察官900名と事務職員100名の全員を解雇した。また、2017年4月には、組織犯罪への関与と公金数百万ドルの横領を疑われ任期途中で逃亡し国際指名手配されていたハビエル・ドゥアルテ元ベラクルス州知事が隣国グアテマラで拘束されている。当局の腐敗は、当然ながらベラクルス州に限ったことではなく、メキシコ各地に浸透している。このような絶望的な状況のもと、メキシコではソレシートの会をはじめ多くの市民団体が、本来は当局が行なうべき行方不明者の捜索に当たっている。

「捜索方法は大きく分けて2通りあります」とルシアさんは解説する。ひとつは、刑務所や病院やリハビリテーションセンターなど、生きている人たちが集まるところを捜索。もうひとつは、死体安置所や墓地など、死者が集められているところを捜す。後者には、カルテルが死体を遺棄する秘密墓地が含まれる。「秘密墓地での捜索中に見知らぬ男からライフルの銃口を向けられたこともあります」とルシアさんは告白した。それでも母親たちは捜索を諦めない。

2016年5月、ルシアさんたちソレシートの会メンバーは、ベラクルス市内で行方不明者の捜索を求めるデモを始めようとしていた。するとそこに1台の車が停まり、見知らぬ男が地図のコピーを手渡して無言のまま去っていった。地図上の郊外の丘には多数の十字が書き込まれていた。ルシアさんは秘密墓地の情報提供だと悟った。2カ月以上かけて州検察を説得して許可を得て、ルシアさんたちは自らの手で捜索を開始した。

それから2年間の捜索で私たちは151箇所の秘密墓地を見つけ、295人の遺体を発掘しました。秘密墓地を捜すときは長い鉄の棒を使います。棒を地面に刺して土中深くに埋め、引き抜いて匂いを嗅ぎます。腐敗臭がしたらスコップで掘って調査をします。炎天下、サソリや毒蛇がいる危険な場所で、ときには2〜3メートルも掘りさげなければなりません。大変な重労働です。多くの場合、遺体はまとめてビニール袋に詰められています。子供の遺体も見ました。秘密墓地といっても遺体が見つかるのを怖れて隠した様子はなく、まるでゴミのように打ち捨てられた状態です。骨が袋を突き破って露出していたり、何人分もの衣服や免許証、クレジットカードなどがまとまって見つかったりすることもあります。

あるときは5つの井戸を捜索し、20人の遺体を発見しました。井戸はとても深いので、安全ベルトを装着してロープでゆっくりと降りていきます。犯罪者たちは遺体を井戸に投げ入れたあとから大きな石やタイヤを落としているため、遺体を引きあげるまえにそれらを取り除かなければなりません。暗い井戸の底で、つらくて危険な作業を強いられます。

私たちは捜索を続ける傍ら、お祭りでタコスを売ったり、バザーで古着を売ったり、くじ引きを催したりして、掘削する機材などを調達する資金に充てています。その一方で、遺体を当局が責任をもって管理しているか、DNA鑑定がきちんと行なわれているかも監視しなければなりません。そうやって私たちは週5日間働いています。私たちは、残酷な方法で家族を奪われて暗闇のなかにいる人たちに少しでも光を当てたいのです。

暗闇のなかにいる人たちに少しでも光を当てたい──。そんなルシアさんの願いが、ソレシート(小さな太陽)という会の名前に込められている。しかし、現実は残酷だ。行方不明者が生還するケースは極めて稀だとルシアさんは語る。

一度だけありました。我々の仲間は2カ月間行方不明だった7歳の女の子を見つけています。さまざまな虐待をされていましたが、それでも彼女は生きていました。現実的に考えると、行方不明者の生存の可能性は極めて低い。それでも希望を捨てず前向きに考えなければなりません。生きて見つかるように強く信じてなければやってられないんですよ。

メキシコが人道の危機に瀕していることを世界中の人たちに知ってもらい、外からの圧力でメキシコ政府を動かす必要があります。皆さんにメキシコの状況を知っていただくのはとても大事なことなんです。私が今日お話ししたことをどうかSNSで発信してください。DNA鑑定に必要な化学薬品を提供するなど、日本から援助をするよう国会議員に働きかけてください。私たちの活動をサポートできる人をご存知でしたら紹介してください。何かアイデアがあれば教えてください。それを伝えたくて私は日本に来ました。ソレシートの会は、愛をもって闘うお母さんたちの集まり。母親は、子供ためならなんだってできるんです。

ルシアさんは会場の一人ひとりの心に訴えかけるように言葉を重ね、1時間半の講演を締めくくった。

終了後にルシアさんに声をかけ、少しだけ質問をした。ソレシートの会の代表者としてではなく、ひとりの母親としての声も聞いておきたかった。息子のルイス・ギジェルモさんについての質問に答えるとき、気丈なルシアさんの目に光るものがあった。

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ルイス・ギジェルモさん。誘拐後、ルイスさんの携帯電話の売却に彼の会社の従業員が関与していたことが判明している

── 子供を誘拐されて苦しんでいるお母さんがたくさんいるなかで、ルシアさんはソレシートの会を立ちあげました。ほかのお母さんとルシアさんはどんな違いがあったと思いますか?

私は自分の息子がいなくなったら見つかるまで捜しつづける人間なんです。ほかのお母さんに比べて活動的というのもあるかもしれません。

── 会を立ちあげるとき、ご家族の反対はありませんでしたか?

政府や犯罪組織が嫌がることをするので危険はともないます。もちろん家族は凄く恐怖を抱いてはいますが、私を止めることはできませんでした。ソレシートの会を始めてから現在に至るまでずっと支えてくれています。

── 息子さんとの最後の会話を覚えていますか?

事件当日は病気で寝ているところを誘拐されました。最後の会話はWhatsApp(無料メッセージアプリ)を使ってのやりとりです。「カノジョと一緒に住むために家を買おうと思ってるんだ」と言っていました。そして、ベラクルスの状況がひじょうに悪いと心配していました。

── 息子さんはどんな人でしたか?

背がとても高く、スポーツ万能で、とても明るい子でした。この写真を見てください。私の息子はカッコいいでしょ。若くして従業員6人のイベント会社を経営していました。働き者で事業は成功していましたから、それが仇となって狙われたんでしょう。息子はインスタグラムに「僕は人を幸せにするために生まれてきたんだ」と投稿していました。いつも他人に素晴らしい何かを分け与えたいと願っていた子だったのに、逆の状況に陥ってしまった。すべてを奪われてしまったんです。

報道によると、2017年にメキシコで起きた殺人事件の数は2万5339件。これまで最多だった2011年を上まわり、1997年に統計が始まって以来最悪の件数となった。さらに今年1月から3月の殺人事件は7667件と2017年同期を20%上まわり、こちらも過去最悪を更新している。しかし、これはあくまでも政府発表のデータに過ぎない。メキシコ中の土地を掘り返しでもしない限り、事実に近づくことはできないだろう。

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参考文献
『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』ヨアン・グリロ(著)、山本昭代(訳)/現代企画室
『マフィア国家―メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』工藤律子(著)/岩波書店
『ラテンアメリカレポート』Vol.34 No.2より「ヘゲモニーの衰退と拡散する暴力―メキシコ麻薬紛争の新局面」馬場香織(著)/日本貿易振興機構アジア経済研究所

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