アーカッション湾(Arcachon Bay)外れにあるラ・テスト=ド=ビュック(La Teste-de-Buch)で、マリエッラ・フィリップ(Marielle Philip)が魚の「皮」をなめして「革」にしている。彼女の工房は、水際にある小さな木造の小屋だ。目と鼻の先には、山盛りの牡蠣にむしゃぶりつくために、観光客がひっきりなしに訪れるカキ小屋がある。
壁に吊るされた黄色のレインコート、魚を捌く古い機械、ボートが描かれた水彩画、彼女の祖父の漁網。マリエッラの小さな工房の内には、海にまつわる品々が所狭しと並んでいる。工房の片隅にある2つの大きな冷凍庫には様々な魚が保存されており、近々、それらの魚の「皮」は「革」へと加工される予定だ。保存されている魚のリストは多岐に渡り、スズキ、サケ、カレイ、マス、ヒラメ、カワメンタイ、チョウザメ、ナマズ、エイ、ボラなど泳ぐ魚はなんでもマリエッラの工房に辿り着く。
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魚皮を加工する技術は、一朝一夕に開発されたわけではない。長年にわたって世界中で、その職人技に創意工夫が凝らされてきた。ネイティブ・アメリカンは魚皮で衣服とジュエリーをつくり、日本では日本刀の柄を装飾するために利用されている。18世紀のフランスでは、軟骨魚綱を扱う名革職人、ジャン=クロード・ガルーシャ(Jean-Claude Galluchat)にちなんで名付けられた革製品「ガルーシャ」が普及した。多産可能な産業技術の発達により、魚皮なめしの技術は忘れられつつある。しかし、マリエッラは、現状を魚皮工芸再生の好機と捉えている。
アーカッションで生まれたマリエッラは、海とともに育った。彼女は、祖父に連れられて出漁し、朝のセリを手伝ったりもした。彼女が環境法と沿岸管理の研究を修了するのと期を同じくして、彼女の母親がラップランド旅行から戻ってきた。母親は、そこで魚の革に出会い、その加工技術を学んできたそうだ。「母はラップランドで魚皮なめしの知識を得ました。母はそこで修行しようとしましたが、フランスとは魚種が違いますし、気候が変われば、なめし剤もそれに合わせなければなりません」とマリエッラは回想した。「母が持ち帰った技法は、フランスの魚には使えませんでした。なので、私たちなりの技法を編み出さなければなりませんでした」
マリエッラと母は、いち念発起して魚皮革工房「Femer」を創業した。ふたりは、環境に配慮した技術を開発し、循環型経済のなかで魚皮を加工できるようにした。およそ2年のあいだ、マリエッラはさまざまな植物を採取し、理想のなめし剤をつくるべく試行錯誤を繰り返し、ようやく、100%オーガニックで、製造工程でいっさいロスの出ない「なめし剤」を開発した。
タンニンでなめすと皮は革になり、柔軟性、不溶性がもたらされ腐敗しなくなる。現在、製革業の職人たちはタンニンの代わりに、塩基性硫酸クロムでなめす。クロムは他の化学物質と容易に混ざるうえに、それを使えば生産時間を大幅に短縮できる。しかし、マリエッラは環境への配慮から、天然由来のなめし剤を選択した。「地元の植物を使いしました。ミモザの根の皮をすり潰して使用したんです。ミモザは、アキテーヌ地方のどこにでも生えています」と彼女は説明する。「いつも、新しい植物性タンニンを調合しています。わざわざそうするのも、見た目はそのままに革のクオリティを保ちたいからです」とマリエッラは秘伝の調合法をうっかり漏らさぬよう、要心しつつ告白した。
フランス全土でも、植物で調合したなめし剤を動物の皮なめしに使用するのは、わずか4業者しかない。しかも、今までのところ、天然なめし技法で魚皮をなめすのはマリエッラだけだ。「たとえ牛皮をなめす工程と鮭皮をなめす工程に大差がないとしても、魚皮を扱ったり、鱗を引いたりするのは、私にとってとてもナチュラルな感じがするんです」
皮革工房Femerでは、魚革をつくるのに2〜3週間かける。
まず最初は、魚の皮を集めから始まる。しかし、工房近辺にはいくらでも素材がある。彼女は、卸売業者、養殖業者、漁師、魚屋など、地元生産者と連携している。有機廃棄物をまとめて処分してしまう業者もいるが、魚皮だけは残し、マリエッラに提供してくれるようになった業者もいる。
「私は、彼らにとっては廃棄物でしかないモノを譲り受け、再び命を吹き込むんです」と彼女は説明する。「魚革をつくるのは時間もかかりますし、消費者がよくよく考えなければ、魚革製品の価値はわかりませんから、製品はムダに高いだけになります。私は、いっさい無駄のない製造工程をみなさんに知ってもらいたいんです。今は、幸いにもたくさんの漁師が魚皮を無償で提供してくれますが、最終的には、彼らに代金を払えれば幸いです」
次に、マリエッラは鱗を引き、皮に付いた肉を取り除き、皮を洗う。「剥がれた鱗は捨てずに、ジュエリーデザイナー、芸術学校、幼稚園前の子供たちを預かる先生に寄付しています。皮から剥がした魚肉は漁の餌になります。大半はカニ漁の餌です」と彼女は教えてくれた。
翌日は、なめし。ミモザの根の皮をすり潰して調合したなめし剤に魚皮を浸す。すると、皮のコラーゲン繊維となめし剤が結合して「革」になる。なめし剤を調合する過程で出たカスは堆肥になる。なめし剤に浸された皮は、染浴工程への準備がようやく整う。そこで商品の種類やクライアントの要望に沿ってカスタマイズされる。製造工程の最後で、皮は平らにプレスされ、魚の種類によって差はあるものの、8日〜15日間乾燥させると革として完成する。
工房で鱗を引く以外の時間、マリエッラは、ボルドーの多目的施設「ダーウィン(Darwin)」にある共同作業スペースで、デスクに向かっている。そこで彼女は魚革製品の構想と開発に集中する。、小銭入れ、ブレスレット、ネックレス、ジュエリー、キーホルダー、ベルト、ドレス、靴など、マリエッラの革はあらゆる用途で使われるので、注文が絶えない。最近では、フランスのシューズブランド「Someone」が複数の製品にマリエッラの鱒革を採用した。また、ランド県(Landas department)を拠点にするキッズシューズブランド「PasKap」も、赤ちゃんスリッパに彼女の革を使用した。彼女は、他ブランドとのコラボレーションや、オリジナル製品の生産ライン確立を長期目標として掲げている。さらに、彼女は、ボートの裏地、高級クルーザーの内装、釣り竿など海事産業のあらゆる側面で、彼女の魚革が普及するのを夢見ている。
「魚革を見て、製品化に躊躇するブランドもあります。しかし、私は生地の素晴らしさを知っています。私は、魚革が加工後にどのような肌触りになるのかわかっています。私の魚革は吟味に値します」とマリエッラは明言し、彼女の理想を実現するために、今日も魚とむきあう。