〈世界でもっとも汚染された川〉の最悪な現状
撮影はすべてIQBAL KUSUMADIREZZA。ヘッダー写真はひどく汚染されたチタルム川の支流。バトゥジャジャール、2019年撮影。

〈世界でもっとも汚染された川〉の最悪な現状

無数の化学物質が川を汚染し、地下水を汲みあげる井戸や米を育てる田んぼにまで影響を及ぼし、その結果、近隣住民が発疹や肺炎に苦しんでいる。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP

インドネシアには数多くの河川が流れている。そのなかでも、特に悪名高いのが西ジャワ州を流れるチタルム川だ。世界中のメディアが、この川を〈世界でもっとも汚染された川〉と称する。

西ジャワ州の州都、バンドンのワヤン山からジャワ海へと流入するチタルム川は、全長286キロメートルで西ジャワ州では最長の川だ。汚染がここまで悪化する前は、チタルム川はジャカルタ、ブカシ、カラワン、プルワカルタ、バンドンなど、近隣大都市の住民の暮らしを支える重要な役割を担っており、さらに420ヘクタールに及ぶ農地を潤してもいた。しかし周辺が工業化されるにつれ、チタルム川は大打撃を受け、一帯の唯一の水源が脅かされた。

ボゴール出身の写真家である私は中学生のとき、この川が毎年氾濫し、多くの廃棄物が流されていることを知った。その写真に衝撃を受け、2007年、この川の様々な地点で写真を撮るという個人プロジェクトを開始した。久々に訪れたチタラム川が、有毒な汚水溜めのようになっている姿をみて、私は心を痛めた。もともとは氾濫の爪痕を記録することが目的であったが、この川の問題はそれだけに留まらないことに気づいた。さらに、長期間この川の姿を記録することで、悪化していくチタルム川の環境に関して世間の関心を引くことができるのでは、と考えた。私がフォーカスを当てたのは上流側だ。繊維産業発展の拠点となった地域で、川の汚染もそこから始まった。

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浄水場からチタルム川支流のチキジン川へと流れ込んだ廃棄物。2016年撮影。

チタルム川の汚染の主な原因は、繊維産業の発展だ。1980年代には、川岸に林立する300にも及ぶ工場が、有毒な廃水をチタルム川に流し捨てはじめた。チタルム川流域の工場全体のうち、適切な廃棄物処理システムを備えているのは5分の1程度にすぎなかった。また廃棄物問題は、地域全体の問題でもあると私は気づいた。廃棄物処理システムがないため、流域に暮らす住民も、川をゴミ捨て場として利用しているのだ。

多くの工場がチタルム川流域に建設されたのは、その一帯は地下水が豊富で、川が便利なゴミ捨て場になるからだった。これまで工場は地下水を過剰に使用し、さらに有毒化学物質が、川から地下水を汲む井戸にまで浸透してしまっている。もともと一帯には、工場にふさわしいインフラが用意されていなかった。工場での雇用が始まり、チタルム川流域にひとびとが殺到したが、廃棄物処理システムは整備されておらず、それに加えて清潔な水道水も使用できないとなれば、住民たちは水源として、そしてゴミ捨て場として川を使い続けるしかなかった。

繊維業界がチタルム川流域に拠点を起きはじめたのは1970年代後半だった。工場のおかげで一帯は〈金のなる街〉として知られるようになった。Yves Saint Laurent、GAP、The North Face、Wrangler、Pierre Cardin、Calvin Kleinなど、名だたるアパレルブランドからの生地の発注を多数受けていたからだ。しかし、繊維産業がもたらした雇用は、地域の環境を犠牲にした。繊維産業の中心地、バンドン県のマジャラヤは、チタルム川流域の大気汚染と水質汚染の元凶となった。

法的措置から逃れるため、そして適切な廃棄物処理システムの導入にかかる高いコストを避けるため、多くの企業は独自のパイプラインを敷き、廃棄物を川に直接流し込んだ。

チタルム川は、いつまでも発展しないインドネシアの水処理システムの問題を示す縮図といえるかもしれない。グリーンピース・インドネシアとWalhi(インドネシア環境フォーラム)のデータによれば、チタルム川の水には、有毒な水銀、鉛、クロム、亜鉛、銅、硫酸塩などが含まれており、その含有レベルは周辺住民の健康を害するほどだという。

マジャラヤの繊維工場のうち80%近くが、チタルム川やその支流の川岸に建っている。川を汚染する化学物質の多くは、地下水を汲む井戸や、周辺の水田にまで広がり、住民は発疹や肺炎などに苦しんでいる。

周辺住民たちは水の有毒性を認識しているが、他に頼れる水源がないため、身体を洗ったり、洗濯や食器洗いにチタルム川の水を使用し続けている住民もいる。子どもたちが川で泳ぐこともある。

2016年には、グリーンピース、インドネシア環境フォーラム、Bandung Legal Aidやその他環境団体からなる〈Coalition Against Waste〉が、3つの工場にチタルム川の極度の汚染の責任がある、としてインドネシア環境省を相手どり訴訟を起こし、勝訴。その結果、汚染を認める法令の執行が中止され、3つの工場による有毒物質の川への廃棄が違法となった。これは、正しい方向へ進むための第一歩となったが、この決定が実際に効力があったかは定かではない。

また、西ジャワ州政府も、生きた魚を放流し、今や風前の灯火状態の川の生態系を取り戻すなど、チタルム川再生に取り組むチームの設置を農林水産省に要請した。

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2018年、ジョコ・ウィドド大統領は、7年かけてチタルム川の浄化を実行する、と約束し、それから1年経った今年2月には、チタルム川の一部で悪臭を消すことができた、と主張した。しかし、その主張は私の写真とは食い違っている。マジャラヤとその周辺に、大きな変化はみられない。

これまで示してきたとおり、チタルム川の化学物質による汚染問題の元凶は繊維工場だが、周辺の村々に暮らす住民も、間違いなくその一端を担っている。川に絶え間なく流入する廃棄物に対抗するため、あるいは少なくとも関心を高めるために何か対策はなされているのか、と地元民に話を聞いて、2015年、〈Coalition Against Waste〉が勝訴した裁判の記念に、そして廃棄物をなくす活動に住民の参加を促すために〈チタルム川の日〉が環境活動家によって制定されたことは確認した。中央政府も世界銀行から2兆ルピア(約153億円)を借り、〈Citarum Harum(悪臭のないチタルム川、の意)〉というチタルム川再生プログラムを主導している。

しかし、住民たちが家庭ゴミを川に捨てることをやめさせるための対策はほぼ実行されていないようだ。住民たちが川にゴミを捨てないようにするアイデアを思いつき、政府に連絡をしても、サポートは得られなかったという。一帯に廃棄物処理システムが導入されないままだと、川に捨てるか、燃やすしかできない、と住民たちは訴えている。

私は、ウィドド大統領が7年の誓約を実行するまで川の写真を撮り続ける。これまでに撮影した写真を以下に掲載する。

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チタルム川の端に浮かぶ廃棄物。ダユコロット、2011年撮影。

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チタルム川の支流、チカプンドウン分水路。バンドン県タマンサリ、2013年撮影。

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チタルム川の水面に浮かぶ大量の廃棄物のなかを進む船。2012年撮影。

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チタルム川の水面に映る工場の煙突。2017年撮影。

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廃棄物が描く境界線間際を行く民間のボート。2015年撮影。

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チタルム川の支流、チキジン川で遊ぶ子どもたち。2016年撮影。

This article originally appeared on VICE ID.