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Photo by Zhuzi 

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チャイニーズヒップホップの希望の星 HIGHER BROTHERS

ニュー・アルバム『Five Stars』をリリース。「世界じゅうに〈Worldwide Shit〉を」と意気込むHIGHER BROTHERS。ゴリゴリのトラップを聴かせる4ピースは今、飛躍のときを迎えている。

中国の急成長を体現する都市といえば深圳だろう。40年前は、広東省沿岸に並ぶ何の変哲もない漁村のひとつだったこの街は、今や1200万人が暮らす広大な国際都市。最先端のAI研究所も数多く、迷宮のようなハイテクショッピングモールがそびえたち、〈海上世界〉まである。街の中心にほど近い南山公園の頂上からは、毛沢東時代の苛烈ともいえる貧困から抜け出すために、果敢にも湾を泳いで、遠くにみえる安息の地、香港へと渡ったひとびとの旅路を眺めることができる。

しかし中国の変革を端的に示していたのは、2017年8月のある土曜日、深圳のアート区域にある、リノベーションされた倉庫で繰り広げられた光景だった。

熱帯特有の午後の灼熱のなかで列をなしていたのは、フェードカットヘアで、スナップバックキャップ、ヘッドバンド、Nikeのダンクを身に着けた中国人の若者300人あまり。彼らが待っていたのは、世界的な成功を収めた初の中国人ヒップホップアーティスト、HIGHER BROTHERSだ。とある大学生は、ここに集まったみんなが感じている興奮をこういいあらわした。「中国代表!」

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Photo by Lauren Teixeira

HIGHER BROTHERSは、中国南西部に位置する成都出身のグループで、2017年に一気に知名度を上げた。メンバーは、MaSiWei(马思唯)、Psy. P(杨俊逸)、Melo(谢宇杰)、DZ Know(丁震)の4人。アジア系アーティストたちにフォーカスした、ニューヨークを拠点とするメディアカンパニー/レーベルである88risingが、HIGHER BROTHERSのトラック「Black Cab」のMVをリリースする2016年9月までは、規模は小さいながら活気のある成都のラップシーンで活躍していた。

それからおよそ1年後、彼らはadidas OriginalsとBeats By Dreの広告に抜擢され、さらにNBAプレーヤーのラッセル・ウェストブルック(Russell Westbrook)とともに、エアジョーダンの中国キャンペーンに登場。また、2017年6月には、MIGOS、リル・ヨッティ、プレイボーイ・カーティらがHIGHER BROTHERSの大ヒット曲「Made In China」に熱狂する映像を88risingが公開。米国がにわかに、HIGHER BROTHERSに耳を向け始めた。

1stスタジオアルバム『Black Cab』をひっさげた2017年夏の国内ツアーはソールドアウト。中華人民共和国から離反した台湾から、近年中国本土との緊張がかつてないほど高まっている香港までをまわった。2017年末には88risingのレーベルメイトであるリッチ・ブライアン(元Rich Chigga)、Jojiとともにアジアツアーをまわり、ソウル、バンコク、クアラルンプール、ジャカルタを訪れた。2018年2月には〈Journey to the West〉ツアーでついに西側諸国に上陸し、米国10都市、カナダ2都市でパフォーマンスを披露。3月にはSXSW出演のためオースティンにも立ち寄った。

私は2017年はじめ、友人が送ってきた「Black Cab」のMVを観て彼らを知った。四川訛りのラップで紡ぐ、成都の無免許タクシードライバーに捧げるトラップの頌歌だ。私は正直なところ、HIGHER BROTHERSと数日を過ごした今なお、初めて彼らを知ったときに去来した疑問に悩まされている。HIGHER BROTHERSはどこから、どうやってここまで来たのか? HIGHER BROTHERSとはいったい何者だ?

私はまず高校の英語教師として、その後、南京大学の院生として、そして現在はジャーナリストとして中国で暮らしており、数多くの中国人の若者に出会ってきた。しかし、ヒップホップに興味を抱いているそぶりをみせる若者は、つい最近までまったくいなかった。中国のキッズは米国のキッズと違い、ヒップホップに触れる機会が多くない。ヒップホップはタクシー、スーパーマーケット、テレビコマーシャルでは流れてこない。十代のHIGHER BROTHERSメンバーたちがヒップホップに出会い、のめり込んだ10年前ならなおさらだ。

ただし、中国ではすべてが急速に進む。ヒップホップがメインストリームに躍り出るのも例外ではない。中国でヒップホップ人気が爆発したきっかけはHIGHER BROTHERSではなく、2017年7月に動画サイト〈iQiyi〉でリリースされたラップバトル番組『The Rap of China(中国有嘻哈)』だった。この番組は、公開からわずか半年程度で再生回数25億回を達成した。本番組の成功は、MCであるウー・イーファン(クリス・ウー)の人気に負うところが大きい。ウーは、韓国の男性アイドルグループEXOの元メンバーで、現在は中国の大スターだ(マクドナルドとスポンサー契約を結んでいるレベルの人気)。『The Rap of China』が公開されて以来、中国では、それまでニッチなサブカルチャーとしかみなされていなかったヒップホップというアートフォームへの関心が爆発的に広まった。2017年夏、私が1ヶ月米国に帰省し、9月に北京に戻ってきたときには、中国製ヒップホップがレストランやコーヒーショップで流れるようになっていた。しかし2018年1月には、中国政府がテレビにおける「ヒップホップカルチャーとタトゥー」の使用を禁止。急成長するチャイニーズヒップホップシーンにとっては大打撃だが、同時に、ヒップホップカルチャーがこれほどまでに成長したという事実を示してもいる。検閲に引っかかるほどのレベルに達した、ということだ。

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HIGHER BROTHERSの面々は、ヒップホップがクールとみなされるようになる前からヒップホップに夢中だった。中国のポップミュージックは、いわば、海外で流行っているあらゆる音楽、すなわちロック、K-POP、そしてヒップホップの劣化コピーにすぎない。だがHIGHER BROTHERSは違う。はじめて「Black Cab」のMVを観たとき、私は確かなオリジナリティを感じた。

88risingの創業者、ショーン・ミヤシロも、パーティで社員に教えてもらいHIGHER BROTHERSの曲をはじめて耳にしたとき、同じように感じたという。「ここまで良質なチャイニーズラップを聴いたのははじめてだった」と彼は回想する。

中国本土のアーティストが米国のリスナーやアーティストたちから良い反応を得ることなど、これまでにはなかった。2007年、胡錦濤前国家主席が「中国国家の復活は、中国文化の繁栄とともに実現する」と宣言したが、それを実現したのがHIGHER BROTHERSなのかもしれない。中国政府は海外における自国のPRに年間1兆円をかけており、さらに中国製ポップスターの輩出にも励んでいたが、いまだに中国の魅力を世界に伝えるためのカルチャーアイコンを生み出せていない。乱暴ないいかたをすれば、中国はまだ〈クール〉な国になれていないのだ。だが、HIGHER BROTHERSがその状況を変えるかもしれない。

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Photo by Lauren Teixeira

HIGHER BROTHERSの絶対的リーダーは、今年1月に26歳になったばかりのMaSiWei。平均的な身長で浅黒い肌、幅広の鼻にくぼんだ頬の彼は、中国の一般的なイケメン像(今は〈小鲜肉〉と呼ばれる、いわゆる韓国的なベビーフェイスのイケメンが流行り)にはあてはまらない。だがそもそも、MaSiWeiのトレードマークであるリル・ウージー・ヴァート(Lil Uzi Vert)スタイルのドレッドや鼻ピアスは、中国の美のスタンダードでは語れない。それに、彼にはそれを補って余りあるカリスマ性が備わっている。MaSiWeiの代名詞は、揺らぎがあり、キーにとらわれない物憂げな声がつむぐ、スムースでゆったりとしたフロウ。彼のファンたちは男女問わず(女性ファンが圧倒的に多いが)、彼をカンフーマスター同様〈马师(馬先生)〉と呼ぶ。

MaSiWeiの3歳下で、DZ Knowという名でステージに立つ丁震も大人気だ。特に海外人気が高い。DZ Knowというステージネームは、彼自身が名前のあとに「you know?」という意味の中国語「知道(zhi dao)」を付け加えるクセから来ているらしい(「丁震、知道?」は「Ding Zhen, zhi dao?」と、線対称的に頭韻を踏んでいる)。息を切らしたパワフルな声の持ち主である彼は、ビギーやポケモンのカビゴンにたとえられる。覇気のないとぼけた表情で、その鋭いユーモアセンスを隠しているのがDZだ。私が彼に、自分はグループにどんなユニークな特徴をもたらしていると思うか尋ねたところ、彼は「デブ」と答えた。

DZ Knowは中国東部江蘇省の省都、南京市出身。MaSiWeiは中国南西部四川省の省都、成都出身。ふたりは2015年、中国版SNSの微博(Weibo)のヒップホップコミュニティで出会った。職業学校を中退し保険会社で働いていたDZは、同年11月、成都へ引っ越してMaSiWeiと合流し、音楽の道に進む。

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人口1450万人を誇る成都は、ジャイアントパンダの研究基地や激辛料理で有名だが、今はそこに、アンダーグラウンドのヒップホップシーンも加わりつつある。その中心が、2008年に発足したコレクティブ〈说唱会馆(CDC)〉だ。〈说唱〉は中国語でラップの意。〈会馆〉は今ではあまり使われない言葉だが、清王朝の終わりまで中国の都市に置かれていた、商工業者が親睦のために建てた集会場のことだ。MaSiWeiは大学生のときにこのコレクティブに加わり、そこでのちにHIGHER BROTHERSを組むことになるPsy. P、Meloと出会う。

Psy. PとMeloは、ともにMaSiWeiの1歳下。ふたりはあまり表立ってメディアに出るほうではないが、それでもファンは多い。中国人男性にしては例外的に背が高く、不機嫌な表情を崩すことがないPsy. Pは、長いドレッドヘアをポニーテールやツインおだんごにアレンジしたスタイルが特徴。彼は才能あふれるリリシストでありながら、唯一無二の声の持ち主でもある。ぼそぼそした低音から、キンキンの高音まで、難なく操るのがPsy. Pだ。いっぽうMeloは、グループでいちばんのハッピー野郎。香港の映画スター、トニー・レオンに似ていると話題で、彼のインスタアカウントで写真が公開されるたびに、数十名の女性ファンから「トニー・レオンに似てる」とコメントが付くほどだ。

もともと落ちこぼれだったのか、それともラップが好きだったせいで道を踏み外したのかはわからないが、とにかく中学のときにヒップホップと出会った彼らは、中国社会において定められているホワイトカラーの安定した暮らしへの道筋から逸れていく。MeloとPsy. Pは高校時代、学校がある日の前夜でもCDCのラップバトルに参加して授業をサボり、親にこっぴどく叱られたという。父親が学校の守衛だったMaSiWeiは、大学卒業後実家に戻り、就職ではなくラップの道を選ぶことを決意。DZは前述のとおり職業学校を中退し、仕事も辞め、音楽の道を究めるために国を横断して成都に移り住む。

DZの成都到着からまもなくして、HIGHER BROTHERSの歴史は始まった。DZは2015年12月、MaSiWeiとPsy. Pをフィーチャーした「Haier Xiongdi」(〈ハイアール・ブラザーズ〉の意。ハイアールは中国の大手家電メーカー)をリリース。キレキレのトラップビートに、家電について歌うナンセンスなリリックを乗せたトラックだ。今回、私がインタビューした中国のヒップホップファンやラッパーたちは、この曲は衝撃だった、と口をそろえる。トラップミュージックは、中国のヒップホップシーンでは2015年までほぼ知られていなかった。それ以前の成都のヒップホップは完全にオールドスクールであり、そもそも中国におけるヒップホップは、すべてオールドスクールと呼ばれるものだった。

「Haier Xiongdi」が好意的に受け止められたあと、彼らはグループを結成。曲名をそのままグループ名にした。成都のヒップホップシーンの中心人物であったMeloが加入するのはまだ先のことだが、彼を除く3人は、かつてひとつのアパートでいっしょに暮らしていた。2段ベッドで眠り、家に設けたスタジオで音楽をつくる。彼らはセルフプロデュースした、あるいはYouTubeから拝借してつくったさまざまなトラップビートに乗せ、セブンイレブンについて、そして中国のメッセージアプリ、WeChatについてラップした。

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それらのトラックがセルフタイトルのミックステープに結実したのは2016年3月。本作は中国、特に成都のヒップホップシーンで高く評価された。彼らのライブが最初にソールドアウトしはじめたのも成都だ。しかし、HIGHER BROTHERSは依然として、中国のニッチなヒップホップカルチャーの外では無名の存在だった。それが一変したのは、88risingが「Black Cab」のMVを公開した2016年9月。このとき、かの〈Worldwide Shit〉の預言が実現した。これは、HIGHER BROTHERSともコラボを果たしたスーダン出身のラッパー、J. Magによる「HIGHER BROTHERSが世界じゅうに〈Worldwide Shit〉を届けるだろう」というコメントから生まれ、今や、HIGHER BROTHERS、そして彼らのファンのあいだで繰り返し言及される合言葉となった。トラックのイントロ、アウトロ、あるいは彼らの微博ページ、熱心なファンによるYouTubeのコメントなど、このフレーズは彼らの周りに溢れている。

「Black Cab」はいろいろな意味で例外的なヒットだった。このトラックはほぼすべて四川語でラップされており、外国人はおろか、中国人の大半が歌詞の意味を理解できない。HIGHER BROTHERSによると、歌詞は成都の無免許タクシードライバーが、地下鉄の駅で集客するときに発する言葉にインスパイアされたらしい。特にメンバーたちが気に入ったのは、「あともうひとり!」を意味する「差一位」の四川訛り(「ツァーイウェイ」に近い)。彼らはうねるスネアと気まぐれなシンセにこのワードを乗せ、フックで印象的に使用している。この実にローカルなインスピレーションに、若い中国人リスナーたちが深く共鳴。音楽的にもおもしろく、しかも完全に中国的なヒップホップに、若者たちは熱狂した。いっぽうで、外国人リスナーの当惑ももたらした。

「俺らのビデオが公開されたあと、中国語はラップに適さないっていってくる他の国のやつらもいた」とMaSiWeiは回想する。

そこで生まれたのが、HIGHER BROTHERSの最大のヒット曲「Made In China」だ。MaSiWeiが英語で物憂げに繰り出すフックは、米国における中国のステレオタイプにくってかかるような歌詞。「俺のチェーンも、新しいゴールドウォッチも、メイド・イン・チャイナ/俺らがプレイする卓球の球もメイド・イン・チャイナ」。MaSiWei自身が監督を務めたMVでは、4人が赤いトラックスーツに身を包み、清王朝的な雰囲気のセットをうろついたり、適当なカンフーを披露したり、麻雀をしたりしている。いっぽう88risingは、アトランタの有名プロデューサー、リッチー・スーフ(Richie Souf)に同曲のプロデュースを任せ、ゲストにフェイマス・デックス(Famous Dex)を起用。こうして「Made In China」は論文のテーマになると同時に、世界じゅうのリスナーに届くこととなった。2019年3月の時点で、YouTubeでの再生回数は1500万を超えている。

「表現したかったのは、とにかく全部中国製だってこと」とMaSiWei。「お前が俺のこと嫌いだっていうのは、ウソをついてるのと同じ。だってお前の持ちもの全部中国製だから。お前が好きなこのトラップミュージックだって中国製だ」

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彼のこの言葉は、コンサートでファンたちが大合唱する、フックの締めの歌詞とも共通している。

She said she didn’t-a love me

She lied, she lied

She ALL made in China

彼女は俺のこと嫌いっていった

ウソだ ウソだ

彼女も全部メイド・イン・チャイナ

中国では目標とされている人生のモデルがあり、それが広く受け入れられていると同時にストレスにもなっている(人口過多のこの国では、それが上昇志向につながるとされているが)。私の中国人の友人たちも、多くが息苦しさを覚えるほどに限定された人生を生きている。それは早くも中学時代から始まり、生徒たちは過酷な高校入試、そのあとの大学入試を乗り越えるために勉学に励む。一流大学に入学することこそが、人口過密状態の中国のホワイトカラー労働市場において職を得るためのカギであり、そしてホワイトカラーの職を得ることは、熾烈な婚活市場で伴侶を得るための必須条件なのだ。これらすべての条件をそろえたら、次は早急な子づくりを求められる。私の友人たちはほぼ全員がひとりっ子で、一族の血を絶やすな、と親から多大なるプレッシャーをかけられている。そしてその子どもたちも同じプロセスをたどることになる。

中国がクールな文化を生み出せないのは、当局による検閲のせいではなく、これから先の人生があまりに絶望的だからだ、と私は確信している。しかし近年では、粛々と慣例に従ってきた中国の若者たちも、慣例を疑いはじめている。たとえばホワイトカラー職の初任給はかなり低いため、工事現場で働いたほうが稼げる、と不満が広まっている。また、大都市の住宅価格の高騰は天井知らずで、これまで長らく結婚条件のひとつとされてきた〈持ち家があること〉など、夢のまた夢だ。こうして、将来の見通しに疑問を抱きはじめた都会の若者たちのあいだで、憂鬱な気分が蔓延している。

しかし、HIGHER BROTHERSに彼らの将来について尋ねると、Meloはこう答えた。「どんどんハイに!」。他の3人は声を上げて笑う。

Meloが言及しているのはマリファナではない。中国ではここ数年で、英語の〈ハイ〉が身体的、精神的、クスリ的な興奮状態を意味するようになっている。山登りも〈ハイ〉だし、酔っぱらうのも〈ハイ〉。ラップをつくり、人前で披露するのは〈最高にハイ〉なのだ。

HIGHER BROTHERSは人気を拡大させながら、社会の規定から外れた人生の可能性をファンたちに提示している。期待される道から逸脱する彼らの姿が、中国の若者たちの共感を得ているのでは、という仮説を、私は信じずにはいられない。自ら創造すること、楽しむことを選んだHIGHER BROTHERSの姿だ。

深圳のライブから数週間後、CDCが主催する毎年恒例のイベントに参加するため、私は成都に向かった。イベントは今回で2度目で、HIGHER BROTHERSがヘッドライナーを務める。街の外れにある野外のプール付きヴェニューで開催予定だったが、その計画が頓挫し、結局文字どおりアンダーグラウンド、すなわち地下で開催された。府河に沿ってさまざまな店舗が並ぶ地域の地下2階にある広大なヴェニューだ。

私はバックステージで、当時19歳のチベット出身ラッパー、Young13Dbabyと言葉を交わした。彼はCDCに加わったばかりで、今回のイベントの前日に行われた、より小規模なショーでデビューを果たした。CDCとのパフォーマンスは、甘粛省チベット自治州マチュ県出身の13Dにとってはまさに夢だった。彼は、中国の大学統一入試、通称〈高考〉に向けて勉学に励み、CDCに加わりたい一心で成都の大学に出願したという。彼が初めてCDCのショーを観たのはこの1年前。彼がラッパーとしてデビューした会場と同じ場所だったという。「当時はただのファンだったけど」と13Dは回想する。

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バックステージには張り詰めた緊張感が漂っていた。会場は600人のキャパを誇るが、チケットは販売開始から1時間も経たぬ間にソールドアウト。CDC史上最大のイベントとなると予想されていた。バックステージでリラックスしているようにみえたのはHIGHER BROTHERSだけ。彼らはイベントのあいだじゅう、CDCクルーとのコラボソングのパフォーマンスでステージに出ずっぱりだった。

HIGHER BROTHERSのステージは一分の隙もなく、「Young Master」での息の合ったゴルフの素振りなど、クールに繰り出されるギミックにあふれていた。この夜のセットでもっとも記憶に残ったのは、アルバム『Black Cab』収録の「Wudidong」(中国語で〈底なし穴〉の意)。冒頭の金属音のような鋭い音が流れると、オーディエンスは期待に叫び声を上げたが、突然音が止まる。HIGHER BROTHERSはステージの端で1列に並び、フロアの中心に少しスペースを開けるようオーディエンスに呼びかけた。スペースが確保できると音楽が再開し、スモークマシンから放出されたスモークが会場を満たす。メンバーたちが各々のヴァースをかましながら、上裸でフロアのスペースへと降りていく。

2018年初頭の米国ツアー&SXSWでのパフォーマンスは、HIGHER BROTHERSにとって初の米国上陸。そもそも、アジアの外に出るのも初めてだ。もちろん彼らには、どこへ行こうとも勝負できる才能がある。ただ、米国では言語の問題があり、彼らの魅力が失われてしまうのではないか、と私は個人的に心配だ。米国のオーディエンスは「Made In China」のフックの中国語詞を合唱してはくれないだろうし、中国を解さないオーディエンスには、フロアの中央にスペースをつくってくれ、と伝えるのもひと苦労だろう。

中国という国がヒップホップに出会った、まさにその時期に名を上げはじめたHIGHER BROTHERSは、中国でヒップホップというジャンルを思うがままに定義する自由がある。しかし数十年のラップミュージックの歴史を有する米国では、耳の肥えたオーディエンスと対峙することになる。彼らの価値が軽視されるおそれもある。世界での再生回数断トツを誇るHIGHER BROTHERSのトラック「Made In China」は、中国人ラッパーの新奇さをあからさまにイジるようなミームの餌食になってしまうかもしれない。ネットでネタとして爆発的に広まり、結局勢いを失って埋もれてしまうことなど、彼らは望んでいないはずだ。

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Photo by Lauren Teixeira

私はその心配をMaSiWeiにぶつけてみた。米国について話すとき、彼はいつも物思いにふけるような表情をみせる。米国ツアーに何か不安はないかと尋ねると、彼は「クラウドサーフでボコボコにされるかも」と答え、ニヤリと笑った。

確かにHIGHER BROTHERSは文化的障壁に直面するだろうが、彼らが訪れる今の米国は、ヒップホップの新しいサウンドに、これまでにないほどオープンだ。ここ数年、スモークパープ(Smokepurpp)やリル・パンプ(Lil Pump)などSoundCloud出身のラッパーが、インターネットのお騒がせキャラ的な立ち位置をうまく利用して、ラッパーとしてまっとうなキャリアを歩み始めている。ラップのミーム化にネガティブな側面があるのは確かだが、ユニークな新人にとっての入口にもなっているのだ。ピンクのドレッドヘア軍団を受け入れている米国人ならば、4人の若い中国人だって受け入れるはずだ。また、ヤング・サグ(Young Thug)やリル・ウージー・ヴァートなど、いわゆる〈ぼそぼそラップ(mumble rap)〉が人気を博している状況を考えると、リリックの内容を理解できるか否か、という問題も、今やそこまで重要ではないようだ。

CDCのイベントのあと、MaSiWeiと彼の取り巻きたちは熱狂的なファンたちのあいだを通り抜け、VIPエリアへと入っていく。私も彼のあとを追った。しかしせっかく中に入ったものの、VIPエリアとは名ばかりで、ファンが直接寄ってこれるブースだった。14歳くらいの男の子が、VIPエリアを囲む低いフェンスからノートを差しだし、MaSiWeiにサインを求めていた。

気づけば私は、小柄でこぎれいな身なりをした男性の隣に座っていた。先ほどバックステージでもこのひとを見かけた。彼はCDCのクルーたちがクラブとして使っている2フロアのスタジオのオーナーで、豆板醤で有名な、成都の郫都(ひと)区でMaSiWeiとともに育ったそうだ。さらに、CDCのクルーたちはみんな合わせて数百にもなろうかというタトゥーをまとっているが、自分が彼ら全員のタトゥーを彫った、と彼はいう。席についたみんなが、O.T. ジェナシス(O.T. Genesis)の「Cut It」に合わせて身体を揺らしているなかで、私は、この男性に心を読まれた気がした。なぜなら彼は、何の脈絡もなくこういったのだ。「俺たちは職も、結婚相手も要らない。俺たちは自分の生きかたを自分で選べるはずだ」

§

2019年2月、HIGHER BROTHERSは、待望のニュー・アルバム『Five Stars』を発表した。プロデュースには、〈88rising〉所属のJojiを始め、K Swisha、Cookin Soul、Richie Souf、FrancisGotHeatが名を連ね、ScHoolboy Q、Denzel Curry、Ski Mask The Slump God、J.I.D、Soulja Boy、Guapdad4000、NIKI、Rich Brian、そしてKOHHも参加している。