レコード屋の言葉:第1回 〈中古レコードのタチバナ〉

「アンタのところみたいな歴史がある店は、まずはレコードを貯めなさい。5年、10年経ったら、その時代ごとパッケージして売れるから」

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jan 19 2018, 5:30am

「ダウンロードじゃわからない」「ストリーミングじゃわからない」はてさて、なにがわからないのだろうか? それは人からの言葉。RCサクセションもBLACK FLAGもジョン・コルトレーンもBUTTHOLE SURFERSもツェッペリンもMAYHEMもN.W.Aも、みんな誰かの口から聞いた。音楽が好みだったのか、そうじゃなかったのかは置いといて、先輩だったり、クラスのヤツ、好きな異性、おしゃれな友達の言葉があったからこそ、その音楽に出会えた。辿り着けた。周りの大好きなみんなからの言葉だ。

そしてレコード屋も。カウンター越に矢の如く放たれる聞きなれないアーティト名、バンド名、ジャンル名。矢が心のど真ん中に刺さるたび、音楽がどんどん好きになった。ずっとカウンター前を陣取っていた。今考えれば、大迷惑だったろうに。本当にすいません。そう、ダウンロードでもストリーミングでも、レコ屋さんの言葉は聞けやしない。そんなプレイリスト見たことない。だからもう1回、言葉を聞きにいこう。今度は大人の話も。

記念すべき第1回は、〈創業昭和36年「音楽文化のリサイクル」〉 を謳う〈中古レコードのタチバナ〉。神奈川県横浜市青葉区鴨志田町という住宅街のど真ん中に位置しているため、お宝をDIGるには、田園都市線青葉台駅から約10分、バスに乗らなくてはならない。しかし、「まもなく中谷都、中谷都、中古レコードのタチバナ前〜」と優しくアナウンスされるので、乗り過ごす危険性は皆無。ご安心ください。

元々〈中古レコードのタチバナ〉は、神奈川区六角橋に本店を置き、横浜市内で数店舗を営業していた。そして2012年に現在の場所へ移転。50年以上にも渡って、音楽シーン及び音楽産業の酸いも甘いも噛み分けて、聞き分けて、肌で感じてきた。SP→レコード→CD→MP3→ストリーミングなんて変遷もなんのその、〈タチバナ〉には、いつも時代の音楽が鳴っているのだ。

二代目店主である横山功氏と、素敵なお母さまが出迎えてくれた。

お店のキャッチコピーにもありますように、〈創業昭和36年〉って、すごいですね。もう57年も営業していらっしゃる。

いえいえ、大したことありません(笑)。うちの親父が始めて、それを継いでいるだけです。

六角橋でスタートされたそうですが、当時から中古レコードの専門店だったのですか?

元々は新譜の店でした。レコードの買取はしていたんですが、中古盤も店に出しはじめたのは、私が小学校6年生くらいのときだったかな。

お母さま:レコードのレンタルが始まった頃ね。

紹介が遅れました。横山文子77歳です。私のお袋です。

お母さまもよろしくお願いいたします! レンタルレコードといえば、〈黎紅堂〉とか〈友&愛〉とかですか?

お母さま:そうそう。〈黎紅堂〉は、三鷹でスタートしたんですよ。70年代後半だったかな。それまではウチもずっと新譜の店だったの。

SP盤とレコードの切り替えの頃に、親父が商売を始めたんです。世の中がちょうど塩ビ(塩化ビニール)になっていった時代ですね。

お父さまは、元々音楽がお好きだったんですか?

そうですね。でも、うちは元々、鶏肉屋なんです。でも親父が中学校のときに、肺結核をやっちゃって、体が弱かったから、鶏肉屋はできなかった。「お前は、鶏肉屋とは違う商売をしなさい」と祖父にいわれていたそうです。商人の家だったので、金物屋さんだったり、お好み焼き屋さんだったり、親父の兄弟たちは、皆〈タチバナ〉って名前で、商売をやっていました。そのなかのひとつが〈レコード屋のタチバナ〉なんです。

お母さま:寝ているときにずっとラジオを聴いていたって。クラシックとかラテンとかタンゴとか。店をオープンしたときは、自分のレコードを飾っていましたよ(笑)。

では、お父さまの影響もあって、「自分がレコード屋の跡を継ぐんだ」という気持ちは、ずっとあったんですか?

いや、なかったです。もう反発の塊ですよ(笑)。

そうなんですか(笑)。

絶対にやりたくありませんでした。だけど自分のなかで残ったのは、結局レコードなんですよね。

レコード自体はお好きだったんですか?

好きでしたねぇ。多少、みんなより詳しいというのもありましたし、そういう風に育ってきましたから。

当時は、他になにかやりたいことがあったんですか?

バンドです。バンドをやりたかったので、家を出ちゃいました。

やっぱり音楽なんですね(笑)。

店に、大学生のバイト兄ちゃんとかがいたわけですよ。やっぱり彼らの影響は大きかったですね。それに六角橋だったから、神奈川大学もすぐ近くで。当時の神大は学生運動が本当にヤバかった。そんな兄ちゃんに教えられて、小学生なのにPINK FLOYDを聴いたり(笑)。中学になったらバンドブームでしょ、オールディーズも人気あったし、パンクも。そして高校になったらハードコア。80年代はなんでもアリでしたね。

どんなハードコアを聴いていたんですか?

G.I.S.M.とかTHE EXECUTEとか。王道ですよ(笑)。

最高ですね(笑)。ちなみに横山さんは、どんなバンドをやっていたんですか?

まぁ、ロックとかです。でもやっぱり食えなくて帰ってきちゃいました。

お母さま:好きなだけでは、プロにはなれませんよ。

それで店を手伝っていたんです。そしたらだんだん「レコード屋の倅だったな、俺」みたいな気持ちになりまして(笑)。普通に業務も出来ていましたし。

お母さまは、やはり継いでほしいと考えてらっしゃいましたか?

お母さま:やってくれたらいいなとは思っていましたけど、嫌なら別に。でもお父さんは喜んだよね。

確かに喜びましたねぇ(笑)。でも親父は、俺がやるとなったら速攻で引退しちゃいました(笑)。

横山さんの代から、中古レコード専門店になったんですか?

はい。2000年代になって、新譜がキツくなってきたんです。新譜って売値が決まっているから、この店の規模で、これくらいの在庫があって、従業員が何人で、各店舗の合計家賃がいくらかってなると、赤字ラインが決まっちゃうんです。

タチバナさんは、何店舗かあったんですか?

いちばん多かったときは、7店舗ですね。

すごい!! 全部横浜周辺ですか?

はい。それぞれ新譜と中古の店舗にわけていたんですが、六角橋に3店舗、東白楽とあざみ野に1店舗ずつ、あと戸塚にも2店舗ありました。でも新譜が厳しくなって、それでも話題作が出れば、一瞬でも売り上げは上がるし、周りの店もどんどん閉店していたので、なかなか新譜をやめられなかったんですね。結局、完全に新譜をやめるのに10年くらい掛かりましたね。

でも新譜って、返品できるんですよね?

できるんですけど、それが新譜をやめる決定的な出来事にもつながりまして(笑)。

ぜひ教えてください!

2000年代の頭、ある某大物女性シンガーのベストアルバムが出たんですけど、それのコピー盤が出回りまして。

ああ、ディスカウントショップとかにも並んでいるような。

はい。当時うちは、そのベスト盤を2日間で1000枚位売るパワーがあったんです。

すごい!

そういう時代だったんですよ。でも、そのベスト盤と同じコピー盤が、ディスカウントショップでは1980円で並んでいたんですよ。それも発売日に。

ああー。

いくらなんでも、これではウチの正規盤は売れませんでした。お客さんも怒っちゃうし。それで「これはどういうことだ?」ってメーカーに電話したら、「売れている店もあるのだから、それは買った方が悪い。返品も受け付けない」みたいなことをいいだしたんです。でもあきらかに誰かがデータを流していないとコピー盤も出回らない。

メーカーの誰かが流した?

それはわかりませんが、完全にコピーされていたんです。それでメーカーに食い下がったら、今度は、部長さんみたいな人に「ウチの商品を卸さなくしますよ」っていわれたんです。ふざけんなと(笑)。日本では、新譜を扱う店って、返品というシステムがあるんですけど、全部が返品できるわけではなく、仕入れた枚数によって、返品枠が決まります。さらに作品が出るたびに、メーカーに販売促進費として2万とか3万とか出して、プロモーションキットも買うんです。このときのシンガーもそうでした。そういう大物作品をたくさん仕入れ、販促キットを使って大きく展開するんです。そして、仕入れれば仕入れるほど、返品枠も広がる。その枠を使って、残ったものを返品しても、他の作品…例えば、ジャズとかクラシックの作品を仕入れられるから、そっち系のお客さんも喜んでくれる。ですから、売れ線作品というのは、確かに必要だったんですけど、あまりにこのときは酷いと思い、新譜をやめようと決意しました。

当時、既に中古盤のストックはあったんですか?

はい、買取もやっていたので、中古盤のストックはありました。

お母さま:「いつかこういう日が来る」って、先代に先見の目があったんですよね。だから、どんどん買取をして貯めていたんです。

あとは、神田、神保町にある〈レコード社〉の亡くなった井東冨二子社長から、私は色々教わりました。私たちは、要らなくなったものを欲しい人に売る、リユースの商売をしているんですけど、右から左にするのは誰にでもできるんですよ。でも、その社長がいうには、「ただのリユースをしていれば、資本を持っているところには勝てない。お客さんに商品を渡すだけでなく、音楽文化自体をリサイクルして、楽しんでもらわなければならない」と。

ああ、それで〈音楽文化のリサイクル〉を掲げてらっしゃるんですね。

はい。さらに社長は、「アンタのところみたいな歴史がある店は、まずはレコードを貯めなさい。5年、10年経ったら、その時代ごとパッケージして売れるから」っていう考え方をしていたんです。実際、今うちに並んでいるのは、大体90年代とかに買ったレコードなんですよね。

え? 現在買ったものではなく、当時買ったものが店頭に出ているのですか?

はい。それが一般的な中古屋さんとの違いですね。ウチって「何でコレが今あるの?」みたいな品揃えだと思うんですけど、それは買い取ってすぐには出さないからなんです。もちろん、すぐに出すレコードもありますけど、ほとんど、一旦倉庫に入れて、状態のいいものだけを残しておくんです。それが〈音楽文化のリサイクル〉なんですよね。状態のいいものを、時代ごと丸々パッケージにして売っていく。例えば80年代のロックをパッケージしたら、当時の棚がそのまま再現できているような感じです。さらに何十年かしたら、同じようなサウンドでありながら、リバイバルした昔のモノと新しいモノがいっしょに売れたりするかもしれない。そういう時代の文化をパッケージして売っているんです。

すごいですね。確かにタチバナさんのレコードは、すべて美品ですよね。本当に当時に売られていた新品みたいです。

でも、買い取ったときは美品だと思っていても、今見たら汚く感じるものも多い。グレーディング(コンディション表記)っていうのは、年々上がっていく物ですから、廃棄しなければならないレコードもたくさんあるんです。だから〈買って、捨てて〉という商売なんですよ。結局1000枚買っても、すぐ売れるものが50枚あったら大当たり。大当たりを「高く買います」というのが、有名なところだと、ディスクユニオンさんとか、専門店さんですよね。「お客様の家が、ウチの倉庫です」っていう考えです。でも、僕らはそうではなくて、当時はゴミでも、時間が経ったら500円なり、1000円になるような商品を、倉庫から店に出すっていう考えなんです。結局トータルにすると、ウチも専門店さんも1000枚を同じくらいの値段で買い取るんですけど、大当たりの50枚を中心に値段を付けるのが専門店さんで、1000枚に値段を付けるのがウチなんです。

じゃあ、倉庫からは店に出すレコードは、日々回転していると?

はい。何十年ぶりくらいに箱を開けるんですけど、わざと整理はしていません。つまらなくなっちゃうじゃないですか。例えば、この箱が松田聖子だとわかっていたら見ないですよ(笑)。だから、洋楽だろうが邦楽だろうがクラシックだろうが、状態の良い物だけを揃えておいて、20年くらい経って開けると1、2枚は抜けるんです。それでまたシャッフルして、新しいものを足して、積み直して、また寝かす…っていう作業です。

その作業は、毎日やっているんですか?

毎日といえば毎日ですね。外に借りている倉庫に行くのは、年に何回かになりますけど。

在庫は何枚くらいあるんですか?

わからないです。もう全くわからないです(笑)。

六角橋から、現在のこちらに移られて何年になりますか?

5年になります。

どうしてこちらの場所に移転されたのですか?

店を縮小して、最後は六角橋と通販倉庫の2店舗やっていたんです。お袋の力も借りて、4人で2店舗を回していたんですけど、震災後に番頭さんが脳梗塞で倒れちゃったんですよ。3人で2店舗は無理だなあっていうのもありましたし、それにずっと商店街でやっていたんで、お袋と3、4時間喋るだけで帰っちゃうみたいなお客さんも増えちゃって(笑)。いるじゃないですか、地元の古本屋の古いお母さん。話すと安心するお母さんみたいな(笑)。それに震災後だったから、レコードどころじゃないし。あと、この先は絶対に通販になる、と考えてもいた時期だったんです。そしたら、ここの大家が昔からの友達で、「空いている」というから、倉庫代わりに使おうと。でも1階のドアをパッと開けたら、怪しげな階段があるし、なんか店としての雰囲気とか、ワクワク感がここにはあったんですね。それで移転しました。

でも、最寄駅の青葉台からは、バスで10分かかりますし、こちらは住宅街ですよね? これまでの商店街とは明らかに異なる立地です。不安はありませんでしたか?

全くなかったですね。というのも、私たちの商売って、仕事の8割が仕入れなんですよ。どんなにキレイな店をつくっても、街の1等地に出店しても、商品が無ければ意味がありません。その代わり、どんな山奥でも、良いものがわんさかあったら、みんな来てくれるんですよ。通販もありますしね。だから、まずは仕入れです。それに、この周辺はすごく良いですよ。状態がすごく良い。

状態? レコードの状態ですか?

はい。一軒家が多いからなんです。当然、下北とか渋谷に住んでいる人の方が、持っている内容は良いんだけど、個人でそれぞれを売っちゃうでしょう? でも、この辺の人たちは、家でレコードを持ってるんですよ。

家でレコードを持っている…って、名言ですね!

家族全員のレコードなんです。それに246号も近いし、町田も近いし、世田谷もすぐそこだから、仕入れ拠点にするなら、この辺だってわかっていました(笑)。

では、出張買取もされているんですか?

そっちのほうが多いですね。

出張される前に、「どういったジャンルをお持ちですか?」など、確認はされるんですか?

ジャンルというよりも、やはりレコードの状態ですよね。オールジャンル買取ますけども、まずは状態を確認します。

お母さま:アイドルは、キレイじゃなくちゃダメ。

そうなんですか?

お母さま:だって、可愛い顔のジャケにシミがあったら嫌でしょ。

確かに! 電話なり、メールの段階で、お断りすることもあるんですか?

例えば、「鎌倉です。17枚です」でしたら、「申し訳ございません」となります(笑)。「すいません、ご近所のお店にお願いします」とお断りします。

週に何回くらい出張されるんですか?

決まってませんが、 木曜が店の定休日なので、その日は必ず行きます。

1回に何軒くらい回るのですか?

あんまりブッキングしないようにしていますね。せいぜい2軒、多くても3軒くらい。行かないとわからないじゃないですか。「全然ありません」と聞いていたのに500〜600枚持っている、なんてザラです。そうすると次をズラさなければならないですし。

遠方にも?

はい。去年は北陸方面まで。10日間かけて。

10日間! それはツアーみたいな感じですか? 何軒も回ったのですか?

いや、コレクターのお客様が処分されるとのことで。1週間泊まりました。

泊まり込み査定ってすごい! ちなみに何枚あったんですか?

2tトラック1杯くらいですね。

全部買い取られたんですか?

はい。状態も良かったので。

やはり、状態がキーポイントなんですね。

ウチはそうですね。レア盤の世界もありますけど、そこをやっちゃうと、結局、何でもアリになっちゃいますので。店によって、それぞれのレーディングがあってもいいと考えています。

でも本当にオールジャンルじゃないですか。全部、横山さんの頭のなかに入っているんですか?

いえいえ、入ってないですよ(笑)。でもSP盤からやっているので、品番で覚えているんです。それに、毎日のように倉庫を整理してれば、何があって何がないかわかってくるんですよ。

マジでレコード博士ですね! ちなみに買取価格はどう決めているんですか? タチバナさんのルールがあるんですか?

だいたいそんな感じですね。

でも今は、インターネットで相場とかも出ているじゃないですか? そこで確認したりもするんですか?

しますね、やっぱり(笑)。でも確認したものは大抵売れないです。

そうなんですか?

はい。見て調べて、「こんくらいかな」って値付けたやつは、やっぱり売れないんです。

どうしてでしょうか?

やっぱり、ネットと店頭の価格は違うんです。ネットで上がっている値段は、ネットで買われるみなさんの値段なんです。でも、私もそこを悩んでいまして、レア盤は、どんどんネット中心になってきちゃったなと。ですから、店頭では、違うアプローチをしようと、逆に千円以下の三桁商品などを、2ヶ月くらい前から始めました。そしたら、若いお客様もだいぶ来店されるようになりましたね。あとは団塊の世代で、レコード収集を始めたお客様も増えてきていますよ。

インターネットの通販は、いつから始めたんですか?

98年からですね。

早いですね。

今は違いますが、最初は楽天でやったんですよ。でも、家賃が高くて1年持ちませんでした。先行投資のつもりでしたが、ちょっと早過ぎましたね(笑)。

でも、だんだん軌道に乗って…

ウチは乗ってないですね(笑)。

そうなんですか(笑)。

やれば売れるんでしょうけど、オペレーションが多すぎちゃって。見合わないんですよね。

労力が?

そうなんです。じゃあスタッフを入れればいいんですけど、そこまで売れるか、と考えると、まだそこまでじゃない。まあ、私がダメなんですけど(笑)。

では現在は、こちらのお店と通販が主な販路なんですか?

あとは、たまに、地方の本屋さんとかでやっている催事ですね。でも、参加回数は少なくなりました。以前は、デパートとか三省堂さんとかで2週間くらいやっていたんですけど、今は3日、やっても4日間くらいなんですよ。それだとバイヤーが来て終わっちゃう。結局、3日間やっていても、初日で終わっちゃうんですよね。そこで接客できるわけでもないですし。そうすると、レア盤大会か、安売り大会のどちらかになっちゃうんです。私はどちらかというと、そこで接客もして、この店にも来てもらう流れが大切だと思っているんですが、そうもできなくなっているので、ちょっと参加するのも減らしているんです。

お母さま:いつも虚しい思いをして帰ってきていますよ。

そうなんですか(笑)。

私も先輩方からお誘いを受けるんですけど、やっぱりウチの商品は合わなくて。まぁ、売れないんですよね(笑)。

何で合わないんでしょうか? マニアックな物とかレア盤のほうが出るんでしょうか?

例えば、ウチだとクラシックは、500円とか1000円とかの値付けして、交響曲とか、ピアノとか、それぞれ仕切板で分け、そのジャンル、そして文化を楽しんでいただきたいから、安売りはしておりません。でも、その隣にジャンル分けもされていない50円均一のクラシックがバーンと来ちゃったら、まあそこにいっちゃいますよね。同じ盤なのに、私のとこは1000円、片方が50円ですから。わかってくれているお客さんでも、同じ商品を見たらそっちを買っちゃうんですよ。

でも5、6年前から、レコード人気が再燃していますよね。その影響はありますか?

まったくないですね(笑)。

まったくですか?

はい、まったく(笑)。ぶっちゃけ、20年くらい売り上げは変わっていません。売れているように感じるのは、お客さんの数が増えているからであって、単価は下がっているんです。そんなに変わらないですよ(笑)。

お母さま:それに若い人は、物レスの時代になっちゃってるからねぇ。Instagramとかなんとかいって写真撮ってお終い。

やっぱり、そういう人も来るんですか?

お母さま:ウチは少ないけど、大きなお店はそういうお客さん、多いでしょ。

私は、それでいいと思うんですよね。

写真撮るだけでも?

はい。だって、ここに女子高生が並んでいたらすごく楽しいじゃないですか(笑)。こんなド田舎のレコード屋に、なんで女子高生がいるんだってね。インスタ映えとかいって。でも、店ではクラシックが売ってて、お客のおじさんが「なんだ、アレは?」なんてなってくれたら(笑)。なにか化学反応が起こるかもしれない。私は、そこに期待していますよ(笑)。

そして気になるのが、ズラッと並んでいる蓄音機です。SP盤の在庫も豊富ですね。

親父がSP盤からやっていたし、蓄音機もちょろちょろと売ってはいたんですけど、こっちに引越してから、〈懐かしのレコードを聴く会〉の村田淳一さんと出会って、本格的に始めました。村田さんは、たくさんの蓄音機とSP盤を持っていて、蓄音機コンサートもやってらっしゃるので、色々と相談したんです。それに私も、きちんとSP盤の素晴らしさを伝えたかったんです。でも、今だと、SP盤を置いている店があったとしても、端っこで50円とか100円とかで売られていて、状態もあまり良くない。やっぱりキレイなものを聴いて欲しかったんですね。ですからウチでは、状態のいいものを1000円とか1500円とかで売って、2、3万で買えるような蓄音機を揃えました。

タチバナさんでも〈蓄音機コンサート〉というイベントをやられているんですよね?

はい。親父が商売を始めた頃って、蓄音機を持っている家の縁側かなんかに集まって、みんなでSP盤を聴いていたわけで、そういうのをやってみたかったんです。

〈蓄音機コンサート〉のフライヤー. セットリストも掲載.

愚問で申し訳ありませんが、SP盤は普通のターンテーブルで聴けないのですか?

聴けないですね。78回転じゃないとダメです。

SP盤の魅力を教えてください。

SP盤って、録音するのがすごく大変だったんですよ。1回録音するのに、今のお金で5、600万円もかかるって話です。録音を失敗すると、大金が飛んでしまう。だから、アーティストも絶対に天才的なんですよ。エンジニアも選ばれし人。だから、演奏にハズレがないんです。

SP盤コーナー.

全然そんなこと知りませんでした。

実際、音に良い悪いはありますよ。あるけれども、演奏自体にはハズレがないんですよ。

お母さま:一発録りだからね。切り貼りをしないの。当時はできなかったからね。

演者の力量がないとできなかったと。

お母さま:今でも美空ひばりが支持されているのは、一発録りじゃないと許さない歌手だったから。

あと石原裕次郎もね。

お母さま:レコードになっても、中島みゆきはそれに近い。あの人の歌の良さはそこですね。

瞬間の命を削っていくじゃないですか。だからウチのイベントにも、若い子が来てくれるように声をかけているんです。毎回何人か来てくれるんですけど、みんな驚いていますね。特にパンクとかハードコアの奴らの反応が良い。

そうなんですか!

あとはアヴァンギャルドとかノイズ、オルタナ系のバンドをやっている奴らとか、シンガーとか。やっぱり凄さがわかるんですよね。若い子もふたりくらいが蓄音機を買ってくれましたよ。嬉しかったですね。

他にもバーベキュー大会とか、いろんなイベントを開催されていると聞きました。

ここ、意外とホットスポットなんですよ(笑)。バレない内にいろいろやりたいですね。こどもの国も近くなんで、ジギー・マーリーを呼んで、〈こどもレゲエ祭〉なんてね。くだらないことをいつも考えています。

横山氏. 倉庫にて.

では、長い歴史を持つタチバナさんですが、ベストセラー商品を教えていただけますか?

新品なら、EAGLESの『ホテル・カリフォルニア(Hotel California)』(76年)と、寺尾聰の『リフレクションズ』(81年)ですね。「おい、取って来い!」って、朝6時に叩き起こされて、六角橋からチャリンコで横浜の西口の方まで商品を取りにいって、夕方も、学校から帰ってきたら取りにいかされて。店頭で、配るように売っていましたね。

そんなに?

もう、すごかったですよ。

お母さま:レコードの取り合い合戦。千葉の卸屋さんまでいったりね。

全く想像がつかないんですけど、1日何枚くらい売るんですか?

あればあるだけですよ。100枚入荷したら100枚売れる。入った分、その日で終わっちゃうんです。

お母さま:『ホテル・カリフォルニア』は、じわじわ系だったけど、寺尾聰はいっきに来たからね。本当にすごかった。

『ホテル・カリフォルニア』は、10年くらいのロングセラーでしたから、オーダーしない日がないんですよ。最低でも1日1枚はオーダーしていました。

中古盤にもベストセラーはありますか?

昔からずっと山下達郎ですね。

お母さま:うん、出せばなくなる。

山下達郎だったら、何でも売れるんですか?

ほぼ、そんな感じですね。

お母さま:テレサ・テンとか、ちあきなおみは?

あの辺はモノがないもん。はっぴいえんどとかも。でも達郎は、メジャーな存在で売れていたから、レコードも豊富なんですよ。だから今でも人気というと、日本人でいえば達郎ですね。もちろんTHE BEATLESも売れています。世界規模だから、底力が達郎と圧倒的に違いますからね。でもね、THE BEATLESは、毎日入ってくるんですよ。買取も多いし、世界中に出回っています。それを考えたら、達郎は日本だけのものだし、ひばりみたいに全世代の音楽ではなかったから、今も根強い人気があるんです。

お母さま:いや、達郎は外国人にも人気だよ。あれは、まだ人気でるよ。

さて、最後に今後のレコード屋さんはどうなるとお考えですか? 不安とかはございますか?

ありますよ、すごく! この先商売になるのかな? っていう不安ですね。

それは意外です。57年も続けて商売をしていらっしゃるのに。

モノとしての人気とか、コアの人口は変わらないでしょうけど、レコードって、自分自身を音楽の正面に向けるから、流しっぱなしにできないし、パンパン飛ばすこともできない。手間もかかるわけです。だけど、音楽って芸術のなかで1番身近だし、レコードは音楽と接するのに適しているから、消えることはないはずです。だけど、早くテレパシーの時代が来ないかな、と考えていますね(笑)。

テレパシー? どういうことですか?

ウチの倅が高2で、娘が中3なんですけど、奴ら、部屋に物がないですから。情報が多いから、感覚だけなんですよね。そうするとテレパシーじゃないですか。集まり方がテレパシーなんですよ。そのうち感情のAIが出てきたら、ますますそうなっていくと思うんですよね。そうなったら、レコードの世界は絶対に強くなると信じています。

どうして強くなるんですか?

レコードを媒体になんでも商売できそうな気がするんですよ。

レコードを媒体に?

レコード自体を売るんじゃないってことです。実際に、今もそうなって来ていると思うんですよね。飲み屋でレコードを聴かせるとか、レコードから繋がる行為が商売になるっていうことですね。それこそ、私の尊敬している井東社長がいっていた〈音楽文化のリサイクル〉が商売になってくる時代ですね。それをやるのが私なのかどうかの不安はありますけど。ただ、昨年から始めた新しい試みもあります。ウチのレコードは、バキューム・クリーナーや超音波洗浄機でキレイにしているんですけど、重度の精神障がい者のみなさんの就労支援をするNPO法人のFDAさんと出会いまして、障がい者のみなさんが、現在、ウチのレコードのお掃除をしてくれているんです。これも上手いこと飛び火しないかな、と期待しています。世界には、ウチみたいなレコード屋がいっぱいあるでしょうから、例えば、そこが障がい者施設と上手く連携したり、彼らが販売までできるようになれば、もっと大きな将来に繋がりますよね。なんたって、こっちは在庫がたくさんありますから。直接商売にはならないかもしれませんが、これもレコードを媒体にした試みなんです。

なるほど。

でも、店に関していうと、後継ぎがいないので、今あるレコードをどうしようかと(笑)。

高2のお子さんは継がれないのですか?

無理ですね(笑)。私は小学校に上がる頃からずっとレコードを聴いていたけど、倅はそうじゃない。

PINK FLOYDでしたものね(笑)。

だから無理だってわかるんですよ。好きな奴は絶対そうじゃないと無理です。

お母さま:振り向きもしないもんね。ラグビーばっかりやってね。

倅も音楽は聴いていますよ。好きだし、それなりに詳しいだろうけれど。

お母さま:まあ、あの子は無理だね。

メルカリくらいで手伝ってくれるかもしれないけど(笑)、買って、売って、っていうのは無理。

例えば、別の方に継いでもらおうとは?

誰かが、やる、といってくれたら嬉しいですけど。でもね、典型的なブラック企業ですからね(笑)。だって休みないですよ。その代わり365日遊びですけど(笑)。これを仕事だと思ったらやれないし、定休日にも通販の業務もあるし、そこでタイムカードを押されたらアウトですよね。店は18時までだけども、実際には22時、23時まで作業している。でも飲みながら作業してる。遊びっちゃあ、遊びなんですけど、仕事っちゃあ、仕事じゃないですか。それに、時給いくら、とかいわれても、わからないし(笑)。買取のネット金額をいわれたら、今の子たちのほうが詳しいかもしれないけど、モノがあるからとか、これが売れるから、というのは、5年~10年はやらないと難しいんじゃないかな…調べものばっかりだし、何をどう売っていいのかわからなくなっちゃうというか。うつ病になっちゃうかもしれないし。それでも、誰かがやってくれるんなら、喜んで! という感じです。

修行ですね。

そうですよね。だから私の師匠がいってたのは「骨董品屋さんだと思いなさい」って。創業何年っていっても、十何代目っていっても、ずっと商売をやっている店なんて1軒もないんだ。ただ看板を下ろしていないだけで、息子と孫はやらなかった。でもその後、蔵は残ってたから、曽孫のとかその嫁とかが、やったりする。そういう世界になってくるんでしょうかね。その間に、金が無くなって、誰かが売っちゃってもしょうがないかな。だって実際ゴミばかりなんですよ。

いや、いや(笑)。

全部が全部商品にはならない。

お母さま:レコードファンに、そんなこといったら失礼だよ。

ああ、すいません(笑)。失礼いたしました。

中古レコードのタチバナ
〒227-0033 神奈川県横浜市青葉区鴨志田町561-1 パインドエル金子2F
tel:045-507-7031 / fax.045-507-7032 /
営業時間:10:00~18:00 木曜定休(祝日営業)

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