築地の女将最後の抵抗 築地市場まだあと100年デモ

築地の女将最後の抵抗 築地市場まだあと100年デモ

市場移転を目前に控えた9月29日、台風が接近し雨が降りしきる悪天候のなか、声をあげ、築地の街を行進する女性たち。築地とともに生きてきた母と娘は、どのような想いを抱きながら、築地の街を歩いたのだろうか。
7.10.18

1935年の開場以来、日本の食文化を支えてきた築地市場は、2018年10月6日、83年の歴史に幕を閉じ、そのバトンを豊洲に託す。市場移転を目前に控えた9月29日、台風が接近し雨が降りしきる悪天候のなか、声をあげ、築地の街を行進する女性たちの姿があった。

築地で働く女将さんが集う〈築地女将さん会〉は、築地市場を守るため、築地市場の移転中止を求める要請書を東京都に提出するなどの活動を続けてきた。デモ隊を従え、先頭を歩く山口タイ会長を挟むように並ぶ2人の女性は、新井眞沙子さん、誉子さん親子だ。築地の仲卸、網治で働く帳場の母と娘は、どのような想いを抱きながら、築地の街を歩いたのだろうか。

おふたりは、築地で働いてどのくらいになりますか?

新井眞沙子(母):帳場で働くようになってから、もう40年です。主人の家が、築地で仲卸のお店だったので。娘は24年目になりますね。娘は、もともと築地と関係ない仕事をしていたんですけど、私の主人、娘にとっての父親が病気になり、看病しながら店を手伝ってくれるようになりました。

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新井誉子(娘):「築地の仲卸は家業だから、お前の手が必要になる場面もあるだろう」と父から話があって、そこから徐々に店を手伝いはじめました。父は、築地市場から歩いてすぐの国立がん研究センターに入院していたので、仕事仲間たちがよくお見舞いにきてくれました。私自身、築地市場近くの聖路加国際病院で生まれ、築地の家で育ち、家業も築地、そして父が亡くなったのも築地で、人生のすべてを築地で迎えてきたんです。

市場移転の話を耳にしたのはいつですか?

眞沙子:10年くらい前ですね。移転の話がこじれていると、組合のひとから聞きました。でもそれは、組合の理事や総代が話し合っていることで、私としては「へぇ、そうなんだ」くらいにしか捉えていませんでした。豊洲があんなに汚染された土地だとは知らなかったから。

誉子:移転の話を初めて聞いたときは「なんでそんな場所で働かないといけないんだろう」という気持ちもありましたけど、まさかそんな場所に移転しないよな、と半信半疑でした。東京都がそんなに悪いことはしないよな、と信じていたんです。移転するにしても、天下の東京都だから、なにか最先端の技術を駆使して、豊洲を無害化してくれるって。築地の商売人として〈汚い市場を経由した魚は、お客様にお届けしたくない〉と考えるべきなのかもしれなかったけど、やっぱり自分が健康じゃないと、お客様に健康は与えられないという考えなので、そういう意味ではまず〈自分〉でしたね。自分の納得できないところでは働きたくないな、と。

女将さん会に関わるようになったきっかけを教えてください。

眞沙子:〈女将さんの会〉は、2016年の12月に発足しました。会長である山口タイさんには息子さんがいて、山口さんのお店は、その息子さんが後を継いで経営しているんです。母親として、自分の子どもたちを豊洲でなんて仕事させられないという一心で、山口さんは女将さん会を発足させ、私に声をかけてくれました。私も、一生懸命仕事をしてくれている娘や息子がいるし、このまま豊洲へ移転するのは反対でしたから、女将さん会発足の1ヶ月後、2017年1月に会に参加しました。

豊洲市場の施設は2016年5月に完成し、11月7日には完全移転する方向で話は進んでいましたが、小池百合子都知事が豊洲市場の開場を延期し、移転が2年延びました。今でこそ、小池百合子都知事は豊洲への移転を進めていますが、当初は女将さん会とともに移転反対の姿勢をとっていたんですか?

誉子:築地の移転問題は、20年以上前から議論されてきました。まだ石原慎太郎が都知事だった時代に、築地は「狭い・汚い・危ない」と移転の話があがったんです。でも、なかなか候補地が見つからなかったり、築地を改修しようにも費用がかかりすぎることが判明したりと紆余曲折あり、最終的に豊洲に移転することになりました。だけど、ご存知の通り、豊洲市場の土地は東京ガスの跡地だったんです。「なぜそんな場所で食べ物を扱うんだ」という不安が強まり、豊洲移転に反発する様々なグループが結成されました。女将さん会の山口タイ会長も、はじめは別のグループに所属していたんです。

そして、ちょうどそのタイミングで都知事選が始まり、小池百合子氏が名乗りをあげるんです。女性で威勢が良い、と小池氏は女性議員として話題になり、当時は朝の情報番組でもよく取り上げられました。そんな小池氏が、都知事になったら築地の問題にもっと取り組むぞ、と匂わせはじめ、そんなときに山口会長の想いとが重なり、女将さん会が誕生しました。豊洲への移転の流れを変えてくれるんじゃないか、と小池氏に投票した築地関係者も結構いました。初の女性都知事誕生と、女将さん会の立ち上げがちょうど同じ時期で、女性が女性が、と騒がれましたが、女将さん会自体は、小池氏を特別に応援していたわけではなかったんです。

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眞沙子:築地市場には、マグロを扱う店だけの集まり、タコの集まりなど色々なグループがあるので、個人がグループと違う意見を出しづらい状況もあります。でも、女将さんの会はそういうしがらみがなく、ただ自分の子どもや家族を守るため、店や市場を守るために、なにも忖度せずにシンプルな意見をいえる、という側面があるのかもしれません。

女将さん会の活動の目的は、移転に反対することですか? 築地を守ることですか?

眞沙子:一般のかたからすれば、移転に反対していると認識されるのでしょうが、それよりも〈築地を守りたい〉〈築地で仕事をしたい〉というのが本当の気持ちです。ただ、女将さん会発足当時は30人ほどの女将さんが集まりましたが、少しずつ状況が変わってきたのは事実です。

誉子:築地市場の店は、家族経営がほとんどなんです。豊洲への移転に異議を唱えていたけど、店を継ぎこれからを支えていく息子が豊洲に舵を切ったのであれば、移転すべきなのでは、と考えるかたもいました。それも母性、親心ですよね。大切な息子を豊洲で働かせたくないけど、その息子が選んだことなら、そっちを応援したい、と。

眞沙子:女将さんの前に、ひとりの母親ですから。「俺が困るから、移転に反対するのはやめて」と息子さんにいわれてしまうかたもいましたね。

女将さん会の活動について、家族から何かいわれることはありませんでしたか?

誉子:店を経営する兄は、そういう活動をすること自体には何も意見しない、といってくれました。それが市場、店のためになるなら、やるだけやればいいと。兄が賛成も反対もしないことで、私と母は女将さん会で活動できました。どのお店もそれぞれ、おじいちゃんがいて、親がいて、孫として可愛がられるという、家族の集合体が築地市場なので、移転はしょうがないと従うひと、私たちのように移転直前にデモをやるひと、それぞれです。

豊洲市場への移転を目前に控えた今、このタイミングでのデモに、どんな意味があるのでしょうか。やはりまだ、移転を止められると考えていますか?

誉子:確かに、もうこのタイミングでデモをやったって、と感じるひとはいるかもしれない。正直、もう移転は覚悟のうえなんですよ。だけど「あいつら金払って汚染地に移転するのかよ」と思われるのがイヤだから、最後だけは〈移転させられる〉と世間に強くアピールしたかった。

移転に反発する気持ちもありつつ、心のどこかでは、腹をくくっているんですか?

眞沙子:商売をしていかないといけませんからね。食べていかなきゃいけないから。仲卸は、卸がいないと成立しません。豊洲に中央卸市場を移転させるということは、いくら頑張って築地市場に留まっても、もうお魚は届かないんです。豊洲に移転して商売する以外に選択肢が無いことはわかっています。

誉子:私は、移転したいですかと訊かれたら、そりゃしたくないですよ。ひとが社会人として生きていくうえで、ある程度行政の意向に従わなければならないのはもちろんわかっています。だけど、東京都の対応が本当に、本当に酷い。実をいうと、2年前に移転が延期になったときは、移転問題にここまで真剣に取り組んでいませんでした。東京都がそんなに悪いことをするなんて思っていなかったから。これまで普通に育ってきて、〈思いやりをもとう〉とか〈ひとのモノを盗むな〉とか、〈嘘をついちゃいけない〉とか、当たり前のことを教えられて、『ドラえもん』も『サザエさん』も観て育ってきたら、そんなに行政って悪いとは考えないじゃないですか。どちらかといえば、行政は、私たちが困っていたら手を差し伸べてくれる、助けてくれるって。それを真っ向から否定されたんですから。こんな行政なら、私は教育も変えないといけないんじゃないかとすら思う。〈嘘をついても良い〉〈人のモノを盗んでも良い〉って。

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東京都に裏切られた、という気持ちが強いんですね。

誉子:本当にそうです。社会は、〈ひと対ひと〉じゃないですか。ひとりで生きているわけではないし、行政に頼る部分もあるし、助けてもらっている部分もあります。冷静に考えれば、東京都があってこそ、築地が築きあげられたのは絶対的です。だからこそ、なぜ東京都は、築地を潰そうとするのか。豊洲に移転するのであれば、なぜ築地以上の機能を豊洲につくれなかったのか。築地のマイナスな面を豊洲でプラスに変えられるんだったら、私たちだって文句もいわずに移転しますよ。

東京都との信頼関係はこのままに、豊洲市場は10月11日に開場を迎えます。不安や怒りや悲しみ、いろんな感情がせめぎ合っているなか、今はどんなお気持ちですか?

眞沙子:だんだんね、笑えてきてしまう。最初はとにかく怒って、あんなところに私たちを連れていくな、と主張してましたけどね。これだけ問題がでてくるということは、豊洲の土地の神様が、市場をここに移転させてはいけない、ここは東京の台所にしてはいけない、と囁いているんじゃないかとすら思えてきて。

誉子:小池氏が安全宣言を出した翌日に地盤沈下だよ? 笑えますよ。今日、東卸組合の職員の男の子が、前から歩いてきたんです。あんまりその男の子に意見しても可哀相だし、これまでは何もいわないようにしてたんですけど、この2日くらい、たて続けに前から歩いてきたので、思いきって話しかけました。「文句いうわけじゃないけど、地盤沈下といい、汚染水が噴き出した話といい、東京都は何も説明しないまま、市場を移転させるつもりでいるのか?」と。その男の子曰く、地盤沈下の件には、東京都寄りだった組合もさすがに怒って、東京都の職員を怒鳴り散らしたらしいです。だけど、東京都の職員は「安全性に問題は無い」の一点張りで、汚染水の噴き出しについても、何も説明しないまま、築地の最終営業日の6日まで黙秘で逃げ切る姿勢だって。汚染水のことについて、東京都の担当事務所に話をしに行っても「築地市場の担当なので、豊洲のことはわからない」という対応だし。ギャグでしょ。もうね、笑いにしかならない。

新井さん提供

地盤沈下の件は、どう対応してほしかったですか?

誉子:安全性に問題が無いなら、地盤沈下がわかった時点で公表してほしかった。事前にちゃんと説明しないから、こっちも不安になるんです。隠し通そうとするその姿勢が不誠実だし、余計に信じられなくなる。

東京都が、築地で働くひとたちとコミュニケーションをとり、信頼関係を築いたうえでうまく移転を進めていたら、状況は違ったでしょうか?

誉子:全く違ったでしょうね。しかも、この状況で、引越し費用から何からすべて自腹ですからね。手洗い場など、衛生上必ず揃えないといけない道具や設備に投資することは必要ですけど、手当ても何もないし、築地で使用していた機材のサイズが合わず、新設しなければいけないモノもすべて店が負担する。開場した後、湧き続ける地下水の処理をする維持管理費だって私たちの負担ですよ。

眞沙子:現時点で、豊洲の建設費や汚染水対策費で、だいたい6000億以上の費用がかかっているといわれています。「多額の税金を遣ったのだから、文句いわず移転しろ」というひとが結構いますが、現状はまだ税金は投入されていません。すべて、市場で働く私たちの市場会計、つまり私たちが投資をした状況なんです。なので、豊洲に移転した後、その6000億がすべて私たちに降りかかってきます。

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誉子:築地の解体費用すら、市場会計で支払われますからね。解体してくれ、なんて頼んでないのに。地盤沈下といい、汚染水のことといい、2.5t積めるフォークなのに800kgしか積むな、と制限があったり、至るところに除湿機が設置してあったり、不安を挙げればきりが無いです。

新井さん提供

新井さん提供

市場の移転は、自分の人生においてどんな意味があると捉えていますか?

誉子:石原慎太郎の側近の浜渦武生という副知事が、ある都議から「移転に対してこれだけ混乱が生じているのに、あなたは責任を感じないのか」と委員会で質問されたんです。浜渦氏は「よくぞ東京ガスと交渉をまとめていただいた、と皆さんから称賛されたんですよ」と答えました。それを聞いて、〈皆さん〉とは誰を指しているんだろう、このひと、誰を向いて仕事をしているんだろう、と疑問をもち、あぁ、このひとは内部のひとに褒められるために仕事をしているんだ、と気づいたんです。私は、今までこんなことを考えるひとじゃなかったし、デモに参加するタイプでもありませんでした。歳を重ねた今、改めて社会勉強をさせてもらっているという意味で「東京都ありがとう」といいたいですよ(笑)

眞沙子:移転の件で、娘は本当に成長したし、頼もしくなりました。でも、私はやっぱり、築地市場の価値を東京都がわかってくれていないことが、ただただ悲しいです。私も娘も仲卸という立場で、自分勝手な思いもあるのかもしれません。心機一転、豊洲で商売を頑張ろうとしているひともいるでしょうし、私たちの訴えが全て正しいとは考えておりません。だけど、自分にとって間違ったことはしていないと胸を張れます。市場がどんな状況になっても、初代から数えて95年続いた私たちの店を、あと5年、創業100年を目指して守っていきたい。それまで生きているかわからないですけど、自分の与えられた仲卸という商売を全うしたいです。

誉子:築地が壊されて、その後駐車場になるのか、どうなるのかはわかりません。築地市場の姿は無くなってしまうかもしれないけど、歴史があり、活気に溢れていた築地が、みんなの生活を支えていたということを私が伝え続ければ、築地は死なないのではないかな、と信じています。