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クラシックナンバーはズバリ「Oi,Oi,Oi」 伝説のNZ産パンク・バンド NO TAG

オークランド出身。とは言ってもカリフォルニアのそれではない。スペルが違う。こっちは「Auckland」。ニュージーランドだ。英国やアメリカと比べ、パンクやOiシーンはそこまでポピュラーでなかった。
8.1.16

1982年、NO TAGは、かなりマッチョで、かなりヘヴィーなストリート・パンク・シングル「NO TAG」をリリースした。ジャケットはタトウー入りの力こぶ。収録された3曲は、ぶっきらぼうでシンプル、そしてラフなつくりであったが、メロウさとシャープさが同居し、その後名盤と称されることになる。

しかしこのNO TAG、世間一般的に知られることはなかった。なぜなら、イーストロンドン、リバプール、はたまたローワーイーストサイドの出身ではなかったからだ。ギタリストのアンドリュー・ボーク(Andrew Boak)、シンガーのポール・ヴァン・ウェタリング(Paul Van Wetering)、ドラマーのカール・ヴァンウェタリング(Carl Van Wetering,)、そしてベーシストのマーク・サリバン(Mark Sullivan)は、オークランドの出身。とは言ってもカリフォルニアのそれではない。スペルが違う。こっちは「Auckland」。ニュージーランドだ。英国やアメリカと比べ、パンクやOiシーンはそこまでポピュラーでなかった。

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しかし、同年に地元のPROPELLER RECORDSからリリースされたデビューアルバム『Can We Get Away With It?』は、ニュージーランドのトップ40で15位と大健闘。更に1983年には、DEAD KENNEDYSのニュージーランド公演でオープニングアクトを務めるまでに成長した。そしてバンドは意を決し、ロンドンでの活動をスタートさせたが、その後は何も起こらず。1986年に解散した。

あれから34年。今や再発ブーム。AGNOSTIC FRONTやTHE ABUSEDなどをリリースしているニューヨークのRADIO RAHEEM RECORDSは、このニュージーランド産パンク・バンドにも目を付けた。「NO TAG」の再リリースである。(タイトルは「Oi,Oi,Oi」に変更)更にバンドも再結成。ギタリストのアンドリュー・ボークに話を訊いた。

当時は、SHAM 69やCOCK SPARRER、THE BUSINESSなどの英国産Oiパンク・バンドを聴いていましたか?あるいは一般的なパンクの方が好きでしたか?

どちらも好きだったけど、間違いなくアメリカよりイギリスのOiの方を好んでいた。オークランドでも、パンクは聞く機会は結構多かったし、レコードも輸入されていたからね。ラジオでもかかっていたよ。

Oiパンクは、ワーキングクラスに向けた音楽でしたが、その頃のオークランドはどのような状況でしたか?

一般的な他の都市と同じだったよ。私はオークランドのノースショア出身だが、他の郊外より労働者階級が多かったとも、少なかったとも思わない。ただの郊外の街だった。

ニュージーランドの国有テレビ局であるTVNZにも出演しましたね。そのときの状況を覚えていますか?

TVNZからは、知り合いのパンクスを集めてくれ、って頼まれた。サクラだね。でも予想以上に集まってしまったんだ。用意していたビールは、あっという間に無くなってしまったのを覚えている。あと、テレビスタジオだったのでPAはなかった。そこで俺たちは、雰囲気を良くするために、ボーカルのモニタースピーカーを客の方に向けたんだ。でも曲の合間に、度々演奏をストップしなくてはならなかった。カメラの移動待ちだよ(笑)。おかしな光景だったな。普通のライヴ以上に緊張したね。

他のパンク・シーン同様、オークランドもかなり暴力的なシーンにだったと聞いています。そこには何があったのでしょう? 人種差別? それともただの酔っ払い? 先住民であるマオリ族のパンクスもいたとか。

確かにマオリのパンクスもいた。普通に溶け込んでいたよ。だから偏見とか人種差別なんて無かった。スキンヘッドの暴力もない。まぁ、酔っ払いだ。誰だって攻撃的な音楽をデカい音で浴びせられて、アルコールをたっぷり摂取すれば、必然的に暴力的になる。周りは勝手にそれを「パンクだから」って煽動してたんだ。

ニュージーランドと言えば、FLYING NUN RECORDSが有名ですが、彼らとも交流はありましたか?

一緒にライヴもしたよ。俺たちはみんな友人だったからね。俺たちは、パンクだけじゃなく、色んなジャンルのバンドとライヴをした。その方が楽しいし、素晴らしい出会いがある。今もそう信じている。ニュージーランドのシーンは、みんなで助け合って成り立っている。ツアーをするときも、FLYING NUNのバンドの家に泊まったりね。個人的な意見だけど、最高のニュージーランド・バンドは、THE CLEANだと思っている。

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NO TAGは、オークランドでのDEAD KENNEDYSのオープニングアクトを務めましたよね?更にあなたは、彼らのアルバム『Bedtime for Democracy』の再現公演で、ゲストボーカルを務めたとも聞いています。

今はサンフランシスコに住んでいるから、メンバーとも交流があるんだ。オークランド公演以来の仲だよ。

80年代半ばにロンドンに移りましたが、「ニュージーランドから来たOiバンド」は、どのように受け入れられましたか?

まず、俺たち自らOiバンドを名乗ったことはなかった。メディアにそう押し付けられたんだ。ロンドンでは何回もライヴしたけど、マネージャーもいなかったからね。どうすれば成功するかなんて、誰もわからなかった。結局解散するまで、同じことしか出来なかったし、同じことの繰り返しだったんだ。

オークランドでの再結成公演はいかがでしたか?NO TAGはこれからも続くのですか?

大成功だった。チケットも完売した。ちょっと練習時間が足りなかったけど、かなりの出来だったハズだ。観客も喜んでくれたから、満足しているよ。一回限りのパフォーマンスのつもりだったけど、ちょっとどうなるかわからなくなってきた。