地上からは見えない環境汚染を伝える空中写真
Photogrpahy by J Henry Fair.

地上からは見えない環境汚染を伝える空中写真

写真家のJ・ヘンリー・フェアは、私たちが存在すら知らない日常的な環境汚染を、高度300メートルから記録し続けている。

ゴミだらけのビーチ、蛍光ピンクのストローで窒息したウミガメ、立ちこめる灰色のスモッグ…。環境汚染というと、このようなイメージを抱くひとが多いだろう。しかし、写真家/活動家のJ・ヘンリー・フェア(J. Henry Fair)が捉えようとしているのは、目に見えない汚染だ。

ヘンリーは民間のパイロットの助けを借りて、人間の大量消費による産業汚染を記録するシリーズ〈Industrial Scars〉に取り組んでいる。彼の写真は、石油採掘現場から製紙工場、畜産農場、石炭採掘、プラスチック製造まで、自然環境の悲惨な現状を伝えている。ヘンリーを取材し、現実を生々しく捉えた作品や、環境保護のアクティビズムについて話を聞いた。

phosphate waste agcriulture pollution

農業の行き着く先。貯水池の排水管から流れ出すリン酸塩を含んだ汚水。米フロリダ州レイクランドにて撮影。PHOTO BY J HENRY FAIR

まず、どうしてこのシリーズを撮り始めたのでしょうか?
現代では、誰もが閉鎖的な空間にいます。この閉鎖空間は、私たちが使っているSNSのアルゴリズムによってつくられていて、そのせいで私たちは既に知っている考えかたにしか触れられない。僕はこの空間を超えたところで、何か美しいものをつくりたかった。そうやって、現状を信じようとせずに、世界の片隅に閉じこもっているひとたちに踏み込んでいく。つまり、対話を始めるのが狙いです。たった1枚の写真で彼らの考えを180度変えられるとは思っていません。でも、疑問を抱かせるだけで充分な場合もあります。僕の写真のおかげでベジタリアンになったという若者もいました。そういうのは嬉しいですね。

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このような場所はどうやって見つけたんですか?
データベースをつくって、こういう汚染や場所をひとつずつ記録しているんです。長年リサーチを続けていて、今どこで何が起きているのかがよくわかるようになりました。自分がその場所の立法機関に働きかけようとしてるかどうかも、場所を選ぶ基準になります。

coal power plant germany pollution

石炭火力発電所の冷却塔から立ちのぼる蒸気。ドイツ、グレーベンブローホにて撮影。PHOTO BY J HENRY FAIR

現在、広めようとしている問題について教えてください。
今ドイツで活発になっている、石炭をめぐる議論です。最近の展示でドイツの褐炭を大きく取り上げたのは、その議論に影響を与えたかったからです。どれほどの量が燃やされているのか、誰も知りません。発電所は毎日貨物車1台分を燃やしている。しかも、石炭が燃えると大量の灰が出ます。EU諸国における死因第1位は大気汚染です。炭化水素の燃焼さえやめれば、問題は解決する。注目されているのは気候変動ですが、その背景にはさまざまな問題が関わっているんです。

ひとびとに現状を示すことで、彼らが行動を起こすきっかけをつくりたいということですか?
そうです。今のドイツでは、ハンバッハの森林伐採が大きな問題になっています。長年森で生活しながら森林破壊に抗議し続けている活動家もいます。彼らは褐炭採掘による森林破壊を防いだにもかかわらず、過激派というレッテルを貼られている。この問題は、ヨーロッパと世界の環境問題を象徴しています。ヨーロッパの炭素排出国トップ10のうち、7ヶ国が石炭火力発電に頼っている。つまりハンバッハの問題は、5種のヨーロッパ固有種が生息する森の破壊だけでなく、この国における石炭エネルギー政策も象徴しています。ドイツはヨーロッパ最大の炭素排出国ですから。

industrial water pollution

ラグーン処理(廃水などをラグーンと呼ばれる溜め池に一定時間滞留させ、自浄作用を利用して水質浄化を図る水処理方法)される製紙工場の廃水。PHOTO BY J HENRY FAIR. CREDITS TO LIGHTHAWK

上の写真はカナダのティッシュ工場による環境汚染を記録しているそうですが、もう少し詳しく教えてください。
これはティッシュとトイレットペーパーをつくっている、最も人気のあるメーカーの廃水です。このメーカーの名前を明かすつもりはありません。それよりも、新聞紙を再利用したトイレットペーパーを使うよう、ひとびとに訴えたい。そうすれば、私たちが生きているあいだに森を救えますし、気候変動や水質汚染の改善にも大きく貢献できます。

この工場はどのようにティッシュを製造し、廃水を処理しているんでしょう?
このメーカーは、ティッシュ製造のためにカナダで北方林を切り倒しています。真ん中の泡のようなものは、かくはん機です。廃水をかき混ぜることで、揮発性有機化合物(volatile organic compound: VOC)の揮発を促します。また、そこに微生物を入れて有機物を分解させるんですが、かくはん機はこのプロセスも促進します。

aluminium production waste

アルミニウム製錬所のボーキサイトの廃棄物に含まれる、泡状の汚染プルーム(汚染濃度が高い部分)。米ルイジアナ州バーンサイドにて撮影。

このような写真を撮ることで、ご自身に変化はありましたか?
クリスマスの時期にようやくスマホを買ったことくらいでしょうか。先ほど言ったようなSNSの閉鎖空間に入りたくなかったので、ずっと買わないようにしていたんです。それに、スマホの製造は環境に大きな負担をかけるので。これが、リサーチを進めるうちに私のなかで起きた変化のひとつです。肉もあまり食べません。肉食は環境に大きな害を及ぼす行為ですから。

大きな発見は、自然のための環境保護、そして人間にとっての自然がいかに大切か、ということ。人間だって自然のいちぶです。私たちは文明を獲得したことで、自らを自然から引き離して考えるようになりました。これはとても危険な思想だと思います。

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写真に収められている土地は、どのくらいの広さなんでしょう?
写真によりますが、ほとんどは300メートルほどの高さから撮影しています。そうやって、巨大な湖に広がる汚染物質を真上から見下ろしているわけです。すべて空中から撮影しています。

oil storage tank refinery

真上からみた製油所のオイルタンク。米ミシシッピ州パスカグーラにて撮影。PHOTO BY J HENRY FAIR. CREDIT TO SOUTHWINGS.

その高さまでどうやって行くんですか?
パイロットを雇っています。人口が集中している地域では、最低飛行空域である高度300メートルほど。もう少し低いところを飛んでもらえることもあります。飛行は、私の写真撮影のなかで最も難しいプロセスです。たいていパイロットと飛行機を探すのにとても苦労するので。シンガポールでは、結局撮影できませんでした。シンガポールには石油掘削装置がたくさんあるので撮影したかったのですが、誰も引き受けてくれなくて。

空中撮影をするさい、特に大変だったことは?
FBIから取り調べを受けたことがあります。彼らはあまり礼儀正しいとはいえませんでした。9.11のテロ攻撃以来、米国は特に神経質になっています。不安という感情は、大衆に広がりやすい。パイロットのひとりが、私がテロリストだと通報したんです。これまでの歴史を鑑みても、大衆を操るには、彼らを啓蒙せず、不安を抱かせるのがいちばん効果的です。

私たちが上空を飛んでいるのに気づいた製油所に、警察を呼ばれたこともあります。とても風の強い日でしたが、どうしても撮りたいものがあったんです。普段は望遠レンズを使ってこういうグラフィックで面白い写真を撮っているんですが、風が強くてパイロットが機体を安定させられなかったので、高い場所から写真を撮るのが難しくて。地上の誰かが、私たちが上空を何度も旋回するのに気づいて、FBIに通報したんです。

fertilizer pollution spain

リン酸肥料工場から石灰質の土地へと流れる緑色の廃水。スペイン、ウエルバにて撮影。PHOTO BY J HENRY FAIR.

その高さでも臭いはしますか?
はい、ひどい臭いです。石炭火力発電所や製油所が排出する煙は、とても毒性が高いです。飛行機のなかにも臭いが漂ってきます。

paint production pollution

塗装工場の原料。ポーランド、シュチェチンにて撮影。PHOTO BY J HENRY FAIR.

活動家としてどのようなメッセージを伝えたいですか?
私たちは今、切迫した状況にあります。モタモタしている時間はありません。今こそ私たちが行動を起こさなければ、後に続くひとは出てこない。政府が耳を傾けるのは大衆ではなく、企業の代表の声です。資本主義モデルで重視されるのは、採取、消費、廃棄ばかり。大金を稼いでるひとたちにだって子どもはいますが、彼らは自分自身に嘘をつき、お金さえあれば悪いことから逃れられる、と子どもたちに教えている。

シロクマはもう絶滅したも同然です。トラも同じです。今更泣いても仕方がありません。私たちはすでに多くを失ってしまった。それでも、まだ救えるものはたくさんあります。街に出て、「もうこんな状況は見過ごせない」と声を上げるのが、私たちに残された唯一の道なのです。

For more of J. Henry Fair's work you can also find him on Twitter and Instagram

This article originally appeared on VICE ASIA.