Qアノンとは何か?
Qアノン(QAnon)は、悪魔を崇拝する小児性愛者のエリートが集う影の政府がこの世界を動かしているというパラレルワールドにまつわる、ネット上のさまざまな陰謀論の総称だ。
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この非主流派の陰謀論は、無名の掲示板からSNSへと移り、FacebookのグループやYouTubeのビデオを通して拡散。FBIはQアノンを国内テロリズムの潜在的要因とし、2021年1月に6件の暴動が起こると、この活動は米国の民主主義を揺るがす現実の脅威となった。
曖昧な神話や幅広い教義、そして関連性の薄いより小規模な陰謀論を取り込む性質から、Qアノンを定義するのはなかなか難しい。接続過多の現代から生まれたQアノンは、まだ新しく未知の部分も多い、恐るべき活動で、全世界の民主主義社会を危険にさらしている。
Qアノンの始まりは?
2017年10月、画像掲示板4chanに、ある匿名のメッセージが投稿された。架空の生い立ちを語るこのユーザーは、自分には機密情報へのアクセス権があると主張し、簡単に解ける暗号を使ってそれを公開した。それらの投稿は、のちに〈Q-drop〉と名付けられる。
トリップ(※個人の識別のために使われる文字列)でのみ識別可能な、その後〈Q〉として知られるこの匿名ユーザーは、4年にわたって約5000件のメッセージを投稿し、極右陰謀論の基礎を築いた。謎に包まれた個人(もしくはグループ)Qは、かつて米国エネルギー省でQクリアランス(※最高機密情報へのアクセス権限)を所持していたと主張したことから、この名で呼ばれるようになる。
4chanの熱心なユーザーたちは、掲示板に投稿された文の解読を始めた。アマチュアによる暗号解析が4chan内の掲示板/pol/に火をつけ、それがSNSで拡散されると、世界中に広まった。その後、Qは4chanに「スパイが潜入した」として活動の場を8chanに移す。それと同時に、テキスト解析によって投稿の書き手が変わっていることが発覚し、Qの背後には複数の人物がいるとわかった。
非主流派の画像掲示板の陰謀論をメインストリームのインターネットへと広めたのは、わずか数名のアノン(=Qアノン信奉者)たちだ。そのなかでも特に大きな成功を収めたのが、ネット上でトレイシー・ビーンズとして知られるトレイシー・ディアスだ。彼女はRedditに初のQアノンのスレッドを立ち上げ、YouTubeの動画を通して陰謀論の教義を拡散していった。
〈嵐〉とは何か?
通常の嵐は、主に水素や酸素などのガス状物質でできている。しかし、従来の嵐とは異なり、Qアノンの〈嵐〉は大量拘禁や大量投獄、もしくは子どもを食い物にする小児性愛者のエリート集団を意味する。この〈嵐〉の陰謀論の発端は、Qが4chanに最初の投稿した〈嵐の前の静けさ〉というスレッドだ。このタイトルは、米軍首脳との会合でのトランプの発言に言及していると考えられている。「これは嵐の前の静けさかもしれない」とトランプは述べ、その意味を訊かれると「そのうちわかるだろう」と答えた。
2017年秋、Qはヒラリー・クリントンと彼女の選対本部長を務めたジョン・ポデスタが近い将来逮捕されると投稿し、それがどのように起こるのか、詳細を明らかにした。
「越境逃亡に備え、すでに複数の国々でHRC(※ヒラリー・クリントン)の引渡し手続きが進んでいる。10月30日午前12:01時点でパスポートを差し止めにする承認が下りた。これに反対する大規模な暴動や関係者の国外逃亡が予想される。米陸軍が作戦を決行し、州兵も動員される予定だ。事実確認:州兵の隊員に連絡をとり、10月30日に大多数の大都市で出動予定であることを確認した」
しかし、実際は何も起きなかった。それ以来、〈嵐〉はオバマやクリントンをはじめ、想像しうるあらゆるリベラル派の人物を含む世界数千人のエリートの拘束、収監、あるいは処刑を指す用語として多用されることになる。それを先導するのは主にトランプとされていたが、そうではない場合もある。
〈嵐〉は一度も起きていない(そしてその日付は延期され続けている)にもかかわらず、熱心な信奉者たちは今も〈嵐〉が来ると信じ続けている。
どれくらいの人が信じている?
具体的な数字を把握するのは難しいが、世論調査の専門家は努力を続けている。数々の調査が実施されているものの、結果にはばらつきがある。2020年10月のある調査によれば、Qアノンが本当だと信じている米国民は7%だったが、毎月行われた定期調査では、Qアノンを支持する国民はわずか4%にとどまった。
米国のNPO〈Public Religion Research Institute〉と〈Interfaith Youth Core〉が2021年3月8日から30日まで共同で実施したオンライン調査では、米国人の15〜20%(3000万人以上)が、Qアノンの3つの主要な教義を信じていることがわかった。さらに、米国人の15%が「米国の政府、メディア、経済界は、世界規模の児童人身売買組織を運営する悪魔信仰で小児性愛者のエリートに操られている」と信じているという。この調査は、ニュースメディアの消費がQアノンの信条にとって最大の可変要素だと結論づけた。実際、極右のニュースを一番信頼しているひとは、Qアノンの教義を信じやすい傾向にある。
では、このバラバラな数字を示す調査を、どのように分析すればいいのだろう。Qアノンや他の陰謀論にまつわる調査の問題は、調査員に熱心な信者がどうかの見分けがつかないことだ。例えば、1桁の結果を得た2つの調査の質問は、「あなたはQアノンの信奉者ですか?」と「あなたのQアノンに対する意見は?」だった。このような質問は、両方とも専門家が言うところの〈社会的望ましさのバイアス〉につながる可能性がある。つまり、回答者は正直に答えるのではなく、自分が「社会的に受け入れられる」と思う答えを返すのだ。
いっぽう、前述の2つのNPOによる調査では、陰謀論を支持しているのかと直接的に尋ねるのではなく、Qアノンの特定の教義に関する質問をした。
ただ、この調査の問題点は、Qアノンの陰謀論が独自のものではなく、実はかなり古い陰謀論の典型だということだ。そのため、信条にまつわる質問をしても、信者を特定できないかもしれない。また、それらの教義は信じているがQアノンはまったく信じていない、というひともいる可能性もある。
いずれにせよ、Qアノン信奉者が米国人口の4%に過ぎないとしても、それは約1300万人に相当する。とはいえ、幽霊や悪魔などの超自然的存在を信じるひとのほうが、Qを信じるひとよりも多い。しかし、幽霊や悪魔などの超自然的存在は、必ずしも民主主義の存続を脅かすとは限らない。
SNSがQアノンの拡散に果たした役割
〈Facebook Papers〉とは、Facebookの内部告発によって公開された数千枚に及ぶ文書のことだ。この文書から、Facebookの誤情報の誤った取り扱いだけでなく、同社がそのアルゴリズムが利用者に与える損害──それがいかに人びとを陰謀論が張り巡らされたウサギの巣穴へと突き落とすのか──をはっきりと認識していたことが明らかになった。Facebook研究者による調査からは、政治的傾向が保守よりのひとは、Qアノンの陰謀論や右派の誤情報に傾倒しやすいことが判明した。
2019年、ある研究者がノースカロライナ州ウィルミントンに住む保守派の母親キャロル・スミスという架空の人物になりすまし、Facebookのアカウントを作成した。すると、プロフィールを作成したわずか2日後、スミスはQアノンに傾倒するFacebookグループを〈おすすめ〉された。さらに、これらのグループをフォローしていなかったにもかかわらず、1週間も経たないうちに、彼女のニュースフィードはFacebookのポリシーに違反するヘイトスピーチやデマで埋め尽くされた。
これはFacebookのアルゴリズムが容易にユーザーの思想を過激化しうることを示す、ほんの一例に過ぎない。
さらに、世界的なパンデミックによって、友人や家族、パートナーと離れ、家にこもらざるをえないひとも増えている。オンラインでより多くの時間を過ごし、つながりを保つためにテクノロジーを活用するひとが増えるなか、陰謀論を推し進めるアルゴリズムは悲惨な結末を招きかねない。FacebookやYouTubeのようなプラットフォームは個人を容易に過激化させ、洗脳するコンテンツを勧める。それこそが、Qアノンが家族を引き裂いている理由だ。愛するひとや家族が過激思想に染まり、同じ考えを持つ陰謀論者が集って有害なデマや思想を共有する掲示板やウェブサイトの常連となってしまう。このような思想は暴力だけでなく、最悪の場合は殺人につながる恐れもある。
デマが蔓延しているプラットフォームがFacebookやYouTubeだけではないということも、心に留めておくべきだろう。Instagram、TikTok、TwitterなどのSNSは、Qアノンの陰謀論が急速に拡散し始めたさい、誤情報に断固たる措置を取ることを求められた。SNSのプラットフォームから排除されたあとも、Qアノンはいまだに他のネット掲示板やウェブサイトにはびこっている。さらに、Qアノンが4chanから始まったことも忘れてはならない。
Qの正体とは
Qは、自分はトランプと親しい米国エネルギー省でQクリアランスを有する政府関係者だ、と事実に反する主張をしている。人びとは長年、Qはいったい何者なのかという疑問について、議論を重ねてきた。この活動の指導者の背後には、どうやら複数の人物が関わっているらしい。
Qとして投稿しているとされる人物のひとりが、1990年代に日本のアダルトサイトを立ち上げたネット起業家のジム・ワトキンスの息子、ロン・ワトキンスだ。彼は父親のサーバーで2ちゃんねるを管理していた元所有者からこのサイトを〈盗んだ〉あと、画像掲示板を発展させていったという。2014年、ロンは父親を説得してこの画像掲示板8chanのオーナーになり、サイト管理者のひとりとなった。2018年、Qアノンは4chanから8chanへと活動の場を移した。
それ以来、ワトキンス親子のどちらか(もしくは両方)が陰謀論の拡散に関与しているのではないかと推測されている。8chanの元ソフトウェア開発者のフレドリック・ブレナンは、ジム・ワトキンスが〈Q-drop〉に関わっていると思う、とBusiness Insiderに語った。
2021年4月、ロンは自分がQかもしれない、とかなりあからさまに仄めかした。VICE Newsは次のように報じた。「ロン・ワトキンスが、2020年大統領選挙でのドナルド・トランプの敗北後、不正選挙にまつわる事実無根の主張を主立って広めたキーパーソンとして、新たに獲得した名声について語った。『基本的には3年間の諜報活動の訓練で、一般人に諜報活動の仕事について教えていた。これが、僕が以前匿名でやっていたこと』。その後、彼は自分の犯したミスに気づき、こう付け加えた。『…Qとしてではないけど』」
ロンは自分はQではないと頑なに否定しているが、活動を通して獲得した信用をもとに、2022年の議会選出馬を目論んでいる。
ジムもロンもQであることを否定しているが、陰謀論は生みの親を遥かに超えて成長した。1年近くQの投稿がなくても、陰謀論は成長し、拡散し続けている。
トランプの大統領選敗北後、Qアノンに何があったのか?
Qが初めての投稿をしたのは、トランプの大統領選敗北から1ヶ月後の2020年12月8日だった。この活動は静かに、しかし着実に成長、発展していき、メインストリームの政治や福音派教会のようなコミュニティで新たな信奉者を獲得していった。
選挙を前にステルスモードに切り替え、Qアノンへの言及を控えるよう信奉者に警告していたQは、どうやらトラブルを予測してたようだ。
そのため、Qアノンのシャーマンが中心となり、信奉者たちが米連邦議会議事堂を急襲した1月6日の直後は、陰謀論と距離を置き、Qアノンはメディアが作り上げたものだと主張した参加者も多かった。
この明らかに馬鹿げた主張を裏付ける証拠として、信奉者たちは次のような〈Q-drop〉の投稿を挙げた。「Qはいる。アノンたちもいる。しかし、Qアノンというものは存在しない」。信奉者たちの目的は、議事堂襲撃後のQアノンにまつわる否定的な報道の影響を受けず、陰謀論を拡散し続けることだった。
トランプは敗北し、メインストリームのSNSから追放されたが、その後もQアノンの信奉者は民主的プロセスを攻撃することに労力を費やしてきた。特に、彼らは選挙結果を痛烈に批判し、選挙管理人に自分たちの荒唐無稽な理論を信じさせるため、アリゾナ州マリコパ郡などでの票の再集計に熱心に取り組んだ。
この活動の中心となったのが、この世界の誰よりも電子投票システムに詳しいサイバーセキュリティ専門家として、自身のイメージを一新したロン・ワトキンスだ。彼の〈専門知識〉はかなり疑わしいものの、彼は右派を代表する解説者となることに成功し、トランプにもリツイートされた。もちろん、これは両者が数万人のフォロワーとともにTwitterやFacebookなどのメインストリームのSNSから追放される前の話だ。
2022年中間選挙の候補者十数名やドナルド・トランプ・ジュニアを含め、共和党関係者の大多数は、Qアノンの陰謀論を積極的に活用してきた。それだけでなく、トランプの大統領補佐官を務めたマイケル・フリンが米国にもミャンマーのような軍事クーデターが必要だと訴えた、2021年5月のテキサス州のコンファレンスや、10月にトランプの主要な後援者であるドン・アハーンが所有するラスベガスのホテルで行われたコンファレンスなど、さまざまな講演やイベントを開催することで、Qアノン支持層から利益を得てきた。
マイケル・フリンは、不正選挙を告発し、選挙結果を覆そうとした〈クラーケン〉訴訟の弁護士のリン・ウッドとシドニー・パウエルや、トランプ退任後のQアノンで主要な役割を果たしているMyPillowのCEOマイク・リンデルなど、右派の人物と組んで活動してきた。
陰謀論が共和党正統派の教義の一部となったことに加え、Qアノン信奉者は、ドナルド・トランプがまだ現職の大統領だと信じて疑わない福音派の牧師が率いる右派系教会に、新たな活動の場を見出した。そのなかには、教会の説教で、ホワイトハウスの地下に児童人身売買用のトンネルがあるという陰謀論を主張しているグレッグ・ロック牧師もいる。
いっぽう、教会内での陰謀論の拡散を食い止めようと奮闘する牧師もいる。
しかし、白人至上主義や反ユダヤ主義など、より危険な過激思想に染まっていくQアノン信奉者も少なくない。
本記事執筆時点の2021年12月には、カルト的な分派の反ユダヤ主義の指導者が、自身の数霊術による予言に基づき、数百人の信奉者にダラスへ向かってジョン・F・ケネディ・ジュニアの復活を目撃するように呼びかける(当然、そんなことは起きなかった)など、現在のQアノンは新たな方向へと向かっている。
反ワクチン陰謀論
反ワクチン運動はQアノンを超えてはるかに大きくなっているものの、Qアノンの陰謀論がCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)のワクチンに狙いを定めたことで、悲惨な事態が相次いでいる。
Qアノンは極右団体とともに反ワクチン派を暴走させ、ワクチンを打たないという頑なだが受動的な拒絶を、より過激で熱狂的な思想へと変化させた。影響力の大きい陰謀論者は、主に家畜の寄生虫性疾患治療に使われるイベルメクチンなどの代替療法を推し進めてきた。感染症そのものが作り話だとして、治療という概念自体を無視するひともいる。
Qアノンの〈カナダ女王〉を自称するロマーナ・ディドゥロという女性が、子どもにワクチンを接種させる人びとを射殺するよう信奉者に呼びかけるなど、ワクチンをめぐる暴力事件の発生も案じられている。
米国でワクチンを打たないことを選んだ人びとの背景や理由はさまざまだが、Qアノンをはじめとする陰謀論が反ワクチン感情を過激化させた結果、ワクチン接種はもはや個人の選択ではなく、生死にかかわる問題となっている。
Qアノンの内部紛争
新たな信念体系には、分裂がつきものだ。部外者から見れば、対立する派閥の違いは瑣末なものだが、内部者にとっては極めて重大だ。Qアノンの最初の内部紛争は、意外な人物から始まった。それは、人種差別抗議デモの参加者に発砲した保守派の若者、カイル・リッテンハウスだ。2人を死亡させたこの10代の犯罪者は、ここ最近陰謀論を盛んに取り上げているタッカー・カールソンの番組に出演し、トランプの元弁護士であるリン・ウッドが2020年に彼の代理人を務めたさい、自分を「利用した」と責め立てた。これをきっかけに、他のQアノン関連の著名人からも批判が噴出し、リッテンハウスを擁護すると同時にウッドを糾弾した。
矢面に立たされたウッドは、Qアノンの非公式のリーダーであるマイケル・フリンを激しく非難し、彼が自分を弁護しなかったことを責め立てた。ウッドのフリンに対する侮辱は、陰謀論の信奉者を二分した。ウッドがフリンとの電話の音声を公開すると、ふたりの諍いはさらにエスカレートする。フリンは、これまでずっと自分をまつり上げてきたQアノンを「全くのたわ言」と一蹴し、信奉者たちを「変人」とこきおろした。しかし、その後も彼の支持者たちに特に変わった様子はなく、クレイグ・ロングリーのようなインフルエンサーも、フリンの発言は単に「注意を逸らすためのもの」として片付けた。
Qアノン信奉者は、ジョン・F・ケネディ・ジュニアのカルトなど、さまざまな団体へと散らばっていったが、フリンとウッドの確執によって、彼らの活動は限界を迎えた。どちらの側につくか選択を迫られた信奉者たちは、お互いの反対勢力を〈ディープステート(闇の政府)〉の扇動者、すなわちQアノン界の異端者とみなすようになった。
This page was originally published in mid-November 2021. It’s been updated for improved clarity on the topic.